ほんやら洞・甲斐扶佐義 HONYARADO/KAI FUSAYOSHI's Web Site

 
カイ日乗 9月

2009.9/30(水)


8時半、寒くて目を覚ます。寝直したら、昼すぎまで寝てしまう。はじめて、風呂に湯をはる。
ガス代集金。電気代請求あり。
桑田潔氏よりハガキ。
一昨日、中国から帰ったばかりの富樫がきて、2hスウィッチをひねりっぱなし。インド写真集2冊買ってくれる。
鈴木マサホよりtel。11/15に中川六平の出版記念パーティー(講談社、徳正寺)を鶴見俊輔さんを含めて20人くらいでやるので、あけておいてくれ。ところで、カイさんの祝賀パーティーはやらないのかという。
通知は出したのに、行き違いだったのだろう。
で、早速、神林豊氏にtel。11/15に、ぼくが月曜社から本を出すと放言できるようにお願いします、と。
民輪さんからtel。原稿みた。打ったものを送り返すと。杉本秀太郎さんには何回もtelしているが、つかまらないというので、会ったら、話すべきことを話しておきましょうという。
ボータケがきて、草壁カゲロヲのライブは12/24,25の予定を、12/23だけに変更してほしい。値段の設定も再検討と。カゲロヲが弱気になっていて、「和見が、和見が……」というので「うるせえ、ビラの表面には草壁カゲロヲしか出さんのや、といったので、今晩〈八〉に相談に行くと言っているので、カイさんの方からもガツーンといってやって下さい」という。
今朝、夢を2つみた。断片しか覚えてない。どこか山というか樹林に分け入って、ショート・トリップのつもりが、とんでもない奥地まで入り込み、オオカミ(柴犬のようにも見える)が2尾いて、猿ともリスとも鹿とも見える動物を目前でいたぶっており、あわてて引き返した。それをもどって、おイタさんに報告。その道は、おイタさんに教えられた道なので、2人でもう一回、その道を辿り直すが、深みに行っていかず、山と一体となったビルの6Fに帰還した。それは、上賀茂のようにも紀伊半島や国東半島のようにも思えた。
もうひとつの夢は、堀川紫明の工事現場の土管の上に立って、南の方をむいて撮影していたら、泥沼の中にレンズからカメラをつっこんで、このレンズをどうしよう?洗おうかと迷う、というもの。
ある出版社に、「世界文化遺産・下鴨神社周辺の日常」という本を出版しないかともちかけたのに返事がないので、仕切り直しで他社と交渉をしてみよう。
糺の森の傑作写真が多くあり、数年前からそのような本を出すときは先生、書いてもらえますかと猪熊兼勝先生に相談をもちかけている。このコンビで。
今日は、朴晴浩氏の運命の日だが、どうなったか。(夜telするも出ない。美術の仕事がいいと思うのだが)
夕方、また大家からtel。
ミキちゃんは〈八〉入りは今日最終日。カゲロヲ、おそくにおイタさんが駆けつけた。他は、石原君、川本ちゃん、K-Kei、在田グループ&読売さん。中学中途までは森恭彦さんと在田さんは同級生だったという。田中直子さんはバッハについて新説をとなえているというお医者さんと。
3:30まで。K-Kei、川本ちゃん、石原君いる。
今日はフランソア・ファン・クラブ結成の日らしい。杉本さんは、その会に出席とか。

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2009.9/29(火)


昨日は酒を飲まずにゆっくりしようとしたが、持ち前のお人好しのせいで、3時半まで飲むことになる。
8:30起床。
フィルム買いに行って、六法全書を拡げる。相続について、再確認。30年前までは六法は手元にあった。
〈ほ〉〈八〉もこんなにも現金が入らない日がつづくとあせる。
買いたい雑誌2~3あったが買えず。「g2」高取英さんら編集の河出ムック版寺山修司etc
疎水北のコーポ鴨川脇のネコを撮る。ガケ書房、今日も店長留守。映画のポスターを525円で売っていたので、うちのポスター1500円はムリか。
月曜社にtel。送ったメール分、すべてには目を通してないが、少し読んだ。前のゲラを整理して、10月には行くつもりだと。
4時コーヒー客2人。ノルウェー人が「出町転々八文字屋有情」を買いにくる。
夜は、津村喬の会はあるか?
家賃を心配する生活からいつ脱却できるか。こんなに緊張する気分を長きにわたって保持するのは血圧に悪い。桐生とやりあう。
コニカミノルタからインドにするか、京都にするか、10月末に決める、また、展覧会は4月以降いつがいいか、とメールあり。
すぐに民輪さんにtelして杉本秀太郎さんに本のタイトルを決めるように言ってもらうことにする。
荷物を片付けていて、パーティーの案内を高松樹さんに発送していなかったのがわかる。大チョンボ。インドの写真集とポスターを送っておこう。樹さんから返事がないのがおかしいと思わなければいけなかった。
〈八〉に入る前に、サッちゃんは京楽に行ったことがないというので案内。そこに桑原さんがいて、さらに京都市美術館の尾崎真人学芸課長がきて、これからのぼくの写真のあり方、人生航路でのカジの切り方について、貴重なアドバイスを頂く。
〈八〉11:00になっても客なし。で、伏木桜ちゃん上がる。彼女の知人、ジュンクBAL店8Fでバイト男、11:20来店。8Fの山田担当にもっていけば、「インドちょっと見ただけ」「Streets of Kyoto」もおいてくれるという。
今朝エチオピアから帰国した京大アフ研の田中君、早速来店。船田ジュンちゃんと仲良くなっていて、今度、一緒にくる由。数年後にはカイさんをエチオピアに連れて行きたいと言ってくれる。
1時、誰もいなくなったところで、ワカちゃん&ハマちゃん来店。3時半まで。先日のパーティーが本当によかったと言ってくれる。明日、ピエブックス、平凡社、グラフィック社に行ってくるという。
4時帰宅。そのまま寝込む。

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2009.9/28(月)


〈八〉も、9月はとても低調。
今日、息子の誕生日。入学祝いをしてないので、何かと考えていたが、果せず。
朝から、雨が降ったり止んだり。
月曜社に原稿を送ってもらう。
朝日の大村さん取材。10/3(夕刊)に出る。
1956年卒(同大)のおじさん、来店。
バタバタしていて、やっと塩沢静子さんの小説が載った同人誌「メタセコイア」(5号・6号)落手。
パリの矢野コウゾウさんにもやっと本を送る。
〈ほ〉店内にはアカアカとライトは灯っているのに、営業中か否かわからないと言って通りすぎる同大生多し。
いまの客は「ルネ」の書籍部の写真集平積みのおかげで、圧倒的に京大生が多く、あとは外国人とおじさん、おばさんたち。
Sはぼくの日乗をコンピューターに入力したり、事務仕事を終えたら、もう喋ることはないらしく、まあ、疲れているのだろうが、そそくさと帰っていく。
ぼくは〈八〉にはやくきて、しばらくじっくり街歩きをしていないので、まるで異国のような寺町、新京極などを流す。
夕べ、読売の西田さんもきて、ごちそうしてくれていたのを思い出す。
戻って、電話リストを見ながら、パーティーのためには、まあ、それなりによくやったんだとひとり得心する。
長谷川ゆかりさんが連絡なかったのでtel。
パーティー当日、しまったと思いながら他のことをしていたとのこと。パーティーの前だったらtelするであろう人はパス。
しばらく現像済みのネガが戻ってないので、サヨちゃんにtel。東京に行っていたらしい。東京に行く前から始まり、東京にいる間じゅう、腹が痛かったという。こんなことはじめてと。ケータイを洗濯してしまったのでtelくれてちょうどよかった。南美ちゃんにtelしてと伝えてという。苦衷の中身について喋らず。ききもしない。
ぼくはまっしぐらに写真の世界を走ればいいのだ。月曜社を切り上げるのが先決。女の子とチャラチャラしたり、telしたりであたら60才代の青春(!?)を無駄にできない。20年前ならば店からtelすれば10人くらいはすぐに飲みにきてくれたが、今は、そんな客はいない。
月曜社は森山大道の「Magazine Works」を2冊出した。新潮文庫の「平凡パンチの三島由紀夫」も立ち読み。おもしろし。吉田修一「横道の世之介」、川上弘美の新刊もほしい。フィルム代食事代を節約しても。
スイス・グループの「枕草子」プロジェクトに対応しようとするが、眠くなる。
姉よりtel。姉の体調すぐれず。それでも、母の種ちがいの妹たちの頓狂な言動を面白おかしく話してくれる。これの軸をズラせて書いたら面白いのになァと残念がる。
さわやかなバイトを入れないと〈八〉もピンチ。9月は〈八〉〈ほ〉どっこい、どっこいだった。
美女スカウト部隊の皆さん、よろしく。
〈八〉だけでなく、ガールズバーやキャバクラ以外は軒なみ苦しんでいるはず。
月曜日は、予約がない限り、9時か10時までは〈ほ〉にいた方が客があるかもしれない。
10:30ミキちゃん、名古屋の「優秀な」ボーイフレンド同伴。パウンドケーキは土産。あとで永澄氏も。みなすぐに帰る。
ミキちゃん、自分の店にパソコンを置くので、いつでも仕事があるときは言ってくれと言う。水曜(9/30)は彼女の手料理を皆さんに味見してほしいと。
深夜、両子寺の寺田豪淳氏来店。次の祝賀会はいつかという。峰入りは3月末だが、2ヶ月前にトレッキング事故があったので、峰入りには素人を加えないことにしたという。疲れたのか眠っていた。
さらに遅く、ボータケと草壁カゲロヲがきた。3時半まで。カゲロヲ、元気ないので、やる場がないのならほんやら洞でライブをやったらいいと提案したら、喜んでくれて、すぐにやりたいという。ボータケと12/24、25「彈キ鐵」と題して(2,300円予定)。あとは女性の話、和見の話、サッちゃんの話。
帰宅4時。

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2009.9/27(日)


8時半起床。
洗濯。
〈ほ〉11時に岡西なおみさん入ってくれる。彼女としては〈ほ〉バイト入は20数年ぶり。
コニカミノルタ用に資料送り。パリ送り用の荷造り。(出すのは出費がかさむので控える)ガケ書房行くも店長は留守。
滋賀の田中實さん、産大生の娘をつれてくる。トンボの会勉強会7人。
〈八〉も苦戦つづく。
四条ミンミンにSとの打ち合わせのあと行ったので、オープンは8:45だったが。(四条ミンミンは三条ミンミンより断然、盛りがいいのにびっくり)
古賀さんがトップでTea。一度出て、12時前にもう一度、松竹の人とくる。ここでも2人ともTea。
イスラエルの神経系の科学者、ドイツの美女3人つれてくる。そのうち2人は姉妹で、姉(エッダ・ミットウォフさん)ともうひとり、クリスティン・ヒラーさんは薬学者。3人とも撮る。来年、ヨーロッパで個展をするのなら、オスロ、アムステルダムぐらいは見に行くといってくれる。エッダは日本語ができた。エッダという名は、アイスランド・サーガのエッダに由来。歌という意味と、万物の母という意味があるという。エッダは9/23生、妹クローディアは2/24生。もうひとりのクリスティンは12/25生。それぞれのメールアドレスをきく。今晩の写真はメールで送ってくるという。

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2009.9/26(土)


8時起床。
家の大掃除と洗濯(5回)する。
11時に佐用南美ちゃん、高木麻ちゃんがきて、〈ほ〉掃除をやってもらう。
夕方、サッちゃん、ぼくが〈八〉の仕込みをやっている間、また洗濯をやってくれる。
9時前、多津さんに写真集をもっていくのを兼ねて「伏見」でサッちゃんと待ち合わせて久しぶりに少し造り、野菜天を食って、新作猫ポスターを貼ってもらった。
〈八〉入、9:40。下でジャーマン&千佳ちゃんと彼女の友人に会う。
音峰さん、井上泰さんがすでにいた。あとは生前遺作集に書いてくれた2人。ギャラリー・ヒルゲートの人見ジュン子さん、「水上勉&友人」の資料とお土産持参。
深夜、琢ちゃんグループ4人。琢ちゃん「インドちょっと見ただけ」をみて、「サッちゃん、大きく出たね。前はちまちましていたけど、いいんじゃないですか」という。千佳ちゃんらがウーロン茶のみにきた。
低調。3時閉店。

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2009.9/25(金)


