ほんやら洞・甲斐扶佐義 HONYARADO/KAI FUSAYOSHI's Web Site

 
カイ日乗 9月

2013.9/30(月)


思いのほか、風邪はきつい。弱っている場合ではない。
あまり騒いでないが、ピンチはピンチ。きついピンチの渦中にいる。ほんやら洞大家に遅れる旨をハガキ送付。京都新聞の山中英之さんにSOS。キヨさんに元気伺い。ちゃんとした文章を早急に仕上げる必要あるのに、風邪でままならない。
11時に起きるのがやっと。百万遍の中華料理屋の火事を見る。パトカー、消防車が大挙押しかける。
西成彦さんとFB繋がる。黒川創とも繋いでくれとの事。
「月刊京都」さんと打ち合わせ。2点プリント出てくるか不安。ほとんど、マルセイユに預けている。
毎日は、茅葺きの里の原稿をおくれ、と言ってくる。ほぼ気に入った原稿を送ったら、見るも無残な俗っぽい原稿に書き改めてくれといってくる。あんまりだと思うが、「鈴木氏よ、好きになされ!」という気がして、陳腐化および無知そのものの箇所以外は再訂正せず。僕に書かせた意味(面白さ)半減なのは、常識人なら分かるのに。オイタさんなんか、興味が薄れて来た、連載に、と云う始末。鈴木さん、頼みまっせ!「静」の画像を送る。ウィーン旅行中の原稿用に週末の亀岡のコスモスの里行き、板さんに打診したが、日程あわず、残念。
中尾ハジメさん、久しぶりにほんやら洞に顔を出す、12月の会の件で。
瀬尾真希美さんの忘れ物出てくる。韓国の洗剤?
八文字屋には、8:00前に入る。ヤスミンさん最終バイト。段ちゃん、すてきな陶製のビールグラスのセットをプレゼント。人文研のヤンさん、ハイデルベルクの中国研究科のセバスチャン、ここロイ、ティルと仲の良い日本人の研究生、ヤスミンの韓国人の友人、オイタさん(オイタさんの3代前は、京芸大の初代学長の幸野楳嶺のスポンサー、前は、村上水軍と云う話。明治のはじめ、新町四条に広大な敷地を持った)、ラララ・千紘、奈良井さん、長谷川さん、九一BARバイトの京芸大生、冨樫&ルーマニアのカップル(銀座で個展開催中の現代美術作家、DAN&建築家の女性)、香織ちゃんは八文字屋に泊まりに来たのに、人が多すぎて、外をながす。咲希ちゃん、明日、休むとくる。
2:30閉店。
先週、記し忘れたが、中村孝平さんの息子さん来店。2,3ヶ月に1回の割りで、きてくれているようだ。

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2013.9/29(日)


クーラーをつけたままほんやら洞でダウンしていた。
疲れ、癒ず。鼻水、痰がきつく、ノンビリする。
上村さんから角倉さんに用件を伝える旨、メール。
12月14日、中川五郎さんのわいせつ裁判判決確定の日から33年のイベント、ほんやら洞でOK?とあり、OKと返信。その後、12月11日でどうだ?と打診。これもOKという。12月13日の「すかんぽ」での藤田さんを偲ぶ会は?とある。OKといったが、パリのスケジュールはどうだったっけ?
「あっ!?有った、ほんやら洞、懐かしい!」と言って通り過ぎる熟年カップル、窓から覗いて「まだ、気功の教室、やってますか?元気ですか?マキコさんは?(聞いてないですが、一緒にいないみたい)そうですか!前に上で講演を聴き、マキコさんにおうちに泊めて貰ったマキコさんの友達です。つかぬことをききました」と言って去って行く女性あり。
夕方3~4組の客あるも、対処できず。6時頃、トライアスロンの山田拓広さん来店。
7:00前、裏寺、柳小路の「静」に行く。毎日新聞連載の取材。10年以上前のお子さんが15歳と聞く。
8時と同時に、アイウエオが、洛星高校のスミス先生を連れてくる。鹿さん、段ちゃん、奈良井さん、末川協さんグループ、片山、ルパン、瀬尾真希美さん&クニさんも来店。瀬尾さん鯖寿司持参で、忘れ物取りだった。迦陵頻の片山氏は、パリの辻哲夫さんにTel。ディックは最近の写真も後で送ってくれ、と言って帰る。四国の鈴木さん、おっちゃんも来店。
2:30閉店。ほんやら洞に4:20まで。

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2013.9/28(土)


7時までクーラーをつけたまま寝てた。
寒気があり、吉田に戻り、昼まで眠る。「夢の技法」(?)で、10月20日まで、100万円作る手法を思い巡らせていた。
“Kyo“の原稿用のプリントを選ぶ。「街角のツー・ショット」で行く。ルネ行くも、定休日。出町で買い物。うっかりプリントを忘れ、慌ててとりいった。あったのでホッとする。
井上さんらのプロレス研究会は、11月2日だった。
有馬敲さん来店。上村多恵子さんの話になる。
ゴミ屋さんに、21000円払い、来月10日から19日まで回収なしと届ける。
西川氏の所にも、連帯保証人にたいする請求があったというので、迷惑は掛けないとメール。彼から、あくまで、お前は写真で行く、写真命で行け!という念押しある。TOKOのKey問題、脇川さんがはいり、一件落着と。
ほんやら洞に入る前に、「静」を覗くが一杯そうで、入らず。
八文字屋開店と同時に、奈良井さん、来週、いよいよ裁判と。次の客は、孫に風邪をうつされたという西村さん、覗いただけのジャーマン、その後、11時半まで客なし。「原ちゃん」と建松さん、梶田さん、民医連の看護婦さん、山根さんは一瞬だけ。京大薬学部の柿原浩明さんが、東大の知人カップル同伴。2時閉店。
青幻舎の安田さん、亥辰舎の浅井潤一さん、京南倉庫の上村さんにメール。
まだ、10月20日デッドライン解除の動きに着手出来てない。

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2013.9/27(金)


疲れ、癒えず。
サッちゃん、石垣島空港との事。
スカパーのディレクターからメール。つい、ギャラはいくらかと聞く。
月曜社にモノクロのCD4枚おくる。
同志社から11月10日の岡林のポスターが今頃来る。
太貫まひろさんがわたしも一日位働けますか?と言いに来てくれる。
10月26日,27日同志社で反原発の集会をやるのだが、その流れで、26日ほんやら洞でライブができないか?とTel。アンプ無しなら、というと、分かりました、と切る。電話だけではイヤというのが、分からないのだろうか?「持続可能な、、、、」という会らしい。もうTelはないだろう。全く、労を惜しんでいるとしかいいようがない。
夕方、ディックと浅井さんの面通し。浅田君という、区役所詰めで、まちづくりアドバイザーも来る。
〈八〉入り、9:30。数学者、田中直樹、オイタさんがいて、直ぐに、ティルとハイデルベルク大学東アジア研究センター・中国学科助教のセバスティアン・マスローさんが来る。奈良井さん、純二、北川俊喜さん&26歳の連れが来る。
Telがあり、大家の代理人とやりあい、11月20日まで99万円はらえなかったら、出て行くという。
奈良井さん、香織さん、鹿さんが来る。
結局、パスカル・モレさんの体調悪く、僕が帰った後という事もあり、ジュ・ド・ポームの責任者との西川氏の会見取り止め。彼、代わり?に、タッキーノさん以下いろんな音楽家に会った。僕がやはり、もう2〜3日居れたら良かったと言って来る。
2:00閉店。

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2013.9/26(木)


気がついたら、11時で、昨日までとは、打って変わって、肌寒かった。吉田にかえり、5時まで寝てしまう。6時、京大マリーン&スノーの面々が、10人ちょっと来る。「月刊京都」の山岡さんより原稿依頼。30日に会う。
〈八〉入りは、9:40。鹿さんのみ。明後日で「あまちゃん」が終わるとかで、昨日、その中で歌った薬師丸ひろ子の歌をyoutubeで聞かせてくれる。「もう20万を超えている」と嬉しそう。百田尚紀の「永遠のゼロ」と宮崎駿の「風立ちぬ」についても何か言っていた。
秦恒平さん恵送の「湖(うみ)の本」(117 作・作品・批評 灌鱗清流〈三〉)を捲っていると、自分の名があった。有難いので、引き写す。

京都今出川ほんやら洞の甲斐扶佐義氏が写真集「STREETS OF KYOTO」を贈ってくれた。画家秋野不矩が京都市文化賞を受けた1979年に、ほんやら洞で祝する会があり、自作詩を朗読して祝っている亡兄北澤恒彦の姿も写っている。甲斐さんは写真による優れた批評家である。「京都」に肉薄した写真の一枚一枚は、本来そこに身をおいて育ってきていながらわたしの脱ぎ捨ててきた京都。生き生きとして迫力あり、懐かしい。今度、この人と「対談」したい。 2001 9・21

前夜、長時間かけて甲斐扶佐義さんの写真集「京の町通り」を、一枚一枚、読むように観た。一般に写真が技術的に高度高質化しかえって難しくなっている風潮とは逸れて、甲斐さんは、あくまでスナップに徹し被写体の「生活感」を批評的に掘り起こし伝えてくれる。写真の技より写真の中味が深切に訴えて面白く、ほろ苦くもほろ甘くもある。懐かしくて、おかしくて、おどろきに充ちていた。甲斐さんは、わが亡き実兄・北澤恒彦の盟友であった。 2001 9・22

