ほんやら洞・甲斐扶佐義 HONYARADO/KAI FUSAYOSHI's Web Site

 
カイ日乗 10月

2013.10/31(木)


4:30までほんやら洞。
2週間ぶりに歩く。チェーン修理?(掛けるだけ)代、525円。
扉野良人より、六平を偲ぶ(語る、とあったか?)会の案内ある。御所一般公開、知恩寺、古書市。
今日もゆっくり構える。ちんどん通信社の小林君、奥さんと顔を出してくれる。同志社学生支援課、あいかわらずのパンフを持ち込む。その名も「イマイチ」。美女N嬢(6月5日生)来店。梶田さん、忘れ物取りに。ガス器具点検。森下光泰さんに感謝。鈴木さんから、西部講堂の表画像が欲しいと言って来る。モミジもボチボチ。マダンも楽しみと。落合さんから永澄さんの連絡先を聴かれる。
ヴォガ(野外劇、吉田神社)始まる。寒いなか、2時間30分を越える舞台を見る方もさぞかし、大変だっただろう。八田さん、吉田孝光さんらの感想をききたい。僕には、芝居を観る習慣がない。無粋者なんだ。
小口木版画の斎藤修さんが八文字屋で潰れていったのはいつだったか?忘れた。
鈴木さんが、西部講堂の表の全体の画像が欲しいと言うので、撮りに行く。ボチボチ紅葉も、東九条マダンも欲しいと。明日から、石本正新作展「湧きいでる対象を求めて」(12月19日まで中信美術館)。
八文字屋は、鹿さん、七田さん、松本雄吉さんが連れて来た幡司健太君のみ。健太君、僕の健康、ツィッターに記した自分の意欲のことを、ヒドく気にかけてくれ、もう一緒に帰りましょうと、親切に誘ってくれる。ほんやら洞も、よくよく考えると、後、200日の命運と言うのが、冷静な見方だろう。オランダ展、それに伴う準備等を換算すると、そうなる。よほど、奇特か、酔狂な人物が登場しない限りはそうだし、そのつもりで動く。
ヴォガの吉田神社の特設舞台に林海象さんが「弥勒以来の興奮を覚えた」と記したらしい。
中村真夕監督映画「孤独なツバメたち」上映。11月16日13:30@京都シネマ。

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2013.10/30(水)


ちょっと早めに帰宅はいいが、飲みたらず?眠れず、平野嘉彦「カフカ---身体のトポス」を捲る。ウィーンでは、カフカのいたサナトリウムの詮索をし忘れたのを思い出す。花崎さんの「静かな大地---松浦武四郎とアイヌ民族」の活字を追っていて、何時の間にか寝ていた。
吉田神社見物、D2、出町商店街で買い物。以前、離婚後、雪崩れ込んで、意味不明の事を呟いていた女性からFb友達の申請があったので、無視。船戸博史さんにひきたまのアドレスを教えてもらう。
やっと、12時にほんやら洞オープン。原稿を書き、写真整理かたがた、昼の店に対応するのが、困難になりつつある。いっそ、写真をやめようか。6:00前、シズヤで蕎麦。
八文字屋には、川㟢さん、八田さん、武田好史さんがいて、谷川渥さん&山本友紀さん(先祖が福山の藩の家老)、谷川さん、ルパンにTel。「今から行く」に対して「明日にしてくれ」と。梶田さん、アンドレアス&ピエール、保土ヶ谷の広石夫妻(坊さん。東亜紀同級生)、鹿さん、富樫、段ちゃん、バンソン。富樫は、相変わらずの喋くり。バンソン辟易。「カイは、朝早いから帰ろう」と促すも、彼の荒ぶるPassionに効果なし。川㟢さんに、宮津、伊根行き計画について喋ると、ならば、福知山の我が家に泊まればいい!と言ってくれる。彼の会社の忘年会は聖護院御殿荘らしい。八文字屋の下でチャリ倒され、チェーンが外れたまま歩いて帰る。帰宅、5:00。

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2013.10/29(火)


変な夢二つ。
一つは、外国暮しをしていて、普通の少女がウチにやって来るのだが、それを変な予兆と捉えて、不安になるやつ。もう一つは、朝、家に営業後に帰ったところ、中村勝さんが飲みに来て、「度数の強い酒を飲みたい」というので、和見の店に泡盛を分けて貰いに行くが、値段がわからないので、後で請求すると言う。彼のところは、朝から、やたら、流行っていた。そんな夢二つ。
寝起きに、ニコラス・G・カー著「ネットで・バカ」(原題:The Shallows: What the Internet Is Doing to Our Brains)を読む。たまには、この手の本もじっくり読む時間が欲しい。中川六平を偲ぶ会@徳正寺(12月8日)発起人との知らせ、マサホより入る。國重游さんが「野間圭介氏とカイの取り合わせは、不思議」と書き込む。
デカ・ジェローム来店。フランスは、オールタナティブな生活が、政府の右傾化で、出来ないので、日本に越して来るという。日本も右傾化だよ、と言う。メゾン探しで大原か天理に住む予定。奥さんが天理を希望、彼としたら、京都にしたいのだが。元精華大学の建築のマミちゃんから、ほんやら洞のバイトに入ってもいいよ、とのメール。西村香織さんからも手伝うとのメールあり。ありがたい。
サッちゃんに呼びだされ、吉田神社でのカゲロヲらのリハーサル見物。眼鏡が壊れ、早々に退散。
奈良井さんが、八文字屋オープンと同時に、少し酔って来る。「次の応援団の会議はいつ?岡西さんは真剣にかんがえているのやねえ。僕は、皆を集めて大掃除をして、焼肉パーティをやる位で良いと思うのだけど、僕は、人生でなにが大切かといえば、友達ほど大切なものはないと思う」「コナイダ、レコレコで、カイさんのSOSを貰ったという人がいて、盛り上がった」等々と妙に饒舌。職場の事、可能性についても喋る。来年6月迄の先払い分と言って、5万円くれる。鹿さん、黒澤さん、「木屋町ツアー(11月30日《土》」の八文字屋ブッキングで亮太郎、更に純二、永澄&ジョン・ブリーンさん来店。もう一度、黒澤さん来店。姉の耕していたら、税務署がやって来て、その土地にある(電気も水道もない、僕の書庫にもなっている、今にも崩れそうな)小屋は、登記簿に載ってないが、と指摘され、姉は、そこを管理している経緯を喋り、地権者の連絡先を教えた。それを脇で嫂が聴いていて、兄に告げたらしく後で兄が、姉に「コーヒーでも飲まないか?」と誘い、行ったところ、「姪の離婚の事を知らなかった。扶佐義の事といい、娘の事といい、病気になっていたのには訳があったんだね」と妙に同情的で、我が事忘れで、姉は笑ってしまったらしい。でも、冷蔵庫から一週間以上冷凍しているアマダイをだし、「これうまいぞ!食え」とかいった話、「最近、妙に生の事を書きたくなくて、何か事実だけ、淡々と書ける事はないかと、頭を巡らせ、やはり、有田先生の事しかないと思い、思い出そうとするが、意外と何も知らず、苧環という男がいた、彼に聞けば、何か分かるかもと思い立ち、彼の消息探しを始めた」という事から、姉にあれこれ聴いた。そこで、僕の55年前の記憶も交差し、チョイチョイと突っ込む。
戻ると、台湾の新聞(10月2日号)に「京都猫町さがし」(中公文庫)が紹介されている、とHsieさんから、連絡あり。

