ほんやら洞・甲斐扶佐義 HONYARADO/KAI FUSAYOSHI's Web Site

 
カイ日乗 12月

2013.12/31(火)


12:00オープン。
夕べのウズベキスタン関係者の江指さん(静岡でカフェ&多目的ホール経営)来店。
3ヶ所の家賃を全く払えず、皆さんに申し訳ないが、借金支払いも微々たるもので、ネズミ取り、洗剤、ベルトに、八文字屋の2日分の仕込みのみ済ませただけで大晦日は暮れなんとす。大掃除省略。
八文字屋は、8:30から10:20まで朴ちゃんひとり。常連解体の2013年の八文字屋に、むしろ相応しいか。ポリープ2個の奈良井さん、10分だけ顔を出す。1:30、「トリスタンとイゾルデ」を40年きいているという草葉さん、1時間。4時前に、モリモリ、笠原のり子さんの旧友、1時間ブツブツ言って帰る。5:00。

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2013.12/30(月)


6:30帰宅。
ノンビリ。変な夢を多くみていた。
ほんやら洞は、寒過ぎて、本を久しぶりに少し読む。FB上で、武藤一羊さん、西谷修さんと繋がる。
ほんやら洞客なし。
八文字屋、8:00入り。
信州大学の木村仁来店。来年3月には、信州大学退官。その後は、ウロウロして回るというが、やや生気がないのが、心配。善光寺に拠点を残すといっているが、仲間も、彼を慕っている者もいそうもない。墓が、広島、福岡と二つあり、自分しか面倒を見るものがいないので、明日、墓掃除に帰るとか、そこは、山がせり出した瀬戸内に面した風光明媚な所にあり、目の前にある島では日本軍の毒ガスが作られていたと最近、知ったという。長野の大本営暴露の運動をやっていた自分は、日本軍にほとほと縁がある!だな~と思っているという。730部隊で用いられた毒ガス。
また、退官記念の発表で、自分が誕生した地域、神社を画像で取り込むとか。寂しげな姿が、気になる。
ワッキーも、同志社中、高の同窓会帰り。一昨日、日向太は、ワッキーの所に泊めて貰い、篤ちゃんと3人で飲んだという。篤太郎の3月の結婚式は、僕に撮ってもらうかも、という話題もでたそうだ。以前のワッキーだったら、一人、二人、友人同伴だが、かれも煮詰まっているのだろう。明日は家の掃除、「明後日は海人彦と遊ぼうかな~」という。4日まで京都にいるので、面白い人がいれば、連絡くれ、と。麻美ちゃんに、八文字屋もそうじしてもらったら!?とか、アーニャに会いたいとも言う。自分のお姉ちゃんにいい男、いないやろうか?と言い残して帰る。
毎日新聞の記者が、K社記者と来店。「ここが八文字屋ですか!?」という。まさか、連載記事の八文字屋に、来るとは!という感じ。
次は、京大のウズベキスタン研究者およびウズベキスタン人グループ、ロサンジェルスのJacccの小坂さんに「路地裏の京都」を1月9日出発で、届けてくれる山田拓宏さん、「ろくでなし」で、横ちゃんと「ほんやら洞は、女子大生寮にしたらいい」とか、散々戯言の話題に、興じてきた建築家の吉原健一さん。
朝方、眠っている所、香織ちゃんが入って来るが、さすがに、遠慮?して帰っていく。

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2013.12/29(日)


気がつくと、8:00前、八文字屋。2時間ちょいNETに向かう。
麻美ちゃんが、12時にほんやら洞に入ってくれるとiPadにあり、救われる。
些かNETにはまり過ぎ。来年は脱却せねば、何もできない。2時過ぎに、錦、祇園、古川町を流す。新橋で軽トラックで氷の配達途上のK-Keiに出会し、ルパンの近況を伝える。古川町のおっちゃんとこで、鰻3尾(1000円)、大塩鯖4尾(1000円)買う。画像的収穫ゼロ。
4時吉田に戻り、一休み、入浴。今日から、800m走ないし1500m走のランナーの気分で疾走して1月10日をむかえねば成らない。ぼくは、中、高時代は、400m走の選手でもあったが、なかなか辛いペース配分なのを思い出す。これ以外の手なし。これでも、問題は解決しないだろう。1月20日に戻った時のゴタゴタは、想像に余りある。来年は、生活を根本的に変えねば、ならない。吉田の家は、契約更新か?辛いところだ。家を変えたいが。
アメリカ、フランスへのメール未発送。ジェローム・ブルベスさんが、日仏の新しい案内状作りを担当したとの事。牧野茜ちゃんは、今日、誕生日入籍との事。
6:50まで、家で少しノンビリするも、掃除は、一切せず。
ほんやら洞に行くと麻美ちゃんらがいてフラメンコダンスを踊っていた。モーちゃんが枝付きローリエを持ってきたという。
麻美ちゃんが「甲斐さんも踊ろう!」と誘ってくれたが、〈八〉の仕込みもあれば、メシも食ってないので、「またね」と断るが、数人が、実に楽しそうに踊っていた。ビール、ワインを飲みながら。「2月15日のティオペペの発表会、招待券を上げるから見にきてね」と言ってくれる。ほんやら洞でのバイト代は、フラメンコ教室の月謝に消えるのだそうだ。
八文字屋は、9時過ぎに、井上やっさんが来て、10時前に海坊主が、大分の女の子を連れてきて、すぐにどこかに消えた。10時半に、46歳の府大時代の同級生連れの梅田さん、三宅さんら4人、ついで、府庁勤務の年に一回の顔馴染み牧瀬リサと同級生と云う男性、15年前に建築家兼歌人の前久夫と数度来店経験のある男性らのやはり4人、さらにティルさんら京大の外国人研究者7人、そして牧野真平(明日、奈良井邸泊)ら京大化学の元同窓生4人、そして7人が帰って、入れ替わりで、正体不明の飲めない千本中立売の住人と福岡の別府の夫婦ら5人が来る。
これが今日のお客のすべて。
牧野は、4月くらいから繰り返しているが「甲斐さん、いとうせいこうの『想像ラジオ』、いいよ!ペドロ・バラモみたい」と今日も持論を吐く。
閉店は、3:40。ほんやら洞の冷蔵庫のスウィッチ切りに寄る。吉田着、6:00。

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2013.12/28(土)