8時起床。
2hびったり、2Fの片付け。もう2hで2Fの片付け終わりそう。
これで、布団さえ揃えば、お客を迎えられそう。
掃除していて、「宮高新聞」(昭和38年11月5日発行)の宮津高校創立60周年記念号のコピーがなぜかあって、出てきた。
その中に、サッちゃんのおじいちゃんが出てきて(昭和11年卒らしい)多分、高校生時分の写真らしいが、なかなかりりしく、ハンサムだ。彼女はこの写真をみたことあるのだろうか。
10時半、大量のゴミとともに〈ほ〉出勤。
11時、麻ちゃん〈ほ〉初出勤。
まず、タコライスをつくる。
麻ちゃんが2Fを掃除していて、2ヶ月さがした宮地純ちゃんの名刺出てくる。もう一週間早ければ、ドンペリが届いていたのに!残念。10月17日(土)の総動員大掃除記念にでも送ってもらおうか。純ちゃん、よろしく。
パーティー出席者の礼状をまだ書いてない。
麻ちゃんの顔をみて、今回もまた白山さんがサッちゃんに訊ねたA社のAさんの件、麻ちゃんにどうかと思って、本人にいい、白山さんにtel。
中谷さんに写真集「インドちょっと見ただけ」5冊送り、一澤信三郎さんには写真集、ポスターを送り、仕事をくれませんかと書く。
今日から、しばらくダイエット。朝はパン2枚。昼は果物のみ。
一澤信三郎さんに仕事をくれと書き、青幻舎の安田英樹さんにも本の企画3本書いて送る。祝賀パーティーでの安田さんのカイの本を作りたいといった言質をとらえてのこと。どっちかが決まるかどうか、ぼくの来春の命運がかかっている。ダメでもめげないけどね。
来週は、月曜社にうかがいをたて、国書刊行会にも書くつもり。
姉に普及本の方の白川静の「字統」を送ろうとして箱をとったら、中身を盗まれていた。ショック。姉は楽しみにしていたのに。
9時前まで〈ほ〉。
〈八〉には、カオリちゃん。チュン君と友人2人がすでに飲んでいた。
ヨ氏は、仕事を辞め、ヘルニアに苦しみ、マリッジ・ブルーでもあるという。アーニャは久しぶり。とても疲れた表情。アーニャ、ヨ氏が会うのは一年ぶり?数年ぶりの西院のお菓子屋さん、江口知宏さん、「猫町さがし」を持ってますよという。ゴットンもムリからに何やら批判がましいことをいうので、つい毒づく。山本コーイチローも友人ときて、2100円なのに、1000円しか支払わないので、高校にtelするぞといって退けとってもらう。
ノルウェーの建築家(十数年前、ガール・フレンドのマリーが〈八〉で働いていた)オギと同じ建築事務所で働く建築家・Ragnhild Erdalさんがノルウェーの大学教授、他の建築家や建築学科の学生など総勢6人(ひとりはポルトガル人)できてくれて皆で40数杯の焼酎を10時から4時まで飲んでくれる。
夜中の2時、姉より突然tel。
「お前が2階から飛び降り(て自殺し)た夢をみて、電話した。大丈夫やな」

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2009.9/24(木)


金作りに走らねばならないのに、午前中はひたすら吉田の家を整理。万一、一緒に住もうという女性がでてきたときに逃げられないように、当分はひたすら家をキレイにする。
2時、岡西さんのナオミちゃんがきてくれて、〈ほ〉の今後の方針などを問いただしてくれて、とりあえず、10/17か18には大掃除をしようということになった。
10月中には、コピー機もピアノも出し、開店以来、門外不出の壊れたクーラーを捨てようという話をする。その後、サッちゃんとそばを食いに行く。
亀の井別荘の中谷健太郎さんよりハガキで、本の寸評ある。「良い本やなあ、哲学的でない所がいいですねえ。いやフツウの風景とか、フツウに生きるとか、なかなかね、再見」
夜、マリーン。
〈八〉高木麻さん、カムバック後、初バイト。能登さん、増田&山本さん、ボランティア志願の米屋の高田さん、桑原さん、チュン君、ミキちゃん。
終わったのは1:30。
先日、片山茂樹氏が、「ろくでなし」のバイトが最近、自殺したようなことをいうので、気になって「ろくで」に行く。女客一人。横ちゃんにきく。それは4年前とのこと。4年前の「ろくで」周辺はいろいろあったんだ。
3時帰宅。

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2009.9/23(水)


11時までぐっすり寝る。
いい会だったが、また、月末の支払いで頭がいたい。
シルビーら、スイスの撮影グループ下見にくる。
NHKFMの沖縄の音楽特集をずっときく。
途中、1h、家のそうじに帰り。中日vs巨人戦で巨人が優勝するシーンをみる。
〈八〉には、ミキちゃんがいるので、9時にいく。
トップ客は、不明三線客3人。カゲロヲと和見が顔を出したが、バタバタしていて、のちにあらためてくる。着いたときは、朴ちゃんと彼の御学友のミスター・ポルシェ(任天堂)の2人。
あとは、キャバクラ路ちゃん、こと大野さんの元追っかけ、元ファーマーフーズの大井さんの友人2人のみ。
朴ちゃん、カゲロヲ、ミキちゃんがうさぎに行ったので、ひとりで京楽に呑みに行く。そこのDMで馬淵が元気なのを知る。今日まで、どこかで大仰なタイトルで笑ってしまったが「神々との対話」なる書展をやっていたらしい。
出ようと思ったら、フランク・ミケレッティがくる。明日、ヴィラ九条山でやるという。
吉田へ。

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2009.9/22(火)


8時半起床。
家、店のそうじ、カウンター内に山とつもった洗い物をすませる。外では黒沢正一夫妻が散歩。
10時ポスターくる。今日は多分、売れないだろう。時間をかけて売ろう。個展、それも海外で売ることになろう。
サッちゃんが11時、岡西さんが11時50分にきて、段取りをつけてくれる。
島さんの大量差し入れの日本酒が12:20到着。マサホの封書があったので、開けると、11/15六平の出版パーティー、自分の9/26のパーティーよろしくとあるが、当方の件についてはふれてない。
わがチームパーティーの準備にベストは尽くした。
会場につくと大きな看板が出ていた。
来ると言って来れなかったのは毎日新聞の2人。道出版の佐藤さん、高取英さん(これでもアクロバットを強いる)、竹内浩一さん、時事の泰ちゃんこと佐藤泰一さんは不確定だったが、これなかった。泰ちゃんと知穂美さんは七宝の皿つきの電報を送ってきた。染織作家のばんばまさえさんもこれず。塚崎美和子さん、中信の理事長からも祝電をもらう。
朝日の臼倉恒介さんはすごい豪華な花を送ってくれた。予告なしで、高橋幸子さん、西川勲さん、松ちゃん、わかちゃん、吉田孝光さんらがきてくれた。ぼくは果報者だと思う。
パーティーは井上章一さんとミキちゃんの司会で始まった。格別の段取りもなしにラフな形の宴会に終始した。
ぼくは、けっこうウロウロし井上さんとミキちゃんの間にわりこみ、だれに喋ってもらうか考えた。急にきてくれた人たちへのアイサツもありで、必ずしも、皆のスピーチをちゃんときいてなかったが、どのスピーチもすばらしいのは端々から伝わってきて楽しかった。
それを思い出すままに、一部短いメモを残したいが、エネルギーと時間はあるだろうか。
まず、藤田一良弁護士。80歳をこえてなおカクシャクとしているのには感動。不自由な脚を杖でカバーして、いちはやく来場いただいた。わいせつ裁判では、中尾ハジメとともに記録に残してくれたので、一生カイとはつきあうといってくれた。わいせつ裁判に関しては、日本のわいせつ概念とヨーロッパの観念、特に、フランスの5月革命をくぐった思想とつきあわせようとしたというわいせつ裁判を引き受けた当初の意図を明かした。
自身に関してはあまり語らなかったが、荻野晃也さんがあとで、藤田さんの人となりを喋る。
また、荻野さんの紹介の連れ、元朝日の美術記者、吉村良夫さんは、カイ写真とドアノーを比較して論じた。また、五郎の歌よりも10年前の若者の歌を独唱してみせた。
猪熊兼勝さんも、ほんやら洞や八文字屋の周辺と自分史を重ねて喋ってくれ面白かった。
京都新聞の編集委員で作家の坂井輝久さんも面白かった。なんで、カイのような者にこんな賞を与えたのかわからない。そこまで目配りがよくなったということだろうか。まあ、カイも自分も同じ石ころで、こんな賞に動じずにやっていこうと言っているように受けとれた。間違ってますか坂井さん。
けっこう何人もの人が、何の賞?とか、京都美術文化賞っていうのに対して、中信の平林幸子専務理事が簡にして要をえたその賞のなりたちをユーモアをまじえて説明してくれる。
杉本秀太郎さん&民輪さんは、ともに滝本洋一さんのスピーチがよかったという。
伊藤公雄さんに、何か喋ってくれといったら、京大シネ研のインタビューにこたえて、十分喋ったので、堪忍してくれというが、喋ってもらう。総人の社会学者でなく、文学部のといって笑わしてくれる。写真集「インドちょっと見ただけ」は今までの写真集とちょっとちがう。いままでのは少し引いて撮っているが、これは状況に巻き込まれながら(そういったかどうか?)撮っており、自分としては、今回の写真集の方が好きだと。それをきいて、ぼくは、1977年に高史明さんがした批判を思い出した。スタティック、リリカル、でも、中年の男が撮れてないというやつ。それで、奮起して、撮りまくった。フィルム500本は、カメラが壊れていて、パーだったことを。そして、また、ぼくは「インドちょっと見ただけ」的な写真はいくらでも撮っているのだけど、発表するチャンスがなかったことも。実は、この3~4年の京都での写真は、「インドちょっと見ただけ」的なのが多いのだが、生憎、いまは、発表する機動力がない。サッちゃんがいまのペースだったら、多分、この3~4年の「インド」的写真が陽の目をみるのは数年後だろう。それで、ぼくは異常ともいえるほどあせっているが、それは、恋愛とか何とか人生の時期とかで、はぐらかされている。そう、ぼくは、けっこうノリのいい写真を多く撮っているのだ。
民輪さんは、こんどの本、ちょっと雑と批判的だったが、ぼくは、これもボリュームがあれば、有無を言わせないだろうと思っている。(パーティーについてはあらためて書く)
2次会は、ほんやら洞。こないと言っていた杉本さん、井上さんらも来る。和見、カゲロヲ、岡西ナオミちゃん、平佐さんもきてくれる。
3次会は、八文字屋、10時から満席。直子さん、ジャーマン、朴ちゃん、黒島千佳ちゃんもくる。千佳ちゃんがくるというのを井上さんに言うのを忘れる。ま、朴ちゃんは喜んでいたけど。とくたろうもいたし。さいごに千秋ちゃん、ナーさん、一旦外に出た永澄氏ら戻ってくる。ミキちゃんの姿がないのをN氏は寂しがっていたようだ。今日は、ミキちゃんの活躍すべき日だとN氏が認識していなかったとしたらN氏少し甘いのでは?
何年ぶりかに「こなから」のミナちゃんもきて、久留米で店をやれといわれているんだという話する。「われらが仲間」が好きというので、1000円でわける。
貴志カスケさんも藤森さんとくる。カスケは、なぜキーヤンのように、ガバッともうけるパーティーにしないのかという。彼の住所が不明で、彼には案内を出しそこねていた。もっとも当日は、身内の不幸で彼は東京だった。
家に着いたのは、雨の4時。

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2009.9/21(月)


明日のために店の掃除の必要があるのに、少し疲労気味。
連絡もれはないかとチェックをして、そこらじゅうにtel。
サッちゃんは昨日、今日とフル回転。パーティー準備に邁進。いつもながらだが、集中力はすごい。そのあとダウンしたり、反動がなければいいのだが。
ぼくは、吉田の家に急遽泊まると言い出す人物が出てくる可能性があるので、洗濯と掃除に明けくれる。
姉よりtel。インド写真、男は惨めったらしいのが多く、女はさわやか。これ、どうなってんの? どうやら、お前の趣味がでているんだ。おかしいねえ。これをみて、ますます、フィルム整理かなんか知らんが手伝いにいかねばという思いがつのってきた。
林るみさんよりハガキ。やはり、東京の連中には、カイさんの写真のすばらしさがわからないのだ、と。パーティーの日は韓国とのこと。
「はなかみ通信」届く。巻頭に、健太郎さんがなにやら書いている。
中信より、石本正展オープニングセレモニーの案内ある。
〈八〉篠原さんがピック・ノーズで浅川マキを見てきたとコーフン気味。
深夜、ワッキーら同志社岩倉高の3年に1回の同窓会の流れ、少しあり。佐伯美代さんもいる。玉屋珈琲の社長も来店。
終わったのは3:30。

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2009.9/20(日)