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2013.10/28(月)


7:00まで寝ていた。今朝は、10度を切ったという。10時に吉田に戻り、ぐっすり眠る。
ノンビリする。終息宣言をだす。青ちゃんに感謝。
乗馬帰りのサッちゃんと眠眠。ぼくは、本当は、今日は、数時間、本を読むなり、原稿書きをするなりして過ごしたいのだが、まだ、そこまで身を御するに至らず。
8:00前に妙齢の女性連れの星野さん、顔を出す。最後に、もう一度。
梶田さん&同僚が、8:30に顔をだす。次は、段ちゃん、そして石松商店紹介の秋田と広島出身の男が来て、女性を呼びだす。ヌード写真の話ばかり。バンソンそしてバイト代取りのアドちゃん。
九州の話をきくと、アホらしいというか、哀れを誘う。単に、画像がひど過ぎ(小学生にでも分かる)て、替えた方がいいですよ、でないと、僕は紹介する気にも成らないと言っているだけなのに、そんな事すらわからないほどのお山暮らしになっているのだ。最後の客は、建松さん&サントロペのママ、大東さん。
ウィーンの根本るりさんから「(メガネを買えるように金をわたしたが)替えましたか?」とのTelあり。

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2013.10/27(日)


9時にほんやら洞での離ベンチするも、シンドイので、11時まで寝る。
今日は10時に開けても、客があったはず。午前中に、井堂雅夫作品展に行く。フィルム買いにネガ回収も。鴨川が、ここまで明澄な深緑色を湛えているのをみるのは、10何年振りだろうか。
午後、ダラダラと客あり。ヴォガの女優が来て、西部講堂、松本雄吉さんらのフライヤーを持っていく。八田淳さんらは、4時過ぎに来て、今日、彼を一番手こずらせた1歳上のPHPのOBを八田さんは掴まえて8時過ぎまで氏をからかいながら、居る。
小川直樹さんが、心配メールをくれる。
八文字屋には、三室勇さんの知人の永野さん一晃さんが久しぶりに、写真仲間の龍大の経済学部長の野間圭介先生ご夫妻らを引き連れてきて、僕の〈八〉到着を待っていた。鹿さんはずっと八田さんに説教されっぱなし。奈良井さんは佐藤寛子さんを送って行く。オイタ&友人は井堂雅夫作品展帰り。西村さん(終息の礼をFb上で表明しろ!と。多くの人を心配させたのだからと)に今年のグリーン商店街展の目論見を言い、金曜日が理事会と聴く。河田孝郎&川勝英十津らは徳正寺でのチェーホフの演劇の打ち上げ。朴ちゃんも来て、憂歌団の曲をかけ、悦にいる。香織ちゃんとも歓談?ヤニサガッテイタが、残念!香織ちゃんは片山茂樹さんと〈ろくでなし〉に行って戻って来ず。比良山の水系でイワナ釣りに行き、それをジャーマンと比叡平で食した後のこと。「古本売りはともかくもう飲みにきて!本は読んでから売る」というルパンも来て、ヘソを出して、寝て行く。草臥れはてている。アイウエオ、元府職員の藤枝さんも(10年ぶり)来る。「ユリコは金が掛かる」とうれしげにいう冨樫&メキシコ帰りの男。植並草一郎さんが来て、造形大の通信の教師仲間と言うことで、八田さんと盛り上がる。ねむったままのルパン、「戻って来るので、あけていて!」という香織ちゃんを放ったらかしで、ほんやら洞へ、3:30。

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2013.10/26(土)


4:00
まだNETいじり。
9:00ほんやら洞ベンチ。
台風一過。
片付け。趙博さんより「ほんやら洞は生き残ったの?」と云う書き込みあり。光敏さん、マミさん、清水哲男さん、高橋具生さんも心配してくれる。
朝から大量の野菜カレーを仕込む。明日のハ田さんのクラスの打ち上げに備えて。
コーヒー客数人のみ。バイト募集のポスターを貼り出す。寝不足で、シンドイ一日。精華の人文の2回生のNさん(6月5日生)を撮る。
西部講堂に舞踏(?)を撮りに行く。立派だけど、イマイチかな。三上賀代さんは、地に足がつき過ぎ?J・A・シーザーは、ドラムを叩いていた。
〈八〉は、10時過ぎまで、客なし。咲希ちゃんに11時に上がってもらう。
トップは、この夏、ジュリアン&ステファンとこで、ジュテの河合さんともどもお邪魔したという、東京の女性が、妹と友人を連れてくる。ステファンは、妊娠中で来春、出産という。次は、同志社の留学生、ジュリアン(パリ)&カート(ヴァージニア)のふたり、冨樫&ポポ、ヴァンソンついでドゥニ、工藤丈輝さん。ヴァンソン、何をどう見て、どう思ったのか、パリから来た20歳のジュリアンをアホといい、カートは良いと言う。スイスの金持ちの娘を嫁に貰っている男が、八文字屋は高いと吼えて帰る。
ほんやら洞に3時戻り、そのまま眠っていた。

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2013.10/25(金)


ゆっくりする。
マイペースで行くしかない。
大家の代理人来る。
年内、「パリちょっと見ただけ」出版に向けて、態勢作り。
桐生さん、入院の報あり。天春さんに、9万渡す。残6万。
明日、西部講堂の“GANGIO GANGIOMA”に出演の工藤丈輝さんが、ほんやら洞、八文字屋に来てくれる。制作は、とりふね舞踏舎の万木華子。「昭和ENKA集」とある。ゲスト、大野慶人、工藤丈輝、若林淳、J・A・シーザー。出来たら、毎日新聞連載中「京がたり」に使いたい。ヴォガに一応、打診するも、応答ないので、仕方なかろう。
八文字屋、超。SOSチケットは、けちな話だが、ちょっとしたリトマス試験紙。SOSにたいして、ええ格好するもよし、逃げるもよし、黙るもよし。だれも、恨みはしない。ただ、己が動く際のサーチライトになる。こっちとらは、リアリズムで行くしかない。
工藤さん、若林淳(ろくでなし行)シーザー(百万遍界隈残留)とか連れて来たかったが、逃げられた。それは、そう。解る。雨でもあったしね。
アドちゃん、奈良井さん、オイタさん、バンソン、笠原のりこさん、、工藤さん、しょうた君、サッちゃん、山上君&友人のみ。
これも、良し。明日、西部講堂に撮影に行くつもり。ヴォガは、応答もないし、撮影も取りやめ。
ノッコと石井窓呂、大林マキ、宝鏡千晶の話をする。ズイキ祭り、上七軒の老松の毎日新聞の記事、喜んでくれる。3:00閉店。昨日はリンクできたのに、今日は、八文字屋でのNET無効。

