ほんやら洞・甲斐扶佐義 HONYARADO/KAI FUSAYOSHI's Web Site

 
カイ日乗 5月

2013.5/31(金)


3日間気が塞いでいたが、段ちゃんと焼石さんの支援でやや開放的な気分になれた。昨日はもっと原稿を書かねばならないのに、それは進まず。午前中から晴れあがる。賀茂大橋近辺の早朝の逆光写真を少し。家の片付け少し。今日はワイドレンズで南座撮りに再挑戦は可能か?
〈ほ〉、ランチ客が少し、その後、切れ目なしで出れない。稲山聖修さん、山田拓広さんも、来店。山田さんから、「カイさん、FBやり過ぎたらアカンよ」と注意を促される。「こないだも、FB、もうやんペー」と書いていたじゃないですか」と。同志社大学のメディア学科の18歳の可愛らしいUさん(11月16日生)来店。撮影。毎日新聞掲載紙落手、即大分へ、と思いクロネコヤマト行きと思いきや、出町集配所消滅と判明。180円で済むところが、510円になった。
夕方、南座へ再挑戦。少しだけトリミングすれば、OKかな。車が視界から消えるのを待つ事20分。行きは、鴨川で絵を描く高校生2人を撮る。帰りは、ギャラリー・ヒルゲートで田中直子さんらのグループ展を覗く。清水忠さんに会う。心臓手術後という。人見さんから、甲斐ヒルゲート展は、来年秋以降で、2Fで、という事でいいですか?というので、何でもいいです、と返答。「やまや」、出町で買い出し。戻ると、2Fで日向太が勉強していた。吉川恭生さんの息子、JORGE FERREIRA君の歌手デビューソングをFBで聴く。
〈八〉低調。奈良井さん、鹿さん、浅利ちゃん、また、ターと一緒に住んでないという石原君ら上京区役所の三人、六甲帰りのドゥニ&バンソン、ニコラ、段ちゃん、大邱に就職口を見出したジェローム・ブルベスさん(ドゥニ&バンソングループのフランス、フランスしたブロック、会話を嫌う)はHCB賞応募の僕の書類を見て、総花的に書き過ぎときっちり批判(得心いくもの)、山下麻子さんは樽家さんが京大病院に入院後、手術(人工透析)と報告がてら来店しドゥニとすれ違いだったが彼の会社訪問話、皆帰った後の最後のお客はカウンターに落書きする共同の村越茜記者&毎日新聞掲載記事を見て久しぶり来店する気を起こした上野編集委員、石原君はお泊り。
〈ほ〉4時到着。

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2013.5/30(木)(㊗ほんやら洞開店41周年記念日)


8時30分起床。家。9時過ぎ、百万遍のマクドナルドに入ろうとするルパンに遭遇。腕の中には、子どもか、孫かをだいていた。
午前中、南座周辺徘徊。〈八〉の請求書届く。〈ほ〉の桐生さんとTelでバトル。防府からの修学旅行生4人あり。東京の写真展(コンシール)でお会いした田崎さん来店。HATAO、鴨なんば持参。〈八〉に早く行くのなら、〈八〉で飲みたいと言ってくれるが、今日は9時30分過ぎと伝え、じゃあ、またにしよう、と。
毎日新聞からtel画像に汚れがあり、来週の写真差し替えと。
「Kyo!」の原稿をかかねば。焼石さんの好意にも感謝。
道出版より、メール。「路地裏の京都」売れ残り、多し。裁断する。買うなら、50%Off。
〈ほ〉大家の桐生さんtel。少し待ってくれというと、何やら吼えまくっていた。そんな御人だ。
〈八〉9時45分入り。トップ客は井上ヤッさん、ヤッパー、ヤッさん、今日の日のことを分かっていてくれてんだ。感謝。大家代理人の「オオノ」さんよりtel「書類を送った。見たか?」と。11時まで、サッちゃんのみ。記念日なので、ふたりでささやかな祝杯を傾ける。やがて、一月前からタバコを止めたおっちゃん来店するも、サッちゃんとしゃべり、後は、スマホ弄りに終始し、頭をあげず、ついには帰っていった。12時前に二階堂はなちゃん&鈴木創士(河出文庫のランボー詩集の訳者)、大阪の人類学者(チェコ出身)&みっちゃんという奥さん、鹿さん来店。鹿さんが抜け、他のお客もイングに行き、閉店にする。2時〈ほ〉着。