7:30に目を覚ませて、2時間NET。
八文字屋の下、AKBでは、10:00まで、カラオケでガンガン唄う客あり。
鴨川べりで、眼鏡のレンズが外れ落ちて慌てる。出町桝形通りのオガヤ時計店で修理。ついでに河原町グリーン商店街の行灯展のポスター貼りをお願いする。
北山は、冠雪。法然院の梶田真章さんは「法然院から西山を見ると、さながら松本盆地に居るみたい」とFB上に画像とともにUPしてた。
膝を痛めて(脱臼感)2ヶ月、パリ行きまで精々、歩かねばヤバイ。来年は、体力の著しい減退が予想される。ルパンの骨折を他山の石にせねば。昼客二人、夕方、二人のみ。7時間営業で。その間、吹雪く時間あり、気は焦るも、外出能わず。
姉から、特別に美味しい干し柿届く。歯があり、種に纏いつく甘い薄膜にキットと軽く噛み込み歯形?いれれば、簡単にめくれて、それがもっと美味しく感じられるはず。如何んせん、不養生の結果を受けとめるのみ。山崎哲さん、菅孝行さんにリクエスト。
「毎日」の要望を受けて雪舞う中の芸妓のお出ましのチャンス到来も、やはり客の移動なく、出動のチャンスを得ず。
8:00に八文字屋に行き、僕の個人的な恩人の処女作小説「勇者たちへの伝言」を買いに行く。若々しくて構成も巧み。出だしの印象。
10:00まで客なし。姉に由布市の親戚の様子聴く。
「かいさん、いいよ、そこいて!水だけ貰って、1100円払うよ」
海坊主だ。トップが。
ほっといたら、なにやら、目の前のものをポリポリ貪り食ってから
「今日は、仕事納めで、飲み過ぎた」だのと独り言ちながら、消えて行った。
これも、客商売のつらいところ。面白いと達観する日は、遂におとずれず。
11:00に田中千春ちゃんの知人(私も何度も撮られているはずなのにとブツブツ言いつつ3,4冊写真集を捲る)とミルトン来店。ミルトンはミルトンで「ここで働けば、いい」だのぼそぼそ云う。
千葉の業界紙の記者で、いかにも人が良さそうな50歳前で河童ハゲの10数年来の年一か二の常連が珍しく「母方の祖父が、東條英機に戦線の拡大を阻止するように進言した」と身内話を吐露。蛸薬師通りにあった紙屋「岡田」の孫でもあるらしい。僕はこの紙屋さん、知らないが大きいらしい。この河童さん入店と同時に「一杯で帰る」と宣言していたが、千佳ちゃんがきたら楽しくなったのだろうズルズルと3時間以上いて、次の客になる自称「清水哲男の後輩」に当たる梶田さんのポストカード付き焼酎瓶に「梶田だぜ」と書いたボトルキープのお相伴に預り、居続ける。梶田さんは八文字屋の存続を危ぶんでの来店。多謝。氏が清水哲男さんが暫くFBをヤメテイルと教えてくれる(その10時間後には、清水さん自身のFB上で、縮小再開を知る)。ミルトンも先述の「近々、千春ちゃんは結婚する」と教えてくれた女性とのちょい寄りのはずで「奈良井さんは、家で胃薬を飲みながらそれでもビールを飲み寝ている」と報告?してくれるものの以前の元気なし。ミルトンの身の上に何があったか?その後、オイタさん来店と同時にオイタさん好みの美人戦線の状況をきかされ「一歩遅かりし!」とホゾを噛むも、オイタさん「頑張って5冊くらい『路地裏の京都』を引き取ってもいいよ」と言ってくれると同時に返す刀で、何故か、突然「カイさんも秘密があるはずや」と呟く。僕は何かオイタさんに対して不当な仕打ちをしているのだろうか?ま、とにかく、今年はオイタさんに大変お世話になった。感謝!「路地裏の京都」購入願いを僕は一月前からすべきだった。千佳ちゃんは、八文字屋に1月11日と1月16日に入ってくれるという。
この辺りから、珍しく年末らしい(遅きに失した?)感のある賑わいが2時間続く。
中村医師&奥さんは篠原さん連れ。篠原さんと中村さんの思想的齟齬を垣間見せつつ、楽しんでくれる。立命館大学准教授の堀口徹さん&モンペリエの建築家&京大建築の講師梅林克、植南草一郎の元仲間(直後にぐでんぐでんで姿をあらわす佐藤守弘さんの俵屋にしばらく居候を決め込んでいたが、守弘さんの父、アーネスト・サトウと喧嘩して飛び出した男)の親友でもある男、メディアショップの斉藤さん(ポスターを持ち帰り、貼る約束)&長身の女性らも来店。堀口さんはモンペリエ出身でパリ在住の建築家のフランス人を紹介してくれる。1月19日にせんだいメディアテークで対談相手の映画監督、三宅唱さんを「今度、紹介する」と言ってその三宅さんとの対談のフライヤーを置いて行く。浅利ちゃんがいないのを寂しがる。そこへ佐藤守弘さんが「路地裏の京都」買いに来店。彼の叔母と中村医師の奥さんが友人と判明。佐藤さん、ベロンベロン。皆、撮影。
3:30お客さんは引くが、なお、横になって、次の客を待つ。

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2013.12/27(金)


12:00起床
今日は、少しでも、Sに借りているものを返済出来るか?それも、昼の内に少しでもお客さんが来ない事には、不可能と思いつつ、ほんやら洞へ向かう。ほんやら洞の客は、一人のみ。野菜カレー、美味しい、と喜んでくれる。
パリのN氏、音信なし。ユーロは上がる一方。
八文字屋の大家周辺で不穏な動き。榎本了壱さんから、及部克人さんは元気との事。榎本さんの「イロハニ鳥類圖鑑を見る。面白し。榎本さん、平野啓一郎さんと、FBで繫がる。夜は、生物物理学者のマルク・フィリップとも数年ぶりでFB友達。八文字屋、8:30入り。9時すぎ、鹿さんが、ワイン持参。奈良井さん、間をおいてサッちゃんが顔を出して、マルク・フィリップと続き、東映の助監督の佐野ちゃん、憂歌団ライブ帰りの朴ちゃん、段ちゃん、親父が国東生まれと云う建築家の村田真一さんと続く。
さらに、絲山秋子さんファンのパチンコ屋の金さんも登場。閉店は3:30。そのままダウン。

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2013.12/26(木)


10:00ほんやら洞入り。TEL鳴れど、出ず。借金取りか、来月の家賃督促に決まっている。
美味しい野菜カレー、丁寧に作り、出来上がり。
来る客は、ピザトースト、半年出てないものを注文。
Fbで長谷川集平さんと友達になる。彼から「ほんやら洞のカイさんでしょ」ときた。北沢恒彦さんの「自分の町で生きるには」の表紙のイラストを担当していたから、当たり前か。この本は、実は、ぼくが、晶文社の仕事をサボった事で生まれたものだった。その事は、北沢さんにはいわなかったが、、。そして、彼は、この本では、何分の一かは、僕の当時の活動をバネにしてかかれたものだ。
北沢恒彦さんは、「家の別れ」上梓後、15年で「俺は、この本で、秋野不矩論で何をやりたかったのか、分かった」と遅まきの述懐を吐露し「人民とは、何かを問うていたのだ」と言っていたが、僕が、この日乗でやっていることは、北沢恒彦さんのデンでいけば「俺は、如何なる人民の海にいるか(泳げてないのは、悔しいけど)を記述して居る」のだ。些か嬉しがりがちで、露悪趣味的かも知れないが。月曜社の書き下ろしでも、それを演りたいのだ、と徐々に分かってきた。
今年の僕の10大ニュースをFBにだす。