感謝、感謝。
4時就寝。

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2013.9/25(水)


6:30の段階で、気温23度というフライトのアナウンスあり。
関空7:00着。ほんやら洞は、10:00。銀行、賀茂川の土手で昼めし、関電で支払い、天神さん冷やかし。
現場復帰。郵便処理だけでくたびれる。7:00まで、ウダウダ。作業進まず。
気がついたら、ほんやら洞のベンチで眠っていた。
〈八〉入り、9:00過ぎ。店に入ると同時にTel。杵築高校の同窓会が10月27日にある。是非、参加を!と前アルパックの山口社長夫人から。同窓会にでた事は、これまでない。伊藤公雄さんも、ヤスミンがいる時としては初来店。ヤスミン&ティルさんの友人が、約10人、お別れパーティなので、来てくれる。川㟢さん、奈良井さん、純二つれの鹿さん、K-Kei、2ヶ月ぶりくらいの朴ちゃん(僕の顔を見て逃げるように帰った)も居た。永澄氏も呼び出す。避けている論説委員長にも折り入って来店願おう。いま、この時にこそ。
留守中に、チーちゃん、K-Keiに誘われてタケ坊も来たとか、草間さんが連ちゃんでかおを出したとか、草葉さんも久しぶりとの話を聞く。
留守中の珍客としては、英文の朝日新聞にいた笠原のり子(ノッコ。細川護煕の娘と結婚した永青文庫の石井窓呂を連れて来た)が、古い名刺を残していた。2005年の10月末か、11月頭に来〈八〉し、バイト先に来いというので、根津の「天上桟敷の人々」(舶来居酒屋)に行ったのを、「いまでも、嬉しく思っている」という当時、東京芸大生(現在、奈良の博物館で、任期付き学芸員)の原瑛莉子(9月23日)がいた。
川㟢さんには、〈八〉の大家から、保証人なので、督促状が来た旨を聴く。速く何とかしなくっちゃ。3:00〈ほ〉着。ばたんきゅう。

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2013.9/24(火)


深夜、パリTOKOショールームのあり方を巡って、光井さんと西川氏とが、掃除のあり方、鍵のキープに至るまでを議論し、それにKも加わっているのを小耳に挟むのは、気持ちのいいものではない。Netの電波の飛んでいる店の前に逃げる。
8:00オデオンのTOKOを出発。シャルル・ドゴールまで西川氏に、タクシーで送ってもらう。タクシーのなかで、頻りに、女の人は難しい、と述懐。金の匂いのするとこには、寄ってくる。「飼い犬に手を噛まれる」ことが続いていると。
1時間15分。タクシー代62ユーロ。西川氏、別れ際に店に戻っても大丈夫なの?と身をあんじてくれる。ま、連絡を取り合いましょうと。メールで借金の督促を見て土産よす。月末の5日間は、苦しい展開。ほんとうにほんやら洞を親身に手伝ってくれるひとが欲しい。いきなり、ピンチというわけはいかない。西川氏がいなければ、チェックインを自動機械でやる操作は、一人では、困難だったかも。
飛行機の出発は、11:30。フランクフルトの乗り換えは、50分しかない。

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2013.9/23(月)


ジュ・ド・ポーム美術館に行く。フィルム購入節約で、ラストフィルム。最終日は、モノクロ、ケチって撮る。京都に戻って精力的にとり、プリントにも、ネガ整理にも励まねば、ならない。毎日の連載も頑張られば、9日間のブランクが、、ともう京都にいる気分。
モレさんが、僕が25日までいると思って、うっかりジュ・ド・ポームのディレクターにそう言って結局、明日の10:30に会いたいと、ジュ・ド・ポームのディレクターの秘書から言って来る。残念。僕的には、今回の最大の楽しみを逸してしまった。モレさん経由で、秘書から連絡が入るまで、「とらや」で山菜おこわ定食を食って時間を潰す。そこで、安倍政権のフィクサー?の飯島某を見かける。その後、「まつだ」という寿司屋で、刺身、握り寿司が出るまで1時間以上待たされる。
それから、ピエール・ラニョーさんの家に慌ててタクシーで行く。彼としては、詰まるところ彼の写真を見て欲しいとのことであった。ピエールさんの家からパリの屋根を撮る。彼は、仮面のコレクションをしていて、2000年前のアフリカのももっていた。絵も描くと言って、ホームレスや、路上のガラクタを撮った写真を見せられる。彼としては、僕がパリを撮り、彼が日本を撮り、パリの日本文化センターで、2人展をやりたい、と一応言う。熱意は疑いがたい。西川氏としては、来年の1月にTOKOで、「都市の魂」という2人展を、まず、やりたいと、彼に告げたらしい。氏は、世界中80ヶ所に演奏旅行にでているが、日本は未踏との事。9月20日からブザンソンのミュージアムで“BRISURE”展を開催中(10月25日まで)。写真の交換をする。次回はここで、ディナーをご馳走したいと彼は言う。これから直ぐにギターを教えにいかねばならないとかで、早々に退散する。彼が、何を考えているか、今一つ不明。ここは、西川氏の指示を尊重する。
その後、1世紀の円形劇場を西川氏と見て光井さんと一緒に銀行へ。僕は、銀行前で別れて、プリントの束をラニョーさんの家に忘れたと気づく。イヴリーの客の家に招待されているので、向かおうとする段に、ナディアからTel。今、TOKOの前。鍵が掛かっていて、誰もいない、と。(実は、光井さんが下で寝ていた。)Kは、日動画廊のオーナーの旦那と待ち合わせ中。
相手が何者か分からない。彼にプリントを見せようと、もってきた。西川氏がチョコをお土産に行く。着いて、呼んでくれたのは、ジェロームの母と分かる。6:30から10:25までお邪魔する。その後、ナディアの友人のエールフランスの田部美佐子さんと連絡をとりながら、オデオンの光井さんジェロームの日本での仕事を誇りにしていると言う。でも、彼は、この美味しいチーズをたべられないのは、可愛いそうと言う。もし12月にパリにこれるのなら、その時は、私の母の実家のロアールに車で案内する。決して大きな家ではないが、暖炉に当たりながらの食事は楽しいよ、14世紀のシャトーも二つあると誘ってくれる。ジェロームの京都生活は、苦しいと思うが、愚痴一つ言わない、と頼もしげ。ミッシェルとジェロームの母は、10月20日に京都に来るつもりと。
光井さんらが待つカフェへ急ぐ。カフェから、光井さんらは移動して、近くの「モンドリアン」へ移動していた。田部さんのあと、ラニョーが、忘れ物を取りに来る。ピエール・ラニョーとのツー・ショットの写真を依頼も何もないが、手回し宜しく新聞向けに、予め撮る。
彼が来たところで、「モンドリアン」へ移動。1時間いて、ここを追い出されるようにして解散。“l'Avant Comtoir”に行き、お店の社長、Yves CANDEBORDEさんに「路地裏の京都」をあげておいた方がいい、ここがパリで最も人気のあるバーなので、と言うので、あげる。立ち飲みバーの方のTomas que Tomasマネージャーも欲しそうなので、あげようというので、「京都猫町ブルース」をあげる。ヨルダン人の、多分、学生?のSumaya Al-Attiaさんと歓談。
戻ると、光井さんとKさんが待っていた。荷造りを終えて、Net環境下に行っている間、美味しいワインを飲むつもりなので、帰っておいでというので、戻る。
気が付いたら、6時30分。

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2013.9/22(日)


今朝方は、疲れた。
イヴリー行きは、明日になった。ジャック・プレヴェールの生誕地に近い西川氏のロフトを飛びだし、近くのマルシェで、パエリア、トマトを買い、交差点近くのベンチにすわり、食す。ギャラリーには、光井さんのKさんが待っていた。
夕方、ムフタール街を散策して、ルネ・デカルトの家、ヘミングウェイの住んでいたアパルトマンをみたりしながら、デカジェロームのアパートに行き、コーヒーを呼ばれる。奥さんの祖父が撮った柳原白蓮、新島襄、田中絹代の写真を見せてもらう。コルシカ島の印象を西川氏が喋ったりした。
夕食は、カトリーヌ・ドヌーブが常連のトスカナ料理屋。最後に、今、パリで、一番、流行っている行列の出来るばー“l'Avant Comtoir”(アヴァン・コントワール)で、閉店まで飲み、過ごす。客、従業員を撮ってモノクロのフィルムがなくなる。LOLA(2月8日生)、MANNE(7月29日生)を撮る。戻って、4:00まで、近くのイタリア料理屋の前、Net。

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2013.9/21(土)