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2013.5/29(水)


〈ほ〉のガスストップ解消の為に、ガス営業所開店時間に合わせて、チャリを飛ばす。寝不足か、西大路七条まで行ってしまう。9時過ぎ、鴨川をカメラを持って流す。6月になると、雨であまり撮影出来ないからだ。
銅駝高校付近で鴨川内の鮎の遡上通路作りの作業をしている漁業組合員の作業を撮っていると、後ろから声をかけられる。京大へ出勤途上のサッちゃんだった。洗濯に帰宅後、11時過ぎ〈ほ〉入り。5月31日まで、〈八〉の家賃を入れると言ったものの、手持ちはほぼゼロ。それに加えて、以前お世話になった方の奥さんの実家が被災して、少しずつ返済しているが、2月滞っていると、指摘される。何とかしなければ。全くアテはないが、数箇所にメールないしラブレター発送。反応なければ、代理人のなすがままも、やむなし。9月閉店宣言を見たパギやんから、「やめんといて!HCB賞取って下さい」「焼け石に水かもしれないが、ライブやりましょか」の声援を戴く。
毎日新聞から、南座を撮ってくれとTel。中村獅童絡み。〈八〉に今日も代理人さんらしき人からのTelがあったようだ。
〈八〉川㟢さん、奈良井さん、石倉さん(最近はろくでなしが多いとか。伏見の鯖寿司手土産)、竹ちゃんは、樽家さんの入院している病院を知らないかと。カゲロヲも。最後に、段ちゃん。「おとといのTwitter見てびっくりした。心配できた。断言の口調にーー、もう覆さないの!?僕、ほんやら洞の洗い物でも、なんでもする。出来るだけの支援も」と言って、コンビニへ。感謝、感謝!!こんなお客さん、友人がいる間は、自分でベストを尽くして、この場を守らなければならない。そういう友人以上に大切なものは、この世にそうザラにあるもんではない。段ちゃんと、暫し、飲酒。掃除得意なので、ほんやら洞の掃除に来るとも。今日の詩(酔)人はカゲロヲ。浅利ちゃんにも挑戦したが、上手くいかず。

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2013.5/28(火)


10時起床。
朝から気が重い。先週の毎日新聞連載「京がたり」が掲載されている分、落手。
FB上での9月をもって八文字屋閉店宣言にパギやんから「やめないで下さい。受賞して下さい」との声援を貰う。ブレッソン賞受賞に越した事はないが、そんなに甘くないだろう。それより、ともにほんやら洞をちゃんと営業ベースに乗せて、愉快に経営する相棒が出て来ない事が、八文字屋閉店を決意させた。月曜社の書き下ろしが終わるまで、意地でもほんやら洞は続ける。でも、これも3月で出来ないようでは、意味なし。当分、脇目をふらず、〈八〉〈ほ〉経営、そしてそれ以上に書き下ろしに死力を尽くす。大家からのtel等、新バイトはビックリするかもしれないが、バイトをいれよう。
毎日新聞に二本の原稿をいれる。月曜社の書き下ろしの中に最近日録抄を挿入するのはどうか、神林さんにも相談してみよう。2,3月氏ともコンタクトを取ってないので、怒っても呆れてもいるだろう。
夜、咲希ちゃん休み。それを知らず、オイタさん、鹿さん、浅利ちゃん来〈八〉。鹿児島から清水哲男さんが友人三人連れで来てくれたのに、珍しく客多し。FB上での「八文字屋閉店宣言」を見て、読売の森恭彦さん、同僚を十数人引き連れてきてくれる。なくなるのなら、一度見ておこうという人もいたという事か。オイタさん、香織ちゃんをよびだす。河田孝郎さん、精華大学の教え子、井上さん、同伴。芝居をやる気あるかなどときいていた。「カイさんには金を出さないが、浅利ちゃんになら少々かなり出資するよ」と言っていた森さん、浅利ちゃんが消えると、今度はKさんと意気投合するのに、別府隣さん、ガッカリ?デスクもアレレレ顔。
6時30分まで、〈八〉で寝る。