1). 写真集を一冊も作れず。月曜社書き下ろし完成せず、ロサンゼルス展、カンタベリー展不発
2). iPadを入手。ブログ、ツィーター、Fb自分の手で開始。
3). 毎日新聞連載「京がたり 日本再発見 木屋町から一筆啓上」(首都圏版)デジカメ使用、体力回復
4). パリ展(TOKO ギャラリー)行
5). ウィーンの北沢猛大兄に招待される(ザルツブルグ、ハンガリー&スロバキア行き)
6).前年に続き、八文字屋危機(内実は、ほんやら洞危機)2度出来。プリペイドカード発行
7). 京都で4カ所での個展開催、スカパー!26chドキュメンタリー「ほんやら洞の甲斐さん」収録。2014年2月オン・エア
8). この45年間で、もっと読書出来ず、この24年間で最もモノクロ写真とれず
9). アシスタントのサッちゃん、京大勤務
10). 次男、海人彦、大学入学

ほんやら洞の客は、京大マリーンは、数人のみ。鈴木マサホは、吉沢健吉とよっちゃんとの息子来年の「左京ライフ」用に取材したらしく、確か鍼灸師のはずの息子さん、Fbで、「マサホさんは、両親のキューピット」とタグ付けされていた。
来月、どっちの店も、大家と争いになるのは、必至。ベストを尽くして、潰れるのなら、仕方ない。でも、あらゆる隙を見出して、生き延びる努力は、する。近くにいるSは、この点は、ひ弱で、この状況の周辺にいるのは、少し痛々しいが、乗り切って貰おう。迷惑を掛けない様にせねば。彼女、僕が「人民の海を描こうとしている」意味などは丁寧に説明しない限り、理解しないだろうし、興味ないだろう。「人民の海って?」と切り返してくるだろう。感覚的には、鋭くても、歴史的教養は、イマイチ。そういう人民の海に囲まれてきたのだから、当たり前だろう。坂本龍一が、今日もFBで「安倍ちゃん、あんた側は、マジョリティーではない!選挙に行かない大多数がマジョリティーなんだ」と記していたが、Sも之に近い。今日のFbは、靖国神社を巡って、喧しくやっていた。アメリカが出した声明の「失望」とは、何ぞや?をも巡って。
9:30に八文字屋入りして、11:00なお、客なし。深夜、増山実さんの番組構成で、橋爪伸也も関わった番組があり、増山さんの著書「勇者たちへの伝言」の紹介もあると知る。増山さんのレトリックは、読ませる。
片桐ユズル新詩集「わたしたちがよい時を過ごしていると」が、マン・レイの絵を表紙にあしらって、出版されているのを知る。
僕も、ユズルさんのように、僕が記しているこの日乗の良き理解者が居れば、これと写真をセットで、ガンガン本をだすのだが、そして、そこそこ売れるはずだ。街子ちゃんのSUREと拮抗しながら。僕は、そう云う事こそやりたいのだし、それが可能なら、八文字屋もほんやら洞もサバイブできる。手が、一つ、二つ、足りない。手があれば、成功すると、確信している。それこそ、ほんやら洞の存在意義だ。イベントとからめれば、何とでも成る。確信犯(周辺に少し居る肝の座った人物程度の)が欲しい。起業精神が。僕が小者すぎたのだ。バルザック(ちょっとオーバー過ぎる、バルザックさん、ごめん!)くらいタフだったら、なんて夢想。環境、状況は、非常に、恵まれている、これ程恵まれて居る男は、近在にないと言ってもいい。それも、曲がりなりにも、もちろん、自分が選んだのだ。一年後に、清水の舞台から飛び降りることが出来て、居るか。
12:00に3年前のタイガーマスクのみ。小学館の編集者 Iさん。「店を他人に任せた方がいい」とここでも言われる。お世話になりっぱなしなので、ポストカードを持って帰ってもらう。1時間で帰る。「君子、危うきに近づかず」のばかりか。新妻さんご夫妻が、京都を堪能している様子をFb上の画像で確認できてホッとした。長谷川集平さんのを覗いて、高田渡と村八分が好きな事や、長崎に居続けて、精力的に仕事をしている、のを知る。一気に読みきれないので、シェアして、ゆっくり読み直すことにした。2:00なっても誰も姿を現わさずと、思っているとあんどんてんを見た客あり。2:30関西学術資料普及会の八木信介さん(熊本済済黌出身、剣道5段)である。かっては、臨川書店に居たりして、いつも日沖桜皮と一緒だった。(日沖ちゃんの近況に全く通じてなかった)。世の中、オモロウないな~、とか、やはり、左京区は凄い!あの、沖縄の冨山一郎さんとカイさんが同じ町内かあ、とか、中尾ハジメさんは、人物や、カイさんは九州か、などと4:00まで。九州の猛者だけど、悪い奴でないのは、一目瞭然。エネルギーは有り余り、いかにも、あくが強いが。彼、サウナ泊まりだろう。1時間、ずっと荷物を手から離さず、しっかりしているのには、感心。5:00、八文字屋を発つ。5:30吉田。

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2013.12/25(水)