6:00起床。
昼前に、フランス文学者の西永良成さんが、覗く。イヴリーに住む一昨日来た客が明晩、飯を食いに来いと、Telあるも顔を思い出せない。ベルリンに居るエマニュエル・ギベールがよろしくとメール。ディミトリー・トルストイ(レフ・トルストイの孫、マイアミなどで活躍の写真家)から近々見に来ると西川氏にメール。3年前に、天竹さんが連れてグラン・エターナの展覧会を見に来て記念撮影したコレット・トルストイの息子。ALIYAの評判も聴く。飛行機で読んだ藤野可織さんの「爪の目」、西川氏にプレゼント。3年前、パリ行きの留守番を八文字屋で作家、玄月がやるといっていたのを、自身、大阪で「文学バー」を開始。八文字屋は、ゴメン!といっていたが、そのスタッフの員数に玄月は藤野さんを加えて、八文字屋活性化計画は頓挫した話もする。
今日は、のんびりする。朝食は昨日の残りもので、ゴージャス。今日は、着替え、全て西川氏のものを借りる。オデオン近辺のギャラリー街を散策。光井さんが、葉さんと追っかけて来る。
4:30に文化省の叙勲担当局のパスカル・モレさんに会いに、バスティーユの会館まで東京&パリの都市比較のイベント、パリの建築史を辿る図像表現展を見に、バスティーユの建築史絡みの会館行き。フランス人監督の「間」をテーマした映画も半分?見る。モレさん(1月7日生)は、今晩は忙しく、カフェでドリンクのみ。マルキ・ド・サドの手稿の残っているという図書館の前。その後、証券取引所の前の魚介類を食わせる店、「ボードビル」に行き、光井さん、Kさんと合流。食事のあと、ベンヤミンゆかりのパロラマ館などのパサージュ巡り。餃子だけで飲ませるバー、次はオーナーが有名ホテルのシェフあがりの、深夜、ケーキでも飲ませるレストラン“NOGLE”(?)で飲んだ辺りから眠くなったが、今晩は遊ぼうと西川氏、光井さんがいい、大統領官邸付近のホテルのバーにレゲエを流すタクシーで平服のまま入れるかどうか占いながら楽々入ったが、貸し切りではいりこめず。河岸を変えて、真っ暗なハイソな連中が出入りするやはり十分に怪しい、政治家の子息達が密やかに糾合しそうな官邸付近のバーを冷やかし、其所からクラシックのボレロが流れるタクシーで、閉店間際のバーに行き、次は、ベルビルへはいったが、おいだされ、フランスの歌姫、エディット・ピアフの家を探すが、わからず、タクシーで、シテ島のルネッサンス期からのたてもので、ジャックという経営者か、ライブハウス、クラシックの演奏ホール、ギャラリーを同時にやっている店の地下のアラブ人が、歌い、セネガル人らがステージ、テーブルの上で全身を震わせながら踊るショーを見に行く。客は、ダンサーのブラジャーの中にお金をいれたり、一緒に、テーブルの上にあがって、踊るオージーなライブハウス。朝7時前に、光井さん、Kさんは先に帰り、ジャックとしゃべったり、スタッフを撮ったりしてかえったら、7:30西川氏は、鍵を紛失して、TOKOに入れず、西川氏のロフトまで、タクシー。

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2013.9/20(金)


9:30起床。
昼、西川氏、光井氏とともにHCB財団を表敬訪問する。その前に、時間潰しで、付近のクスクス屋に寄る。ほんやら洞もこの程度のクスクスをだせたら、いいのだが。こんなことを記すと、何を今更と言われるかも。チキン、マトン、牛肉を美味しく煮込んでポトフを作る要領で、野菜たっぷりのスープをふんだんに出せば、良い。〈ほ〉再生の鍵かも。これを、1500~2000円で、出せばいい。ランチの値段を据え置きにして、カレーも思いっきり美味しいのをつくり、相当な値段を取ればいい。
HCBのギャラリーではSergio Larran(?)のチリ、ロンドンの展示中だった。ギャラリーには、他の写真家のDMはなかったが、僕のは、おいてくれた。三島憲一さんの文章、ポストカード数枚受付にプレゼント。HCB未亡人は不在だったが、今日のオープニングパーティーに来てくれるように、伝言をのこす。光井啓祐さんは、「将来的に、甲斐さんがここで展示出来るようになったらいいのにね~」と素朴にいう。ギャラリーをパリに持ち、僕を人寄せパンダにするからには、そのような動きをしてもらわなければ、こっちは付き合えない。西川氏は、五年待てというが、こっちの人生は、待ったなしだ。
今回は、TOKO Shoji Showroomのお披露目だ。スタッフも、準備(ギャラリーとして未登録ですらある)不足で、作家にメリットを生み出す企画になってない。全てが、泥縄式そのもの。光井さんも、素直で善意の人であるのは、確か。ここで、何かを生み出す為に、僕がエネルギーをかける必要がある。今回、この場に浅井さんも居たらいい、と西川氏は、言うが、それは彼自身の身の保全につながっても、また東光商事のためになっても、窮地のどん底に瀕して居る僕に必ずしも直接的に益するものではない。益するならば、お出まし願うところだ。少なくとも、目ぼしい来客に、芳名録に記帳を頼むこと、売り物のポストカードをタダで持っていかれない工面、来客があまりにも多すぎてこの態勢では、無理なのは、分かりきっているが、作品の値段の提示がなされてなければならない。この点が、全く欠落している。三島憲一さんのオマージュを前面に出して、メリハリを付けるべきだ。案内のDMが出来たのが、2日前。パンフレットなんか望むべくほかない。何はともあれ、東光商事のパリコレ(?)周辺への参加機会に沿わせた、供え物であった。TOKOギャラリーの門出に、映えあれ!
隣のイタリアレストランのWiFiが使えると思っていたが、さにあらず。
疲れてなければ、周辺をほっつき歩くのだが、疲労困憊状況が続いたまま。
ウィーンの猛大兄が、10月10日~10月18日のチケットを取るがいいかとTelあり、OKと言う。「今、ホテル側、妙に増長しており、今、行って、万一、甲斐さんが気分を害するような事が、あったら、いけないので、これはペンディングにして置こう。他に行くべきところ、撮るべきところはいっぱいある」と前に言っていた五つ星ホテルに関しては、そう解説。
サッちゃんは「本当に行くの?」と言う。今を置いて、勝負時はないし、これに応じなければ、2度とこんなウィーン行きのチャンスは飛び込んで来ないだろう。一気呵成に行かねばならない。少なくとも、比較に出して、申し訳ないが、本人の経済状況は置いて、旅費全額供与をふくめ、僕への純正な好意は猛大兄に一日の長ありと、言うべきだろう。西川氏は、自分を含め、諸々の投企があり、不確定的要素に掛けるところがある。猛大兄にそれが、全くないなんて言わないが、彼の会社の人達も待ち望んでいると言ってくれている。ありがたい話だ。八文字屋、ほんやら洞、毎日の連載、月曜社の仕事、シーボルトハウス展の準備、応援団の結成と写真集作りをしっかりやらねば。
オデオンのカフェで、少しNet。
昨日に続き、今晩も、饗宴、饗応の一夜。ドゥニとお母さん、資生堂の欧州広報代表の藤原邦一さんら来場。正戸里佳(Rika Masato〈violon〉)の熱演そして最後に、作品へのオマージュとしてパフォーマンスを披露してくれたOsamu KUROIの好意の表明もよかった。正戸さんらは、僕が、京都の国際音楽祭の実行委員だったことが判明してからというものは、明らかに喜びを露わにし「撮って下さい、そして、送ってくださいますか?」という。「西川さんは、清水寺の時、甲斐さんが関係あったなんて何にも説明してくれなかった」と、ソプラノの歌手も、よこから割り込み、知りあった、口をきいたのがおそすぎたと、むしろ、不満気。昨日、元黒川紀章事務所の今用雄二さんの話をしたカザフスタン人のチェリスト、Askar ISHANGALIYEVさんも京都国際音楽祭の実行委員だった事を知り、「カザフスタンのアマルティに来たら、うちのアパートに泊まったらいい。アパートはいっぱい持っているから」と嬉しい事を言ってくれる。願ってもない話。代わりに(とは言わないが)昨日の画像を送ってくれとも言う。呂さんは昨日あったばかりの男を同伴。来月20日から、東京、京都に行くから、宜しく言って、紹介してくれる。チャン・マキの連絡が遅れた(?)永江君も来たので、携帯で撮ってアップしてくれると言う。彼は、フランス語の家庭教師が欲しいと言うので、西川氏に紹介。また、夕べもいた8月4日録画の画像登場の「ザーマス」婦人(?)が今晩もきて、あの映像は、いつOn Airかと言う。飛込みのフランスの原子力会社の社員の女性、通訳同伴できて、「KAIの写真好き、でも、私の職業は内緒にしてね」と言う。
尾崎全記氏も杉村さん経由できて、堪能してくれる。堪能しすぎ!?些かがっついて飲み通し、女の子に「あなた、どっかであいましたよね」を連発。皆、引いていた。SUN YOUNG MINは、猫ポスターを喜ぶ。その姿を見て、周りの彼女ファンのギャラリー喜ぶ。彼女のBFは、ALAIYAの設計の仕事をやっている。奥さんがフランスになじまず、5年後くらいに、日本(友人の居る奈良)に帰ってきたいというデカ・ジェローム(Jerome Estienne)も奥さんと二人の子供も来て、竹トンボをプレゼント出来た。近くなので、時間があれば食事に来いと言ってくれる。日本は、福島だけでなく、政治的にもヤバイですよ、と言う。元グラン・エターナのエリックも来て、三島さんのオマージュ文に感動。部分的に、自分の、サイトでアップすると言い、付き合いの画商が何点か買うかもと。エリック・モレさん、顔を出さず。
今日のレセプションも、昨晩と同じくらいの来客あり。それで、売れないというのは、悲しい話だが、うなづける事だ。
TOKOのスポンサーの光井啓祐さんから「甲斐さんも、一応、先生ですよね。先生と呼んだほうがいいんでしょうね」と言われ、笑ってしまう。世間の瀬踏みか。
カザフスタンの今用さんからメール。「カザフスタンは、逃げません。期が熟せばこれるでしょう」。