6:30ラジオもライトもつきっぱなし、ドアも開きっぱなし、Tシャツ一枚なのに気づく。7時すぎまで横になる。
上島で書こうと思ったが、ペンなし。
8時すぎ、市役所前のフリーマーケットの用意光景を40枚撮る。
9時〈ほ〉オープン。
血圧に用心。塩分、コーフン、睡眠不足。どれをとってもいい材料なし。
この堂々巡りを断つべし。
新聞をみて、65才以上を高齢者とあるのに気づく。
77年頃、立命館大生として、客としてきた夫婦、息子が同志社に入って、久しぶりになつかしい〈ほ〉へと来たという。あの世代の人は「ほんやら洞は安らぎの場だった。立命は共産党が支配して、中川五郎をよんで、ライブをやるのが精いっぱいの抵抗で、肩身の狭い思いをしていた」
〈ほ〉はそういう場でもあったのだ。とくに立命の学生にとっては。
昼前のもう一組は「茶の間」連載のファン。寝屋川から。ベルギーで3年に1回(5月)猫まつりがあると教えてくれる。
昨日、送られてきた「Good Art」展の出品者名のなかに、安岡和彦氏、風倉匠氏の名を発見(京都市美術館大陳列品 10/13~10/18)
3時に高木麻さんがくるものと思いこんでいたが、こないので、ストアデポで袋などを見つくろってくれているサッちゃんのもとに急ぐ。
ヒルゲートは搬出だが行かず。
その間、麻ちゃんが、5時〈ほ〉と彼女は連絡したつもりで〈ほ〉で30分待って、戻るところ寺町で会う。
サッちゃんはパーティーの準備にかかりっきり。
8時に小澤明子さんが〈八〉にきて、待つも、間に合わず。9時に麻ちゃんが〈八〉にきて、掃除をしていてくれた。
その間、ぼくは、Sと今後のことを1時間半話し込む。
Sは〈ほ〉に残り作業の残りを10時半までやる。
〈八〉トップ客は、いつもキョーミある者には、いや、その人が若くて女性だったらなおいっそう、つっかかっていく長谷川さん。
次は、朴ちゃん。そして、千佳ちゃん、さらには10年ぶりの筑波大の先生山口恵里子さん。その間に黒澤正一さんがくる。そして、ミキちゃんが仏大の先生と。そして、シルヴァンの家に逗留しているフランス人カップル。夜中、コックリ、コックリやっていると、千佳ちゃんが気をつかって、もう帰りましょうかといって、朴ちゃんを誘って出たので、終わる。
結局、3時半まで。
途中、ポリさんにチャリ・チェックをやり、吉田に帰ったが、玄関の鍵がなくてあわてる。何度、ジャリ銭でいっぱいになっているポケットをさぐってもない。仕方ないので〈ほ〉に合鍵をとりにいこうとして、チャリを出そうとしたら、チャリの鍵がかかったまま。ポケットを15分さがしても地面をさがしてもない。結局、タクシーで往復して、持ち込んだ懐中電灯の尻っぽをみるとチャリキーがついているではないか。尻っぽは磁石だったのだ。

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2009.9/19(土)


8時半起床。
ネガ・チェック1h。
1ヶ月に400本チェックして、今後の使用に耐えうるネガ30~40枚を救出し、プリント。この作業を、文字通り、十年一日のごとくやって、ストック・ネガを見終えるのが可能となる。
これで、息も絶え絶えになったのでは困る。軽々とこなさねば。そして、年4冊の写真集を出し、一冊分の印税プラス版権は一番迷惑をかけている人に譲ることとする。
もっとアグレッシブに展開する術を見い出す必要あり。
「八文字屋・ほんやら洞往還日乗」を出版してやろうという編集者、いませんか。
そんなことを考えながら、仕入れへ。
10時半オープン。
烏丸のローザ薬局に頼まれていた薬をとりにいく。パーティーもう終わりました?というので、ムリしなくてもいいというと、「助かった、棚卸しの日なんで」という。
ここの夫婦もやはり少し老いたのだろう。店のディスプレイに味がでてきた。数年前はスカッとしていたが、少し変わった。
11:30、25年ぶりの客あるも、母が帰ろうといい、出て行った。少し散らかっているのであろう。この辺をちゃんとやれば、この店はまだサバイバルできよう。
夕べ、変な夢をみていた。パーティーだが、ぼくのではなく、シュアのパーティーのようで300人くらいいた。ぼくも参加した。受付をたむろして、一番前の袖付近に陣取る。黒川創ら元気な連中が反対の袖あたりにいた。
さあ、はじめましょうと言って、八田淳が登場した。すると、「アレはダレだ」とシュア周辺の老人がきき、もうひとりが、アレはカイさんらの仲間だと説明。八田さんが、じゃあ、歌いましょうというと、舞台に15人くらいの男女が飛び出して来て、輪になって踊り出した。淳が曲にあわせて踊って下さいという。曲はクラシックで、曲にあわせるというのは、各自がゴムのように伸びて、ワッカになったり、棒状になって移動することのようだった。なんじゃ、これはと思っていると、目の前の袖から大林マキちゃんが顔を出して、これはむつかしいといった。
それだけの夢。
もう一度、目をつむると、ぼくは棒になっていて、ぼくの方へ、輪投げよろしく、ワッカがたくさん飛んできて、そのワッカにぼくは埋まってしまう。そのワッカの正体は三橋遵さんだった。
10/9まで中信へ出品リストを提出して、10/9~10/12韓国へ行くつもりだ。
Lマガ、結局、採用は3点のみ。
恵文社に「インドちょっと見ただけ」5部置く。ポスターも可否を問うために2枚置いて帰る。
これから3、4日が一年で一番、西陽がきれいなときだったと思いつつ戻る。
夕べ、京楽のユキちゃんに、1/26~31の記念展の話する。同時に、いや、それより早めに京楽の「其の二」ギャラリーでも個展やってくれといわれる。ポスターがたくさんあるなら、それもすべて出してほしいと。
夕べ、富久さんの来店を思い出す。今年も国際反戦デーのデモはあるのかという。N.Y在住のきれいなお嬢さんとのツー・ショットもさがす必要あり。
パーティー用の袋を買いに行ったサッちゃんと待ち合わすも、行ったら、店は閉じたあと。
〈八〉チャンマキがいるものと思って、ゆっくり行くも、彼女の姿なし。連絡もなし。もうダメだろう。彼女の〈八〉バイトは。
代わりに、ミルトンさんが友人と3人で、細尾亜希子さんの旦那がロンドンで知り合った27才の女性(2.4)同伴。「Streets of Kyoto」プレゼント。
あとは、タケボー&友人、ナオト&婚約者(10/17ケッコン、NHKの女性)&ディック。ディックは、来年、パリがきまりさえすれば、アムステルダム展の準備を約束。樽家さん来店。
最後にきたのは、中山ラビ&亮太郎ご一行様。
何時に閉店したか覚えてない。

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2009.9/18(金)


TVの前で8時半まで寝る。
小岸昭さん、中谷健太郎さん、姉に本を送る。
電気代支払。
昼客、イギリス女性のみ。コンファレンス。もうひとり妙心寺の墓参り客。
先日、ミキちゃんに打ってもらった「ダメ少年、写真家になる」の前半3分の1に手を入れ、あらたに「水上勉の影響(インスレーション)」も少し書き加える。
サッちゃん、不調つづく。一部、ぼくの将来の見通しの悪さによる。
ぼくは思い切った生活の立て直し、ほんやら洞改造案を考える。とにかく、ゴミを一掃して、2Fにオフィスをつくれたり、場合によっては臨時宿泊可能なスペースづくりを4月までに果たすつもり。
金はなくとも恐れず、果断に実行するのみ。
サッちゃん、ポスターを持っている写真を撮ろうというといい顔をする。表情を曇らせているのは、やはり、ぼくか。
〈八〉カオリちゃんの力をもってしても、シルバーウィークに勝てず。ナンパ師、長谷川さんの防衛的(オブラートに包まれた、もちろん、長谷川さんが)甘い甘い詰め寄りあるのみ。今日、誕生日の黒澤さん来店。
日仏帰りのサッちゃんにメールを打ってもらうためにきてもらう。ヒルゲートでバラ売りした生前遺作集の残部をサッちゃんが整理していて、日沖ちゃんの真実を発見する。日沖ちゃん、ぼくには1500部しかプリントしてないと告げ、1500部分の印税(それも10%の約束を5%に値切った上)しかくれなかったのに、実際は2000部以上を刷っていた。シリアル・ナンバー2000と、この箱にあった。甲斐ならだませると思ったのだろう。
おっちゃん、「京楽」のユキちゃん、岩本氏、千秋ちゃん、ハマちゃん&ワカちゃん、ミキちゃん&西村さんのみ。
「カイさん、私、サヨちゃん、好きよ」と言い残して千秋ちゃん、帰る。
3時半帰宅。

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2009.9/17(木)


南美ちゃん、クーラー切り忘れ。
カレー出していたら、いかれかかる。
大龍堂、ナニワ、六曜社、テラ、ヒルゲート、マロニエ、恵文社、ガケ書房、家(洗濯)とまわる。
ぼくの一番問題は、手元にある150万コマのネガの運命だ。
ぼくはこれによって、これから10年生きようとしている。
そして、それに陽の目をみさせようとしたら、10年間、毎月1万コマのネガをチェックしなければならない。たぶん、一日に400コマのネガを見てやっと10年でぼくのネガ・ストックを見終わることになる。
その作業とそれに付帯する仕事で、しかもいい仕事をしてくれる女性がいたら、来年から月に25万円を払うつもりがある。払える根拠をもちろんちゃんとつくるつもり。付帯作業というのは、毎月10枚~15枚の全紙のプリント、プラス300枚のキャビネのプリントをやって、ぼくの身内の雑務をこなすことだ。もちろん、その他の能力給はある。
あるいは給料なしで、この付帯をこなしてくれれば、ほんやら洞2Fの奥をオフィスとして権利もあげるし、また、ほんやら洞を経営してくれ、ほんやら洞の利益をすべてあげてもいいと考えている。

ターニャ・バレットさんが写真に興味をもっているというニューヨークのクイーンズに住む同大留学生来る。両親はジャマイカに住む。
パーティー案内、ベストに近い位、頑張った。参加者の少ないのは、ぼくの不徳のなせるわざ。日もちょっとまずかったかな。
高取英さんから平日の方がいいんですよといわれる。
次はそうしよう。もうそんなにやる気なし。
月曜社の本、青草書房の本出版の暁でも親しい人が30人くらい集まればいいと思っている。
たくさんに案内を出すという下品なことをやっているのは、飲み屋をやっているからでもある。
いろんな意味で感情の高ぶり収まる。
なるようにしかならない。
〈八〉少なし。
トップ客は「ドン・キ・ホテの食卓」の著者、荻内勝之さん(東京経済大教授)と溝江寛乃さんだった。氏は以前からの客だったらしいが、面とむかって紹介してくれたのは、行路社の楠本耕之さんが紹介してくれた。中山ラビちゃんの店の常連。サラマンカ展を考えていてくれたが、手違いで失敗。今日は鯖江の9代目の市兵衛さん(紙)に会ってきた。サラゴーサと京都が姉妹都市なので、そっちをあたってくれるといってくれる。
島さん、フランスのディーコンさんグループ、鹿さん、サッちゃんの友人のタカちゃんが友人2人同伴、桑原さんくらいのもの。ろくでなしに写真集をもっていき、京楽にもビラもっていく。ガイアナ客、インド写真集1冊買い。
4時帰宅。

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2009.9/16(水)


5時までテレビの前で何も着ずねていた。
昨日、兼康町の山本さんからいただいた「湖月」の菓子ばかりくう。
10時出勤。
タコライス、昼までまにあわず、外国人観光客。
夕方、「写真集インドちょっと見ただけ」くる。
客10人ほどあり。
南美ちゃんが気を利かせて、片付けに〈ほ〉に入ってくれる。いっこうにキレイにならないのに嫌になったのでは。
サッちゃんと持ちこしの問題をずっと喋っている。
ぼくのように1,2点の美質を除けば、あらゆる面において劣っているにもかかわらず、公然と粗雑な動きをしている男のアシスタントをするのは大変だろう。
これからは、カイさんの仕事は受けるが、巻き込まれて10年、いろんなものを失ったので、その回復という意志ではなく、自分の人生をよりよく生きるためにいまのところ、自分のことだけを考えようと思っているとのこと。
ぼくは、ぼくで、家にかえって、ひとりで古いネガを引き出して、どれをプリントしようかという思いにふけるのは楽しいし、時間もあっという間になくなる(いくらみてもネガの多さに果然とするだけだ)。たぶん、本来的社会性はないのだから、これのみでひっそりと生計を立てるのがいいのではないか。福沢諭吉の「瘦我慢の説」ではないが、私情に立ち、周辺の問題や付き合いを私情でシャッフルしていくことによってしか、生きる術はないので、いまとなってはぼくの写真に関心をもつ(といっても、いいプリント、いいデザインをやってくれるのはとてもありがたいし、感謝しきれないのだが)、ネガの段階から、ある意味では競合できる、数奇物とともに生活し、いろんなものを決然と切って生きていくしかないのではと思っている。
そうするとサッちゃんとの接点がなくなってくる。
どれくらい前かわからないが、たぶん、数年前ならばぼくに寄り添って、ぼくの面倒をみながら、ネガチェックも楽しみ、自分の仕事を打ち立てていったであろう。
小学校の教師になった当座も相当、健気にがんばってくれた。それでも実りがないので、徐々に参ってしまい、いつか実をとり、離れようと思ってもまちがいではない。
彼女としては、多少、寄り道したが、力もつけ、人脈もつくり、魅力を発揮する術も覚えた。このまま、自分の仕事をつづければいいのだ。10年遠回りさせたぼくから、当分(あるいは、彼女の状況が好転しなければ、ぼくが元気な限り)ぼくから仕事をまわしてもらうというのが人情か。
問題は、ぼくだ。ぼくはシンプルになればいい。だが、あらゆる分野で依存的に生きたので、アシスタントはなくなるのはいいにしても、40年以上いや60年日本的市民生活を生きるのにおちこぼれできたので、ぼくに写真に興味を持つ人間で生活を補佐してくれる存在が必要となる。
具体的に言おう。いま、〈ほ〉はどん底から脱出しつつある。このチャンスに、手も汚く、適応不能になっているぼくが、〈ほ〉の現場にいては浮上できない。
そこで、〈ほ〉を思い切って改装して、2Fの奥の部屋も整理して、そこをデザインのオフィスにして、ほんやら洞企画(デザイン?)にして、1Fも軽い喫茶にして、写真集やポスターを売るぼくにとってはぼくの写真集販売のパイロットショップにするつもりだ。
そうなると、あとないのは金とぼくの写真に興味をもつと同時に、ぼくに親身になってくれる女性だけだ。
〈八〉今日も低調。杉本さん、永澄氏、山中氏、音峰さん、和見、村田真一氏、イタさんなど。
1:30ダウンしていると、また臨川の八木さんくる。入らず。
3:30帰宅。