家でゴロゴロ。
マルコム&陽子ちゃんとの10時の約束の天神さんに行けず。草間さんは11時に行ったと云う。バスは満員で、タクシーに乗ると、ドライバーが「お連れさん(奥さんの博江さん)は、何と云う女優さんですか?」と聞いたそうだ。全うな質問だ。ドライバーはやおらノートを取り出し、数々のかって乗車した女優の直筆のサインの束を見せたそうだ。草間さんは、ここでも、京都の凄さを感じたそうだ。朴ちゃんみたいなロイヤーのドライバーもいるし。天神さんでは「いつも、ここに、飯を食いに来る」という辻清司さんに声を掛けられたそうだ。古カメラ屋を冷やかしたとの事。
ほんやら洞へ急ぎ、営業すべきだが、体調を今、崩す訳にはいかない。少しノートを取る。
1年間の総括をせねばなるまい。年末年始の攻防戦は、大変。
ほんとを言うと、一日、数時間、店をやり、数枚原稿を書くだけで、やっていけたら、一番いいのだが、これは、夢物語。そんな甘いものではない。一つのことをやるのには、手間暇掛かり、気も配らなければならないのに、僕みたいに何でもかんでも、手を突っ込んでいると、全てがいい加減になるのは、必定。四つの事をバランスを取りながら行きて行くことを夢想したが、それには、出来た相棒も必要。僕のように、全てにおいてコンマ以下の人間の生活を恐る恐る覗いてみたいという人が、お客さんで、その世界を上手く描ききったら、一部、読者を得るかもしれない。
久しぶりに、山田稔の「特別な一日」を引っ張りだす。ぼくには、おそいが、精進が必要。
(新妻さんが、閉まったままのほんやら洞の前で立ちつくした、と後で知る)
3時過ぎて、ほんやら洞に入る。60がらみのご婦人ふた方が、覗くが、こっちは、全く応対の心の準備が出来てない。
仕方なしに、CLOSEにする。
少し、八文字屋の付き出し(カレーの干物あぶり、カボチャたき、ほうれん草のおひたし、イカ焼き)をやりつつ、パリのN氏にDM用のデータの督促と、余計なお節介と知りつつ、サッちゃんへの手当て支払い履行催促のメール、道出版の佐藤編集長への自分の状況説明メールを済ませ、FBのニュースフィードに向かう。
6時前、下鴨病院に「脚の付け根の骨折で、6週間入院」とルパンよりTEL。
梅棹マヤオさんから「路地裏の京都」5部注文あり、感動。
今日も昼間にはほとんど何もてきず、9:15に八文字屋に入る。
これから、15日間は、八文字屋のバイトはゼロ、ほんやら洞の昼間のバイトはゼロで、パリ展の準備、月曜社の書き下ろしを進行させつつ、毎日新聞の連載用のシーンの物色をしつつ、両店舗の営業に勤しむ。家の掃除は、どうなる?後、一年頑張り、あとは、ご破算にすれば、いい。
八文字屋のお客さんは、「おおー、素晴らしいオっ、サンデイ」だ。
奈良井さん、川㟢さん、鹿さん、草間さん、初伏見帰りの鈴木さん、HATAO、朴ちゃん、段ちゃん。
鈴木さんが、ネットでのほんやら洞評価が、5点満点の、3.15点だと、嬉しそうに言う。「東京都知事戦に、ビートだけしがいい」と草間さんがいい、HATAOの顰蹙を買う。草間さん「カイさんは印税で暮らしているから」と悪い冗談でからかってくる。HATAOは、葡萄つみ写真集(ほぼHATAOのみ登場らしい)を浅利ちゃんにみせに来た。朴ちゃんは、27日の磔磔でのキムラさんのライブが楽しみで仕方ない、と言ってかえり、八幡のスナックで絶唱している自分の顔のドアップ画像をUPしていた。
1:30誰もいなくなったが、客待ちで横になり、気がつけば、7:30。2Fは、6:00くらいまで、ガンガン歌う客あり。
僕の人生は、20年周期?25年周期?今の孤立感は、1968年上洛時のそれに似ている。
あれから45年。これを二つに折ると、22.5年周期?1990年頃を孤立感の薄れる(親密感成立の)ピークとして、68年と2013年のどん詰まりが、重なる。ピークの90年に日向太が生まれる。その前後5年ずつの10年間が、まあ、親和感保持のピークゾーン(八文字屋開店の翌年から、海人彦が生まれた翌年まで、第一回G7《バブル元年》の翌年から、阪神淡路大震災、オウムの地下鉄サリン事件まで)の前後は、遡って68年、下って2013年まで孤立化のラインが走っている、てな事を考えて、9:30。ほんやら洞へ。

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2013.12/24(火)


7:30起床。八文字屋で。1時間30分、Net。香織ちゃん「私の京都は、上海バンドから始まった」とFBに、福岡店長とツー・ショットの「ヤラセ」?潰れシーンをUP。写真をよく見てないが、この福岡さんというのは、約30年前に、竹屋町通り堺町あたりで、「写真喫茶」をやり、そのご、また、違う店をやっていた福岡さんと同一人物だろうか?などと考える。
10:30ほんやら洞入り。2H、iPadに向かう。有田洋造&麻さん夫妻から、お歳暮を貰う。阿波牛のハンバーグ。感謝。早速、サッちゃんと一つずつ賞味。サッちゃんは、京都の河村さんへ大学の秘書仲間?のその友人のイベントの資料を配達。
毎日新聞、徳正寺の茶室の号、落手。文章は、呉智英。常寂光寺の記事「藤原定家の小倉百人一首」の小倉山の麓」と入れろと、鈴木さん。肯べかな、と承服。ぼくとしては、古田武彦の九州の小倉がこの百人一首に混入しているという説も捨て難く、小倉山云々と書かなかったとメールを一応、送った。
ルネでは、増山実さんの著書「勇者たちへの伝言」(角川春樹事務所)がなかったので、山下君に注文。自分の写真集5冊も買う。
予想せぬ良いクリスマスイブになる。麻ちゃん&有田洋造さんから阿波牛のハンバーグのお歳暮、草間さんからチョコレート、咲希ちゃんからはシャンパンを頂き、そしてアイルランドからはマルコム&秋野陽子ちゃんの来店。これだけで、営業は、別として、十分。10年くらいのイブといえば、井上章一が、カウンターに一人、ポツネンとすわっていることがおおかった。それと比べると、今晩は、雲泥の差だ。ますます、八文字屋は、また、違った意味で良い店に成る予感はするのが、拘泥できない。その旨を陽子ちゃんに伝えると、いつまでもやり続けてよぉー、と言ってくれるだけで、有難いと、せぬばなるまい。僕の将来には、なかなか厳しいものが待っているもんな。陽子ちゃんはエッチングの作家。今晩は、子供二人を亜衣ちゃんに預けてくる。(夕べは、妹の亜衣ちゃんとこで、ルシュール&中西洋介に会ったという)片桐さむからは、尾道でカモメ屋再スタートの連絡あり。「オヤジは、Fbは怖いから、やらないと言っていた。カイさんは、FB順応型なんやな~」と言ってきたので、「NO」という。店は、酔っ払いのアイウエオが久しぶり。散々、咲希ちゃんに「マンションをかってやる」と口説き文句の真似事を放ったり、陽子ちゃんにちょっかいを出しているのかと思ったら、今頃、受験勉強で獲得?したパンフレット知識を披瀝するだけの迫り方で話しかけるが、歯牙にも掛けられず、言葉は空をきり、独り言になる。相当な酔いっぷり。彼に相応しいが。鹿さんは、会社で取得した焼酎4合瓶2本プレゼント。奈良井さんまだ胃潰瘍。ルパン骨折の報齎す。あさひちゃん経由。一ヶ月の入院らしい。そう言ったら、語弊があるが、一ヶ月の骨折なんて、大した事はない?僕なんか腕なら、しょっちゅうだ。ま、暴言かな、彼の折れた骨が脚だったら、大変だ。なにせ、入院だ。それだけで大変!階段から落下?何もしらずに、めちゃくちゃ言わんとこ。パリ行きの間の留守番なくなる。陽子ちゃんから、お母さんのヤスコさんが亡くなった事を聞く。初耳。草間さんも来て、初耳とのこと。草間さんは「ショーリン」こと、小林正和繋がり。新藤弘之さんもいる。陽子ちゃんと喋っていて、二人とも、寸前まで名前が出そうで、出なかったのは、大道芸のウベ・ワルターさんの名だった。草間さんは「文久」を、さらに文久を出て、独立したBARを御池堺町辺りの「セブンイレブンを下がった辺り」で出していて、そこが良いとしきりに陽子ちゃんに紹介。草間さんは、奈良井さんの事を島さんと勘違いし「僕が紹介した人かな~」と言う。善意の紹介好きであることは、確か。草間さんも、1月15日、デンマークからパリ入りとの事。「パリで落ち合おう!」と言うので、ムッシュー・プリンス通りのTOKOギャラリーを教える。彼は、北駅付近の宿。陽子ちゃん&マルコムは、北アイルランド近くの東海岸の岬近く住む。サッちゃんはアイルランドをあまり気に入らなかったが、僕は好き。北アイルランドに近いなんてサイコ!てなカンジ。今度の秋、お邪魔を決め込むつもり。マルコムは、「アイルランドに八文字屋を!」と言ってくれるが、八文字屋を引退した頃は、そんなエネルギー、金はあるか?頑張らねば。真以ちゃんの妹、アグミちゃんもイギリス人と結婚して、ケンブリッジに住んでいるとの事、だれもが驚いたとの事。徳正寺の娘さん、アサコさんは、イタリアのミラノの八百屋に嫁いでいるし、秋野ファミリーは、面白い。秋野不矩の偉大さが偲ばれる。子弦さんは、美山にひっそりいるらしい。そう言えば、中川六平を語る会の時に見かけ、口はきかなかったが、等さんが鼻に管を刺していたのを思いだす。陽子ちゃんと梅棹マヤオさん、黒川創、猛君&ルリーの話などをしながら、時代は代わったというべきか、お互いに歳をとったが、頑張ろうよと喋る。猛君の事は、陽子ちゃんは知らなかったが、アサコさんと猛君に交流があると言うと、興味ありげだった。「加藤典洋さんが、アサコさんの絵を褒めてくれた」と章子さんが言って、これも撮影していて!と言っていたけど(そう言われる前に撮っていたが)やっぱ、色遣いなんて、不矩さん譲りだな、と僕は、思った。そんな話もする。真以ちゃんは来た?とか、その辺の四方山ばなし。遅く、海坊主来店。鹿さん&咲希ちゃんと海坊主は、一緒に他所に食べに行く。そういえば、最近、出版社を立ち上げた、元秋野不矩美術館の一花義広さんは、Uさんと付き合っていたのだ、思いだす。UとSの兄の別れ話では、僕が、S方に、小野誠之弁護士を紹介したのだった。マルコムと陽子ちゃんは、U2繋がり(駄洒落ではない)。最後に、早稲田で演劇をやっていたという染色家の夕べの成沢優さん、来店。
サッちゃんには、迷惑を掛けたまま。
九州情勢も、いかんともしがたいようす。姉は、伊藤さんが兄を甘やかしたのが、悔やまれるという。仏さんなんて、フリーハンドで描けないといけないというのは、同感。兄のスタイルなんて、京都にいたら、だれも相手にしないのは、火を見るより明らかだ。低迷している。5:00帰宅。