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2013.10/24(木)


ノンビリする。
京大人文研(中国研究)の准教授のヤンさんが来てくれる。また、ドイツのルール地方にもどったら、遊びに来て!と言う。また、11月の給料が入ったら、SOSチケットを買ってくれるそうだ。九州の兄が、フェイスブックを始めた、と言ってくる。見たら、肝心の看板画像が、全くなってないので、そう伝える。これに気づいてないというのは、かなり、末期的。自意識が肥大して、こんな事にも気づかなくなっているのか?恐ろしいことだ。絵描きというのに。
マリーンも久しぶり。デカルコマリーさんのパーフォーマンスを9:00までに行けば観れると思ったが、演ってなかった。
〈八〉9:00すぎ、オープン。トップは、ドゥニ&バンソン。ドゥニ、名古屋土産のういろを持参。次は、松本雄吉さんと今日の立誠校出演グループ(武田暁さんと言う女優と喋る)、モモちゃん。このグループとモモちゃん合体して、3時10分まで。11月28日からの「石のような水」を見に来てくれ、この幡司健太がいいから、と松本雄吉さんが言う。最後に来たオイタさんは、12:47の電車で帰る。オイタさんに感謝。

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2013.10/23(水)


熟睡。
ノンビリする。
毎日新聞のコメント、何度も書く。どの画像を使用かの明示なしのまま。早く、教えてくれたら良いものを。午後、雨で何もできず。
立命館大学の図書館より、写真集「京都の子どもたち」(京都新聞出版センター)の表紙の画像を使わせろ、とセンターを通じて言って来る。なぜ、直で問い合わせないのか!?サッちゃん、1時間2500円の指圧に行く。
浅利ちゃん、今日、僕が入り次第あがりたいと言う。
〈八〉川㟢さん、八田さん、奈良井さんがいた。やがて、鹿さん、段ちゃん、ブログが更新されている事さえ気づいてない数ヶ月ぶりの桑原さん、チリで活躍中という大西麻貴さん(竹山聖事務所)連れの鈴木隆之さんら。鈴木隆之さんは「八文字屋だけには、来たくなかったが、麻貴さんが来たいというので渋々来店」という。氏は「ひょっとして20年前の八文字屋メニューに、『Kiss千人回峰!』と標語みたいな女性勧誘(誘惑)のコピーと共に売りに出されていたという噂の作家兼建築家と同一人物か?」との質問が、カウンターの客から飛び出す。その真偽のほどは、バラさないでおこう。
深夜、裏寺の若手店主2人来店。「百練」の店長の盛山創さん、柳小路の「そば 酒 まつもと」の松本宏之さんである。

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2013.10/22(火)


8:00起床?ならぬ、離ベンチ?
鈴木さんのいう「ごっつい金」の第一便でも届いている?かと、Bkへ。大橋晶子さんの有難い便、発見。早速、チケット2枚送る。喫茶店という名の解放病棟?で仕事をしながら、介護されたり、援助を受けたりの、有難い生活をさせて頂いてます。
解放病棟喫茶店から、抜け出して、ちょっと時代祭りとやらを覗きに行かせてもらいます。
「なんで、カイが散らかして、客も近寄らない店の、赤字を応援団が補填せなならんのや!?」という知人の疑問、いや、根本問題は、もうほんやら洞が介護施設状態に成っているのを認めるか否かという現実?問題?が先行しているのを直視するかどうかにあるのではなかろうか?
ちょっと早く御所に行ったので、疲れてしまった。もう歳だ。馬見物の園児たちが面白かった。竹中さくらさんは、竹ちゃんソックリだった。和宮役だった。
ナッちゃんに感謝。
午後、ひたすら、掃除。イギリス人達が、写真集買いに来る。立命館大学の、レヴィ・ストロースの渡辺公三先生が11月5日の「目の前のアフリカ」のフライヤー持参。ほんやら洞の表に、西田幾多郎の墨跡展のポスターをはりだす。
眠眠。八文字屋には、奈良井さん、不明4人組。Libro Arteの一花義広さん&池谷さん&デザイナー(池谷さんは、11月ルーブル美術館の,地下で4日間写真展。柳美里の本の装丁にも写真が使わんているとか。)ルパン、純二(鹿さんと2人でチケット5枚買うと言う。アドちゃんもいいが、咲希ちゃんが良いとも)、五条の楽園の女性、長谷川さん&女性が来店。バイトは咲希ちゃん。海坊主Telして来て、僕がでたので、来ず。
12時に客引く。寝ていると「奈良井さんはいませんか?」と、妙齢の女性からtel。3:00ほんやら洞に戻り、時代祭のコメント書きの要請あり。

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2013.10/21(月)


5:30まで、ほんやら洞。
10時起床。換金ショップに行く。ユーロ131円。ドル96円。錦の漬物を撮る。毎日の鈴木さんに感謝。
やっと気が少し、楽に成る。まだ、クリアせねばならないことは、山積だ。新聞をみて、来る請求書もある。先週の「一筆啓上」落手。鈴木琢磨さんに感謝。
九州に新聞を送る。同大の1回生の女の子2人来る。睡眠不足だが、久しぶりに少し、ノンビリする。
〈八〉には8:30に入る。氷買いの間に北澤俊喜さん来店。毎日の鈴木さんよりメール「漬物屋について書け」に応じて、既送付なのをチェックしてないようで「俺が、ビラをまいているので、近いうちに、どかっと金が入りまっせと」と言っている、どうせ、どこぞ飲み屋に入り上機嫌になった脳が言わせているんだろう。前にも、そう言っていたが、現実は変わらなかった。メールでは、「寺脇研に○○言え」だの「南慎ニは、気風がいい」だの言っていた。段ちゃんは東九条マダンのポスターを持参。段ちゃん、「これから、時々、ほんやら洞の手伝いに行く」と言ってくれる。有難い話だ。北川俊喜さん&李先生揃い踏みは久しぶり。SOSに対応してくれたのは、北川さん。李先生は、また、中国の美味しい酒をプレゼントしてくれる。清水忠さん&月明かりさん(段ちゃんと同じ眉毛)。忠さんと月明かりのツー・ショットを撮る。月明かりさんは、なっちゃん、妻木君、屯平、街子ちゃんを知っているとアピール、初来店。照明?インスタレーション?をやっているのかな?麻田脩二さんの教え子36歳。北川俊喜さんに感謝。竹ちゃんの娘、明日、時代祭りで、皇女和宮役で歩くというので、毎日で取りあげようかな?と思い、打診するも、直で言わねば、分からぬお人だった、というのを忘れていた。もういいかと考えなおす。誰も居なくなったので、「ろくでなし」の横ちゃんに美彌子さんの近況を聴きに行く。K-Keiが居た。直ぐ戻る。
11:00以降は、客無し。来たのは酒屋の集金のみ。留守番が残した付け取り、15000円。ということで、留守中に残った現金は、45000円だけということになる。9日間で。これからバイト代を引いたら、利益?は3000円?日割り家賃まで勘案したら9日間で、マイナス10万円だったということになる。辛いけど、これが現実。アーニャに感謝!
姉にマルメロを上げようかとtel。彼女、これをよく知っていた。香りまで。
2:30ほんやら洞着。そのまま、ベンチに崩れる。