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2013.9/19(木)


7:00起床。1Hネット。2人は、9:30に起きる。
2:30まで展示の飾り付け。付近を散歩中、毎日会うイエスにまた遭遇。
呂さん5:00前に顔を出す。明日、知人10人連れて来てくれるという。約10年前に三島憲一さんが書いてくれた「甲斐扶佐義の世界」(仏文)をネットにアップしたら、この内容なら、フランスでは、客が押し掛けるのは間違いない。なぜ、アップしないのか!?という。ギャラリーは、ネット環境、目下なし。
有名なクラリネット奏者のミッシェル・ポルタさんも、ギャラリーの上のアパートにいるらしく、覗く。チェロ演奏のカザフスタン人、早々ときて、リハーサルをたっぷりやる。
6:30辺りからお客押しかけて来る。コリーヌ、グザヴィエ、辻哲夫(祝儀持参)、バンソン(数学者20人連れて来ると宣言していたが、一人で)来る。レフ・トルストイの孫の親友Aさん(今年5月に、ほんやら洞来店予告をいれ、来なかった)、イザベル・シャリエ(後で二人の娘さんも来る)。イザベルをバンソンに紹介したが、バンソンは手厳しく批判されるので、叶わんがる。「ファシスト」と云われたらしい。娘さんは?と聞くと、もっと叶わんといい、面白かった。イザベルは、デジカメカラー写真をとっていることで批判する。「だって、プリント深みないでしょう!」と。ジェロームのお母さんも、BFと来て、前回は、彼の目の手術で、家に泊められず、ごめん。今回も泊まってくれてもいいのだが、言葉が、、、夕食にも呼びたいが、、といっていると通訳してくれたのは、コリーヌ。コリーヌも来てくれるのなら、食事に呼びたいと。初めから最後まで、特等席に夫婦で陣取り、しこたま、飲み食いして帰る老カップルもいたり、突然、ホームレスが闖入して、一瞬にしてテーブル上のボトルをぶっ倒し、テーブルを汚し、ガブ飲みして、食物も鷲掴みして逃げ去る一幕もあり、その後厳つい黒人もやって来てのませろ、金をくれ!と一人一人にせがみ、執拗に口説くシーンもあり、脇川さんが、入口をブロックしろ!と叫ぶ。
TOKOの社員も数人合流。コリーヌ、ハビエンヌ、グザヴィエ、ジェロームの母、イザヴェル、彼女の娘さん、SUN YOUNG MINさんらにお土産を持って来てよかった。微々たるものだが。音楽家で、いま、どっかで写真展をやっている男に、西川氏が、写真集「路地裏の京都」をプレゼントしろ、今後、組んで二人展をやった方がいいという。彼が、月曜日、午後、食事に招待してくれるという。
最初から最後までアランがテレビカメラに収めてくれる。SUN YOUNG MINは、フランス人の建築家のBFと一緒。佐藤畔奈さんも顔を出す。JSBの締め付けは厳しい模様。販売予定のポストカード、100枚以上タダで持っていかれる。スタッフ不足。
散々飲み、酔って、途中から眠くなる。2:30ソファに沈む。夕べと同じ状況。

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2013.9/18(水)


時差7時間。Wifl、繋がる予感があり、挑戦。機械音痴で、フランス語読めず、無理。2H、Hotelに燻る。10時TOKOにいくも、開いていず、付近を小一時間ウロつく。イエスみたいな男に出会うも、咄嗟のシャッター切れず。夕方、タクシー内から、ほぼ同じロケーションで同人目撃。
今日も雨。
2,3軒隣のWiFiの通じるカフェで、西川氏(夕べは、朝5時まで光井さん、脇井さんと、外で鉢合わせになり、飲み、TOKOに戻り、飲み直しの次第、聞き付けた光井さんの不安を仄聞)と昼食。ビール、ワイン、ピザ、肉料理、チーズ、コーヒー。やっと日本との交信。ウィーンの猛大兄から、10月10日〜10月17日ウィーンの打診あり。ほぼ、それにそう旨打信。川井遊木さんから、僕の日乗で、削除要請部分の知らせあり、サッちゃんに処理して貰う。ラララ・千紘は、僕の出発の日間違ったとメール。咲希ちゃんの日、倉敷の内山氏来店し、ご満悦とか。
午後、西川氏の銀行行き、額縁屋行きに付き合う。
銀行は、Banque Atlantique(ブルボン家の末裔らしい)。Suyama Yukio(Direction de la l'international Conseiller Patrimonial)と面談。氏の東電への危機感も拝聴。年に、2,3回、来日の仕事。次は、八文字屋へ伺う、と言ってくれる。西川氏に、書類提出の遅れを指摘。
銀行までセーヌで日本人の奥さんと家族と住むイギリス人、ゴードン氏、車で迎いにくる。奥さんは、広島は三吉出身で、フランスのハリー・ポッターみたいな児童書の翻訳の仕事をしており、養ってもらっている由。7巻まで既に済ませているらしい。西川氏にサン・シモン通りのロスチャイルド家、サルトルの家など、教えてもらう。
額縁は、貧乏アーチストの街(で、クスクスが美味しいというカフェで1Hの時間を潰しながら待つ。ここに集まる老人を何人か、カメラに収める。ゴードンに写メに収められる。
戻るや、光井さん、脇井さん、やがて、山本太郎選挙のボランティアを務めた美術モデルの女性も来る。夕食は、その女性、ゴードン、西川氏と「来々軒」へ。その後、フライヤーを配って回る。帰り、バン・ドームの中国人アーチスト、Li Chen氏の作品(藪内聡の作品を巨大化したような)をとり、明日(パリでもあるのか?)の中秋の名月の前日の、一瞬、垣間見れる月を撮影。De La Poumの位置を知る。戻ると、パリコレの準備を終えた光井さんも戻ってくる。それから、酒宴。10分、WiFiの通じる店の前に行って、打信。あまりにも寒いので、直ぐ戻る。
まだ、疲れ、取れず。光井さんの体調不安も心配。
女の子、西川氏、僕、三人でギャラリーの地下室で眠る。

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2013.9/17(火)


ポーチを忘れて出発。酔っていたから、仕方なし。5:30MKタクシー来る。9:50搭乗。
今回は、カメラは、OM1(モノクロ)とサッちゃんのニコンのデジカメ持参。
10:30出発。機内で、藤野可織さんの「爪と目「児童公園」などを読む。
2日間寝てないのに、眠れない。昨日の日乗の打ち込みのみ。Wifiのパスワードわからない。フランクフルトで、20分、パスポート、チケット紛失と騒ぐ。自分の小ポーチ内で発見。スーパーバイダーまで呼び出してしまう。
シャルルドゴールでは、迎えが少し遅く、telにユーロ入れてもかからず、金も戻らず、インフォーメーションに掛けて貰う。後ろに、西川氏、光井氏らが立っていて、ホッとする。
雨の中、パリ入りする。
ギャラリーは、予想の半分のサイズ。Wifi未接続。未登記故、仕方なし。DM、一応貰う。先ずはビールで、乾杯。一番大きいプリントは、出てなかった。スペース上、やむを得ない。今晩は、付近のホテルStela泊まり。WifiFreeとカウンターにきいたのに、接続不能で、ガッカリ。夕食は、付近で、仔牛料理(メインが22ユーロ)と安いと感激。ワインも2010年のブルゴーニュが38ユーロ。光井氏の奢り。彼らは、深夜会議。当方、Net接続不能に付き、早々に、Hotel Stelaにて就寝。

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2013.9/16(月)