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2013.12/23(月)


家で、しばらく、ゴロゴロする。出町柳で、ハジメさんに遭遇。5メートル前を歩くも、声かけず。
武市さんと歓談。彼、今日が忘年会と勘違いし、来店。日経の「木村伊兵衛 スナップの粋(上)」「千場達也)を読んで「カイチャンは、木村伊兵衛やな~、僕の好きなポリフォニーだ、カイちゃんも、一国主義をつき壊す写真を発表してよ」と切り出して、こう続けた。「秘密保護法案の集会での蒔田直子の発言は、秀逸だったと報告。「護憲派も反戦派も間違っている。最初の被害者はだれか?次の被害者は?在日韓国人、朝鮮人ではないですか。次は、沖縄の人々では!?」と。武市さんの持論では、「憲法全文は、戦いの無い状態を想定して書かれたものではない、たたかって、その後に、如何に少数派を大切にするか、戦いのある世界を前提にかいたものだ」となると披瀝。戦後も、戦前も、多数決原理という点では、おなじで、そこが、独仏と違う、と。毎日新聞に2本、原稿を送る。年内原稿は、終了。
朝日放送の藤田貴久さん、増山実さんの小説の紹介をFBで。夕べ、藤田貴久さんと喋 りたかったのは、この事。生憎、カウンター席が塞がっており、後ろに行ってもらった。
最近、僕が書いた「サロンにはインテリジェンスのあるマダム必要」論議の件、どう波及したのか、さっちゃん、少し気になったようだ。彼女に失礼な物いいは、してないはず。飲食店というよりも人的資源を活用しての夕方だけ営業を目指す「サロン・ほんやら洞《?》」が成立するにせよ、僕は深く関わっている場合でないので、自立したマダム的存在が必要だと言及しただけ。40年前のほんやら洞での議論を思いだすが、今の僕には、写真と書くことを軸とした、これからの10年を望見するのが枢要なだけ。さっちゃんが「4月から、色んなイベントをほんやら洞としてやって行来たい」と他人に小声で語っているのを見るにつけ、迫力ないな~、自分が主体なんだというとこを見せないことには人は動かされない、押しをもっと強く!と思っていたということ。
9:00福島県いわき市(フクイチから40キロ)の新妻好正さんご夫妻、来店。午後、嵐山の花灯路に行った、1946年生まれの方。60過ぎに一度脳梗塞を経験。去年も一昨年も八文字屋を探して、分からなかったという。いわき市の大学で、現代文を教えているそうだ。亥辰舎の浅井潤一さんも二人の仲間同伴。オイタさんも、元同僚とゆっくり飲んでいってくれる。山根さんも。先斗町〈イロハ〉の息子元〈建築探偵〉植南草一郎さん、イギリス王立アカデミーの会員の建築家の高崎さん同伴。高崎さんは、牧歌的な、というべきか、鹿児島という田舎のマッチョなおっさんの恋愛観を20代男女を相手に披瀝していた。6人。今朝、上海から戻ったばかりの片山茂樹さん同伴の成瀬優さんとFB友達になる。最後に、「僕、デート帰り」とポツンとという段ちゃんが来て「カイさんの月末の金策戦線は?」と言うつもりだったのだろうが、それを「カイさんの月末のデートは?どうなりそう?」と言い違えて訊ねてくれるが、「今の段階では、何とも言えない」と予想に関して明言せず。本当は「チョッとたすけて!」というべきだったか?そういうと予想していたかも。「KIDS」を買ってくれる。既に金をくれているマナちゃんのプリントを「あれ、くださいね」と言い残して帰って行く。2:00誰もいなくなったが、3:30まで粘るも、空しい。
後、一週間、多分、とても、厳しい。来年に繋がることが、何も出来ていない。

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2013.12/22(日)