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2013.10/20(日)


1:00まで寝てしまう。十分には、金できず。応援団会議に、中村さん、井上さん、ダンちゃん、山田さん、永澄さん、会計の中村さんは来れず。アーニャは来てくれた。@HUB KYOTO。
これ!と言った意見出ず。仕方ない。ブレーンストーミングにはなった。竹村洋介さんくる。今度、ピンチになったら、閉めようという、決意は固める。老人ホームに行く代わりに、皆に迷惑をかけながら、生き延びるというのも、受け入れてくれる方々いて、初めて可能な事。
八文字屋には、八田さん(27日、夕方、ほんやら洞の2Fを使わせろ、とのこと。)佐藤守弘さん(後輩連れで)らくる。竹村洋介さん、佐藤守弘さんに感謝。
川勝英十津、河田孝郎さんら、ノルウェーのオギさんグループ、ロイ&仲間たち(ジョン&マミは、酔人用に撮る)、オイタさん、奈良井さん、竹村洋介らもHUBからくる。富樫は夜中に来る。やはり、仕事は辛そう。客商売というのは、自らを海綿にして、客の毒を吸うようなものなんだから、気持ちは分かるが、そうそう、朝まで付き合えない。応援団の面子でその観点を共有しろ、というのは、無理な相談。チーちゃん来る。ルパンにTelするも、遅くて、切られる。閉店は、4:00。
小川直樹さんから、心配メール。根本さんからTel。猛君からメール。申芳礼さんからTel。感謝!プリントを買ってくれる由。

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2013.10/19(土)


ほんやら洞で寝てた。木須井さん、ジャーマン来店。ジャーマンはユカちゃんと寄りが戻ったと嬉しそうに喋ってくれる。明日は、彼女、柿の枝落としに来るとも。
ぎをん小西、静、郵便局、ヒルゲートに行く。ジャーマン、木須井さん、小西いくこさん、西村卓嗣さんに感謝。
八文字屋暇。オイタさんしかいず。鬼瓦、ヨーゼフ来店。しばらくして、学芸書房の男&弟ら、京都造形芸大の一行9人、来店。5時近くまで。朝、頭が回らないのに、夜の会議のためのメモつくり。
月曜社にも、原稿を送る。ピッチをあげる必要あり。

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2013.10/18(金)


飛行機内で不眠。成田着、7:20で、羽田発13:00はつらかった。
巴絵さん、おまんたさん、臼倉さん、野口修さん、松葉祥一さん、木村仁さん、ありがとう!でも、
なかなか厳しいものがありますね。
八文字屋には、八田淳が我が物顔のままいた。二人連れてきた。川㟢さん、鹿さん&純二、オイタさん、段ちゃん、石原君、ジュネーブからのカップル、ロンドン&ジュネーブから甲斐ポスター買いの4人、申芳礼さん&島井佐江&高見澤こずえさんが在田氏呼び出し、高山佳奈子先生、富樫、エバンズ(ケニアからの京大研究者)。富樫が吐き出したいものがあり、4時まで。

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2013.10/17(木)


朝から、内海信彦さんから来たFBで1918年年8月6日を頂点とするオールド・ボルシェビキ対左派エスエルの戦いを描いた映画の6,7分のダイジェストの紹介を見る。伊豆大島の台風26号による被害は、TVで見る。1:00にねたが、6:00前に起床、風呂入り。
猛君は、出勤前に、「本当によくきてくれました!」とジッと目を見つめ、握手して会社へ出て行った。
るりさんは、蜂蜜取りのバー(擂り粉木みたいなもの)、血圧の薬、痰切りくすり、マスクとあれこれ心配してくれる。新しい眼鏡を買えと言って、金までくれる。目、脚は商売道具だ!と。
るりさんが、美術館?Kahrenberg?と云うので、後者をとった。
カーレンバーグは、僕らが登っている間だけ、晴れ上がり天気がよかった。なにより、ドナウの流れが一望出来るのが素晴らしかった。ウィーン写真集にはなくてはならないカットだ。11月から3月は木々が枯れて眺望はもっといいと聴く。もう一度来たくなる。1683年に、トルコ軍の侵入を阻止したウクライナのコッサックの像も見る。反省でもないが、今回のウィーンは車で、観光地を飛び歩いたので、子どもの良いカットがあまりない。金がないので、フィルム写真はケチった。コダックのTXが、一本、800円するのだ。
飛行場に行く途中雨になる。11:30に入る。

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2013.10/16(水)


るりさんから、この間、ハプスブルク家の話を散々きいた。メキシコで死んだマクシミリアンのこと、アルジェリア侵出のこと、マリア・テレジア、マリー・アントワネット、シシ(エリザベート)とヨゼフの事etc。ハプスブルク家の人々は、顎が尖っているという指摘も愉快。いたり、ハンガリーとの関係が複雑なのもわかった。マリア・テレジアには、10数人子どもがいて、女の子ばかりで、いい結婚をしたという話も、なるほど!?と云う感じ。もっと僕は歴史を知らねば。
朝から、素晴らしい宮殿に行く。昼間、猛君の会社を覗いて、何カットか撮る。その後、南の州、Pannonia、Bernstein(琥珀の産地)に案内され、体内の静電気を防ぐ?と云う石をるりさんにプレゼントされる。食堂も、猛君が以前来た所、お土産屋も同様で、彼の、ウィーンでの過ごし方の一端が垣間見れてよかった。途中で鹿に会えるのを期待したが、遭遇せず。
道中の会話での猛君には農業のリアリティがないと云う告白もぼくに取ってありがたかった。1972年生まれで、こうなんだ!という事を肝に銘じる必要あり。僕は、そんな現実を見ないできたかも知れないと反省。ましてや、80年代、90年代をや。
猛君は、夜学に行き、僕らは、トルコ軍を阻止した、ツルケン(トルコ)何チャラという事公園を散歩して、ヒットラーが演説したという「英雄の広場」その他、リンネ公園などを覗いてかえり、HISにチェック・インに行く。帰り、夜景を撮る。
家では、疲れ切った猛君が待っていた。これが、最後の夜だ。
北澤さんが、亡くなる前に、ここを拠点に、チェコ、ブタペスト歴遊させてもらい、感謝していたのも思い出す。猛君は、黒川創とは、別種のなかなかの人物だ。彼の鬼子母神の話、それを連想させる絵の話も良かった。それに対するるりさんの解釈も。徳子さんも天晴れだ。
猛君は、最後の晩だから、何かしようと言ってくれた。それだけで有難った。元気だったら、アーチストのカフェにでも行こうと云う事になったのだろう。ほんやら洞の事を、このファミリーを描くこともできる。斎藤綾子は、「次の大河ドラマには、田中正造を!」と言っているらしく、それに対して、内海信彦は「大杉栄を!」と云う。それぞれ、興味深いが、僕には僕の仕事がある。
るりさんは、眼鏡を変えろ!と金をくれた。ミラノに嫁いだ徳正寺のうららちゃんの話もよかったし、るりさんが今度、京都にきたら、徳正寺に泊めたいと云う、猛君の思いも、痛いほど分かった。ずっと亡き父の事をるりさんとともに、猛君は、思っているのだ。加藤周一のことを喋ると、それは、「森嶋先生が言っていた人かな~」といったり、原発の事でも「塩沢由典先生は、なんて言っているのだろう」とくる所なんか父の子だ。街子ちゃんの亭主の事、るりさんの東京にいるハトコの原発の事故後の放射能汚染による安否を語り合う。
本当に二人には、良くして貰った。これで、帰ったら店が潰れていた!なんて言うのは洒落にもならない。とても、とても情勢は、きびしいのだが。
林檎、ワインをいれるのに、ちゃんとしたトランクをるりさんがかしてくれる。余分の下着もくれる。