7:00まで〈ほ〉にいる。2Fから、サンドラが寒いと言って降りてきたので、多少、ネズミの糞にまみれているかも知れない毛布を出して渡して吉田へ。一番風がきつい時なのでゴミ袋を切り抜いて被ってかえる。三角州が、隠れようとしていた。ニコンのカメラの巻き上げレバーが折れ、フィルムを取り出したが、36枚分、丁寧にとっていたのだが、丸々ダメにする。11:00まで寝つきが悪いが横になる。
昼前に店に行くと、サンドラが、彼と縒りが戻ったのか「明日、友達と富士山に行く」と嬉しそう。何か手伝おうか?と言ってくれるが、一人でやったほうが楽。
一日、片付けているのか、旅の準備をしてるのか、パーティの準備が進んでいるのか、不明な時間の過ごし方が続く。寝不足か?嵐山の渡月橋が流れをかぶったとのこと。伏見、南区でも避難勧告が午前中出ていた。
12時前に井上章一さん、来店。その前に、ほんやら洞行く前に出町をウロウロしていたのに遭遇。後で、公衆電話を探していたと判明。スカパー、予定通りでよかったかも。
プロレス研究会の会場候補のほんやら洞2Fを下見。「力道山」(ミネルヴァ書房)の著者と落ち合う。相棒は、同志社に1970年入学という。井上さんのお嬢さん、ミナミちゃんは、新井さんの教え子だが「あんな同窓会なんて出ない」と一刀両断。今日は、僕の壮行会がある。井上章一さん来店で僕の船岡温泉の撮影は、遅れる。カメラが傷んでいるせいか?上手く行かず。毎日新聞、ダメだし、するかも。明日から、パリなのに、どうしたもんか!?まともなカメラを持参するのを忘れたせいだ。帰りに、シルヴァンの家、覗く。シルヴァン僕の身の上にトラブルがふりかかり、彼にSOSとでもいいに来たのかとでも言わんばっかりの表情を浮かべていた。と同時に、そうでないとわかり、ホッとした表情も垣間見せた。そう、僕は、皆に心配ばかりかけているのだ、ここ数年。「夜、ナディアが〈八〉に行くよ」と言って、シルヴァンの顔、綻ぶ。
九州の大雨を気遣ってTelして来る。
戻ると、何度か、浅井さんから、メールがあったので撮影行き、フィルム買いを伝える。Fbでロイが、「漬物さんって誰?」ときいてくるので、「それは、浅利&甲斐の間のジャーゴン」と教える。フィルム買いの途中、丸太町の橋付近でいる武市さんに声を掛け、パーティに来てもらう。彼、経ケ岬の反原発だか、米軍逗留反対だかのデモ帰り。丹後半島の反原発闘争の方がすすんでいると述懐。「人間より、隼が好きって言う奴いない?絶滅危惧種の隼を守れ!という運動、鮎もどきを守れ!って彼らはやっているのね。府も無視しているが、無視出来ない遣り方を開発しょうとしているんだ。鮎もどきは、元琵琶湖博物館の館長の川那部浩哉は、ここで研究したらしいのだ」と教授。武市さん、浅井さんが次の用事が有ると言って帰るのを寂しがる。僕のパリ行きの準備が全く不整備なのを小耳に挟み、気遣ったのだろう。「もっと!」と言っていた口をつぐむ。夕べ来〈八〉の元新井スクールの客、ランチをくえる?と来るが断る。木村汀子さんも。
ウィーンの猛君から、9月24日大阪発のウィーン行きのフライトを予約したとのメールがあり、慌てる。9月25日には、〈八〉でヤスミンさんの送別会が有って、外すわけにはいかない旨、伝える。4:30には、奈良井さん、サッちゃんがくる。奈良井さんには、ヨーロッパ仕様のコンセントを取りに帰ってもらう。浅井さん、サッちゃんがあれどうなった?などといちいち言うのを見て「私も、旅の準備とか、手伝い、チェックしてくれる人、欲しいな~」と漏らす。
浅井さん、多額のユーロを餞別にくれる。サッちゃんも50ユーロの餞別。やがて、オイタさん、川㟢さんも来る。8:30まで飲む。
浅井さん、第一回「甲斐応援団」会議を10月を目処に虚白院でやろうと言う。ぼくとしては、12月のパリ展までに、写真集「パリちょっと見ただけ」を出したいという。2月の写真展やや流動的である事、月曜社からの書き下ろし、当方の意思だけでは、如何ともしがたいかもと報告し、7:30、松原隆一郎東大教授からTel。今晩、〈八〉は、開いているか?自分は、9:20の新幹線で帰るが、ちょっと寄る、と。これに、1,2月集中して、書けるものを書けたと思っても、どうしょうもない時は、出版社を変えてでも、6月あたりの予定のヒルゲート展までに陽の目を見させるつもりだ、と言う。

〈八〉には、ヤン准教授が東北、北陸の綺麗どころを数人連れて来てた。元ドイツ留学生の様だった。彼の奢り。鹿さん、段ちゃん、奈良井さん、オイタさん、ティルがいた。初来店のダラスの男女に段ちゃんが親切にしていた。結局、彼ら、金が無く、付けをして帰る。久しぶりの出町のコンビニで働く、リコーのデジカメを貸してくれている陶山さん、パリ展に行くと知りやって来たと、帰りしなに、餞別をくれる。ルパンを呼び出して、一週間を託す。
お客は、かなりゴージャス。ナディア、アリステア、ディック、ヤンさん、ティル、オイタさんらが一堂に会する。ヤン先生は、「あなたが、ディックさん!?「アリステアって!?、スウェールさん?」と楽しそうだった。一昨日、ナディアは、アーバンギルドに行き、亮太郎、千馬木にあい、そこで、グザヴィエにTelして、楽しかった。明日は、シルヴァンの家に行き、22日に発ち、23日にTOKOに行けるかな~、と言う。ディックには、井堂雅夫さんの来年の祇園祭の「酔い心地の会」に対する見通しを伝えていたので、オイタさんに、アプローチするも、感触がつかめず、やや、アレレ??という顔をしていた。10か11月ウィーンに行くかもと言うと、それなら、その時にライデンに来て、シーボルトハウスでの展示写真を決めようと言う。閉店2:30。ほんやら洞へ。帰宅せず、パリへ。

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2013.9/15(日)


4:00吉田。11:00ほんやら洞。
船岡温泉に取材に行こうと思ったが、日祝日は、朝8:00から営業らしく、今日は、断念。
サンドラが、カウンター内の掃除をやってくれる。パリへのお土産、新しいスニーカー買いに街に出る。サンドラを家へ案内。
先日の姉との話では、隣も同姓、多分、数代前は親戚?取り壊した墓の近くだもんね。いち早く、狭間中学に敷地をとられたようなもんだ。4,5歳上の姉が生梅を食べて、疫痢で死んだ時は、家のとなりの織田信長方の敗残兵の墓を潰した祟りと言われたらしい。我が先祖が先祖の墓を潰したらしい。夜にむけて雨はひどくなる一方。
昼客なし。気になって、錦へ。姉から、幼い頃の写真、牛刀など包丁類とカボス、スダチ、梨をおくってくる。10歳前後、台風のびに石梨が落ちて、それを拾って喰ったのが懐かしく思い出される。日向太が来て、冷蔵庫の鳥肉処分に協力。日向太に、母、ついで、明美姉秘蔵の家族写真をあげると、日向太、とても喜んでくれる。僕も忘れていた物もある。明美叔母ちゃん「病んで、貴重な写真を紛失する状況に成る前に、ひな君に手渡そう」という思いだろうというの、ひな君少し、神妙。「おばちゃん、そんなに悪いの!?」と。ちょうどリトアニアのサンドラもいたので紹介する。日向太、去年、昔のスイスミッション(聖護院)が形を変えた寮になっているところに、家を出て入ると宣言して、ひどく母親を悲しませたので、取りやめ、していたが、とうとう家を出て、吉田で友達と一緒にすんでいるという。片付け、いっこうに捗らない。吉岡忍の戸井十月追悼文を読む。
〈八〉には、早い時間には川㟢さん、奈良井さん、ロイ&「漬物さん」しかいず。川㟢さん餞別に32ギガのSDカードをプレゼントしてくれる。
アリステアが、やや顔を丸くしてくる。アリステアにディックが明日入洛と聞く。NZのカンタベリー大のキューレーターが代わり、アリステアの計画の大学での甲斐個展困難とアリステアは、判断。違う形で、僕が昔、鴨川でやったようなのをNZでアウトドアでやろうと言い出す。実現した時に実現したと言おう。遅い時間に、梅林克さんと教え子のケイコさんがくる。ケイコはイベントプロデューサーか何かで、しきりに「この店、気に入った。もっと飲んで!写真が素晴らしいい。外の雨音もいい」という。23歳年下の会社社長で初婚の女性と一緒になった新井清一さんの結婚式帰り。建築家も少なく精華大学の教職員もほとんどいない、学生には「同窓会に出席せよ」と言って元教え子を数百人かりたてたらしい。克ちゃん来店の直後に、新井さんの元助手の小津誠一さんを呼びだし、その後18,9年前の京都精華大学の建築学科の学生3人も呼び出す。雨がきつくなる中、4時まで営業。ヘトヘトになる。稲山聖修さんが「出発前に、店の表に、(潰れたのではないとわかるように)休業中と、バイト先に書かせておいて下さい」と提案してくれる。

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2013.9/14(土)


昼まで家でウダウダ。
サッちゃんらは長浜城巡り。サンドラも誘う。
玉屋珈琲の社長、久しぶり来店。何人も覗いて、今日は、一日休みですか?とか言ってくるが、丁重にお断りしていたら、時間がなくなってきて、ついついぞんざいな物いいになる。ヤバイ、ヤバイ!17日までに冷蔵庫内のもの使えそうもない。やはり、ムダの多い生活。
FOILの山上君、「第一回フォイル・アワード IN京都」のフライヤー持参。審査員は、奈良美智、竹井正和。ものは、平面、写真、絵画。締め切りは、10月31日。出展料3150円。
〈八〉長谷川さん、一年数ヶ月ぶり。近々、仕事でメキシコ行きかも、という。70歳になったらしい。神林さんら来る。僕の書きもの、終わってないが、ひょっとして、この方、僕の写真にもそんなに興味ないかも知れんなあ、と思えて来た。やるだけやって、そうであれば、仕方ない。断片は面白いのだけど、仰る。僕のは、断片以外の何ものでもない。それを重ねるのが、面白いのだ。書き物の話だが、僕の写真もそうだ。それが評価されない時は、それだけの話だ、そう思った。壮大なムダの山に何をみるかだ。
ティルさんの友人、ヤンさん、一橋大学の経済学者、Olena Havrylchykさんらを連れて来る。あとは、奈良井さんのみ。Olenaさん、12月のパリ展には行けるので、知らせよ、と。
ロクデナシにちょっと寄る。横ちゃんの八文字屋の酔人シリーズ用のスナップを撮る。森岡のパパに会う。パパの友人の青野知明さんからのメールに「カイさんって、一休さんみたいですね」とあったと云う。ヒルゲートの人見さんから、個展、来年のいつにしましょう?とTelあり。ドゥニ、アドちゃん、TOKOに行ったらしい。バンソンから、さっちゃんにメール。

2013.9/13(金)