忘年会の面子を何とか確保すべくメール、Telも空し。ま、圧倒的に、手遅れなのは、承知の上だが。Hatao、西村卓嗣さん、永澄憲史さん、ルパンは来れず。オイタさん急遽出席、OK。元八文字屋バイトの太䅈常盤和泉式部町の美女カメラマン(この2ヶ月は、偽花魁撮影に従事した)加地亜希子さんは、飛び込み。鍋、30人分で、スタンバイしてた。焼き鳥、サングリアも。炊き込みご飯ちょうどうまい具合にこげた。珍しくさっちゃん、焦げご飯を美味しいという。川㟢さん、奈良井さん、さっちゃん、中村勝さん、李先生で(白酒持参)、川㟢さん、さっちゃんと中国語談議。次は旧正月に餃子パーティをしようということになる。フルメンバー。佐藤寛子さんは,10:00になるというので、八文字屋に行ってもらう。奈良井さん、胃潰瘍+心臓の不整脈で、苦しむ。2Fで横に!とか、先にかえったら!というが、彼も頑固で助言に耳を傾けない。忘年会の反省は、やはり、八文字屋、ほんやら洞に生き延びて欲しいという存在、層が減ったという事。そういう層の実在を仮構でもすべきかも、という事かな?他人に迷惑をかけずにやって行くには。
Kiyoさんから、ロサンゼルスのJacccの小坂さんは、母が、病気で直ぐ帰国し、来れなかっただけとのメール入る。でも、他人の褌を当てにはしない。毎日に画像原稿をさっちゃんの手を煩わせて送る。
津村喬は、何十回目かのフィンランド行きのようだ。
八文字屋には、ほんやら洞からの雪崩れこみ組グループ。奈良井さん、ここでもイマイチ不調、薬買いに走る。そして、また、ひっくり返る。しかし、興味深い出会いが出来すると事情は変わってくるようだ。当たり前のことだ。おもしろいものだ。
タイからドクターと娘&娘婿来店。朝日TVの藤田貴久さんが幸いに来店。後ろのボックス席では、その場をしきる。奈良井さん、佐藤さんも同調して喋り、喜ぶ。僕をどこかのTVで見てきただけの縁なのだが、お客さんに受けてしまう。僕も、名刺交換ぐらいしたかったが、西田勝彦さんが不調そうだったり、葦津ナオトが例によって、吠えていたり、カウンターに緊張が走っていたので、そうもいかなかった。明日、藤田さんが、京都案内人を買って出たそうだ。よかった。香織ちゃん11時に来て、オイタさんと!しっぽり(?)オイタさんの,トルコ土産の酒、Yeni Rakiをのんでしまう。オイタさんは、これをお土産として持って帰らせようと思っていたのだが。友人のロクモトさんも来て、飲んでしまう。飯沢耕太郎講演帰りの西田勝彦さんは来て、色々、褒めてくれたりしていたのだが、酔い潰れる。ポストカード買ってくれる。感謝。その後、ぶったおれ、2時間寝ていて、皆を心配させる。美彌子さんが、救急車を呼べ!というが、ドクターの見たてを信じて寝かせOK。ブルーノートでのライブがえりのナオトと美彌子さんは一緒だった。例によって傍若無人な彼、後ろの席をかき回した挙句、西田さんを叩き起こして帰る。カゲロヲも、浅利ちゃんがいると思ってくる。佐藤寛子さんも、彼に若干の秋波を送る目線あるも、奈良井邸帰りがあり、中途半端。香織ちゃん、オイタさんが、奈良井さんと一緒になれと励ます。なのに、いささかピンボケにも「香織さん、なぜ、奈良井さんの家で飲まないのですか⁇」てなことをいう。アドリーヌは、帰国前に一足早いバイト代取り。例によってしばらく飲んで行く。
真打ちは、東海村勤務の三枝新だった。一年ぶり。20年前の彼との珍道中が、懐かしい。彼は城陽中3のとき、プガジャ版の「青春街図」(1973年、これには、早川正洋が座談に登場。ベトナム政治犯を釈放する運動・の連中《僕と中尾ハジメのこと》が出入りしているが、あれは、うちの店とは関係ない、しゃべっている。)彼のような気心の知れたお客さんが最近減ったのが寂しいし、残念。彼は、現朝日新聞のサンフランシスコ支局長の藤えりかさん(拙写真集『美女365日』の10月1日のページに登場)の城陽中学、高校の10年先輩。有山淳司との縁、それがまた彼の結婚に繋がる事などについて長時間、面白げにカゲロヲにも語る。歓談。今晩は、まず〈ろくでなし〉の横ちゃんに会いに行き、横ちゃんは自身も鳥光ももこと共に出演した映画「路上」の鴨島監督を偲ぶ会のある〈ミミオ〉へ行って留守だったとか。三枝の奥さん噺もユーモア十分に語る。今、彼女は、四国中央市の実家へ、みかん狩りで留守中で羽をのばしているとか。劇団維新派にいた旧友の故「ホンジ」についてカゲロヲと語る一幕もあり、そのカットを撮影。10数年前、亡くなる直前の西岡恭蔵の磔磔ライブのポスターを彼は貼りきたが、それが、今、剥き出しになっており、それをバックにしても撮る。今年が、祖父は「鎌倉アカデメイア」の技術論の三枝博音だが、今年50回忌という。昭和37,8年の国鉄鶴見線の脱線事故で、亡くなったらしいが、ぼくは、どこで、どう勘違いしたのか、山田慶児の最初の嫁さんは三枝博音の娘と思っていて、その事故でなくなったと思っていたが、僕の間違いと知る。彼の父は、90歳で寝込んでいるとか。北鎌倉の祖父の家には70年、家族が住んだが、彼の奥さんが、その地を嫌い、今の千葉に越したそうだ。今日は、8200円のホテルをとったが、次回からは、ほんやら洞に3000円でとめろとも言う。
終わったのは、5時。グロッキー。

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2013.12/21(土)


終い弘法にいけず。
11:00から、錦、祇園、古川町を流す。
おっちゃん所で鱈を買い、並びの鶏肉屋でせせりを買う。講殿さんのテナントどこかほぼ分かる。今月中になくなる古川町マーケットを少し撮る。中に入って行って撮ればよかった。出直しだ。ルパンにインスタントコーヒーを呼ばれていたが、ハルカちゃんらしき女性からTelがあり、早々に退散。レティシア書房、僕にとって望ましい方向に向かってない。店主、気づかず、預けている写真集、一冊も出てないので、ポスターを頼むのをよす。
出町で、明日用の買い物を少し。2:55嵯峨野に向かってチャリで出発。1時間雨は降ったり、やんだり。広沢の池には、鯉売りおっちやん、おばちゃんが干上がった池の中で焚き火をしながら、鯉、モロコ、エビを買いに来る客をまっていた。大中小の鯉は惜しみなく水が注入される水槽の中で泳いでいた。キロ1000円でうられていた。いい庖丁を入手しているので、1尾かいたかったが、明日の忘年会の面子を想像して、よした。
嵯峨野についたあたりから雲行きは怪しくなった。清涼寺、二尊院に着いたあたりから、45年前に行った化野念仏寺、19年前に行った寂庵を探すが、暗くなり、野仏風にそれらの寺で、落ち葉とセットで地蔵を撮るというが、めんどうになり、引き返して檀林寺、祇王寺周辺をうろつく。何方も拝観料を払って入る気がせず、両寺への参道の境い目辺の路上にていよくある地蔵を撮る。落ち葉も何もなく、普通の写真家だと、地蔵の頭の上にあざとく落ち葉を載せたりするのだろうが、そんな事はせず,鈴木さんの要望に対する当て付けでもないが、2,3カット。それから長神の森へ向かうか、点灯まで、あと1時間あると聞き、渡月橋に出ようかとおもったが、バンソンが好きだと行っていた、古都税問題や空き缶条例でも活躍していたが、年前に亡くなった長尾憲彰さんが住職だった古刹、常寂光寺また、大杉栄の娘、伊藤ルイさんの墓を寂庵にするか、常寂光寺にするか、揉めていると噂をきいても、僕としたことが、はずかしながら、その常寂光寺を知らず判断もできず、精神的イッチョカミ精神もままならず、関心の持ち様もなく、中途半端な野次馬根性しか持てなかった。それを解消すべく(?)この寺にいる。それでも、あと20分じゃじゃ降りでは、虚ろに寺内をうろつくのみ。あたりはすっかり真っ暗闇。見晴らしのいいこの寺に一も二もなく入る。昼なら、市内を一望出来る想像以上の寺で、もっと早く来ておくべき寺だったのは、確か。ここは、ロウソクに点灯の予定が、この雨では、無理と、寺男がぼやく。フィルムをいじっていると、あっという間に暗闇が、現出した。一通り、撮って、小山作品見物に行く。わざとの様に、やけに多く実をつけている(カラスにやられない秘密が、あるのだろうが)柿の木のある落柿舎数カットとり、引きかえす。
ほんやら洞についたら、7時をすぎていた。
明日用の買い物、サングリア作りを済ませて慌てて、八文字屋に向かう。
木屋町通りは、人ゴミで、ごった返していたが、八文字屋は、低調。
しかし、少数精鋭?の客があった。トップは、真実さんが友人と登場。次は、ティルが、京大研究者の美男美女(アンドレア&シルビア)のイタリア人同伴。アンドレアは、スイスのグレッシングをずっとシャイにした感じ。シネ研の忘年会帰りの京大の依田高典教授(だいぶよっていた)、HATAOは、さっちゃんに聞いたとかで、バクと一緒の所で働くアドリーヌの顔を見たいとくる。ニルバーナのサンウンド・エンジニアだと言って、ティルらの尊敬を集めるおっちゃん、“How are you?“写真展グループの忘年会のために来た小池君を相手に山根さんは、自分のインテリぶりを披瀝する。聴いていて辛い、あるかなしかの知識だった。同志社大学の李先生も学生二人連れ。ほかにもいたかな?。バイトはアドリーヌ。
気がついたら、やはり、4:30。

