ほんやら洞・甲斐扶佐義 HONYARADO/KAI FUSAYOSHI's Web Site

 
カイ日乗 10月

2011.10/11(火)


1時ちかくまで寝る。
宇治へ旅行に行っている夢をみていた。朝かえろうとするが、雨だし、同行者は行方不明かと思っていたが、ずっとトイレにいた。宿の若者は、これからの行き先ばかり、いらぬ心配をしてくれる。その宿のトイレには、ぼくの胸板が厚すぎて入れず、3軒となりの店のトイレをかりた。
やはり、つかれている。アキレス腱もよくならない。帰国当日のケガの痛みも。
パリのマリーさんよりメール。グラン・エターナのエリック氏とあい、契約すると。
〈ほ〉の家賃やっと入れる。次は〈八〉だ。
パークスのおばあちゃんが、近々、彼のCDを持参するとくる。となりの阿部さんが、淡交社から出るって、すごいですねとくる。
高田のおっさんは、いつもの調子。
夜、林業女子会。
姉にエマニュエルの本を送る。チャンマキ&マティアス、ドゥニ。30分して、ルパン、さらに白沢さん一行。12時すぎにアサヒちゃんがきて、2人はろくでなしへ。アサヒちゃんは今日2度目。さっきは高取さんがいたという。
ルパンの母の入院で、彼は大変そう。1日のベッド代が7000円。
京楽、村屋へとリストのチケットを持参。
村屋で、猪原麻功君と永井愛ちゃんとしゃべる。2人は留守中、〈ほ〉〈八〉を手伝ってもいいという。猪原くんはシャコジローと幼友達で、江藤加奈ちゃんの元部下。
赤牛タタキ、ジャコおろし、キムチやきめし、ビール、泡盛と注文。
帰宅、4時半。

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2011.10/10(月)


昼前までねた。
府の芸術文化室に書類を送らねばならないのに、おきれなかった。
変な夢。
京都バスで帰路についた。
このバスが変なバスで、葵橋西詰から乗って加茂街道を北上(家は北のほうにあるらしい)した。車内のとなりから、いきなり、おばちゃんがでてきて、まず、びっくりさせられる。車内とは別に小部屋があるという風情なのだ。そして、おばちゃんがサービスは行き届いてますかといって、鍋と味噌汁をもってきた。変に思って、バスの窓から首を出して、バスの形状を確認したが、普通のバスだった。現実の葵橋から上賀茂はすぐなのに、随分時間がかかった。乗客も80~90代の男女ばかりで、最後尾にはヤクザっぽい40代の男性が2人いて、2人にはさまれて、若い女の子もいた。いざ、降りるときに、最近のぼくにありがちなヘマをやって小銭をジャラジャラおとした。硬貨がひとつ、後部席の3人の所へとんだ。いかつい男が「カイさん、気をつけな!」といって、50円をなげかえした。見ると、まんなかにいる若い女性は下半身には何も身につけていず、股間の上の上部の陰毛が黒々と光っていた。
降り立ったところは、北大路あたりの土手で家も何もなく、宅地用に造成されているのか、草も生えてない赤土がえぐられているだけだった。
そこをSと歩いていると、2,3年前に、Sが働こうと思って面接にいったが、技能不足と断られたオフィスのボスだった。Sはアイサツも何もしないで怖気づいているので、今は技能もあるから、アイサツをしたらというと、やっとはなしかける。
何かの雑誌を仏訳する会社らしく、マンポとはどう訳して、どういう注をつけるべきかとボスはいう。覗き込むと、一枚の手書き地図があり、京都駅周辺だ。熊海老とか難しい漢字の地名がいっぱいついていた。熊海老はオニデンとよむそうだ。ちなみに、Sは海老が苦手だ。ボスを別れて、歩いていると、小さな祠があり、なかに墓標があった。見ると、宮内勝典、太田修とあった。
そうか、宮内は死に、大田君が墓をつくってあげたのか。太田君は、〈ほ〉〈八〉を応援するというよりも、立派な仕事をしても少し埋もれたまま亡くなった人物を顕彰するために金を用いるのが、彼のびがくなんだな、でも待てよ、宮内は朝鮮というより、インドにかかわった人だがと思い直して通りすぎる。
起きて、あわてて〈ほ〉へ。パンも届いていず、府の文化芸術室には間にあわなかったので、詫びを入れる。
日中も疲れ、ぬけず。清水正夫さんによる杉本宅の記事あり。
9時まで〈ほ〉でゆっくりする。パリのエリックからメールあり。マリーさんに連絡してくれと。レクトゥールのディレクターに書いたが、サッちゃんに翻訳の時間はあるか?
〈八〉草葉さん、おっちゃんがきていた。島さん、タケボーくる。島さんとタケボー和解。
深夜にアバンギルド帰りのDodoとリエコさんがきて、やはり閉店は4時すぎる。
5時就寝。