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2013.5/27(月)


〈ほ〉で6時に起きて10時までうだうだ。帰って寝たら3時まで眠る。やはり、一ヶ月近くちゃんと寝てないので、少しガタがくる。ダウン。
店の仕事もちゃんと組める人物探しは急務。僕はあと、月曜社の仕事、ライデンでの3月にわたる個展を恙無く終わらせる事にしか野心はない。HCBには未練があるが、後は、何を失っても怖くない。縮小へ、縮小へと向うのみ。あとは苦労を厭わず同行する女性があれば、いうことなし。
「同朋」(2013年6月号)落手。九州の姉を取り巻く状況の不幸が、少しでも軽減されますように、と願っているが、僕には、どうしょうもない。
日向太に、下二の荷物を早急に片付けるように、いわれる。
〈八〉1時まで、客は海坊主一人。ヤスミンさんの顏をみに浅利ちゃんが来ただけ。12時30分から次の客待ちで、横になっていると、富樫が女性連れで来店。4時前まで。
〈八〉大家の代理人よりTel。封書が来て、大事とあったのは覚えている。が、家賃が遅れていて、なんとかせねば、と思っているものの、どうしょうもない。現実に対する大家さんの判断に運命を委ねよう、と思ったまま封書を開けないまま店内で紛失していた。で、Telでビックリ。代理人さんの言うとおりなので、Telを笑って聴き、「何をわらっとるんだ!ブログなんかやっている場合ではないぞ」と。仰る通り、当たっているので、笑っただけなのだけど。5月に30万円、6月にも30万円をはらえないのならば、やはり、止めるしかないのだ。もし、この二ヶ月30万円ずつ払えたとしても、HCB賞を取れないならば、その間に月曜社の書き下ろしを終えていなければならない。それには物凄いエネルギーがいる。禁欲的にもならねば無理。出来ないのならば、やはり、〈八〉を9月いっぱいで閉店しなければならない。賞の事、書き下ろしの事については、勿論、代理人さんには告げてないが、その決意部分だけを告げたが、先方は、こっちの事をてんで信用していない。それはそうだろう。自分でも、この二三ヶ月この様な時間の使い方をするなんて予期してなかった。9ヶ月間、やや平穏な時間を持てただけでましだった。能力以上の事をやっていると痛感。去年の12月くらいからムダな事をやり過ぎた。数年読書らしい読書をしてなかったので、2,3月本に嵌まるまでは良かった。あとの個展、iPad弄りは余計だった。月曜社本に邁進すべきだった。毎日新聞連載もあってどっちかの店が疎かになるのは見え見えだった。まあ、借金ができたが、健康を回復しただけでも良しとしよう。
いまが、潮時だ。この段階でやめねば、後は泥沼だ。万一、HCB賞をとったとしたら、やめるのを半年延期するのも可能だろう。HCB賞はそんなに甘いものではない。

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2013.5/26(日)