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2013.12/20(金)


カレーのぞんざいな作り方について反省ばかりする夢をずっーとみていた。要は、生活をスリムにする事だ。分をわきまえて。全てが、大味になっている。家の掃除もせず、少し本をよむ。
これほど本を読まなかった年は、1968年以来なかった。読んでも、頭に入らない時期もあったが。
2:30ほんやら洞には、麻美ちゃんの妹さんが子供二人連れて来ていた。3:00位に麻美ちゃんがでたら、嵐山に行こうと思っていたが、ずっと仕事をしてくれていたので、今日は、取り止め。
ゴミ回収業者、玉屋珈琲が、集金にきたが、麻美ちゃんのバイト代、八文字屋の大家に家賃の一部支払いを優先する。ほんやら洞は、3時以降は、客なし。八文字屋も低調。
アドちゃんは、他の旅館の宣伝は「何時まで、やってます!どうぞいらして下さい」と宣伝はするが、事、八文字屋の宣伝はしない。こんな所で働いているのを知られたくないのか。でも、今日は、昨日会ったという久野病院の外科医が、彼女を目指してやってきた。個人的には、宣伝しているのだ。NETでは、出したくないのだろう。これまで八文字屋で働いた外国人としては、はじめてかな?チョット、八文字屋を恥じているバイトは。それにしては水があっているのか?散らかっていても、トイレが汚くても平気なようだ。ここは、息抜き場か。胃潰瘍の奈良井さん、一週間ぶり。同志社大の李先生、二人の中国からの留学生同伴。鹿さん、サッちゃんが来て、申芳礼さんがきて、店としての賑わい出来。後で、段ちゃんが来て、また、ポストカードセットを買ってくれる。12時すぎ、申さんだけになる。なんと勿体無いことか!今日が今年最後という。李先生は、忘年会に参加との事。西村さん来店。印鑑不携帯で,、日を改める。

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2013.12/19(木)


8:00八文字屋で目を覚ますが、11:00までゴロゴロする。Tel代、電気代の支払い、家賃入金日。
やや晴れ間あり。直ぐに小雨そぼ降る。
まだ厳しい日は、続くが、Mさんの10万円で、少し、息を継ぐ。ベトナムで51年ぶりに雪。
サッちゃんは、石健の日。石健の父親の本作りの打ち合わせ。
ほんやら洞にいったら、早くもTel止められており、すぐに支払いに行くも、2時間経っても、開通せず。ほんやら洞の電話、久々、開通。コーヒーが切れて、玉屋珈琲に注文するも、昼なのに、明日になるというのには、びっくり。ほんやら洞の家賃やっと入金。八文字屋は、2ヶ月未払い、揉める元。〈ほ〉が足を引っ張っているというよりも、寧ろ、一人の人間では、手に余ることを、愚かにも、僕は、手を出しているということなんだ。写真家人生すら全うしてないのに、店を二つ、虻蜂取らずになっているのに、酔った状態でしか書く時間がないにもかかわらず、回想録的なものにまで、触手を伸ばし、見る人がみたら、さぞや笑止千万なことであろう。嵐山へ行くべきか否か、迷う。
うどんを食って、なお、電気開通しなければ、レティシア書房、嵐山に行こうと思っていると、2時開通。1月22日の朝、11時に2Fの使用予約。アムネスティ・グループ。東京吉祥寺の井原さんという兄、井原零は、僕と結構、よく雑談をした岡山大学の物理の先生だったが、その弟が、40年ぶりに来店。古川豪が働いていたというから、ちょうど40年前、それ以来のことで、兄は、リンパの病気で、3年前に死んだと報告に来てくれた。弟さんは、特養老にいる母を見舞いに来たついでだった。吉祥寺には、寝込んだ奥さんがいるとも。そんな話ばかり聴いていた。彼は、昔のカレーを食いに来たが、切らせていた。で、カレーの基本は、玉葱で、狐色になるまで炒めるということを最近、手抜きになっているのを思いだす。22日だったか?京大である原発と秘密保護法案を巡る集会の発起人に武市さんがなっているのを、Netで発見。僕が、1999年にほんやら洞にカムバックしたいくつかの動機を思い起こす。武市さんらの活動に場を提供出来るというのもあったのだ。
なんだか、昼間は、身体がガタガタな日が続く。店も家もゴチャゴチャ。原稿書きは、とりとめない。連載中の写真は、思うにまかせない。
今日は、カレーを切らせたまま、営業。明朝早く出来るか?無理だろうな。八文字屋の売り上げが、ちゃんとあれば、元気を出せるが……。
11月11日にニュージャージーのSandyこと、David Heinleinからきたメールを読みかえす。返事をおくらねば。彼は、1973年、岩国であった友人のことばかり書いていた。六平、シンジさん、エンドウさん、セキヤさん、クロイワさん、まさほ、ヤン・イークス&アニー・イークス、バーバラ・バイ、大鹿康弘、佐藤和枝、Linda Mandelker、Peter Macinnisや鶴見さん、僕、ニコラが登場する長い詩を書いたとのこと。そして、ツルミ先生は元気か?、ニコラ・ガイガーの消息は?など記していた。
京大マリーン17人を捌いて、9:45に八文字屋入り。山田拓宏さんが、やっと11時に来客。1:30まで付き合ってくれて、オマケに、ポストカードセットを買ってくれる。1月9日にカリフォルニアに行くのに、僕の写真の資料を持参するという。日向太のアメリカ旅行の話をすると「ぼくは、行ってないが、イェローストーンが山としては、いいんじゃない!?本好きなら、ハンチントンの図書館、グーテンベルクの時代の物からあるしねえ、やっぱ、バイクかクルマで大陸横断がいいんじゃない!?」とアドバイス。ほんやら洞、八文字屋の在り方について色々喋る。感謝。姉とポストカードの事も喋る。家に早く帰っても、叱られるだけだ、というのもおかしかった。「八文字屋の美女たち」を捲りながら、「これは、間違いなく、弘道館の浜崎加奈子さんだ」と僕が失念と記しているのをみて、諭してくれたりした。3:00まで店を開けていたが、結局、拓ちゃん一人だった。ま、連休前の雨の木曜日だ。