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2009.9/15(火)


8時起床。
1hゴロゴロする。
智恩寺の手づくり市に行こうとしたが身体がだるい。
10時〈ほ〉入り。
カレー、タコライス、チャイつくりなおし。
午前中、客4人断る。
45才くらいの女性から、「お父さん、今日、何を食べさせてくれるの?」といわれるのを甘受した。
ヒルゲート今日3回ふられる。
ヒルゲートで「伏見」のたづさんに会う。家族旅行で出席できないのでと1万円くれる。
中信から10/9まで作品リストを出せと言ってくる。
読売の森さん来店。来月、京都版の美人論シリーズに井上章一さん、美人などと登場してくれと依頼あり。9/22、2次会には津村喬さんとマキコさんが料理を差し入れしてくれるとtel。今日の気功の会は休み。
スーザン・ソンタグの著作集が出始めた。最初の刊行本にはファン・ルルフォの「ペドロ・パラモ」のいい紹介も入っていた。
フランソアの今井香子さん出席。〈ほ〉をやめるといったら、「カイさん、もう3年したら景気は回復するのやで、やめないで。小泉はひどいことをやってくれた」etc.
〈八〉フランス人3人、イギリス人1人のグループ、写真集18,000円分買ってくれる。酒も2杯ずつのむ。エロリー・ディーコンさんは、パリにきたら、中心部に住んでいるので、泊めてあげるといってくれる。
板さん&文化時報、長谷川健一(ハセケン)グループ3人。ハセケン、子どもが生まれて2ヶ月半だと写真を見せてくれる。梅津の染色屋の息子。いまは山端の社宅のようなところに住んでいると。
人見さん、お嬢さんの綾さん(12.23、精華人文2回、芸術表現学科)同伴で、売上持参。
2時閉店。

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2009.9/14(月)

8時起床。
金欠病の打開策についてばかり考えていた。
部屋の整理をしようとするが力が出ない。
10時〈ほ〉入り。民輪さんにtel。お願い事に東山三条にむかう。本のこと、杉本さんのこと、パーティーについてを交わす。
アップ、アップだ。ぼくは。
プラメイクの原稿を渡そうとしたら、前にも使った写真と指摘され、急遽、書き改める。
ポスターの版下、印刷屋さんにわたす。
南美ちゃんが、昨日、大分から戻ったとくる。高島屋のレストランでバイトをすることになったので、週一、二回は〈ほ〉に入れる。連休、モモンガがくるので、パーティーを一緒に手伝うと。
〈八〉長谷川さん、おっちゃん、田中直子さんのみ。
終わったのは2:40。
やよい軒でメシを食ってねていた。
今日、佐藤泰一さんよりtel。できたら9/22には嫁と子どもをつれて行くと。
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2009.9/13(日)


7時起床。
今晩は徹夜で宛名書きする予定。
でも、切手代なし。
明日の支払も大変。こんなに両店とも客のない日がつづくとこたえる。〈八〉ファンがなければ、両店も閉めたい。
8時、家に帰り、本の整理、写真セレクション。
ほんとうに両店を閉めて、吉田の家でゴソゴソやることと、外に撮影に行くだけの生活にすべきかと思う。
写真にかけ、カスミを食いながら、写真の売り込みにも力を入れる生活に力点をおくべきだろう。
パートナーとかアシスタントのない、生の必死の自分に、ときには、息子2人に力仕事やなんか頼むべきか。
とにかく、1月の文博展を終えたら、大転換をする。4月のコニカミノルタはちがうやり方で、写真も、この10年のネガの見直しの末、日本の写真にするか、外国の写真にする。そのためには、正月明けくらい、韓国か台湾か中国に行こう。
金がない、金がない、という生活はもうたくさん。
パリ展もよく考えよう。
3月に杉本さんと国東? 5月はやはり彼と韓国? 疲れてなければ、初夏、彼はフランスに一緒に行こうというだろう。
9/20から高木麻ちゃんが、どういう働き方で入ってくるか楽しみ。

昨日、ヒルゲートのあと、司さん、水上蕗子さんと一緒に「めなみ」に行きたかった。行くべきだったか。
珍しくちゃんと喋れたから気分もよかった。気分がいいと誰かに言いたかった。
蕗子さんとは草森紳士のことをもう少しききたかった。彼女に質問すると、なぜきくの? といって笑っていた。その笑いはやはりちょっと水上勉さんの笑いに似ていた。イタズラッ子の面持ちがあった。椎名たか子さんがいま何をしているかとききたかった。イギリスに行く前には、椎名さんとちょっと喋っておきたいからだ。
蕗子さん。「私は死んだのをだいぶ後で知ったのよ。草森さんは、ああやって棺桶をつくっていたんだなァと思う。去年、会ったとき、『揺れる』(文春新書?)を読んで、うちには少しスペースがあるので、本を少し預かりましょうかと言ったんだけど、笑っていて、あの4万冊の本のなかで生活し、最後に文字通り、本に埋もれて死んだんだからね」
草森さんは死後4日に発見された。とても興味深い本をたくさん書いているのをこれまで断続的にしか読めてないので、目がつかえるうちにはやく読もうと思っているが、彼のことを喋りながら、自分はネガ・写真で棺桶をつくっているのかと思って、ヤバイ、ヤバイと思う。
司さんは静岡新聞に1年半、与謝蕪村のことを小説にして書いていたのが8月いっぱいでおえて、ホッとしているところという。
司さんの生活の仕方からも学ばねばならないものがいっぱいある。
司さんは、自分の最初の写真は乾版だという。
2人との話も中途半端におわった。
人見さんが、カイさん、いつも一緒にいる搬入にもきた女性がカイさんの新しい奥さん? というので、ならいいですけどね、といったらびっくりしていた。
昨日しゃべったことの一部を、月曜社本の写真論のなかに一部くりこむことにする。

やり場のない怒りに似た思いで腸が煮えくり返っている。こんなときはいつもその震源地にむかって何日でも書き続けるのだが、そんなことをやっていたら、他の原稿、9/22のパーティーが覚束なくなる。

11時〈ほ〉入り。最初の客、米が炊けてなく断る。
夕べ、国男さん、しばらくパーティーには出ないと決めているが、山田稔さんや楠本耕之さんに会えるのなら出席しようかな、とゆれる。
楠本さんは大変な人物だという。何人も養子をとっているのだそうだ。
夕方、高木麻ちゃんよりtel。カイさん、フランス行きはどうなっているの? 決まってない段階で、私が押しかける形ですみません。勤務日はどうしましょう? そういうので、いや、助かります。到着後、話をしましょうといってtelを切る。
7/20の3時頃、〈ほ〉に到着予定。
昼、シンガーのくすきしんいち君来店。先日、大分で偶然、甲斐さんと水上勉さんが写っているポスターを見つけ、店で理由をきいてびっくりした。そこがお兄さんの店でした。そんなことをいう。
兄といえば、夕べ、姉のtelでは、西安行の件で、昨日大分のTOSテレビに出演。マンダラも多く紹介されたそうだ。しかし、びっくりしたのは、兄が仏教のことをしきりに喋ったことで、それはいいけど、先日、嫂が姉の家から持ち帰って仏教の解説書をそのまま喋ったというのだ。姉は身内だけあって、兄(姉にとっては弟)の言動を心配して見守っているのだ。
サッちゃん来店。昨日のぼくのバンソンに対する態度がわるかったといってバンソンが怒って帰ったそうだ。びっくりだ。連日来店の押田さんと話をするためにバンソンの方をむくと、うるさいブッシュがいるので、バンソンの方を向かなかっただけだ。それが誤解を生んだようだ。サッちゃんとバンソンの最後の夜だから、邪魔しないようにと気をつかっていただけなのに、誤解したようだ。ぼくは、たしかにしばらくバンソンと会えなくなるので、元気で!とか言うべきだったか。けげんに思っている彼にサッちゃんが余計な解説をしたようだ。ぼくとしてはそっちの方が気になる。サッちゃんとしては、もうどうでもいいらしい。カイさん、ちょっと調子が悪かったのではないだろうかですむのに。
ぼくはフランソアと友だちだし、バンソンとフランソアも同様なので、まあ、いずれ、誤解はとけるだろう。
生きていくことは、恥ずかしいことや誤解を生む言動も避け難いのですかね。
でも、今日はうれしい。9/16には写真集「インドちょっと見ただけ」ができるという知らせもある。皆さん、不景気だけど、よろしく。
9/22パーティーには写真集3冊つき、おとくなパーティーですよ。
〈八〉超ひま。民輪さん、杉本さんも顔を出さず。客は、12時すぎのおっちゃんと、西田大智さんのみ。おっちゃんのヨメ父が亡くなって大変だったという。西田さん、奥さんのばんばまさえさんとパーティーにきてくれる由。
閉める前に朴ちゃんにtel。ジャーマンが釣った魚を2人で比叡平で呑んでいた。
結局、青草書房のための原稿をフラフラになりながら、3時半まで書く。

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2009.9/12(土)


気がついたら、やはり〈八〉だった。こうこうと明かりをつけたまま寝ていた。家に帰る気がしない。テレビっ子(?)にも面白いものなし。
春、サヨちゃんが、引っ越し手伝いに行くと言った時、なぜ断ったか。ならばそのラインに貫徹すべきだった。昼の〈ほ〉も負担だが、毎夜〈八〉で酒を飲むのが思考力を奪っていた。来春には〈八〉もだれかに速やかに譲らねば。同時に抱えている荷物が多すぎる。
8時前から雨。
ポスター、写真集を置いてまわるようにしなければ。
今日は明日は民輪さんがきて打ち合わせ。夜はヒルゲート。〈八〉夜、チャンマキはくるか。京大シネ研のマキノ君ら、何人が出席か確認も必要。
サッちゃんとはベストを尽すと約して来春、決着で合意。ぼくは店をやる能力も、アシスタントや嫁を養う能力がないのだ。実力がないくせに、たえず、皆に喜んでもらいたいと思って、非合理なアクションをとる。
夕べも〈八〉客不発。
〈八〉いよいよ大変なら、カオリちゃんがたくさん入るよと言ってくれる。
よくよく考えれば、13年前から同じ問題を抱えていた。この13年間で、どのような写真を撮れていたか、それが問題だ。いや、30年から同じか。
ほんやら洞通信は、あれでよかったのか。
いずれにせよ、助けられながら、早急な処理を待つ事態あり。どう切り抜けるか。
午前中、Lマガ用写真さがし。
八文字屋、ほんやら洞の仕事、写真撮影、暗室作業、嫁や子どもとの付き合い、アシスタントへの支払、恋人との付き合い……どれひとつとして片手間でやりすごしていいものではないのに、ぼくはすべてがいい加減で3、4の事柄にかかわっているのだから始末が悪い。
暗室に関して、ぼくは何を要諦にしているか、まだサッちゃんには通じてない。彼女はここの写真のフレームとか仕上がり具合をあれこれいっているが、ぼくはスピードを求めているだけだ。パッパッと処理して、格別にいい写真が100~200枚に1枚あればいいのだ。でないと150万コマ以上ある写真をこの10年間で引き伸ばし機にネガをはさんでチェックし終えないはず。
彼女は金になるのなら(ぼくに金が入れば)何人も雇って、バイトに下焼きをやらせて最終的にいいのは自分でやるという風にシステム的に考えているのか知らないが、ぼくは彼女の想像以上にあせっているのだ。
ぼくは生まれてこの方、家でも下宿でも自分が寝起きして作業するスペースは1帖分位しかない生活をしていた。大半は路上で過ごした。
ほんやら洞2Fの奥の狭い部屋で計2人の人と過ごそうとして、2人から逃げられた。
八文字屋がはじまって、2年半か3年は八文字屋で寝起きしていた。寝袋で。田中樋口町に白雲荘という下宿を83年からもっていたが、85年2月からは八文字屋に住み、田中の3帖のアパートは物置のまま、10年以上空(?)家賃を払ってきた。京都にきた当座は3帖間に兄と2人で住んでいた。次は、天井の高さは150cmしかない3帖、次は妙顕寺の3帖、そして〈ほ〉。
〈ほ〉’76~’81くらいは、山内さんのアパートに居候的にいたので、そのときは少しは広かった。
でも、ずっと自分の机と自分の本箱があったのに、結婚と同時に両方失った。
いまでも、実は、自分の机(引き出しが数段ある)と大切な本と辞書だけを入れた本箱を渇望している。1日に、1.2hその前に座れる生活をしたい。
アイリーンから、ユージンの暗室、部屋はぐちゃぐちゃだったときいたが、絶えず、新たなイメージを追う、イメージの虜的で外向的な写真家は、ある程度、そうならざるをえないだろう。それにブレーキ的存在を持てる写真家とそうでないタイプがいるだろう。
ぼくは、書く物も撮るものも、ほとんどオートマチズム的手法だ。これを編集する、いいスタッフに恵まれたら何とかなるだろうが、従来はそういう編集者(女房がそういう役割をした時期もあった)でなく、好きな女の子2人くらいに、写真でもエッセイでも少しみせ、それをレファランスにして、もう一度やり直すという方法をとっていた。
今回の松上げのプリントもそういうものだが、それにサッちゃんは気づかなかった。そんな甘え方しないですべてひとりでやる方が好ましいのかもしれないが、これまでの百数万コマ撮るのも、そんな感じだった。ぼくという人間は何人ものの人間の意識の束と考えて、実際に撮ってきた。自画自賛になるが、ぼくの全体像を差し出すときには、それが魅力になりポピュラリティをもつ由縁と考えている。ただいい人間関係のなかにいないとまずいことになるのは、わかっている。いま、そういう事態を招来しようとしている。元来、自分がバラけて逃げられるのを好んでいたかも。それを繰り返して、定期的に意識を高揚させているのか。
とにかく、3月には一大決心をする。その前に、〈ほ〉を片付ける。
ぼくは、17、8才の頃から笹森儀助、菅江真澄、宮本常一のように民俗学的採集をしながら、放浪する生活にあこがれていた。それに写真展が加わるが、どんなことをしてでも、そんな生活に踏み出すつもりだ。
こんな所に書いても人目にふれないかもしれないが、いま、〈八〉だけでなく〈ほ〉でも若干名バイトを募集してます。