11時〈ほ〉入り。
京都新聞のインタビュー記事で、瀧口夕美さんと黒川創に子供が4月に出来たと知る。沖縄から帰って来たサンドラが洗い物を片付けてくれる。12:30サッちゃん来店。レオとサンドラの画像、詩(酔)人にUP。一旦、アパートに戻ったサンドラ、彼と喧嘩して宿無しになった、今晩から泊めてくれとメール。勿論、即OK。サッちゃんが、フランス関係者にパリ行きの件、メールをいれてくれる。浅井さんは、今回のパリ行きの獲得目標は奈辺にあるのか?と僕が冷静に考えるべく指標をクリアに提示。
パリとのやり取り、奈良井さんのマイレージの調整で、パリ行きを決心。夜、Eチケットを打ち出して八文字屋へ持参。
〈八〉のトップ客は朝日ちゃん。彼女、理系の若く仕事を探している男の子いない?ウチの会社で探しているの。奈良井さんが今の会社を辞めて、来るかもと笑う。次は、香織ちゃん。最近は、田中君とも口を利いているそうだ。11月にはアパートを引き揚げ、12月は知人の家を転々とする、ジャーマンの比叡平の家にも泊まるので、甲斐さんとこにも、泊めてという。サザランドのフライヤー持参。夕べは、オイタさん誘いのTelをくれたが、来れなかったので、よろしく!と。実家にかえったら、もう外泊とか夜遊びできなくなるので、それまでに遊んでくれる男友達を紹介してよとも云う、真面目そうな女性を横にして。「北口先生に勧められて来た。バイトをさがしている、この店の一つだけ募集要項を満たさないのですが、若くないので、、」と勝手に要項を切り出す十三の女性は酒を飲めない、ボランティア志願の女性も来店。ねえ、この店、残したいと思いませんか?と、他の女性の声にかき消されながら、呟く事、三たび、共に無視される。その間、二回、アイウエオからTelあるも来ず。付けを払いに来なければならないのに、僕を恐れている。いや、無視されるので、怒っているというべきか?十三の女性だけが残っているところに、奈良井さん来る。不在中、香織ちゃん、朝日ちゃんから奈良井さんは、どんな女性が良いのだろうと忖度されたり、意外と身も心も若いのだ、と話題にされていた。鹿さん、ユウジ同伴。奈良井さん、帰ったばかりの二人の女性に再来店要請電話を入れるも断られる。彼が帰った頃を見計らったかの如く、香織ちゃん再来店。彼女、鹿さんをからかう。香織ちゃんと入れ代わりに、島井佐枝さん、申芳礼さん、(with youの)西村雄二君の奥さん、Kyoto Graphieでデザインを担当したフランス人の奥さん(チナツさん)の関西日仏学院の女子会の面々、田中君ら三人組(ロクデナシがえり)、さらにチェコ人のリチャードが入れ替わりに来店。雄二君のおばあさんの載っている本は?というが「ほんやら洞と歩く京都行きあたりばったり」(淡交社)は、昨日、ほんやら洞に持って行ったばかり。佐枝ちゃんは、しきりに「芳礼さんは八文字屋の中の女性」と言っては笑わせる。佐枝ちゃん「ルーちゃんは、中一に成って何かと私に批判的」という。12月2日のシルヴァンの滋賀龍大での講演を聴きに、J・P・トゥーサンが来るという話や「ジェリーフィッシュ」というナディアのと同名の映画があるなど叔父さん小母さん噺をする。後ろでは、人類学者なら、大林太良を知っているかと、チェコの中学時代、現カンボジア国王と同級生のリチャードが、田中君を試し、田中君、大林の名も全く知らず尻尾を巻いて帰る形になる。で、リチャードはカウンターに鹿さんらの後にきて「皆、ダンナは、フランス人?」ときりこんできたが、話は続かず、一人でぶらっと入った男以外は退散。2時過ぎ、岸千尋さん来店。
3:30〈ほ〉着。杉村昌昭さんより月曜日は、壮行会(?)にいけないが、先日、西川が自分の事務所に来て、話を聞いた。独立しようとしている。俺も応援する、と書いたメールあり。

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2013.9/12(木)


7:00ベンチから身を起こす。1時間FBチェック。平居謙氏から、来年9,10月のプラン提示。1年後もほんやら洞をあらしめるかなりの努力が必要。
パリから音沙汰無し。朝、不明Telが一回鳴る。10:00吉田に帰る。12:00起床。ほんやら洞の大家とTelで喧嘩する夢みていた。家賃を払っているのに、払ってないと言い募る。僕は、フランソアにいるのに、そこへTel重信メイさんとFB上の友達になる。
ルネで自分の「京都猫町ブルース」、その紹介のでている立花隆「立花隆の書棚」、藤野可織「爪と目」、ニコラス・G・カー「ネット・バカ」(原題、THESHALLoWS/What the Internet Is Doing to Our Brains)を入手。
パリの西川氏からポケットマネー、10万円をだしてもこないか?との打診ある。一応、調べて、格安チケットがあれば行きたいと伝える。しかし、よくよく考えると、僕がパリに行くと、彼の顔はたつだろうし、ならば、彼の顔を立ててあげたい、しかし、自分に降りかかる代償は?
おっとり刀で昼の客殆どなし。国分寺ほんやら洞客あり。7:30閉店。サッちゃんと大豊ラーメンへ。
〈八〉のトップ客は、レオ。レオは、10月2日まで日本。ゆっくり飲みながら、歓談。つげ義春さんと、今回も3ヶ月待つも、連絡とれず。そういうものと思っているところが、若いのに、偉い。最近は、白土三平にも関心が深まり、できたら、インタビューをしたいという。つげ義春に関しては、今春、Claude Leblanc氏とともに書いた。鹿さん、オイタさんが来てくれたが、眠くて仕方なし。12時前に、横になっていたら、1時過ぎに、「ロクデナシで、横ちゃんから4,6,8のコースの話をきいていたら、知り合いのケニア人がきたので逃げて来た」という田中君来店。「カイさん、学問の事をどう思いますか?、、、ぼくは、伊谷純一郎、今西錦司の流れなんですが云々」。2時閉店。2時半〈ほ〉4時まで。

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2013.9/11(水)


久しぶりに、中村勝さんにTel。元気だった。ほんやら洞Tel開通。ゴミ屋さん、今頃集金来店。無し。
平安女学院の平居謙さん、顔をだして、2Fをひょっとしたら、大学院コンソーシアムでつかわせてもらえるか?との打診あり。コーラはありますか?という客あり、ないといったら、かえってしまう。アメリカ人。日本語堪能。倉庫会社経営の女性実業家で、35年前のほんやら洞(有馬敲、正木美津子両氏と『サンゴジュ』発行する前後来店の)常連(八文字屋には、1996年頃、この女性は、出版社を作ろうとしているのだ、と水上勉さんが同伴時説明された事もある)の詩人、上村多恵子さんともFB上で友達になる。僕から急かされたサッちゃんが結婚式の撮影画像をCDに焼いて持参。早速、遠藤和希氏に送る。スカパーの番組ディレクター、井上章一さんが掴まらないと、メール。蕎岳さん、今晩来店とのメール。
八文字屋には、鹿さん、段ちゃん、蕎麦屋さん、川㟢さんがいて、奈良井さんが帰ったあとだった。浅利ちゃんが他所の店で会った客が二人来て終わり。後は、ルパン、アイウエオのご乱行の日曜日の様子を聞いた。田中君は、アイウエオの焼酎をガボガボのんでくれたり、ルパンと人類学というものを巡って不毛な議論を3:30まで展開したと。姉とTel。T兄に、花のことで、紅葉葵が姉兄の住む由布市の向の原の中村の母の生家の隣の園田さんの家(僕の5歳位の時、園田家の庭先のドラム缶をくり抜いて作った五右衛門風呂に入った記憶がある)にあって、花開いているのを、告げると、それをもらって来て欲しいと兄が言ったり、山香の会合でも兄は自分がエライさんと思っているらしく、姉にああしてくれ、こうしてくれというらしい。そのお膳立てが出来たのちに、自分がお出まし、それが当然と考えているらしく、その無邪気さ、世間知らずを姉と笑う。その園田のおばさんは鬼瓦みたいな顔をしているが、また、頭に大きな瘤があるが、賢さを見込まれ、嫁ぎ10数人の子供を産んだ。テルちゃん、エイコちゃん、レイコちゃんとか、最初は普通科の名だったが、終いには、ヤツルという意味不明な付けもしていたらしい。そのおばちゃんの愛称は、チャンコだったとか。そんなバカ噺を深夜、姉とする。1:30には〈ほ〉に戻る。1時間FBをチェックしてベンチに崩れ落ちる。

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2013.9/10(火)