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2013.10/15(火)


ザルツブルク行き。この町は、何もかもきれい。庭、宮殿、三つの教会、お城、墓、レストランを3,4時間で駆け足。メキシコの大道芸(骸骨踊り)は、初めて見る。モーツァルトの家に入るか?といわれたが、よす。絵葉書のような写真を撮って恥ずかしくなる。
るりさんの幼女期の思い出、母、父との関係、叔母さんがいるアメリカへ養女として請われた事、現赤坂プリンスホテルの宴会場が、彼女の育った家だった事、猛君の母、父の印象など聴く。猛君は、ザルツブルクへ二人して行ったのにはびっくりしたという。るりさん「私が死んだら、猛君は、どうするのだろう?」と心配しているようだ。アトリエ・マロンさんより、記載額でないがいいが良いか?とメール。もち、OK。12時に就寝。
何年も、よくぞいい加減な店経営をしてきたものだと、大いに反省。でも、今更、悔いても遅い。残り少ないが、せめて根本さんが来たくないと思うような店から、出来るだけ脱却したいとしおらしい事も考える。さっちゃんや西村さんの指摘は、やはり、普通であり、正しいのだ。何軒もいい、古くからのしぶい店に案内させて痛感。るりさんに、金がはいったら、総入れ歯にしろ、それが健康のためだ、としきりに言われる。眼鏡ももっと良いものにしろとも。一昨日から、一日2回、彼女から血圧も計られ、薬も飲まされ、痰切り藥を出される。有難い話。毎日、入浴も勧められる。

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2013.10/14(月)


5時起床。4時間八文字屋のお尻ON FIRE消しのために、実効性が少ないかも知れないメール戦線に没入。
疲れて、ザルツブルク行きは今日は取り止め。12時前に、Kahrenberg(1683年にポーランド軍がトルコ軍の侵入を阻止した)高台から一面葡萄畑の傾斜地、ドナウ川を望むつもりが、霧で見えず。
仕方なく、美術館に行き、エゴン・シーレ、クリムト、デューラー、ブリューゲル、カラヴァッジョ、などを観る。Oberes Belvederesと云うらしい。撮影禁止のところでも、るりさんが「今なら、撮れる」というが、タイミング取り損なう。こんな素晴らしい絵画を持ち過ぎというほどもっている。エゴン・シーレの多くあるところも行く時間がなく、Sessesion(分離派)の建物に入らず。
1区を歩く。東京の銀座に当たる。でも、12世紀から200年くらい掛けて作られたステファンダム、という古色蒼然たる教会もあり、上までのぼる。ちょっとガウディのサグラダファミリアに似通う。これよりも古くてシンプル。立派な貴族屋敷が、オフィスビルになっているエントランスが見事な階段を撮影。近くにアーチストが集うカフェがあり、のぞいただけ。オーナーが、ずっと錚々たる絵描きを食わせていたことを証明する絵が多く飾られていた。
2区のユダヤ人地区に行ってみたかったが、時間なし。根本さんが、しきりにこの街から多くのノーベル賞受賞者が出ていると言って説明してくれる。やはり、凄い。ナチから、逃げた人も、その事にふれず、ウィーン出身、アメリカ在住と云う言い方の学者も多いと。全般的に僕のヴォルテージがおちているのか、根本さんが「甲斐さんの未来は、開けているのだから、自信を持って!心配事があるような顔をしたらだめ!付けいれられますよ。(競争社会なので)堂々として、いいオーラをだしていれば、作品もいいのだから、お金も付いてきます」と京都の状況が気が気でない僕の気を察知して窘めにかかる。八文字屋の存亡の事を気にしているのが分かるのだろう。ウィーンの二人には、SOSメールを全く見せてないので、知らないはずなのだが。
お洒落なお土産屋さんも覗いて「これ、黒川創さんのお嬢さん、たみさんに持ってかえって!これは、甲斐さんのアシスタントの方へ」と言って、チャッチャッと買う。夕方は、20キロ離れたルーマニア人の有機農法を実践していてトイレも作ってない農場主の所に案内される。4300平方メートルの敷地に、季節外れだが、その方が美味しいというトマトや南米の「アンディ(アンデスの)サクランボ」という鬼灯を食べさせられる。鬼灯は、日本のより、硬く甘い。りんごも見てくれは悪いが、日本にはない種類らしくジャムにいいと言って、持って帰って、栽培しろ、と言う。種の植え方まで教わる。蜂蜜も珍しいものとかで、根本さんが持って帰れと買ってくれる。彼の奥さんは、市内で働き、この「トロ(ニックネームで、コッテ牛という意味?)」さんは、鶏、家鴨、犬、猫、鳩と共に暮らしている。鶏も日本にいないものだと、嫌がる鳥の意思を無視して、写真を撮れというので、撮る。本当は、名古屋コーチンが欲しいのだが、輸入させてくれないとボヤく。裏畑に出て、野菜、果物、食べたいだけ食べろという。 ここで全く独力で、22年間畑をたがやしている。最初は、借地だったが、今は、自分の土地。
彼とチャウシャウスクとの距離、奥さんが、彼と結婚するのをイヤがったこと、奥さんの両親のために彼が如何に献身的につくしているかという事、二人の息子が、この変人親父をどう思っているかという事を息子の結婚式をやり方を通じて喋ってくれる。彼は、背骨を折ったが、痛みを我慢しつつ、半身不随になるのがイヤで手術を拒否した事など、るりさんから聴く。僕がこのように生きるのには、何がたりないのか、などと考える。るりさんの従姉妹も、猛君もこのような生活はかなわんと思っているが、るりさんには彼には共感がある。
農園の帰りに寄る事になる坂本先生というチェコ語、ポーランド語、ルーマニア語、ハンガリー語も得意な一種奇人(?失礼!)で車を預かっている方に、あるバザーで彼を2年前に紹介して貰った。
坂本先生は、留守だが、先生にるりさんが車から部屋にいれるように頼まれた本を先生のアパートに運ぶというので、付いて行ったが、部屋の様子では、噂にたがわず、人柄の片鱗をみた。本も多かった。ガラスも割れ、少々、物騒だった。
猛君は、遅くまで、夜学。学校で自分のせいではないが、コンピュータを落として壊した貧乏学生に法外(後で判明)なカンパをしたという。今日も、フクシマの放射能水の事を調べ、だんだん絶望的な気分になる。「甲斐さん、どうすればいいのォー!」を連発。 夜は、ルーマニアのおっちゃんから買ったものを食べる。山羊のチーズ、キノコ、鬼灯、トマトなど。キヨ・ウッドラフさんよりメール。従兄弟が上洛中て、この従兄弟にロサンゼルスのJaccの所に、会長のレスリー・イトウさんから連絡がいり、jaccのアート・ディレクターのヒロカズ・コサカ氏を甲斐ロサンゼルス展の打ち合わせに11月によこすとのこと。