3時、〈八〉の付き出しをつくり、予め〈八〉へ。フィルム買い。
ヒルゲートでりわちゃんに会う。ヘキさんもいる。
りわちゃんが、おめでた続きやねえというので、そうでもないよ、アシスタントも遠ざかるしねえ、ほんやら洞も閉めるしと返事。
本郷館(東大赤門前)は、いま立ち退きの裁判中で、来年くらい出ることになるので、また、泊りに行ってあげてよという。
りわちゃんから、日向太がいまロックバンドをやっていると初めてきく。日向太にお祝あげた? 私でもあげたんだから、あげんとアカンよといわれる。

思いおこせば、〈ほ〉カムバック直後、〈八〉の大家さんの自己破産で、2年間裁判つづきでぼくは暗い日々を送っていた。直後、ヨメの子宮筋腫、よくなって働き始めたかと思うと病院内で骨折。ぼくはアメリカやスイス、ドイツに招待されたものの、フィルムを買う金もなく、写真家としては死んでいた。その間、細々ながらも、写真家として歩む道先をいろんな形で照らしつづけてくれていたのはサッちゃんだった。それは感謝しよう。ぼくは、彼女の超内向性には辟易していた。書店への営業でも〈八〉を6時から8時掃除すれば小学校教師と同等の金を渡せると確信していたが、彼女は嫌った。お嬢さん臭がぬけないから仕方ないかと思っていた。
これは、懺悔しているのではない。懺悔の値打ちもないことだ。
問題の在処だけはつかまえておきたい。

5:40、ヒルゲートに行ったら海人彦がいた。昨年の4月以来だ。〈ほ〉でまだメシを食えるよと言ったら、行くといった。吉田の家にも行くと。わが子ながら、性格も素直になっていて、ほっとした。9/22の2次会には顔を出したいといった。日向太とくるだろう。これからの力仕事は頼めるだろう。
司修さん、田島征彦さんの話もおもしろかった。司さんは予定の3倍になったのではなかろうか。田島さんには、20年位前にヒルゲートで征三さん&お母さんも一緒の写真を撮っていたので、プレゼントする。
永澄&ミキちゃんも顔を出す。

9/22パーティー、一澤信三郎さんはムリになったとハガキ。
〈八〉超ヒマ。チャンマキがバイトに入ると言っていたが、来ず。人見ジュン子さんに「めなみ」へ誘われたが断った。月曜日の支払が待っているからだ。こんなことを心配してくれる相棒がいないのは淋しい。担保の喪失というべき事態。
そんなことばっかり考えているところ、井上泰さんくる。
10時すぎて、田中国男さんが前橋市国領町の久保木宗一さんを連れてくる。ルーツの姫路を気にしている。プライド? ブランドである書肆山田から本を出してうれしそう。来週、前橋で、田中国男・甲斐+週刊新潮の表紙を書いている男というとりあわせで、3人展をやりたいという。押田連さんが、「京都にいるかぎりくるよ」と入ってくる。かなりお疲れ気味。
11時になっても、司グループ来ず、売上もからきしでイライラ。チャンマキをくどきつづける眼科医のジョン・ブッシュ来店。2回目。
そこへ、バンソン&サチココンビもくる。
口説き文句の出ないバンソンが帰った後、ブッシュ氏、「アイツはアホだ」と自分を鼓舞。
チャンマキもきて飲んでいる。
皆帰り、琢ちゃんがきて、ユキがのこっているところ、司抜きの直子グループ見参。直子さんの福岡の友人と西南学院に通っている娘もいっしょ。そのとなりに和見いる。そういえば、夕方からずっとそうだった。
彼らも一瞬できえ、ずっと直子さんに抱きつかれていた琢ちゃんだけ残ったが、直子さんが財布を忘れ、琢ちゃん、直子さんちまで財布を届ける。
1時に、今日は〈八〉で寝ることにした。ヘベレケになっていたかも。

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2009.9/11(金)


上島珈琲。
恋愛問題をそっとさせておかないとヤバイかなと思いつつ、B・S問題を通じて〈八〉〈ほ〉のピンチ度の深さを思い知らされる。姉は、いますぐにでも〈ほ〉を閉めろ。そうしないと、あなたの命はないよと。
昨日から、朝日で川上さんの連載が始まったという。朝日を買おう。
〈ほ〉10時オープンする、しんどい。
家でシャワーを浴び、青草書房の原稿に着手。
1時〈ほ〉再開。
ぼくの写真の基本は、まず、ぼくが身を外界(社会)に哂すこと。次は興味のある方向につきすすめ、最後に、そこに突入することだ。
今、何よりも欲しいのは、外へ外へと出ることだ。いま考えているのは、どうして数年前に〈ほ〉を閉めなかったのか、ということ。
後を継ぐ人物がでてきたら、滋賀のおっちゃんの家にぼくのものを預かってもらおう。
〈ほ〉NPO化を年末年始、実現すること。
〈ほ〉出版計画をそれと切り離すべきか、なお流動的。
竹内浩一さん、伊藤公雄さん、酒谷宗男さん、出席の返事あり。
園田恵子さんはくる予定だったが、入院したとのこと。
一応、9/11まで連絡をと書いたが、もう数日待つつもり。
これまで明言は避けてきたが、ぼくとしては、このパーティーは祝賀会というよりも、「ポスト甲斐のほんやら洞」をどうすべきか皆さんの意見に一応、耳を傾けるパーティーと位置づけてます。これで、ほんやら洞は閉店ということもあります。
その意味で、ほんやら洞関係者が少ないのは、少し淋しいけど、これが、まあ現実を反映しているのだろう。
この考えをもう少し書いて、明日、さらにもう3、40人に発送するつもり。
このパーティーまで月曜社の本ができていればよかったけど、できなかった。これもぼくの不徳のなせる業だ。
女房、子どもも逃げ、その後もアシストしてくれた女性の脱落風な動きもあり、ぼくはドラスティックな変化を覚悟している。これは孤立感の末の決心ではなく、再生にむけての試みである。
ルネに行ったが、今日は写真集「生前遺作集」はなかった。
上記の考えは、明日、ヒルゲートで喋るチャンスがあれば、喋るつもりだ。
わいせつ裁判でお世話になった藤田一良弁護士から出席とのtel。中尾ハジメはどうしているの? ぼくが会いたいから出席しろともう一回手紙出しておいてという。藤田さんは、伊方原発訴訟団の団長で、中尾ハジメの生き方に多大な影響を与えた人物で、狭山裁判の陰の弁護団長ともいうべき人物。ジャズ・シンガーの笠井公美子の義兄にもあたる。
9/22の〈ほ〉での2次会のために、その前にレンガ磨きでもやりたいので、レンガ磨きボランティア募集、よろしく。
米屋にも金払えず。
吉田に家を借りたのが、間違いだったか。毎日〈八〉に泊まっている。家はいらなかった。借りてなければ90万円の金が浮いた。
〈ほ〉にクーラーがあるので、〈ほ〉2F暗室化でよかった。賞金をもらうまでは、2Fの半分は暗室と考えていた。吉田の家の荷物は、滋賀のおっちゃんの家に運ぶ段取りもできていた。引っ越し後のエネルギーロスは、原稿に充てるべきだった。ただ、吉田に行けば、親権を放棄して会うことのなくなった息子に偶然会えるかもという思いが、吉田へと後押しした。
仕方ない。
もう動いてしまった。
いまやるべきことは、ほんやら洞を放り出して写真に専念することだ。また、GFができたらいい。そうすれば、吉田の家もムダにならない。となると、引っ越しだが、来年は外を飛び回る予定なので、そんな作業をするエネルギーはない。吉田の家はもう少し片付けて、だれか学生に貸すべきか。
運命の岐路はパリ祭の日にあった。Sは一緒に行きたがったが、拒否して、後で一人で行った。彼女ペースで彼女の日仏の友人に会いたくないと思った。日仏でもできるだけ一緒にならないようにして、ぼくはバンソンばかり撮った。当時SとBの付き合いはなかった。
こんなことをダラダラ書く時間があったら、〈八〉を片付け、書き下ろしも早急に終え、青草書房の仕事に勤しむべきだろう。
来春は個展をおえ、さっさと〈ほ〉を遅きに失したが人にまかせよう。
〈八〉到着すると、貝塚さん、篠原さん、上品さんがいた(最後まで)。どなた知らねど、自意識のたれ流しをしている。ゴットンが同僚とくる。9/22は山に登るからムリという。
小説家の松宮宏さんがジーオースポーツの後藤泰男さんと出席とtelあり。
パーティー参加者をtelで募るべきときに、サッちゃんとの深刻な話をしていた。
カオリちゃんの徳永さん、もう少し早く分かっていれば参加したかったと。パーティーは無理と。岩波の押田連さんもそしてハエちゃん。ミキちゃん、黒沢さんもくる。
パーティーはいまのところ62人。
関西Lマガジンより「おじさんの京都探訪」用写真をみせろとメールあり。

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2009.9/10(木)


10時、写真乾燥2h。
12時、〈ほ〉入金不足。(10日の支払4ヵ所)動じることはない。姉から何か送られてきたようだ(郵便局でエクスパック預かり止め)。大きな栗と判明。
壬生寺付近の大谷系のお坊さん、スクーターできて、「生前遺作集」を買い、カレーにHコーヒー、また来ますと言ってくれる。中学の時にユージン・スミスに衝撃をうけたとか。大谷からバークレーへ。大学は計8年いた。Yoshi’s barの話をすると、よく通っていたという。知人の知人だというと、その知人は高橋さんですか? という一寸思いださなかったが、室謙二の紹介できた、スミス・カレッジの女の子で、同大AKPの日系人は、たしか高橋さんだ。ムロケンの友人である父は、一緒にきた書家だった。彼らもどこか写真集に出ている。
大阪で化学系の雑誌の編集者来店。1年大阪にいて、来年に東京。新潟出身。

今日はSさんのコンピューターのそばで紅茶をこぼすという失態で叱られる。そのあと、昨日までは14枚打っていたのをつづき13枚打ってくれる。
来年、Sインタビューによる本あるいは、これまでの甲斐論集+カイ自身によるカイ論をパリ展までつくろう。これをSさんの最初の著作にしてあげると話す。あとは唄うように吠えていた。用心用心。
府の文化室からどういう人が何人くらいきているのかと問い合わせあり。それ次第で出欠をきめるようだ。意見を求められはしないかとも。
自分のアドレス帳つくりなおし。書き散らしの原稿を入れる机必要。
千葉大の建築科の男二人くる。
〈八〉杉本さんよりtel。明日持って行こうか、と言っていたが、今日もっていくという。Mさん、賢すぎて心配という。杉本さん飲んだが、釣銭なくて、今日はいいという。
ラルフのバイト志願の知人来ず。明日、10万円なんとかなるか、ないものはない。月曜日にしてもらおう。
Sに軌道修正なければ、独自のプリント&パソコン・スタッフを求めると告ぐ。
Mr.京大シネ研が「日乗」は23日までしかアップされてないというので、あわくってtel。この間、疲れていたじゃない。覚えてないの?という。たしかにそうだ。でも「日乗」もパーティーへの人集めの生命線になりつつある。
杉本さんは、店をやる女性を心配して、もっと喋りたかったそうだったが、奥さんといい合ったとかいって、いささか銘酊したKさんが、杉本さんとも打ち解けて喋りたがり、杉本さんもそれなりに疲れていたので「こなから」に場所を移す。民輪さん、土日来店。
Kさん、昨日はあんなに女房が動きまわったのに、今朝、学生は、別に言ってくれというわけではないが「アリガト」の一言もいわないんだ、淋しいねえ。そんな人間関係。女房は薬局の娘だから、あの時のぼくの対応に怒ってんだ。喧嘩して、また、呑みにきちゃった。もう一軒、よそに飲みに行こうと誘われて、行けたらいいのだが、手元足元不如意でついていくわけにはいかない。
Kさんの出身、吉田家(江戸)とK家(福井)の話をする。杉本さんに、京都、好きですか?なんてきく。杉本さん、もちろん、アンビヴァレントだよと。
深夜、おイタさん、久しぶり。鹿様、こんなことをいってもいいかなァと言って、民主がキライでキライで普段、選挙にいかないが、自民に入れに行ったという。
拓宏さんはどうしているかな? もう赤ちゃん、できた?
こんな売上で閉めるわけにはいかないと思って4時まで。そのうち眠って8時半。