9時に家に戻り、約1時間眠る。日曜日なのに電気の送電ストップになったのかぁ、という夢で起きる。
午後、篤ちゃん来店。当然、サッちゃんもいて、ほんやら洞通信の話をすると思って。直接性を重んじる彼女、夕べも言ったのだが、私は聞いてない、といっていたが、3時30分に来て、篤ちゃんから誕生日祝いでサボテンを貰う。
〈八〉入の前、河原町通りの地下の鶏塩鍋屋にサッちゃんと行く。
〈八〉には、鹿さん、奈良井さん、草葉さん、西村さんが見えていた。やがて、河田孝郎&井上(京都精華大学の教え子)、四国中央市の鈴木さん、ドゥニ、そして最後に朴ちゃんも。
西村さんは、最近のフェイスブック読む気がしないと言う。そういう常連は多い事は想像に難く無い。政治ネタが多いのだ。鹿さん、自分を取り巻く状況「そのまんま書かれている」と怪訝顏。奈良井宅は昨日今日と、ミルトンを軸に、いや、女性を軸?に出入りが激しかった模様。皆さんに、これからは出来るだけ毎日、男女写真をアップすると、宣言。
2時30分まで、〈八〉でダウン後、〈ほ〉へ。7時まで。

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2013.5/25(土)


朝から、四人の客があったが、断る。「いらっしゃい!」という元気な声が出ない。モリユウさんが、顧客の息子さん(寧波在住)カップルと待ち合わせて、向かいのイタリア料理屋へ。話題は、いつも黒田アキ。藤浩志さんは、十和田美術館勤務との事。2時30分ジャーマンとティル来店。今朝電気を付けたままほんやら洞のベンチで潰れているザマをジャーマンに目撃さる。ティルが代わりに講義したという。知人が大きな魚を釣ったとかで、ボール&チェーンで待ち合わせ。今晩はこの二人で比叡平バーベキューとか、そんなにすごすごとお山に引っ返せるだろうか。
〈ほ〉のお客を数人逃がす。その分が、一日割家賃に照らすと、赤字。辛いとこ。
〈八〉、悪い予感がするので、8時ちょうどに入る。氷を買いに行っている間に、暗い表情のミルトンが先に入り、座っていた。すぐに会計士の中村政温さんのtel即来店。やがて10時に篤太郎と待ち合わせの永田タカコさん、B&Cで大きなチヌをユウチャンに捌いて貰い、朴ちゃんも呼びだし、一緒に食してきたジャーマン&ティル、やはり、素直にお山に戻れず、顔をだす。ジャーマンの講義に今日はティルを呼んだという。ティルはティルで滋賀県の大学の講義、学生が全然ダメで、その悩みをジャーマンに相談。その対処法はありやなしや?と。ジャーマンはある女性の事を考え続けて5キロ痩せたという。憂さ晴らしに女性にちょっかいを掛けようとしたら、それが篤ちゃんのタカコさんだった。そこに、お米屋さんも訳のわからない事を言って割り込む。ティルは来たばかりの奈良井さんと話し込む。奈良井さんに香織ちゃんからミルトンにTelあり、奈良井宅へ急いだよ、と伝えると、彼も急遽帰宅。
数年ぶりに、田中直子さんの友人の馬淵哲さんも、友人連れ。後は、段ちゃんが来て、「まだ、早いから誰か来るやろう」と、ティルはイングへ、ジャーマンは京楽に消えた後に、四方山話をしていると、ティルが戻り、ジャーマンのあとを追う。
2時過ぎに、「お父さん!」と言って海人彦が友人連れで、覗く。ちょっと顔を出しただけ、と。これには段ちゃんも喜んでくれる。3時30分ほんやら洞着。戸を開けたまま6時30分まで眠る。

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2013.5/24(金)