まず、銀行のカード探しで、中信へ。果たして、有った。桐生へ送金。ヤスミン、遠藤和希氏から、メール。遠藤氏には、中旬には、DVDを送ると、約束。DVDとCDの区別もつかない僕。CDでした。ヤスミン、大掃除に来ると言っていたが、ダウン。僕も同様。元ホビットの鷲野君より葬儀の様子、Gmailで送られる。遠藤氏も画像を送ってくる。
今晩は、久しぶりに、自分で焼肉。村中修氏が「教え子の作ったタブロイドをおかしてくれ」と来店。Report/FUKUSHIMA。Artizan MoldvaからFB友達のリクエストある。共通の友だちなし。アルチザンの情報が、先方のFB上で多いので、僕の写真に感応してか不明。怪しい?ウクライナとルーマニアに挟まれた国の大学からのようだ。
日中、何もできず。サッちゃんに牛タンを焼いてあげただけ。
〈八〉9時オープン。ここでも、iPadを使えると発見。戦力アップ必定?ツイッター、FBも使えたら、どんなにいいか。10:40まで客ゼロ。段ちゃん、海坊主、谷川渥さん&川井遊木さん、琢ちゃん、鹿さんで終わり。段ちゃん、ここでエバーノート書き込みがスムーズに行くようではダメやね、と言う。海坊主は、段ちゃんに女の子を紹介したいといって、撃退される。遊琢ちゃん、インフレ&デフレを段ちゃんに解説するのに、僕に金をかしたとする、といって、僕を例にとる。僕は、遊木さんには、「あなたが、月に2,3回来るようだったら、嫁がちょくちょく顔をだしてくれるようなもので、嬉しい」と、歯が浮きそう(と言ってもないのだが)なことを言う。9月23日からベー・サンスンの個展があると言う。今月、遊木さんは、イタリア行きとの事。遊木さんの卒論がベー・サンスン論だったのを思い出させられる。遊木さん、20日過ぎにローマ旅行との事。今度、ベー・サンスンらの展示もやるとか云う話も。谷川渥さんは、萩原朔実さんとのコラボ、武田好文さんの怠慢で、神戸展が捗ってないという。シルビオ・ヴィータさんの事も話題になる。鹿さんは、オリンピック決まってよかった、としみじみしているのがおかしい。12:20に客ゼロになる。2:00断念。姉、やぶ医者で苦しむ。パリの西川氏からチケット代をだしたら、19,20日にこれるかとの打診メール。明日Telすると。大西清右衛門さんともFB上で友達になる。Kyoto Graphieでお世話になりました、とある。

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2013.9/9(月)


中央線、逆方向にのって、5分遅れる。朝日の臼倉さんは昨日続いて出席。このようなちゃんとした葬儀に列席したのは初めて。井上迅君が、ずっと導師(?)を務める。焼き場にも、精進落としにも付き合う。(40人、親族をいれて)。夕べは、吉岡忍もいたらしい。
吉川勇一、小中陽太郎、山口文憲、坪内祐三、佐久間文子、村井三夫などとひさしぶりに喋る。六平の弟の「タツノコ書房」のかっぺい君もひさしぶり。晶文社の男に六平が眼鏡、ベルト、ズボンとその都度たかっていたというはなしは、おもろかった。文憲が、個人としてはめちゃめちゃだったが、女房は教師にし、息子は朝日新聞にいるなど、ちゃんとしているのが、おかしいと、笑う。六平の戒名は、「釈六平」、これは、亥左牟の前例、釈亥左牟に倣ったもの。六平は、戒名「中川六平」にしたかった模様。六平の奥さんには、初めてあったが、隣の山口文憲に挨拶に来たが、一言も言葉を交わす仕舞い。六平が、生前から、僕を家族に紹介したがらなかったのだから、当然の事。津野海太郎さんにも連絡をいれたが、来ず、と。「津野さんは、死んだらおしまいよ」と思っているだろ、いったら、文憲が「オレもそうおもっているよ。(今回)あまりに誓いからきたのだ」という。マサホは、涙ながらに、弔辞をよんだせいでもなかろうが、火葬場がえりのバスでも、精進落としの後でも、一周忌に文集を作ろうという。文憲、最近、美文調の弔辞が減った、結婚式のスピーチもな~と悲憤慷慨しているのでなかろうが、笑う。多摩霊園には共産党員の墓というのがあるのだとか、バス内で佐久間さん相手に喋る。
月曜社さんと会いたかったが、14,15日にしょうと、窘められた。実際に、精進落としが長引き、そうしたが、正解だった。葬儀はまだまだ続いた。もう帰洛ときめたら、脱兎の如くほんやら洞へ急行。遅い時間、小山鉄郎さんにも会いたかったが。帰店後、まず、腹一杯、さしみを食う。
19:40ほんやら洞。Tel代振り込み用紙探すもなし。銀行のカードも探すもなし。三条の眠眠の前で、IMPACTの仲間と思しき韓国人とウロウロしている郭徳俊さんとすれ違うも、声をかけなかった。
〈八〉入りは、9:45。井上章一さん、元東山消防署署長、ジャスミンの友人二人、段ちゃんもいた。オイタさんもきて、1:00過ぎに、一人でいるとこ、おっちゃんも来る。
井上さんとは、珍しく政治の話などする。スカパー出演を頼む。プロレス研究会の例会をほんやら洞でやらせろというのに、勿論、OK。閔妃暗殺の事、猪瀬都知事の事、甲斐応援団の事も喋る。
3:00ほんやら洞着でウダウダしていたら、朝になる。

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2013.9/8(日)


9:26ののぞみで鎌倉へ。遠藤和希氏、江里可菜恵さんのの結婚式撮影。
新幹線内のWiFiの使い方が分からない。
東京オリンピック決定で、ますます放射能汚染情報が隠蔽される事、間違いなし。
帰り、東小金井へ最速で行くのにはどうしたらいいか?時間もどれ位かかるのか?通夜に間に合うのか?どこの店で、iPadをつかえるか?披露宴では、臼倉さん、下地さん、竹田さんと元京都総局の3人と一緒の席。新婦の先生ご夫婦は、僕の事をしっていた。青柳良明さん、西村仁志さん。あとは知らぬ他人ばかり。遠藤和希氏の後輩の花田さんは、日経新聞の記者。
三笠会館に来ても、エバーノートしか使えない。慣れない動きで、寝不足、しんどい。。
結婚式披露宴を愉しんだのは初めての事。ずっと臼倉さんと一緒。8:06藤沢で別れ、小金井に向かう。もう誰もいないかもしれない。7:40の時点で臼倉さんの携帯から、マサホに、一応Tel。誰もいなかったら、国分寺ほんやら洞に行く。しまっていたら、西荻ポルカで、青ちゃんを待つ。
そう思いつつ東小金井駅に、9:30到着。公衆電話を探しているところ、文弘樹、黒川創にあった。
「何してんの?」
何してんの?はないやろう。六平の通夜は、どこや?と聞くまでも、もう終わったよという。
マサホは、飲み屋に居て、9:30頃までなら飲んでいると既に聞いていた。文弘樹にマサホへのTelを頼み、合流。富田裕明、かや下、鷲野、黒田光太郎、岩瀬成子他、東京ベ平連の何人かもいた。マサホは、今日は、俺が奢るといっていた。黒川創は、鎌倉帰りなので10:30にはでる。六平の通夜、500人列席だったとのこと。ムロケン、吉岡忍には会いそびれる。11:30に解散して青ちゃんに会いに西荻窪に行く。一軒、串かつ屋でしこたま食う。飲み屋は、やはり、酒も食物も安くして沢山注文させるもんなんだと、八文字屋の営業について、今更ながら、悟る。青ちゃんにiPadをお宝にしているとからかわれる。篠沢久美子(クー)が結婚したと聞く。小山鉄郎さんから、「明日遅くはどうだ?」とメール。そうしたいが、明日は帰らねば、オマンマの食い上げ。

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2013.9/7(土)


いくべき会場、時間分かってホッとする。
青ちゃん、ワッキー、神林さんと連絡つく。
ゆっくり休む。また、雨。吉田の家で寝て、変な夢。清水哲男さんが、一時金(札の束)を入手して、千円束をガバッとくれ、さらにその数倍の札を持っていたら、ろくな事に使わないと言いながら、防水して、鴨川の水の下の岩の下に埋めていた。これだけあれば十分と嘯いている。
僕は、その分、10日間、僕に貸してくれたら、思っているという夢。
いしいしんじ「その場小説---黄・スモウ・チェス」を読む。こういうのもあり、と感心。大竹伸郎、山極寿一、朝吹真理子をネタになかなかのもの。武田将明「分人主義と小説の未来---平野啓一郎論」にも感心。
この一週間で30万円作れるか?苦しいところだ。インクジェットプリントを沢山作って、営業するしかないか。覚悟は決めている。
時刻表を買う。〈ほ〉の客は一人のみ。
7時30分にギャラリー・ギャラリーに行ったが、パーティは終わったと博江さんに、信号待ちのところで教えられる。仕方なく、氷を買って〈八〉へ。直ぐにダグラスも来る。ダグラスは、「キヨが『女中』のように会社の経費で動ける浅井さんにこき使われるのに、唯々諾々とで出て行く!」のに呆れ、怒っているのに、キヨはチャンス到来としか認識していない、と。それが今回のロサンゼルス行きも含めて彼らの生活の中での彼の不満。ダグラスも、草間パーティを忘れていた口。神戸国際大学の鎌倉住まいの先生初来店。ダグラスの他人を小馬鹿にしたものいいに腹をたてる。皆が帰り、段ちゃんが来て、オイタさんの知人の版画家、井堂雅夫さんも来たあたりに草間さん来店。文久の店員と客も呼ぶ。大阪のリンちゃんも来る。井堂さんは、来年もディックの屋台やろう、板さんは僕が説得する。学校の人も喜んでいる。これがひろがればいいんだと。また、僕も甲斐さんの応援団に入るとも。3時閉店。
〈ほ〉で6時まで寝る。

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2013.9/6(金)