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2013.10/13(日)


ワッキーが僕に嫌がらせをする夢をみた。
昔、飲み屋によく貼っていたやつ「何人様によらず、当店では、飲み代の付けはいたし兼ねます。 店主」といった調子で、「何人様にもお金は、貸しかねます」と記した保健所の営業許可書みたいのを額にいれて、僕に見せやがるの。嫌らしい夢。
浅利ちゃんに、毎日の鈴木琢磨デスクの来店の有無問い合わせのメール。スザンネ・コッペンハイマーさんの名を確認して貰う。ウィーンのスタッフ名簿で見つからないでみつからないので、カリーナか美行さん聞くために。
スロバキアのBratislavaに、猛&根本さんに案内して貰う。ここも綺麗な街。やはり、モーツァルトが一時期いたという。レストランで注文しても1時間以上なにもでてこず、業を煮やして出る。お陰で?疲れて、夜の外出取り止め。12時就寝。

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2013.10/12(土)


岡西さんから「OM1には、電池不要なはず」とのコメント入る。だとしたら、と慌てて、フィルムを抜いていじる。いずれにしても、また、トラブル発生の可能性あり。
僕が生きている限り、トラブルは付き物(笑)。
モリモリに感謝!ロサンゼルスのCULTURAL NEWS東さんより、11月10日から11月22日まで入洛とメール。猛君の姉、街子ちゃんより、猛君経由で、よろしく!と。
ウィーンの街中の商店街(FLOHMARKT、NASCHMARKT、MAJOLIKA HAUS)は、素晴らしい。錦市場より、格上ではなかろうか。規模、質、客の享受の仕方も、圧倒的。魚屋はやや少ないし、負けているかな?ハンガリーのSOPRONまで連れて行ってくれる。唐辛子のお土産まで買ってくれる。結婚式に遭遇。ハンガリーは、不景気だが、陽気だと説明してくれる。ハンガリーの伝統的な服のデザインと北朝鮮のそれの類似性を感じる。猛君は、ここまで足を伸ばすのは、5年ぶり。以前は、海部俊樹を案内したりしている。帰り、車内から2本林立する虹、風車、西陽を撮る。葡萄畑には日没まで到着するには、至らなかった。
久しぶりに体重を測り、98キロあって、ショック。血圧も高くびっくり。夕食を抜く。こっちは、寝不足、食い過ぎ、借金苦で、仕方ない。12時過ぎにねて寝て4:30に目を覚まし、写真のチェック、1時間。

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2013.10/11(金)


7時から原稿書き。2時間。アルプスの方で、初雪。
10時、根本さんの話をききながら、朝食。白い、皮を剥いて食べるウィンナー3本、ヨーグルト、トースト、コーヒーをたっぷり。根本さん、何百人もの人間に会ってきたが、北沢恒彦さんみたいな素晴らしい方に会った事はないと言う。そうだと思う。「猛、お父さんににているでしょ」。
12時30分に、電車で外出。お二人が卒業したウィーン大学に寄り、次は、KUNST HISTRISCHES MUSEUM WIENのLucian Freud展、デューラー展、ブリューゲル展、カラヴァージョ展、エジプト展、ギリシア展などを見る。その後、カフェでやっとiPadを使える。次は、OM1の電池切れ?でシャッターおりず、がっかり。 猛君、僕のiPad集中にびっくりして、慌てて、ギア(WiFi使用可能にする装置)を買いに行き、取り付けてくれる。電池切れ?というと、心配して、電気屋さんに走ってくれる。本当に有難い。出来るだけ迷惑を掛けたくないのだが。根本さんは「猛、本当に嬉しそう。甲斐さんが来てくれて。友達がいないのよ!」と、笑う。
夕食後、近辺の素晴らしいワインレストランに案内される。風は、少し冷たい。庭には、クルミが沢山落ちている。オーストリアのウィーンの人口は180万人らしいが、立派。根本さんは、ハンガリーのエジプト展をみながら、「これ、エジプトに返さないでいいのかしら!?エジプトの博物館に行ったが、何もなかったですよ。ルーブルしかり、大英博物館しかり。ひどいよね。こんなものまで、取ってきちゃって」と。ルシアン・フロイトは、ジグムントの甥のようだ。身近な人物しか描いてない。フランシス・ベーコン、ピカソとも交流があったようだ。1946年だかにベーコンが、描いたルシアン・フロイトの肖像は盗まれて、行方不明という。

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2013.10/10(木)


探せど、ユーロを入れた袋見つからず。全くもたずに、見切り発車で5:20にMKタクシーに乗る。2300円。伊丹発(成田経由)7:55の便ウィーンに出発。帰国は、10月18日。18日の夜は、ハ文字屋のカウンターに立つ。その時は、どんな心境で居れるのか?ウィーンから、メールを送りまくることになるか?辛い!なんとしても、アウトは避けたい。でも、とても、心細い。自分が稼ぎの場から遊離しているのだから。成田で、ANAのマイレージの用紙に記入させられるが、無意味と、すぐに悟る。ウィーンにお土産を買いたいが、ここで金を使うのは、ヤバイ。ウィーンで、身動き出来なくなる。本当に、迷惑な客だ。猛大兄、ごめん。
月曜社も全く目処がつかないのが痛い。神林さんが、あまり乗り気でなければ、止めるべきか。神林さんは、何年も辛抱強く待ってくれていると信じているので、飛行機の中でも、月曜社用の原稿を書き続ける。ふたつの店がなくなれば、その頃は、もう読者は居ないかもしれないが、ゆっくり書けるには、書けるだろう。筆力をうしなっているかも知れないが。僕の魅力はーーと自分で言うのも変だがーー日記、妄想を一緒くたにした写真ジャーナルだ。それは、昨日も、井上さんも指摘した通り、彼は分かっている。そして、純粋な写真だ。店がなくなり、やっと2年後に、細々と限界芸術的写真を撮る日々を過ごせるようになる事態も想定して置こう。そうなれば、銭湯旧「カササギ湯」に1年間荷物類を置いてもらうべきか。シーボルトハウス展用に、ぼちぼち、取れ取れのイメージも定着させるつもりだが。
ウィーンには、予定通り、到着。根本さんが、飛行場まで、迎えに来てくれる。飛行場は、WiFi-FREEだった。市街地(リング)周辺を車で、さっと案内してくれる。猛君は、夜学で、IT関係の勉強を再度しているという。
お二人の部屋には、無線LANなし。これは、由々しき問題で、京都で大事に至るかもしれない。このせいで。
郡司ペギオ幸夫さんに感謝。