タイガーマスクとやらの画像、パギヤンのFBを通じて初めてみる。1981年4月23日の試合だった。天安門事件の画像もムービーでは初めて。まず、電気が止まる前に関電の営業所へ支払いにいく。夕べは何気なしにジョルジュ・ムスタキの「わが孤独」をジェロームさんのFBからシェアして聴いていたが、昨日亡くなったんだ。それで彼は、アップしていたのかな?偶然?ムスタキには、思い出もあるが、記さないでおこう。
午後、有難い事に稲山聖修氏来店。その後、サッちゃんと植物園へ。まだ、デジカメに慣れてない。八文字屋の大家の攻勢が来る前に月曜社の原稿を終わっておきたかったのだが、まあ、どっちかの店を失うのも止むを得ない。写真と健康に留意しよう。
せめて、今日の八文字屋にお客さんが来てくれますように!そう念願して木屋町行き。
まだ、今週の「木屋町から一筆啓上」がまだ届いてない。国会では、隷属番号法成立。なんとも気色悪し。〈八〉に入る前に大豊ラーメン食す。直後に、李相玉さんと立ち話。
〈八〉低調。オイタさんがトルコ土産持参。アニス(八角)入りの水混入で白濁する50度近くある酒暫し、アニスの好悪を巡つて喧々諤々やりながら、鹿さん、永田さん、梁瀬さん、アドリーヌ、サッちゃん等と回し飲み。フランス学院の四人の理事来店。段ちゃんは、また、レコード針を買ってきてくれ、今度ダメだったら、レコードプレイヤーごとかってプレゼントする、といってくれる。渡辺琢ちゃんのヘルシンキ空港記述は、姉の結婚式に出向いての事という。
玉名から数年前に失くなった「クンパルシータ」ファンの51歳の、31年前に「ほんやら洞で甲斐さんの奥さんらしき女性に、いつも上海バンスキングを掛けてくれ、とせがみ鬱陶しがられていた?」という、長尾の競馬場消滅で馬写真撮りの仕事を失ったという男の長話を聴いているうちに客は誰もいなくなり、眠い、終わろうという事になる。彼、写真集4冊買ってくれ、大サービスする。梁瀬さんが、しきりに〈八〉の店内を画像に収める。FB上で流してくれるつもりだろうか。チュー太郎お出ましでいささか辟易気味?
今日、パリの写真の代理人、西川氏が、ロジェ・ピック賞にも応募してくれた由。
〈ほ〉には、同女の佐藤萌さんがバイト志願で来る。3時過ぎ、〈ほ〉着。

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2013.5/23(木)


いい加減、大掃除をしないことには、様々な事がたち行きそうもない。一年二年先の事を考えると、健康回復にも結びつく撮影のための徘徊をやはり優先、それで行き詰まったら、それはそれでいい。そんなに何年も生きるのではないのだから。午後、夕べのミランダ、ショーン、マッティ来店。ついでアドリーヌも。アドリーヌ、ほんやら洞は始めてなのに、懐かしいといって、これからは、勉強しに来ますと。これから、友達(バンソンだけど、、という)に会いに行くとも。ミランダ、ショーン、マッティ組は、今晩も来八と。9時まで京大マリーンがあるので、その後ね、と頼む。
〈八〉には9時45分に到着。防火扉が開いていた所をみると、誰かが来て帰った後のようだった。12時近くまで客がなく、坊主を覚悟していたら、海坊主がきて、金持ちの悩みを開陳。曰く「金を返せと連れにいうのが辛いわ、胃潰瘍になりそう。で、自棄酒飲んでんやわァ。仏の顔も3どまでいうやん!女がらみいうから貸したんや、こんな事ならあんたに貸した方が良かった(口が裂けても、こんな海坊主にせがむ事はありまへん、と思いつつきく)、アンタやったら、毎日、酒を飲みに来れるもんな。ちょっとやそっとの金ちやんやでぇー。土曜日なんや。どっちに転んでも、土曜日飲みに来るわ」次は、Sさん、今月中に、猫三匹連れて、新しい家にひっこさねばならないと、離婚という苦渋の選択をして、実父に気の毒や、本当にいい親父なんで、一緒になる時も何も文句も注文もつけんかったんや、◯◯市の盆踊りを二十歳くらいのときにつくって、皆からしたわれている、ただの酒飲みのいい親父なんで、嫁さんとこないだ、離婚する事になったと、挨拶に行こうと思っていたんやけど、嫁さんの都合が悪くなって、近い内に行くけど、、。離婚しても1年くらいは、次の女の子を探したりせんとこうとおもってんのやわあ、と。人生はこれからだ、と言って励ます。僕も子供を持ったの40歳をとうに過ぎていた、と。Sさん、彼女は、結局、子供が欲しかったかどうか、未だにわかってないんだ、と。
〈ほ〉に戻って、眠ってしまう。ひますぎた。