7:30まで〈ほ〉でゴロ寝。
家で昼まで眠る。起きて、シャツ、革靴探し。
ほんやら洞も八文字屋も「もう終わっている」と思う。止めると決心して、2年かかるか?実際にやめてしまうには。
蕎岳さんの知人の息子さん(23歳)が夕べ来たのは蕎岳さんの示唆らしく、蕎岳さんもまさか彼がそんなに早く来〈八〉するとは思ってなかったようだ。蕎岳さんの示唆を得て彼、多分、藁をも掴むつもりでいたのだろう、やや勇んで来たものの自分の気持ちを表現できなかった感否めない。ブラック企業を止めて路頭に迷っていて、暗示をうけ八文字屋で働けないか?と思い来たようだが、切り出せずに帰った模様。この状況で未経験の若者で、関心事は?と聞かれ「京都文化と繋がりを、、」としか表現できない若者をそうそう八文字屋で使えないというべきか。思慮がもっとない事には、ちょっと雇い辛い。大変なハンサム君なので、変な方向に行かねばいいが。蕎岳さんのメールで青年の気持ちを忖度。
FB上で、目良誠二郎さんと友だちになる。東京行きの靴を探して、やっとでてくる。
昼、歴民博の機関研究員の根津朝彦君、久しぶりに来店。元法政大学では田中優子の教え子で、その後、渡辺武達ゼミ生。
〈ほ〉客からきし。これでは、座して死ぬのを待つようなもの、何とかしなくっちゃ。やはり、伴走してくれるアシスタントというか、店を任せられる女性が要る。
〈八〉も暇。ぴょん吉が同僚二人同伴。草野マイさんは、3月に現職場をやめたら、〈八〉で働けるかも。〈八〉がまだあったならば。次は、アドちゃんが居ると思って、中川五郎さん来店。明日、千北でライブ。草野さんも行くと。次は、奈良井さん、草間さん、オイタさん、鹿さん、最後に、佐江ちゃん、シルヴァン、ナディア、申芳礼さんが来て終わり。こっちも不調。鎌倉へいけるのか!?
〈八〉〈ほ〉ともTelは止まったまま。暫くは、仕方なし。

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2013.9/5(木)


6時起床。今日、キヨさんはロサンゼルスへ。アドちゃんはフランスへ。
マサホ、文弘樹から六平の訃報届く。黒川創からは、通夜、告別式の日程。
朝から結婚式撮影行きの服装をかんがえていた。絶不調。結婚式、告別式も辛いなあ。同女の客一人のみ。辛いなあ。やっておれんなあ。Telは、お客様の都合でStop。
キヨさんに、ロサンゼルスの東繁春の連絡先を送る。8:25まで〈ほ〉。
〈八〉も超暇。これでやっていける筈がない。鹿さん、オイタさん、ルパン。アイウエオは逃げる。帰ろうとしたら「蕎岳」の田畑さんと、今までのんでいたという好青年入店。角館出身の大沢潮人君。京都での窮状を聴く。角館で公務員になれるのなら、帰った方がいい、と勧める。日本三大喧嘩祭りが、角館では、9月9日前後3日間あり、蕎岳さん、大沢君の父の先導で、今年、これを見るという。

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2013.9/4(水)


神田稔さん、仕事で来れないとの事。吉田では、日向太が、早くも11月祭の練習?
雨の中、錦に撮影。ナディアに遭遇したが、声をかけず。
その間、キヨさんがほんやら洞に顔を出したと、夜聴く。こっちからのメールが、文字化けしてダグラスが消してしまうので、確認のためだったらしい。浅井さん、新幹線内での立ち往生(岐阜)。西川氏はプリント持参のまま、資金作りで、名古屋へ行き、明日、パリへ発つ。
毎日新聞は、来週は伊吹文明と連絡あり。次が保津峡、その次はほんやら洞と。伊吹文明は、清水寺辺りを語るのに、勘違いして八坂の塔の画像を示される。中川五郎、〈八〉来店。ま、ええが。久しぶりに田舎亭で、ニシンそば。〈八〉暇。欠食児童みたいな奈良井さんがっつく。黒澤さん(2度)、高林由美子さん「『パリ大全』を買ったよ」と言って西本願寺の高橋さんを連れて入ってくる。アイウエオ、キヨさん、段ちゃんで終わり。段ちゃんから、今、何を読んでいるの?と聞かれる。彼も勉強したいと。ぼくは、岸本佐知子訳の「水の中」片岡義男の「吉祥寺ではコーヒーを飲まないを読み、西加奈子「舞台」を読みかけているくらい、と。
2時30分〈ほ〉着。

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2013.9/3(火)


10時吉田の家へ。12時過ぎ、バケツをひっくり返したような雨が15分降る。雨は何度かきつく降り出し、プリントの到着待ちなどもあり、錦には今日も行きそびれる。その間に大家とのバトルも。
プリント、大きい方が良くなく(やはりプリントから、やるべき?)、些かガッカリ。
岡西さんが高校の同級生とその息子さん(同大4回生)と来店。先日、大塚努さん、青野友明さんを連れて行ったミキハウスは営業してなかったと。
〈八〉超暇。11時にルパンが来るまで奈良井さんのみ。アドちゃんはTOKOでのフランス人インタビューを西川氏が仮訳した部分のネイティブチェックのために顔を出す、彼不到着で帰宅。深夜は、鹿さん、遅く来店の西川氏(4:30まで)のみ。西川氏が、DVDをよく聴いたら、フランスの文化省の叙勲担当官の「パスカル・モレさんがインタビューに応えて甲斐も勲章(西川氏も受賞のシュバリエ)を貰って然るべきだ」と言っていたよ、という。

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2013.9/2(月)


朝から雨。錦撮影のチャンスありやなしや?この頃、疲労を背中に感じる。骨がばらけるのでは?と不安になる。
朝刊(京都)、一面トップ記事に、
「米、シリア攻撃先送り」
とあり、少しホッとする。午前中の入金を期待したが、外れ。午前中、外出と考えたが、また、雨。
聾唖の女性客、カレーとチャイを注文して、店の隅々、置物に至るまで撮りまくり、メニューも写して帰る。シンガポールからの男二人、アメリカの大男が小柄なタイ女性連れ、いずれもガイドブックを片手に、ほんやら洞か?と確認して入る。お隣さんからクレーム。「トユを早く修理して下さい」と去年から言われている事の反復。大家の仕事。でも、いくら言っても、大家は動かない。うちの水道管の破裂に関しても同様。大家の仕事なのに。僕に金があれば直ぐにでもやりたいのだが…。実際、「直ぐに!」といわれているのだが。
毎日連載の先週分と8月14日分(八朔写真)落手。パリ用のプリント6点、明日上がり。
西川氏来〈八〉というので、少し早めに行ったが、結局、影も形も姿ない仕舞い。遅くなるともいっていたので、寝て待って朝になり、ガスコックが開いたままで、ちょっとヤバかった。
ヤスミンさん、10月にハイデルベルクに帰って、大学で勉強をし直す決心をしたようだ。フランス語、ラテン語もやり直すという。
トップ客は奈良井さん、次は、西澤さん、そして、鹿さん、鈴木透子さん、ティルさん、北川俊喜さん(ある出版社に勤務が決まったと喜ぶ)、数ヶ月ぶりの田中直子さんと続いて、終わり。透子さんは、3年ぶり。数年前まで、ロンドンで、読売の契約記者だった。彼女がロンドンにいる間に、ロンドンへ、と思いつつも果たせなかった。今度、作品社、パルコ出版で、毛利嘉孝さんとの共訳の本を出版。神林さんとも親しいという。上野千鶴子が居る精華大学目指して、京都に来たのに上野さんは東大へ行き、ガックリきたという話だった。精華では、大沢眞一郎さんのゼミ。山田詠美さんに八文字屋で会いたがっていたが、果たせず、東京であったとか。直子さんは、渡辺恂三さんが亡くなる前後の事をうかがう。8時半まで〈八〉。

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2013.9/1(日)


今日は頑張らねば。5時帰宅。11時ほんやら洞入り。午前中に、シチュー、野菜及びビーフカレー作る。その間に雨が降り始める。
昼から、〈ほ〉の大家との間で言いたい事を応酬。
同志社香里の高校生、同大のマンドリン部見学前にたちよったが、大人びているのには、びっくり。
8日の遠藤氏にSOSのメール、交通費先払い願い。
パリのTOKOギャラリー用のプリント6点決める。今回は、京都写真のみ。12月は、パリ写真で臨むつもり。夕方、カレー3+鳥朝1の客のみあり。
〈八〉入り、客ゼロ。浅利ちゃんの魅力をもってしても及ばない流れとはいかなるものぞ。浅利ちゃん、何人もの知人にTel。やがて西村さん来店あるが会計無関係。河田孝郎さんが、精華時代の二人の教え子に連れられて来店。珍しく教え子払い。11時前段ちゃん、その前後2年ぶりの朝日の増田さん。毎日松江支局長になっている岡やん話で盛り上がる。岡やんの携帯、支局にも深夜Tel。星野高志郎さんより意味不明なTel。最後のお客は建築家の山下麻子さん。麻子さんの先生、清水忠さんの事、〈八〉で会った直後、ジェロームに他所のパーティで会ったこと、また、樽家さんが今住んでいる家よりもっと南のアパートへ引っ越した筈だ等、新情報多し。兄は、段ちゃんと同じく、東北大の哲学の現学生とも。2:30ほんやら洞着。Fbチェックの末そのままベンチ。


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