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2013.10/9(水)


スカパー!216ch「精神文化の時間--ほんやら洞の甲斐さん」の最終録画終わる。井上章一さんとの対談も。「日記、写真、生活をミックスにしたものを出版すればいいが、俺、出されたら、叶わんな~」は、井上発言。普段の〈八〉のおっさん客はこんな澄ましたこと、じょうひんなことは喋ってへんけどな~とも言いつつも、僕の写真、日記の意義を持ち上げてくれる。TOKOのヴェルニサージュの映像も、後で、サッちゃんに送ってもらうことにする。加藤さんから「iPadに凝っているときいていたがーー」と笑いながら「なんや指1本でやっているの!?それなら、原稿用紙に書いたほうが早いやろ」とカラカワレル。井上さんにはSOSビラみせず。井上章一さんも嬉しいことに、10月20日の第一回「甲斐応援団準備会」に出席してくれるとの事。
“Kyo”の原稿校正。「街角のツー・ショット」
毎日新聞に3本入れる。ズイキ祭り、コスモス園、ニュイ・ブランシュ。
パリの西川氏から大統領後援の音楽会のフライヤー届くも、おっとり刀では、行けない。
「楽空間ぎをん小西」に行ったが、いくこさん留守。残念!マロニエで、西川さんに会う。ヒルゲートで、井上隆夫さんの出版記念展見る。人見さんとゆっくり喋る時間なし。「また、SOSなの!?」と言われる。
「月刊京都」連絡なしと思いきや、7:30には登場。ギャラ前払いにしてもらい、助かる。桐生には、5万円入れる。残15万円。マルヤマに留守中の一週間付けを頼みに行く。
〈八〉には、オイタさん、川㟢雅司さん、奈良井さんがいた。やがて、猫穴帰りのアドちゃん&ドゥニ、遅がけに段ちゃん、二人の建築家、梅林克さん&河井さん来店(竹山聖の弟子と高松伸の弟子)が細やかな救い。梅林さん、俺の三室戸の事務所にも、遊びに来てくれという。もっとお客があると思ったが、低調。これも寂しい。もう八文字屋は、終わりか!?やはり。ちょっと酔いすぎ。2時ほんやら洞。何もチェックせず眠る。竹内巴絵さんから「潰さないで!」嬉しい激励メール。三脇康生さんは「12月のワイセツ裁判情報ありがとう」と。金光敏さんは「プラチナカードは無理だけどね、焼石に水か?」と。パギやんから、「やはり、ダメか?」と。後、109万円要る。ほんやら洞の留守番バイトを探しだせず。この2週間の僕の体調が悪過ぎた。10月20日になって、金がなくても、それで、数人が、「10万円貸すから、乗り切ってくれ」と言ってくれるようでなければ、店として、もうお終い。人望が無いから仕方ないというか、もう、それは、数度経験済みだ。八文字屋もほんやら洞もなくなったら、僕は元気になるのか?一気にふけこむのか?どっちにしろ、もう好い歳だ。

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2013.10/8(火)


7:40帰宅。11:40まで眠る。繁田諭さんに感謝。ナッちゃんから、何度もメール。
ほんやら洞なにもせず。岡本りよさんの友人が11月23日のりよさんの企画OKかを心配して来店。
眠眠。
〈八〉咲希ちゃんバイト。奈良井さん、琢ちゃん、段ちゃん、鹿さんが来る。青幻舎の安田社長に、20日まで、金があつまらないときは、貸して下さいとメールしたが、そんな余裕あるだろうか?

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2013.10/7(月)


10:15までほんやら洞。
3:00まで、家で寝込んでいた。
パリのTOKOshowroomでのオープニングパーティのyoutube届く。残念ながら、イマイチ。こんなもんだろう。まず、ギャラリー自体が作家の作品を売って儲けようという姿勢が画像を伝わって来ない。いや、スポンサーみせてないというより、素人だというのがよく見える。いや、まだなってないというべきか?多分、今の西川氏一人態勢では、無理だ。当面、秘書も出来ないだろう。TOKOが僕の写真のマネージメントをするのを期待するのは、夢物語だ。西川氏の仕事口が出来たことを単純に喜べば、いいのだ!僕は、当てのないギャラリーの思わくにかならずしも寄り添う事はない。そんなことをしていたら、現状が壊滅的なのに、身を滅ぼしてしまう事になる。西川氏はともかく、showroomの遠大な構想とは、当面、距離を保とう。自分の生活にせめて年内に、大プリント5点を手渡さねば。ジャージ・川口氏にも連絡を取れるようにしなければ。反応が悪過ぎる。不景気なのはわかるが、もう少し何とかならないものか。
岡西さんに感謝。連日来〈ほ〉。
サッちゃんにクラウドファンディングの説明をうける。
会計士の中村政温さんにも、10月20日は、きて欲しい、とメール、置き手紙をするのだが、反応なし。外国にでもでているのか?マロニエさんには行くしかない。
段ちゃん、オイタさん、岡西さんは応援団の会に出席OK。
〈八〉、段ちゃん(後で仲間二人も)、オイタさん(は小倉寧巳さんを呼び出し、2:30分まで)読売の鵜飼さんの紹介記者、森重さん初来店、山根も。

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2013.10/6(日)


ウダウダ、11時までほんやら洞で寝ていた。
鴻英良さん、ほんやら洞初来店。夕べ、八文字屋に行こうかと思ったと言う。でも、今回講演で京都に来たのだが「ほんやら洞初来店が、自分の最大の収穫」とお世辞をいってくれる鴻さんの曾祖父は、幕末の過激な神道?思想家だったと、以前高取英さんに聴いた気がする。
Nuit Blanche Parisは、京都と規模違いのようだ。9:30まで、ほんやら洞で送信作業。
〈八〉には、京大人文研のヤン凖教授が、奈良国立博物館の原えりこさんらと来店中。奈良井さん、ルパンも。

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2013.10/5(土)