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2013.5/22(水)


流れ橋行きは、午前中に出発と考えていたが、洗濯でおくれる。さらに、毎日新聞から、如意ヶ岳からの眺望、どの緑は何と再記述せよ、との指示あり。外では、外国人7,8名が屯し、入りたいというが、「5時おーぷん!」という。Wi-Fi Freeだと喜んでくれているのに、悪い事をした。
再入稿をすませて、いざ、出発!という段に秦恒平さんからの「湖(うみ)の本買い116」届く。《ペンと政治(2下)満二年、福島原発危害終熄せず》を一瞥す。病身ながら、折り目正しい思考、観察眼が随所から飛び出してくる。
京阪と近鉄で久津川駅へ。ここから、流れ橋までの距離はかなりあった。近回りしようとして、昔は田圃のせいか袋小路に入り込んだりした。ツッカケなので、蝮にやられないかと心配になるコースもたどる。流れ橋は、17年前と違って、西北で高速?道路が視界を邪魔して時代劇のロケは少し苦心せねばならないはず。結局10キロ以上は歩いた。むしろ、チャリで行った方がよかったかも。戻ったら、5時30分だった。外国人グループにはわるいことをした。戻ると、毎日新聞から、昼送った原稿に朱を入れられて、逆に、不明なものにされ、戻ったので、全面リライトし、読み易くした。僕は、個人史を忍び込ませようとするが、それがカットされたりする。でも、自分の原稿なので先方も納得して呉れるものに、オーバーにいえば、彫琢する。大文字山に妊婦も登れると記するのは少し半社会的?
明日入金しなければ、電気が止まるとの報あり。
気がかりというか、お笑いにも成らない由布市の和尚の話もメモりたいが、時間がない。姉の周辺では、信じ難いようなトラジコメディが日々続いている。
落穂拾いとしてヤスミン&ティル、新島襄&八重らの墓、流れ橋周辺、東寺の画像をFBにアップ。
〈八〉今日も暇。鹿さん、カゲロヲ、川﨑さん、ルパン(昨日今日とBookOffでいい買い物を沢山したそうだ)、ドゥニ&バンソン、富士谷さん&友人、吉岡洋さん(京大美学)の院生の永江君&友人、飛び込みのイギリス美女&カナダ男二人で終わり(美女は明日ほんやら洞に来たいと)客待ちで、8時まで寝てしまう。浅利ちゃんの誕生日祝いおくれで、カゲロヲはプレゼント。ドゥニ&バンソンも「家に持ちかえり、男友達か女友達と飲め」と。

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2013.5/21(火)


今日は若王寺、弘法さんへ。
7時前に帰宅するも、寝つけず、10時前には吉田を発つ。なんか観光客も少ないなあと思っていたが、まだ、早かったのだ。映画「新撰組血風録」では土方歳三役の栗塚旭さんの喫茶「若王子」は気配ではもうだいぶ営業してない感じがした。少し共感を覚える。猫は少なかったが、所定の場に、やはり、いた。新島襄、八重の墓まで20分と記していた。45年前は、疏水の隣りという感じで、苦もなく墓参したが、今回は結構きつかった。同志社が用意した竹杖もあったが、使わなかった。途中、水がチョロチョロ流れている地面の下から、一斉にカエルが合唱で出迎えてくれた。20分かからなかったはずだが、きつかった。徳富蘇峰も同志社が用意した?墓域に収まっているとは、意外だった。年寄りがこの墓参を敢行するのは、辛いだろう。「八重の桜」のブームにもかかわらず、早いとはいえ、誰もいないとは思ってなかった。これだけで小一時間ついやした。若王子神社散策も含めてだが。
後は、南禅寺、白川、古川町のおっちゃん(5キロある鱈をまけときますから買って下さいといわれるも)冷やかしを経て、スタンド店内を広角でと思っていたが、11時前のせいか、シャッターがおりていた。JSBの前を通過して東寺へ。途中、五条烏丸西入ルの「遊食邸」で290円のいなり寿司二個+ちらし寿司を買って、島原の公園で食す。輪違屋、角屋の外観を撮影し、水族館周辺を、あまりの変貌ぶりで、迷いつつ弘法さんへ到着。暑すぎて撮影意欲わかず。タラタラ帰途につき、「むさし」で820円分の回転鮨を口にし、390円ショップでXLの中古ジーンズ2本買い、放ったらかしだったモノクロのネガを回収して、2時30分ほんやら洞に戻る。疲れて仕事に成らないが、健康を優先。。本当に何もしなかった。でも、膝から下が相当にヒドい状態なのが、自覚出来た。たぶん、毎日の連載がなかったならば、それも気がつかず老けこんでしまっていただろう。来週分の毎日新聞の記事は書く。
〈八〉入りは、9時30分。咲希ちゃん日、やがて、呼び出されてお米屋さん、来店。後は明日から横浜出張の奈良井さん、咲希ちゃんを飲みに連れていく鹿さんのみ。ロイが大阪で英語教師の口をゲットの報あり。1時前に閉店。ほんやら洞に戻る。5時まで、ベンチ寝。