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2009.9/9(水)


6時までまた下で寝て、それから2h布団に入る。
10時出勤。今日は、のびのびになっている最後の追加案内を送らねば。
出席者のカウントも必要。
昨日、入りそこねた暗室へ。明日くらい杉本さんにtelの必要か。
ミキちゃん、〈ほ〉に顔を出さず。
東大阪の近大付高生6人が、現国の先生のすすめでくる。カレーを辛いという客2人いて、味を修正。やっとヒヨコ豆も到着。
シンガポール人2人も。
朝日(朝刊)に、ギャラリー・ヒルゲートでの「水上勉と友人たち」展のオープニングの記事がでて、そこで、「水上勉の女友だち・山田詠美」の写真を甲斐出品と紹介される。
甲斐写真のポスター化作業開始(浜田佐智子)。
ヒルゲートにむかって出たところ、女子大生5人がきたが、3時半の約束があったので断る。残念。ちぐはぐな毎日。
ヒルゲートで見て、店内を少し撮って、寿司を食ってもどる。Mちゃん連絡なし。原稿を打ってもらえそうもないのでSに頼む。Mちゃん、〈ほ〉手伝い疲れたのだろう。
Sが打つ段にBからメール。Sがすぐに戻ると言って2人出る。ぼくとしたら、金か土に月曜社まで送れたらいい。恋路の邪魔は禁物。妙な干渉は思わぬ路線を突っ走らせる。最悪の事態を想定して動くのみ。いま、こけるわけにはいかない。
パーティーのチェックもれ、パーティーまでにやるべきことを相談すればいい。場合によったら、何の準備もなく無手勝流でもいい。ポスターと写真集があればいい。
ボケット、久しぶりに来店。ボケットがかかえている問題とぼくの問題は一緒だとボケットはいう。が、ボケットには金がある。
7時から暗室だが、Mさんが〈八〉に入れるか心配なので、8時半にはストップして〈八〉へ。Sからtelが入っていた。どこに行っていたの?(私が戻るといったじゃない、という意味)
徹夜プリントのつもり。

今日は長崎の河又さん、四国の鈴木さんより出席の返事あり。
文君、六平がダメなのは残念。
Mさんが〈八〉に入っていれば、フランソアにも行ってみようと思っていたが遅くなる。金か土には「伏見」に行けたらいいのだが。売上が伴うなら。
B問題をクリアしても、やがて第2、第3のB問題が起こるだろう。それを想定して動こう。目覚めたものは仕方ない。
ま、人生はこういうことがあるから楽しい、と思えばいい。発想の転換が必要。ぼくも負けてられない。少々、歳をくいすぎだけど。

〈八〉入り、9時半。高田さんと萱沼さんいる。草間さん、博江さんも含めて、9人できてくれたが、学生のひとりが体調を崩し、病院行のため、繰り上げ。
精華の副学長の葉山さんもきてくれる。精華に職をくれという。9/22も時間があったらくるという。
Mさん、昼のバイト(ゴム販売!)で疲れたというので、11:20にあがってもらう。オチャラケ・サンバのCD2枚くれる。
待てども客なし。いつしか寝入る。臨川書店の八木さんの「物騒ですよ」の声で起こされる。
2時半。八木さんも9/22行くよと言ってくれたが……。
3時から7時半までプリント。松上げ、同じ様なものばかり。花笠踊りはダメ。
枚方の中山氏パーティーへ。平佐氏のメール。

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2009.9/8(火)


洗濯をして、ヒルゲート、マロニエ、俵屋画廊まわる。
1/26~1/31 同時多発個展決心。他にも、〈ほ〉NPO化にむけて、あれこれ思いつく。それは、9/22のパーティーに文書で配布予定。
京大(経済)の依田先生、民輪さん、出席返事あり。ありがたし。
いまや、出席者少数もやむなしと考えている。もちろん、最大限の努力はするが。
それよりも、それ以後のことに神経を集中して、考えぬくつもり。だいたい考えて書いているが、他の來雑物と一緒になっているので、今日は発表しない。
同大商の美女二人撮る。今井麻貴さん(9.29)と片山美穂さん(2.3)
夜、暗室。
サッちゃんはいますぐ去るのを思いとどまり、しばらくは考える時間がほしいという。
〈八〉につくと、草間さんがいた。カイさんの顔をみて帰ると言っていたが、ゆっくりしてくれてうれしい。奥さんも寛げる空間ならいいのだけど。
この空間を整理して、かなりのお客さんに喜んでもらうという日はあるのか。商売まで片手間で恥ずかしい。悔しいけど、このまま一寸ずりの生活しか送れない。こんな風だとろくな写真もあがってこないのはわかっている。
増田さんが、大学時分から同期で同社勤務で先日までブラジルにいた萩さん同伴。草間さんは、朝日にはクレームがあるようだ。また、富樫批判もきいた。こんなぼくと草間さんがつきあってくれるのは奇跡に近い。桑原さんもゆっくりしてくれる。
朴ちゃんもきて、サッちゃんもどこかからおでんを持ってくる。おイタさん出席。文化時報の市原さん同伴。
ラルフはドイツがえりの立命館大の美女(3回生)同伴。場合によってはバイトOKといってくれる。
サッちゃんが帰ったあと、ポスター構想を朴ちゃんに喋ると、珍しくお誉めの言葉をいただく。おサチがちゃんとデザインできるかどうか知らんが、マージンといって、そこに版画なんかと同じく300分の1とか書いて、カイさんがじかでサインすればバッチリ。ちゃんと額に入れられるようにすれば、5000円でも出るよ、と。
今日はウダウダ書いて過ごす。
疲れた。
帰宅2時半。

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2009.9/7(月)


また裸でクーラーつけっぱなしで寝ていた。
4時起床。
シャワーを浴びて、写真整理。
今日は、俵屋、錦、古川町などまわって、ルネで写真集「生前遺作集」と「Beautiful Women in Kyoto」仕入れ。
夕方、搬入。
夜は、九州のSさんへの激励の手紙を書くつもり。また、名簿チェック、出欠をつめなければ、この一週間(5日間)の活動がパーティーの場合、最重要事。
こんなとき、アシスタントとうまくいってないのはつらい。
月曜社の原稿も水曜日に完全脱稿して、佐用南美ちゃんにもtelして、打ってもらおう。
ぼくは物心ついてから、ずっと二股だった。
それを幼い頃から母や姉に宥められてきた。だが、これに終止符をうつときがきた。
「いまに見てェー」がぼくの口癖だったと姉が言う。見てなくとも、もう終わりなんだ。
野球と陸上、柔道と陸上、本読みとそれ以外のもの、写真とそれ以外のもの、八文字屋とほんやら洞……。考えてみればいつも二股の裏には、ぼくのお人好しがくっついていた。二股人生はお人好し人生だった。たえず、身近なだれかのために役立とうと思いつづけてきた。本の量が異常に多いのも、そのせいだった。場合によっては自分は空(無)でよかった。幼い頃からそうだ。それが写真家の資質を育んだともいえる。
ほんやら洞出版は二股にならないように肝に銘じよう。
同時に、お人好しの裏には、ツメの甘さがはりついている。
今度、ぼくの資質がいかんなく発揮できるコンパクトな写真集を、デザイナーの手をかりず、自分の手でつくろう。

7時、〈ほ〉出勤。
早朝写真もオツなものだ。
写真を撮るなんて、お人好しそのものだ。お人好しでなけりゃ、撮れないよ。自分の人生があって、もうひとつの架空の人生をつくろうなんて。
写真に生きるとは、二股人生を生きる意志をもつことだ。
朝陽を浴びて、公園をひろげる。これもいい。どこかホームレスの臭いがする。
Sにtelしてキーマカレーにとりかかる。
直木賞作家かなんかが、朝8時にオフィスに出勤して、5時、6時まで書くというのは、朝、彼らは、毎日、今朝のぼくの味わったような気分を味わっているんだろう。いや、普通のサラリーマンもそうだ。青いこと、書いてるね。ぼくは。
今日のもうひとつ。水道屋にfaxすること。
冷凍庫開けると見ゆる うどん山
いつからたまる 誰か食べんと
これ、57577? アホだね。
楕円運動なんて、いつ刷り込まれたのか。人生と写真? 人生をなめ、写真をなめつづけては、どちらも台無し。

しかし、ほんやら洞出版とか場としてのほんやら洞を維持することなんか考えず、写真に利己的に邁進すべきだという考えもある。
出版とか場の維持とかは、よっぽど秀れた嫁に相当するパートナーがない限りはよした方がいいのかもしれない。
いま、そのワンポイント、迷っている。

搬入に、お登紀さんの写真をもっていくべきか迷う。

虻蜂とらずだよ人生は という心境かな。

街歩き、収穫なし。
はやすぎたかもしれない。錦、寺町、祇園古川町(おじさん所で丸干し買う)、三条、ルネ、12時には戻る。
収穫なしでも、ぼくは、やはり、路上の人というべきか、うろうろするのが楽しい。70年代もそうだった。それを懸命矯正しようと努力したが、空しかった。80年代もそういう努力をした。
しかし、90年代後半から、自分と対局のキャラをビルト・イン・スタビライザーする必要性を理解していた。
いま、ぼくの元からサッちゃんが去るのは、致命的なピンチである。ぼくが、Aと渋々ながらも一緒になったのは、彼女にはぼくにないキャラがあったからだ。ぼくがぼくだけになるのは自滅の道を歩むことぐらいは重々知っているからだ。ぼくはぼくにしてぼくならず、だ。それが今日のぼくを作ってきたとの自覚がある。だから、パッチワークがあたかも何かを形成しているかに見える写真というものが好きだ。もう一回いえば、異質なものを愛せよは、至上命令でもある。

昨日、夕方、大阪で先生をやっている女性来店。喋っていたら、奈良女で、渡辺仁美さんと同じ「女解研」メンバーだとわかってびっくりする。お登紀さんや秋野亥左牟さんのことも知っていた。
今年は15年ぶりに夏から冬にかけて、カリカリせずにピンチを切り抜けて、いよいよ〈ほ〉脱出と決めていたが、足元から切り崩されたという印象だ。

〈ほ〉客たくさんきたが、ヒルゲートに行った。仕方ない。
もどっても客なし。〈八〉で頑張るべくはやくいったが、客少なし。
鹿さん、長谷川さん、桑原さん。相手にぶっきらぼうに乱暴な話ばかりする。いつしか、サッちゃんと日仏の友人くる。朴ちゃんもくる。朴ちゃん、飛蚊症の話に熱が入るあまり、飛蚊症話で口説くかと桑原さんにからかわれる。
長谷川さんは、ジャーマンに息子が集られたとぼやく。数百、数千万円の金を譲渡する息子がたよりないと思う一方、ジャーマンに怒りがわいてきたという。
9/22のパーティーの案内、なぜオレにくれないのか、カイさんは有名人好きだからと毒づく。フライヤーを渡したら、高いわーと言って帰る。
11:30誰もいなくなる。
客を待って2h眠る。2:00頃、大道具の片山氏、友人同伴。友人、「生前遺作集」を買ってくれる。
チャリ、パンク。
帰宅4時前。

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2009.9/6(日)


10時起床。
ポスター用写真、ヒルゲートに水上勉さんのキャビネ写真を出すとしたら、どんなものがあるか、2hチェック。
今日もジョン君来ず。
井上章一さんに石橋さんのアドレスをFax。前にも送ったのだが、あえて残してないのか。
変わり種のフライヤーくる。
韓国の地方料理、家庭料理、宮廷料理を中心に、美味しく食べて健康、体にやさしい材料で作る料理教室「ねんね料理教室」(Tel.090-3866-3957 / mail: HYPERLINK "mailto:masoonja@hotmail.co.jp/" masoonja@hotmail.co.jp/〒601-8001 南区東九条室町8番地)
午後、水上勉さん&山田詠美さん(ツーショット)プリントを探せども出てこない。
ネガから焼き直すかと考えて、さあ、吉田の家にネガさがしに帰ろうとしたら、ハエちゃんがきて、他のアベックもくる。
荻野晃也さん、パーティー出席者数を心配して来店。
当方、把握作業いまだできず。あと50人位に案内送る予定。また、歩いて(会いに行って)確認とる予定。
人手不足。ハエちゃん、ハワイ土産。マカダミア・ナッツ。
7時、8人の客あるも、サッちゃんと今後のことを話すために断る。もったいなし。
現在、〈ほ〉バイトゼロ。急募中。〈八〉も不足中急募。
サッちゃん、一身上の都合で、カイ・アシスタント業限定中。
こちらの方面でも、バイト募集すべきときかも。
〈ほ〉に関しては、バイトとは別に店の経営を全面的にまかせられる方も募集中で、年内に後継者登場なければ閉店のつもり。
9/22のパーティー案内に記した通り、写真に専念します。当方アシスタントなしでは、やれないので、サッちゃんの都合次第ではかなり、バイト代奮発するつもり。優秀な人がいたら、自他薦不問です。よろしく。
ぼくの今後のおおまかなスケジュールは以下の通り。これに付き合えるアシスタント募集ということになるかな。