2時間寝る。
ウィーンの勉強も少ししたい!5時起床。2時間作業。7時30分、吉田へ。10時30分まで眠る。
慌てて、京都駅へ。うどんを食って、嵯峨野線に乗る。渡月橋、保津峡とトンネルを出ると、水上勉さんの「金閣炎上」を思い出す。69年の大映などの時代劇のロケで農夫役のエキストラで河原での磔シーンなどで暴れたりするのに何回か来ていたのを思い出。岡林の馬堀って、何処?結構、開けているところに彼はいるんだ。それでも、越畑の富田潤さんと付き合いがあるとなれば、山中か?
綾部の時は、かなり、入り込んだ地域だった。牧歌的な、などと思っていると、亀岡に直ぐ到着。
バスで10分運動公園隣のコスモス園。
40年前に桂のボタン屋の須山さんの紹介で所有権不明な広大な野っ原に入り込んで、丹波大納言を植える前に、開墾に通っていた場所とそう遠くなかった。運動公園公園ができていて、その隣だった。西村卓嗣さんの紹介だ。コスモスもさることながら、マツコ・デラックス、タモリ、戦場のカメラマン渡部陽一、昭和の家庭などの創作案山子群がよかった。夕方、これと昨日のズイキ祭りの画像を毎日新聞に送り、白夜祭にサッちゃんと繰り出す。行く順番を間違ったかもしれない。
重森三玲旧邸では、樽家さん、山下麻子さん、山中コウジさんの奥さん、原由美子さん、堀口徹さんのファミリーにも会う。市役所では、市庁舎に映像をランダムに投影した、そのもとで、大音響にあわせて群衆が踊りまくっていた。京都新聞の河村亮さんに声を掛けられた。この程度の開放感があり、健全に踊り狂う空間が現出するのは、京都では、珍しいのではなかろうか。菅原純さんと擦れ違うといい写真とれず。マンガミュージアムには遅刻の感あり、映像は撮れず、つじあやのさんの歌をひとつ聴いて引き上げる。旧日仏会館直前でドゥニと擦れ違ったが、彼、気づかず。日仏会館の庭には、ケプラーの?望遠鏡があり、オモロかった。「アイブリ」の娘さんを嫁にしでいるドイツ人に久しぶりに会い、立ち話しをしたが、名をとうとう思い出さず。日仏のスタッフが9:00からのジャーマニー・ジャズを勧めてくれたが、よす。
〈ほ〉から〈八〉にTEL。客ゼロ。土曜日のバイトを何とかする必要あり。
パリ第8大の永江君、画像をアップしてくれる。それで、TOKOでの展示は10月27日まで続いているのだと気づく。
10時、客ゼロ。10:30、袖崎さん、山本新太郎さん、川上力三さんらが来店するも、直ぐ解散。
横になっていると、ジェローム来店、「白夜祭」でもっと賑わっているかと思って来たと言う。マンガミュージアムのイベントは面白くなかったという。実作者から見ればそうだろう。お母さんを迎える旨、喋る。彼も直ぐにかえり、横になっていると、星野さんが、教え子2人同伴。俺、金、ね~よ、と言いながら、珍しくご馳走し、「もう一軒、行こう!ブーズケイだ!!」と言って引き上げる。
2:30まで眠る。

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2013.10/4(金)


西田勝彦、佐藤由美子、稲山聖修、岡西重治、越水りえこの各氏に感謝!“KYO“に原稿をわたす。
ズイキ祭り、反原発めだかの学校の佐伯さんにも久しぶりに会う。堀川まつりを少し撮る。「はなかみ通信」恵送さる。舞踏家の工藤丈輝氏からのメールある。未見。多分、京都で、近々踏むのだろう。
油断せず、作業を続行しつつ、かんがえねば。八文字屋の付き出し、鳥肉コチジャン、枝豆、切り干し大根、ジャコ天、ナス田楽、冷奴、揚げ出し豆腐、フルーツは、ぶどう、ミカン。
バイトは、アドちゃん。客は、ドゥニ、鹿さん&同僚、奈良井さん、あさひちゃん、片山氏、黒澤さん、杉村さんと仲間たち、永澄氏(2度来店)、消防署の天川さん、アイウエオ。
1:00に客引く。一週間以上苦しんだ咳、痰は、消炎鎮静剤を初めて飲み、効果てきめん。
夜中、2時間、SOSを多く発信。濫発というべきか?最悪事態を避けるための努力をしているだけ。僕は、「シンドイ!シンドイ!」と言いつつウィーンに行くのはけしからん!と思っているやも知れないので、言葉使いに気をつけてね、と言うアドバイザーもいる。SOSのあの文章、何!?、ヤケクソになっているのでは?と言う意見もある。

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2013.10/3(木)


不調。
詩仙堂行くも入れず。ガケ書房に、ビラ持参。西澤氏宅にも。八文字屋、オイタさん、鹿さん、山上君&連れ、ミディ・レコードの大蔵博社長、坂本龍一デビュー秘話。毎日新聞にビラ20枚送付。鈴木さんは、10/12来〈八〉。
村屋取材?5:00帰宅。両店Telstopのまま。瀬尾真希美さん、ありがとう。トクちゃんに大感謝。山中英之さんにも、大感謝!深夜、咲希ちゃん顔を出す。「京洛」へビラ持参、村屋にも。村屋、新聞に出すべきか否か迷うところだ。

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2013.10/2(水)


SOSのビラ、200枚刷る。プリペイドチケット刷りはまだ。
ウィーンの北澤猛さんから、Eチケット届く。感謝。ムダにせぬよう、努力。
ウィーン滞在のせいで、八文字屋、ほんやら洞がなくなるという事態は、なんとしても避けたい!
応援団の実質についてもっと考えねば。
猛兄から、ゆっくり休むつもりで来いとのありがたい、気の使いようの誘い言葉、次々に来る。梶田信明さんに感謝!末川協さんの従兄弟の先生、あ、そう、富山さん、9時前に学生をつれてきてくれたが、出る段だった。忝い。
八文字屋telストップ。浅利ちゃん。ドゥニが顔を出す。上里氏のところで働いていた山根君来る。
奈良井さん、川㟢さん、鹿さん、ルパン、段ちゃん。TOKOへのLLへの無反応。段ちゃんに感謝。
絶不調。

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2013.10/1(火)


風邪で不調。3時まで、吉田の家でSOSを作成。月刊京都さんに会う。
猛君、チケットを送ってくれた模様。サッちゃん、ウィーン行きに反対。確かに、危機の真っ只中、尋常な精神の持主なら行かぬか?12月,1月のパリ行きの方が、成算なしと見るべきでは、ないか。ましてや、12月の八文字屋、存続しているのならば、一番のかき入れどき。
八文字屋の事、応援団の事でサッちゃんに心配をかけさせている。
留守で、八文字屋が潰れたら、どうするのか?ウィーン行きで何のメリットがあるのだ、と。
僕としては、今回の猛大兄の誘いにのらなかったら、ウィーン行きのチャンスは、2度と来ない気がするのだ。猛君の親切、思い、状況、性格も忖度しての事だ。
八文字屋の客。鹿さん、奈良井さん、オイタさん、南区の医者?稲垣さんのみ。ろくでなしに一瞬、顔を出す。


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