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2013.5/20(月)


早朝、外気は冷んやり。できたら、昼前に伏見に行きたいと思っていた。
6時前に帰宅、10時30分までぐっすり眠る。背中がだるいが、寝てばかりで居れない。
11時店入り。出ようと思ったところで、Tel。S同行すると。時間潰しに糺の森へ。戻ると、こっちまで来るというので、更に待って、京阪電車で中書島へ。
中書島の町は、綺麗になってはいたが、町の趣といったものが駅前を中心に消失していたのが残念だった。長建寺も整い過ぎの感あり。寺名由来初めて知った。よくよく見ると、江戸初期創建のせいか、明朝風だった。川辺はあまりかわらず、スケッチ集団もいた。
どこかの酒倉で一杯引っ掛ける心つもりだったが、近づくと興趣をそそられなかった。納屋町は、パサージュとかいって、少し安っぽくもあったが、アーケードの天井を思いっきり高くとり、工夫されていた。大手筋商店街は、書店の存在こそ不明だっが、やはり京屈指の商店街、というか、最もいろんなものが混合した魅力的な通りといえる。バックショップ「サハラ」も健在で、佐原明子さんの新連れあいと言葉交わす事こそ少なかったが、お見かけした。前回同様リュックを所望した。コーヒーと饅頭をご馳走になり、早々に退散したが、うっかり彼女の写真を撮らせて貰うのをわすれた。近くのミスドで冷麺を食し、御香宮を一通り見て引き返した。そこには伏見城跡の残留石が積まれていた。大きな蘇鉄が有るのも発見だった。隣のワッキーの家もカメラにおさめた。
ほんやら洞には、編集グループSUREから塩沢由典著「今よりマシな社会を、、、」などの出版案内届く。夜の準備をし、昼の画像も三点アップ。出る間際に、ココア飲みのバンソン登場。Sに彼をまかせ、木屋町へ。ヤスミンさんがやはり下で待っていた。客は、鹿さんグループとカゲロヲ、ティルのみ。鹿さん連れのなかに大分は狭間出身の立命館大卒の佐藤葉月さんがいた。カ氏は、ヤスミンさんに草壁、檸檬の漢字を説明。昨日8時ジャストに浅利ちゃんのためにスパーリングワインを持参来した彼女は少し遅刻で会えなかったという。ヤスミン&ティルのいい写真が撮れた。京大のU先生がなにかで特許を取ったときく。目出度いことだ。
1時30分には、ほんやら洞に戻る。

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2013.5/19(日)