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2011.10/9(日)


きのうは、久しぶりのヨ氏&高子さんくる。
中村智君の結婚披露パーティのために、昼から9時まで働く。永青文庫の石井窓呂氏、1年半ぶり。
府の文化芸術室の藪崎さんから、出品の願書提出は明日の午前中までと親切なtelあり。もう1週間あると思いつつ、何を出すかも考えあぐねていた。Gで写真水没させられたせいだ。
〈八〉には、圭一郎、ミルトン、ドゥニ、タケボー、渡辺妙子さん&造形大の岩田先生(院展)ら、キシさん。
久々に2時におわる。
村屋に寄ろうかと思ったが閉っていた。

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2011.10/8(土)


4時帰宅後、すぐ就寝するも、なかなかねつけず、10時起床。シャワーを浴び、〈ほ〉へ。
ヒマ。8時半には、バンソンに帰ってもらう。
〈八〉メキシコの詩人ダニエーラ、アウレリオらくる。北川さん、久しぶり。ドゥニ、バンソン、タケボー、キシさん、kei-k。朝6時まで。

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2011.10/6(木)


11:30やっとおきる。
寝起きわるし。
ヌーインさんの帰宅は7時だったという。
えびす屋で少し買い物。カルピスは品切れ。
やっと12:30オープン。Bk行くも、入金なし。
ヌーインさん、サッちゃんについて、淡交社まで行き、撮影。
久しぶりの南美ちゃんバイト。来週木曜日に入り、11月から大分へ帰郷予定。
〈八〉には角田光代さんファンらが、彌光庵に行っている間にきて、タケボー&シカさんが相手をしてくれる。
ヌーインはぼくの洗濯物まで片付けてくれていた。連日、帰宅すると、いつも布団まで敷いてくれていた。ラシムさんは、なんとか、ナントで写真展が実現できないものかと、〈八〉美女写真集すべてと「生前遺作集」、「路地裏の京都」をナントのディレクターのために資料として持ち帰ってくれた。
ディレクターは大きな力を持ち、すべてをひとりできめるらしく、各分野での招へい者をきめるために、2,3日来日する予定で17日が関西で、その日会えるかどうかで、すべてがきまるらしく、きまれば、12/1に契約とのこと。なんとかなりますようにと祈るのみ。
ナディア、グラン・エターナのエリックにメールを出す。
ラメットさんからメール。レクトゥーのディレクターは、エスペス・ジャポン展はあまりお気に召さぬ様子だった模様をつたえてくる。
あれは、不本意な個展だったと書く必要あり。言い訳がましいが、グラン・エターナでの人災がなければ、もっといい評価が出たはず。
〈八〉白沢さん、ドゥニ、バンソン、しかさん、タケボー、加藤幹郎研の女性(埼玉在住)秦亜希子さんと読売の写真記者、ナライさん、村沢真保呂氏、高取さんなど来店。京楽、村屋、レコレコといく。