・10月下旬までに月曜社本、完全脱稿。月曜社の都合で、1月まで出版できなければ「’68~’74京都ほんやら洞」(書き下ろし500枚)は他社をさがします。
・杉本秀太郎選200点(杉本解説100枚、カイ・キャプション25枚)写真集的なコラボレーション作品(青草書房)1月初旬出版
・1/26~1/31 京都文化博物館にて京都美術文化賞記念展
・2月、3月あたり、大阪・マゴット展、京都・俵屋画廊展
・4月東京新宿コニカミノルタギャラリー写真展。および、杉本秀太郎氏と国東半島取材、青草書房企画で韓国取材。
・5月か6月パリ展。その足でクラコフ、ダブリン、サラマンカ展
・日時未定 カザフスタン、トルキスタン、キリギスタン展
・9月、10月 大分、福岡展 未定
・写真集「ろじうらのひなたの冒険---ぼくの育児散歩」「さよなら出町・サヨナラほんやら洞」(あるいは、「こんにちはほんやら洞」)出版
この展覧会とは別に、来年4月が八文字屋満25周年記念で、カイ日乗セレクション出版の心積り。
その他、ポスターetc. ほんやら洞出版的なものを、当初は発売元経由で出版予定。(場合によっては、ほんやら洞の2Fそのものを出版社とし、1Fをカレー、ドリンク+書店に改造予定。現在コピー機をおいているあたりのクリアランスおよび改装予定)
ぼくのこのスケジュールにつきあえる(もちろん、外国展も部分負担で同行可)のアシスタント募集。想像力豊かな女性がいいなあ。

アシスタントの要件は一応、以下の通り。
・パソコン使用可
・できたら、デザイナー
・これが一番大切なポイントだが、性格的にぼくと対極にあると思われる人、つまり、几帳面
・ホームページ管理可(今より、超縮小ブログ予定)。一応、ぼくも来年からパソコン開始するよ。
・ほんやら洞出版(企画)について構想力を持つ人
・(以上と分離可?だが)写真のプリンター、現像可能な人。(繊細な性格)
・ポスターや写真集販売の販路開拓できる度胸をもつ人

多分、2人くらいほしい。場合によっては、男も採用するかも。ぼくとアシスタントが力をあわせて2人がかりで今思っていることをやっても、90%こなせるかどうか。するつもりだが、しかも、ぼくはいたわりをもってアシスタントに接するつもりだが。
それとは別に、3月の確定申告作業。(再来年から会計事務所にまかせることも検討)
・ほんやら洞出版に関しては、広く出資者を求めます。SUREや洛北出版に負けるわけにはいきません。
この出版社の社長に行く行くはなれるようなアシスタントを募集。
ぼくとしては、今年、10月から、台湾、中国、韓国、沖縄など、鋭意取材活動へと出る。友人諸兄妹の知恵と力を借りて、毎月出かける予定。(これは、この一年ずっと考えていたが、これまでは相談する相手がなかった。これからは積極的に財団へのロビー活動?をする予定。シアトルのワシントン大学、オランダの下院議員のペータース・マリコさんにも相談)

九州のSさんからネガ届く。
手紙の文面(紙背)から当地での恋愛にともない、この2、3ヶ月の現像が遅れたと推察できる。
彼女を一年のうち、せめて2、3ヶ月でも京都に呼ぶべきだという、アオちゃん、ハエちゃん、橋爪功さんらの声もあるが、どうやらムリそう。当地での恋愛の成就を祈ろう。でも、おくれおくれでいいなら、少しでも収入になる現像は可能なら続けさせてとのこと。
そうそう、10月から旅に出がちなので、吉田の家をシェアできそうな方も探しています。
新福菜館で冷麺を食べて〈八〉へ。
〈八〉草間さん、吉田哲夫さん、河原林さん、富田潤さんのグループ。潤さんがパーティー欠席とはさびしい。またまた、新たな彼女ができたみたい。4年ほど前も、造形大卒業式のときに、ぼくが撮影した女性とのこと。全くおぼえてない美女。潤さんの教え子。
仕事でつかれている島さん来店。九州の姉よりtel。大分のジュンク堂に行って、初めて「Beautiful Women in Kyoto」を見たという。送るのを忘れていたか。写真集のコーナーはアラーキーとぼくのだけが目立っていたが、ぼくのをさらに目立つところに配置して帰ったという。
1時閉店。

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2009.9/5(土) 


クーラーつけっぱなしで寝てしまい、朝しんどい。
昼まで、部屋でのんびり。
買物すませて〈ほ〉に行くと外国人観光客7~8人、修学旅行の高校生がモミジヤの前で屯しており、「どう考えてもここやで」といっている。暗い店に入ると、追っかけてきて、今日は定休日ですか、高校生がいう。このままドドッと入ってこられたらたまらん。午後からです。素気ない返事にガッカリしたのか帰っていってしまった。15人、たぶん、1万円を逃したが、仕方ない。身体がもたぬ。まだまだ観光シーズンには、〈ほ〉客はあるのだと思って、少しホッとする。
他に入口まできて退散するカップルもある。
キーマカレーをつくるべきかとも思うが、夜の仕込み、原稿書き少し、夜のひとり働きを考えると、先送りにする。
「水上勉と友人たち」展の写真選びもやらなくっちゃ。
川上弘美が日経に書きついだエッセイが文庫本になった。
最初のエッセイの後尾に
「この世界の此処彼処に、自分に属すると決めた……場所がある。固定資産税もかからないかわりに、知らぬ間に消えていたり変貌をとげていたりもする。昨日見つけたばかりのところもあれば、長く見知っているところもある。そんな場所について、書いてゆこうと思う」
とある。
ぼくも、この十数年、自分のそういう場所を撮り続けてきた。そして、いささかこなれの足らぬ「エア・ポケット」とか「ぼくの自由空間」とか、ややスケベェ根性をひっかけて、「街角の秘密」とかいってきた。
川上さんの言い方の方がはるかにスマートだ。
日々、わけのわからない仕事で忙殺されていると、頭も悪くなる。
川上さんの新潮文庫を読んでいると、兼康町の大家さんだった山本久美子さんが娘さんと入ってきた。
これカイさんの残したものやと思うけどといって、’94八文字屋の美女、’95同美女たち、子どもの時間、下鴨神社での傘投げ少年のポストカード(200枚)に交じって、安物の箱に入った安メダル2枚と杵築高校の帽子の徴章絞、バッチ(杵高とある)、67年度第15回大分県高校体育大会章があった。メダルには、1967西日本新聞社とあって入賞メダルだ。たぶん、これは、佐世保での九州大会か北九州大会で1600米で入賞したときのものだろう。もうひとつは、メダルの裏に安っぽく新記録賞昭和39年200米とある。これは中学時代だ。郡の大分の新記録だろうか。
こんなものが大事そうに残っているのにびっくりした。大分から上洛時には自慢に値するのは、これくらいしかなかったのだろう。
大切な写真は山内さんにもっていかれたり、70年代の大切な本類は、増田雅子の家の倉庫に行ったままだし、河合家の四塚付近の家にも名残惜しい本を置き去りにしたままだ。
そんなことを思っていると、辻村さんからのカンパが届いた。窓呂君は元気なようです。由布院亀の井別荘の中谷健太郎さんによろしくとある。息子の窓呂君の妻が細川護煕さんの娘で、健太郎さんが仲人だったので。玄月、中村勇大からの欠席ハガキ、中村勝さんからの出席ハガキも。武井武雄のすばらしさを伝える「イルフの会」の岡本りよさんも出席とtelあり。
〈八〉のために、茄子のたいたん、煮南瓜、鶏のから揚げ、ナス、玉ねぎの天ぷら、枝豆、とうもろこし茹で、を用意。
三条ミンミンで、ジンギスカン+餃子3人前を食う。サッちゃんは焼きビーフン(でもエビ嫌い)+ライス。
リカマンで黒糖「あじあ」芋焼酎「黒薩摩」+赤ワインを仕入れ。
サッちゃんは面白そうなお客がこなかったら帰るといっていて、帰る気持ちになっている所に中島岳志+井上章一来店、夕べの篠原さんも。さらに草間さんグループ11人、橋爪功グループ6人がきて、近藤和見+友人さらに井上泰さん+友人。夏休みは今日までだと谷川渥さんも大阪芸術センターで働く美女を連れてくる。京大1回生の中島君入れず。中島岳志さんが帰ったあと、井上さんはずっと内奥の秘密をサッちゃんに喋りつづける。熊本の八戸ひろみさん、石橋真弓さんのことも。
井上さんの話が面白すぎて、サッちゃんは長岡までタクシーで帰らねばならなくなる。
皆がまさに退けようというところに市の教育委員会のエライさんが高校の同級生3人をひきつれてくる。そのなかのひとり、木村さん精華の美術卒業後(独立展)は、来月から国費でスペインに留学するという。
閉店、4時。

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2009.9/4(金)


5時半に寝て、9時起床。
ほんやら洞をとるべきか、八文字屋をとるべきか、早急に結論を出すつもり。
朝から猛暑。
三角州で乳園児グループ3カット。三角州の突端の小学生の群れも撮る。修学院小4年生だった。
永澄氏から伊藤公雄先生が出席すべきか悩んでいる。21日だったか22日だったかとtel。
落合さんが出席といいにきてくれる。
西川祐子さんから、何かお祝いが届いたようだ。
桝形の井上久にトマト300円分買ったら、桃、梨を大量につかまされる。
オーストラリア人の女性観光客5名来店。ビールとランチ。
ランチは、昨日からタコライス。
昨日、民輪さんより、写真200点すべて一点につき50字くらいの事実のみのキャプションを書けとの仰せあり。
永井さん、恵文社の本の売上持参。先日は間違って「生前遺作集」分もいっていたし、7掛にもしてなかったので、結局、3万円ちょい。そこから永井さんのバイト代をひいて、2万ちょい。
桝形で、今年から京大(院)に通っているブラッドを見かける。「出町マッサージ」という店構えも発見。昔のパーマ屋さんの場所。
パーティー出欠、茂山アキラさん欠席になる。代わりでもないが、山田稔さん出席。
辻村さんより、また、この上なくうれしいtelあり。
夕方、赤星保子さんに3年ぶりに会える。アップを撮らせてもらう。伊藤謙さんに下鴨古本市で会ったバサラ男の名は菅原さん。大日本印刷で働き、末川さんとも親しいという。
‘76~’81まで地球屋で働いていたエリック来店。「あ」の林さん、東野ひとし、大垣さん、地球屋からザッパ、さらにイングに行ったハコちゃんの話も出る。北九州大、九大で東南アジアの経済学を講じているそうだ。「猫町さがし」「路地裏の京都」を買ってくれる。東野さんのときの地球屋は売上は3万位だったが、林さんのときは、20万になった。それだけでも林さんがいかにすごいかわかるという。しかし、それはバブル期だというのを、経済学者だのに、忘れての発言かな?
夜、武市さんがきて、石川真生「沖縄ソウル」(太田出版)、石川真生・國吉和夫・長元朝浩「これが沖縄の米軍だ」(高文研)をもってきて、売ってくれという。あずかる。
〈八〉には「近代柔道」などのライターをやっている貝塚さんがきて待っているとのことで急行。
ほんとうはぼくと兄を束ねる、というか、串刺しにするような夢を見て、一応書いたので、日乗に出そうかと思わないでもなかったが、ちょっと戦慄的にも周囲を貶める可能性もあり、暗示がちらばっており、いかにもカイが思わせぶりに書いたのだと誤解を招きそうなので、割愛した。
それを巡って、サッちゃんと喋っていたので、少し遅れてついたのだが、「ナッちゃんの友だち」という形容がついたりもする貝塚さん、若いけど、とても経験が豊富でとても愉快な奴で初めは口を噤んでいたが、喋りだすと、圭ちゃんや泰さんをのせてしまった。
泰さんに、武市さんに託された沖縄の写真本を見せようと思っていたのに忘れる。
まず、ナッちゃんが恵送してくれた「雪譜」を皆で試飲。篠原さんも見えて、金曜なのに、島さんの姿が見えないのを淋しがる。圭ちゃんは、貝塚さんがマンチェスターの高校を出たといったあたりからボルテージがあがり、のりピーが最初に職質されたあたりの町の雰囲気を語りあうにつれて、ビールのピッチも上がった。
カオリちゃんの彼、黒沢さん、ルパンの神戸の友人たち、ルパン、増田さん、アジア旅行がえりで来週から〈八〉の土曜に入る京大シネ研の麻基ちゃんもくる。
4時帰宅。

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2009.9/3(木)