9時〈八〉出発。
市役所前の珍しく低調なフリーマーケットを冷やかし、2月ぶりに5紙買い、一路?〈ほ〉へ。下御霊神社の行列にでくわす。しばらく周辺をウロついていると、十何年ぶりだろうか、パートドヴェールのガラス作家内田邦太郎さんに会う。「もう、八文字屋はやってないのでしょう?」といわれる。11時過ぎに〈ほ〉入り。新聞をめくり、メール・チェックをすませ掃除後にコーヒーを飲み、フェイスブックをアップしょうとして3度長い書き物が途中で消え、イヤになる。気が付いたら、外は雨。画像処理中、伊藤徹さんが、カイル・ホルツピューターさんご夫妻と来店。1,2F見物。午後3時に天川哲也さんが、6月16日~7月14日、@ほんやら洞絵画展の打ち合わせで、来店。
終了間際の内田邦太郎展に行く。司津屋で蕎麦を食って戻り、たけのこと蕗を炊き、〈八〉へ。浅利ちゃんバイトでも、暇。ルパン、朴ちゃん、バンソンのみ。1時に引き上げ、ほんやら洞へ。5時まで、ゴロゴロする。

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2013.5/18(土)


上御霊祭り撮りと〈ほ〉営業、どっちつかずの一日に、またなった。マニラからの伊藤徹さん、ジャーマン、たかさんも店に顏をだす。他の客は断ってしまう。祭りの行列のコースをよめず、ろくな写真とれず。土曜日だから、チャンとした付き出しも用意する必要があるのに、できず。石田浄さんのギャラリーで、スイスのハンスの展覧会のパーティーにも遅れて顏をだしたが、誰とも口をきかず、ろくすっぽ展示物も見ず、〈八〉へ向かう。
ララタさん、遅れて、ひょっとして休みか!と思っていたらくる。
トップ客は彼女の友人が彼女に紹介したいと、護身術の先生連れ。永澄憲史さんからtelのあと、井上弘子さん連れで登場。彼女の個展は終わっていた。彼女とは、井上平三さんつながりで、20年になる。山田拓広&伊藤徹&文入香織さん来店は、9時30分。このグループが8時前か?と昨日から気を揉み、スケジュール調整に腐心していた。小田ならちゃんも来店するかもと言っていたが、姿をあらわさず。見知らぬ上品なカップル登場と思いきや、吉田寮のダニエル・ブレイク紹介の京大の哲学研究員(九鬼周造専門)が、GFのクララと云う銀行員(5月19日京都発)同伴。ソルボンヌ出身というので後でV氏と引き合わす。V氏喜びを例によって、徐々に表現。段ちゃん、鹿さん、アニメの伊藤さんが来た辺りでカウンターは埋まる。老いらくの恋に沈殿するG氏を憂うる朴ちゃん、お米屋さん、富士谷さん、タップダンス見物帰りの河清礼が5人連れ。「こないだ、中尾ハジメさん(彼女の義父)にあったよ。最近、写真を始めたっていうので、甲斐さんに見て貰っているの?と言ったのよ」と云う。彼女が、僕の写真集「京都猫町ブルース」(淡交社)の表紙を飾っている女性だよ、と紹介。鹿さん、段ちゃん、バンソンが喜んで呉れる。彼女の仲間の注文で、久し振りに、レッドアイつくる。ジュネーブ経由ガーナ風ジンジャージュースは、生姜切れ(コスモスでも)でレモンたっぷり入でつくる。
誕生日の浅利ちゃんでも登場すれば、昨日同様の盛り上がりがあっただろうが、遂に来ず。お米屋さんが、ララタちゃんをラーメン屋につれだしたあたりで、終熄に向かう。客が一旦、切れたが、もと布野修司門下生が来店。朝までになりそうなので、3時30分にお引き上げねがう。
少し横になっていると、4時過ぎに、おっちゃん来店するもおきず。彼がライトを消して帰ってくれる。久し振りだったが、前回の事を気にしていた。また、来らせて貰ってもいいかという。妊娠したという事実だけで30年前のはなしだが、彼がある女性を悪し様にいうので、糞味噌に、酔った僕が彼を非難し、彼氏涙を零す一幕が一ヶ月前にあった、その事だ。

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