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2011.10/5(水)


10時起床。
〈ほ〉シチューつくる。
雨で開店休業状態。
昨夜来、猫の帯文をリライトしているのにSは見向きもしない。
キャッチーにしたのに。
夜、ヌーインさんがスパゲティをつくる。
〈ほ〉1Fでは、数時間ハーパーマスを論じる30半すぎの研究者の一群あり。
8時、アサリちゃんよりtel。〈八〉がロックされていると。当方、心おだやかならず。
大家代理人とRSTのAさんにtel。
〈ほ〉には、女性4人の初客あり。とにかく、あいたというのでホッとする。ひょっとしたら、開け方を記したメモを代理人が残しているのならば、氏にあやまりのtelをしなければと思いつつ、10:40〈八〉着。
〈八〉には、タケボー、ナライさんらがいる。ナ氏、これは25000円のカギだ。これは違法行為(威力業務妨害)だ。司法書士がこんなことをやるのは賢くないと色めきたっている。カイさん、はずしましょうかと。
ロックの報告が〈ほ〉に入ったとき、〈ほ〉では、ラシムさんがナントから10/17にアート・ディレクターがきて、紹介する。もし、ナントで個展できたらすごいよ、パティ・スミスをよんだりできるディレクターだ。自分が日本にきているのも氏が買ってくれたフライトチケットがあったからだ、といってくれるが、〈八〉の着後策で頭いっぱい。Sが、うれしいとか、ありがとうとか、ラシムさんに英語でいってよという。
〈八〉では、うかぬ気分。久しぶりにきた清水忠さんが、今日のカイさんは元気がないという。さっきまで、木村重信さん、通崎睦美さん、関テレの栗田君などといたんだ。木村さんをつれてくるつもりだったが、氏は遅いので帰った。ぼくよりひと回り上の86才だからね、といって、ぼくが、kaiさんの個展をプロデュースしましょうかともいってくれる。
バンソン、ドゥニ、そしてヌーインさん&ラシムさんらもきたところ、kei-kを呼び出す。
タケボーとkei-kの演奏は断続的に3時にポリさんがくるまでつづく。
ヌーイン&kei-kは他所に飲みに行き、ぼくは4時にきりあげる。

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2011.10/4(火)


ヌーインさんに11時半だと起こされる。
Bkに直行。
11:00に一度、グザビエ&ハビエンヌがきたといって、11:40Bkから戻ると2人が待っていた。
リベラシオン3日分がおみやげ。
2人はヴィラ九条山に行き、Ryotaro、チマキ、タケボーに会い、その後、〈八〉にくるという。
今日も2人はシルヴァンの家。7日に2人は東京に行き、2日滞在し、そのあと、京都に一旦戻るかどうかわからず、戻ってもすぐに北陸の温泉に行き、ハビエンヌは23日にはパリという。その後、グザヴィエはぼくの吉田の家。
家賃を支払い、持ち金は1,172円。これが2つの店を経営する「有名」写真家の内情だ。
まだ、コーヒー代、パン代etc2ヶ月分の支払いもおわってない。3人のバイト代も1か月分未払い。
表にアルバイト、後継者候補募集のポスターはり出す。要人が御所にきたのか、ポリさんだらけ。
〈ほ〉林業女子会のメンバーに閉めてもらうことにして、〈八〉へ。
9:30 Ryotaero、そしてルパン、グザヴィエ&ハビエンヌ、チマキ&ヨメとくる。Kさん、タケボー、ヌーインさん、ミヤちゃん。
おわったのは3:30。
ヌーインさんと村屋に行こうとしたが、閉まっていた。

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2011.10/3(月)