例によってTVつけっぱなしのまま、暑くてスッポンポンのまま下の部屋で寝ていた。
ずっと布団で寝てない。そんな気分でない。
何かが変わった。大きな空洞ではないが、ひとりでちゃんと埋めるべき穴がある。20年前の事態と変わりない。だが、20年歳をとり、他に技術と度胸ができたから大丈夫。血圧だけは気をつけよう。
昨日、桐生がきたが撃退。
冷蔵庫故障のため、キーマカレーをダメにした。今日はタコライスをつくり、キーマは明日にしよう。
今日、東京から赤松さんがくるといっていたので楽しみにしていたが、明日に延長になったと伊藤謙氏よりtel。いずれにせよ、うれしい。
昨日は、20年ぶりの〈ほ〉客(博、電につぐ大手の)広告代理店勤務の男、「Streets of Kyoto」を買う。
昨日から〈八〉、今日から〈ほ〉に「インドちょっと見ただけ」の表紙をポスターがわりに貼る。
姉から月に2週間くらい、店の洗い物をしに行きたいのだが、もうひとりの姉の手伝いにいき、ストレスで、胃を悪くして病院に通っているとtel。ほんとうなら、京都に行って、私が店を手伝っている間に、あなたには写真を撮ってまわってほしいと切に思っているのだが、とも。私が手伝えないのがハッキリしたら、あなたは〈ほ〉をやめて写真に専念しなさい。ほんとに時間がないよ、と。
「もんじゅ訴訟」の原子力科学者の久米三四郎(元大阪大学講師)さんが8月31日に亡くなった。美浜の原発の事故のときだったか、いまは金沢の21世紀美術館の学芸課長をしている不動美里さんが、東京の求人誌「Salida」の編集部にいて(すぐに辞めたが)アイリーン・スミスのことを書いてくれといってきて、引き受けたとき、久米さんの講演に行ったり、書きものを読ませてもらったくらいの方だったが。享年83歳。
原発のことを勉強したのは後にも先にも、あのときだけだった。水上勉さんに頻繁に会うようになって、原発の話をしたら、水上さんがマジ顔で「カイさん、福井から京都にきている送電線の下を歩いて、撮ってください」といった。機会があったら、そのルートを通ってみようかなと思ったが、一度として果たしてない。
9/22パーティー時、田中直子さんは年一回の東京二科展ツアーに出ているのだが、荻野晃也さんが、直ちゃんの恩師でもある故麻田浩さんの奥さんと息子さんに会いたいと言っているといったら、やはり9/22に戻ってこようかなと迷う。麻田夫人の父は、湯川秀樹とともにノーベル賞をとっていてもおかしくなかったと直ちゃんもきいているという。荻野さんは湯川さんのネガティブな面も含めて小伝を書きたいと、ずっと思っている。全集にも戦争にかかわる面すべてが(そんなにないが)カットされていて、ネガティブな面を麻田夫人の父に押しつけているといえなくもないと。それを書くにあたって、荻野さんは麻田ファミリーに会いたいのだと思う。
9/22のパーティーの背景のひとコマでもある、水戸厳さんの娘さん、お孫さんにも荻野さんは会いたがっているが、〈ほ〉バイトのお孫さんはどこに行ったのでしょう?
午後、汀子さんがくる。<武市さんはきてますか?>ほとんど来ないといって、となりの住人と四条から歩いて戻ったエピソードを喋る。<サッちゃんは?>くるかどうかわかりません。<忙しいのかなあ>ええ、金になる東京の出版の仕事を断ったくらいだから。それにぼく周辺の仕事をあまりしたくないのじゃないですか。<学校が忙しいの?>女も30才をすぎればいろいろ考えるじゃない。<パーティーは何人集まった?>カウントしてない。<阪脇さんダメだって>皆忙しいですよ。いいんですよ、少数でひっそりやれば。それにしても、エライ先生がいっぱいみたいだけど。<じゃあ、私が知っているのは、五郎さんと佐藤さんとサッちゃんだけ?>五郎はくるかどうか? <サヨちゃんは五郎さんの九州ライブに同行しているのかなァ?>知りません。そんなことを言ってましたか?<さっちゃん、今日くるかなあ、5時頃? 6時頃?>全くわかりません。
今日、2枚いい写真を撮り損なった。一枚はバス停でへたり込んだ集団。広角だったので踏み込み不足でひと目盛ひらきすぎかも。もう一枚は、老嬢2人を桝形で。チャリをおいてすぐ撮ればよかったのに、テンションが切れていたかも。
シゲのパンないですか? という客あり。なくなって、14年経つというのに。
表のバイト募集のポスターを見ている美女を撮影。仏大社会学3回生の宮部由美(11/11生)「町かどの芸能」長田塾に入っている由。〈ほ〉に入ってきて、ここは何屋さんですか? いまもやっているんですか? と質問。
今日は原稿一枚も書けず。
〈八〉入りは9時になる。8時頃、音峰さんと和見はきたという。それぞれ9:15、9:30と再来店。和見は昨夜、かげろうと来ようと思っていたが、父が、かげろうと一緒にいるのなら、いい所に連れて行ってやろうと、祇園のフィリピンへ連れられて行ってしまった由。おイタさんも久しぶり。おイタさんの家は教育一家とのこと。丹後の地震のとき、祖父か曾祖父は、当地で教えていたらしい。数十年前は、板原というと、ひょっとして、お父さんは? お祖父さん? という質問をしたらしい。音峰さん、和見、板原さんとぼくで、ナッちゃんが送ってきた「鶴嶺・雪譜」とやらを少しずつ味飲。今治の浄土寺(真言宗)のお坊さん、福岡の女性同伴。
12時にだれもいなくなり、2時半まで開ける。ダウンしていると4時半、原因不明非常ベル鳴る。

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2009.9/2(水)


7:30起床。
桜ちゃん話も少し笑える。
先週、武市さんが帰る方向が一緒なら、一緒に店を出ようとなって、出町まできて、次は右、その次は左、そして、あのアパートというと、武市さん「エッ!同じアパート?」なんと同じアパートというだけでなく隣同士だったそうだ。武市さんは「なんや」「なんや、何もできないやん」となげいたそうな。
桜ちゃんは、いつもお隣の入口の扉が開きっぱなしなので、そっちに顔をむけないようにして通っていたとも。
8時出勤。通学途上の小学生を少し撮る。
〈ほ〉では、コーヒーを煎れて、トーストをくい、30分横になる。血圧高騰。
夕方の朴ちゃんを思い出す。彼がくれば、彼が主役だ。おっちゃん、パク・ポー論議もやるのォ。試験発表前の胸のときめきを語るのったら、まさに十両役者だ。これに包丁(いや、カッターか?)を持たせてスッポン料理をやらせた日には、GF候補殺到は請け合い。
原稿を書きながら、疲れたら買物に出たり、これを書いたり、ポスターを書く。
アルバイト募集も久しぶりに書く。
〈八〉、今度は7時からスタート。そして、芸大系ないしは、将来は、ぼくの写真のアシスタント希望の若い女性と書いた。さあてと、そんな酔狂な若い女性が登場するかどうか。〈八〉〈ほ〉の将来がかかっているので慎重の上にも慎重にバイトを選ぶつもり。
やれ、パーティーだとから騒ぎをする生活からはやく脱却したいが、飲み屋なんかやっていたら、そのような動きをつくることはある程度避け難いことなんだろうか。そこからも上手に抜け出さねば、何もできないまま60才代をすごすことになるだろう。
立誠にはやく行きすぎて、ナニワ、ジュンク、錦と時間をつぶす。錦では、うっかりメモリが2つちがって、いい写真を撮りそこなう。立誠では草間さんの作品と呉夏枝さんのを見る。兼先恵子さんとは入れ違ったようだ。
寿司をくって、KRK、シュア、ルネ、ガケに行く。街子ちゃん、山下さん、ガケ店長には会えず。
お世話になりっぱなしの行路社の楠本耕之さん、顔を出してくれる。この方は、ほんとうにいい人だ。
「インドちょっと見ただけ」の色校すます。
三条ミンミンで、サッちゃんの夕飯。ジンギスカン、ギョーザ、バイ貝を2人でつつく。
〈八〉トップ客はジャーマン、やがて、長谷川さんがきて、息子ヨゼフと大工の弟子のスイス人Junを呼び出す。彼らがきたところで長谷川さんは帰り、ジャーマン、ヨゼフ、Junは近くのガールズバーに行く。ナッちゃんに酒のお礼のtelをする。バンソンと一緒に飲んでという。
しばらくして、田中直子さん来店。9/12司修さんがくるのに、福岡からの客がくるので、ゆっくりできず残念という。9/8、4時~5時加藤登紀子さんがヒルゲートに顔を出す。
琢ちゃんボトルを飲みながら、人見ジュン子さんの息子の早稲田大、津田光太郎君を呼び出す。亮太郎が、ベルリン、パリ2週間の旅から帰ってきた。ナディア、グザヴィエにも会ったという。ジャーマンはひとりで戻って、一杯のみなおすが、ベロベロ。
朴ちゃんを呼び出し、連れて帰ってもらう。
睡眠不足で、光太郎君&直子さんを前にしてコックリ、コックリするので、直子さんが気をつかって帰る。直子さんは、ヒルゲートには、一点だけでなく、もっと出してよ。あそこは、搬入にもっていったものすべてをかけるという主義だからという。水上さんと針生一郎さんを撮ったのが、伸ばされていたら、持っていくか。
酔って標準レンズ付きカメラ見つからず。
3時帰宅。

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2009.9/1(火)


8時半起床。
きのう、飲みすぎ(酒、ビール、焼酎)で気持ち悪し。
出町買物¥3,300-。
天気、あくまでよし。だれも来ず。
民輪さんよりtel。パリ展の芽が出そう。パリに参考写真集を送ってくれ。
東大の丹波博紀さんより白山さん経由で、5月の「天の魚」公演観覧の礼あり。
33年前の同大AKPのシンシアー・ボーゲルさん、学生17人をひきつれてきてくれる。みなカレー。彼女はハーバード大のエズラ・ヴォーゲルの弟子で、東洋美術史専攻。2~3年前は、京大の招へい研究員だった由。カイさんがほんやら洞からいなくなったときいていたので、〈ほ〉に寄らなかったが、カイさんらしい姿を発見したので入ってきたという。同期のルースはえらい作家になった由。
2F、気功教室。
〈八〉に急ぐ。が、7:30にくると言っていた客、連絡もなし。9:30になっても客ゼロ。バイトに減らず口をたたくといけないので、ラーメン食いに行く。油でムカムカする。
トップ客は、Mr.「中出し」、次はタカちゃんじゃないのに、あっ!タカちゃん!? とバイトにいうタカちゃんファン。救いは琢ちゃん、いつものマイペース、書肆山田の渡辺一民さんの久しぶりの来店もうれしい。次はおっちゃん。そこらでタカちゃんの近況を報告。皆、びっくりするも、素直に祝福の言葉。売上ものびず、ヤケ酒。最後にきたMちゃん元気なし。ぼくが喋りかけても、バイト、木を水にして!以外は黙して語らず。それをいいこと(!?)に、朴ちゃんが一方的に離婚にかかわる法的知識をMちゃんにむかって話す。で、帰ろうとするMちゃんに今度は、おごるからもっといてェー!と。Mちゃんは立ち上がり、朴ちゃんを羽交い締め!かと思いきや、おっぱいから先に朴ちゃんの背中に押しつけ、後からうなだれて、朴ちゃんの耳で何やら囁く。そのままずっとして、朴ちゃんは鼻をヒクヒクしているので、3カット撮影。まわりもうらやましそう(?) その瞬間、朴ちゃんが「なんや、ネコのことを考えているんかいな。ワシは離婚は大変やし、なぐさめてあげようと思って一生懸命喋っていたのに!」。周囲は爆笑。Mちゃんの仔猫が死んだそうだ。逆に、朴ちゃんが「必殺するめ固め」にされてしまったというお話。
琢ちゃん、朴ちゃんが帰ったところで、京楽で一杯のむかと思ってむかうと、笑顔のユキちゃんが、今日はおしまいとやってくる。
仕方なしに、吉田に行ってから一度も行ってなかったファースト・フードの店にむかい、そこで眠る。
明日、原稿を書いて、錦を通り歩き、立誠校に行き、ガケ書房にフライヤーを運び、何通か9/22の案内状を出しておわるだろう。
〈ほ〉的には、野菜カレー、タコライスをつくる必要あり。あとは呑むだけ。

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京都美術文化賞受賞祝賀会
2009.9/22 (火・祝)

1次会(京大会館)

narai_p609.jpg山田稔さん、岡西さん、とくたろう、末川協さん等

narai_p611.jpgなおちゃん、奥田以在さん等

narai_p613.jpg中川五郎さん、奥は井上章一さん

narai_p632.jpg司会をしてくれたミキちゃんとポスターの宣伝をする甲斐

narai_p659.jpg麻ちゃん、鈴木さん、奥田さん等

narai_p628.jpg井上章一さん、京大シネ研、幹事の岩本さん

narai_p618.jpg大勢の人が集まってくれた

2次会(ほんやら洞)

IMG_0448.JPG杉本秀太郎さん、民輪さん、ナミちゃん他

IMG_0444.JPGとくたろう、京大シネ研の面々

IMG_0446.JPG岡西さん夫婦、鈴木さん、板さん

3次会(八文字屋)

IMG_0453.JPGジャーマン、朴ちゃんもくる

IMG_0457.JPG福田さん、佐藤さん、タカさん、京都新聞の面々

narai_p730.jpg直子さんもきてくれる