朝はやく、ヌーイン&ラシムは外出。
10時、Hくる。
10日ぶりのシャワー。3ヶ月ぶりにヒゲそり。
営業は苦しい展開。信大のK教授よりカンパあり。
大家の代理人と少し口論。ヌーインさんからkaiさんの怒るのを始めて見たと言われる。
〈八〉の代理人と天野博さんには手紙を出す。
〈ほ〉に久しぶりにバンソン来店。
この1週間で疲れ果てる。明日支払いをすませたら、一息つく。
シルヴァン&佐枝の家にグザヴィエ&ハビエンヌ到着。
古賀重樹氏の「1秒24コマの美学」を読み直す。
九州の姉にtel。笑いころげる話は、やはり、笑いとばすしかない。
〈ほ〉8時半の来客を断って〈八〉へ。11時になっても客ゼロ。やっとドゥニが顔を出す。仕方なく、檸檬&ろくでなし行。
檸檬は値上げしていた。
12時に戻ると、チーちゃん、アサリちゃん&2人の友人、タケボーがきていた。やがて、ヌーイン&ラシム、そしてシカさん。
最後は、ヌーイン&ラシムのみ。
Kaiは恋人はいるのか。はやく、いろんなもの、しがらみ、店もすてて、写真に専念したほうがいい。自分達は貧乏だけど、2人は愛し合って、金ができたら旅をする生活をしている。はやくそうしろ。まず、恋人をつくることだという。
3時半、牛丼を食って帰宅。

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2011.10/2(日)


12:00にやっと起床。
超ヒマ。
井上隆雄さん、アキノイサムさんの個展にかけあしで覘く。井上さん、大腿骨が砕けて右脚が3センチ短い、こんな哀れなカッコウをみせてすみません、文化賞の受賞パーティにも出席できずすみませんという。イサムちゃんはいず、青ちゃん、和子さんいる。新作多し。
夜、客なし。
8時半、〈ほ〉出発。
〈八〉につくと、一滴文庫の中村さんがきたところ。連れと一緒で、「Streets of Kyoto」と「夢の抜け口」をかってくれる。
Shudo Azuchi GulliverよりDMとどく。
10:30 亥辰舎の2人(10:45に出る)
1:00 酔ったタケボー、ストリート、ろくでなし経由でくる。
1:30 段原君くる。しばらくこれないという。3:00前にkei-kがくるとタケボーにメールを入れるもこず、30分待つとやってきて、ほぼ6時まで。
パリ行き直前の数日はあまり眠らずチョンボつづきだったが、帰ってからもその日から朝5時、6時まで営業。チョンボをへらす生活へとはやく切りかえたい。

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2011.10/1(土)


11時起床。
あわてて、電気代を支払いにいってから〈ほ〉へ。
〈ほ〉の大家の代理人もくる。(9/7に〈八〉の大家代理人もきたとルパンがいう)
夕方、〈ほ〉〈八〉のtel支払い関連。
6時からのパーティーの出足わるく、カイさんの人望のあらわれと冷笑される。人望か人徳かしらんが他人には他人の都合があり、2、3人でもきてくれれば感謝せねばと思っている。telも止まっていて、ネット上以外全く連絡しておらず、しかも急な知らせなんだから。
あさひちゃんが気づかって、何人かにtelしてくれる。四国の鈴木さん、井上ヤッさん、小澤さんまできてくれる。
ラシムのピアノは7:30から。
ヌーインさんはカメラをまわし、録音も。
10時にはナライさんに〈八〉に先に行ってもらう。数人は日仏での工藤丈輝も登場する白夜祭へ行く。ナライさんには、岡西さんが綾部の美女を紹介する。岡西さんは、今年の「水上文学の風景写真展」の作品募集に応募して入賞したという。その写真が、なんとミキハウス&kaiのツーショット写真というから笑う。水上さんの「高瀬川春」の描写にからめたという。
〈八〉到着は、11時。
段原君、琢ちゃん&堀さん、ドゥニ、鈴木さん、田中直子さん、西村さん、ジャーマン、工藤丈輝、タケボー。
5:15まで段原君いる。
西村さんはツイッターをよんでいたので、どんな顔をして帰ってくるのかと思っていたという。

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