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2013.12/18(水)


7時に目を覚まし。ゴロゴロする。もう歯は無いし、入れ歯もないのに、打ち込み式のボルト付きの入れ歯の塊がぽろっと取れる夢をみた。原稿に対面する必要あり。内容証明付き封書届く。まだあけず、どういう事態があり得るかを想像する。あれこれ考え、ボンヤリしていて、シチュー焦がす。で、ランチ客2人、断る。直後に、鳥朝の注文3はいり、ホッとする。雨上がりきらず、嵐山行き、取りやめ。
サッちゃんのために、長期的な仕事をどうやって作るか、思案のしどころ。
キヨさんが何も言ってこない。西村さんは忙しいかな!海老坂武さん、「すかんぽ」での藤田さんを偲ぶ会に出たかったな、言ってくる。
八文字屋に8:20に入る。奈良井さんから、浅利ちゃんには初めての出勤届けメールが、入ったという。「今日は、お客で、行けません」と。他のバイトには、いつも、欠勤か出勤か9:00やそこらに連絡を通常入れているらしい。トップは、ルパンの店に、中国語の先生を連れて行ったが、八文字屋へは誘えない川㟢さん。鹿さん、チョイ寄り。森重さん、オイタさん、Mさん、一方的に約束してくれた10万円持参。やっと、浅利ちゃんのバイト代払う。津村喬のFB上での「幹細胞が、癌治療に有効」の記事をお客さんに見せ、どう思うか聞く。12時前に皆引けたあと、「段ちゃんが来るか否か」と予想しているなか、果たして登場。Twitterを見て心配できたというのは、表情に、アリアリと現れていた。段ちゃん、「友達にハガキセットをプレゼントしたら、すごく喜んでくれた」と言って、もうワンセット買ってくれる。感謝!浅利ちゃんが帰って、暫くのちに冨樫登場。冨樫の店も暇という。親友のジェシーの事、舞踏家の工藤丈輝の事、KG+の事を熱く語る。冨樫2杯のんで「もう一杯、いい?」というので「しんどい」と言って閉店にする。マサホと角替豊のツー・ショットFBで見る。猪瀬がもう少し、辞任を引っ張るかどうかとか、井上八千代家はどうなっているのかとか、南座の歌舞伎役者の事が話題。「男の隠れ家」に出してくれた「永青文庫」の石井窓呂さん、作家の村上龍とFB友達になる。エジプトで雪。酔って、冨樫が帰った後に、UPしたのは、間違いだらけ。

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2013.12/17(火)


昼まで、ノンビリする。借金取りに追われる夢。
何一つ進行せず。正夢で、桐生の代理人、天春さんの嫁が「桐生が年内に退院するので、それまでに、何とかしてくれ!」と来る。今月、殆ど入金しているのに、見てくれてないので、そう告げる。
ヒルゲートで池田良則さんの個展始まる。なかなか渋い。ヒルゲート、六曜社にポスター持参。六曜社には、去年の3月のマロニエでのパリ展「赤ゲット外遊記」のポスターをまだ貼ってくれていた。感謝。人見さんに、オープニングパーティにさそわれたが、それどころではない。僕の個展、6月より、5月にしないかと言われたが、未定。年内に決める。
〈八〉用におでん用意。HATAOは、金曜日に来〈八〉と、サッちゃんに言ったとか。彼女が、東京で個展を開きたいと言ったら、KG+に出せないのかと助言したとも。
8時すぎに、HATAOらしき男来店するも、咲希ちゃんおくれ、洗い物多いのを見て、帰ったとか。一応、南座の招きは、撮る。
10時にオイタさん、11時に鹿さん来店。12時に誰もいなくなり、3時まで待つも、空し。4日連続、奈良井さんが、顔をださないのは、久しぶりの事。九州の姉は、大変なのに、朝子オバが甘えっぱなし。
オバにとって、長男、真一が、亭主みたいなもので、絶えず、自分の方を見ていないとアカンらしい。
〈八〉泊まり。

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2013.12/16(月)


10:30八文字屋を発つ。岩倉以北、北山が薄っすらと冠雪して、綺麗だった。11:30に夕べの鈴木さん来〈ほ〉。
ランチ客あったが、原稿のため、3人断る。夕べの事を全くおぼえてないと鈴木さん。
Kurt Sullvanさんが、「路地裏の京都」持参、サインをしてというので、喜んでする。
8:30八文字屋オープン。スカパーの加藤さんからTel。即、永山さんが、北川さん、南浦さんと来〈八〉。永山さんが珍しく「8:30オープン」なんてFbの記述に「いいね」を押していたのを理解した。永山さんは、20年間に何回か会っているらしく(それを忘れていたのだが)FB上での鋭さから、勝手に細い刃物の様な人物を想像していたが、ふくよかな方で、それはそれで、納得。森さんの同僚で「八文字屋、ほんやら洞は潰れるのでは!?」と有難い事に、心配してくれており、森さんに、その事を言うが、「いつもの事だ」と水を差し、相手にされないが、どうなんですか?と。浦さんは、相変わらず。永山さんだけだったら、写真を撮っていた。小一時間で帰る。入れ違いで、鹿さんグループ13人来店。ホッとした。また、Youtubeで、選曲。40数年、短く取って10数年TVを全く見ていないブランクを痛感。20代、30代の人達の好みのアイドル?については、チンプンカンプンなのを痛感。食物の準備、ほぼ、バッチリ。鹿さんが酔うという珍事あり。
3:00に鹿さんが残して行った数人に帰って貰う。その直前に、この10日間で、3回目の73歳の面妖な北山に住む写真家の美老人が滑りこみ、古事記、日本書記なんか読む奴は、アホだとか言い続けるので、ついつい面罵する事になる。僕が「確かに、葛城族の事は、記紀では、読めない」と譲歩すれば良かったのかもしれない。5Cの半ばの雄略天皇らの河内王朝に葛城はきされたのだから。ま、年末らしい?一齣。一人口直しで〈ろくでなし〉、〈レコレコ〉にポスターを持参。(後、ヒルゲート、レティシア書房、屯風に持って行き、TV、新聞に連絡すれば、情宣は、ひとクグリ。ろくでなしには、Kei-Kが居た。「レコレコ」では、「あーす書房」玉岩信義の生存を確認。相変わらず。マイケル・ジャクソン、AKBを大画面で、ともに初めてだが、見た。ウケるのが納得できた。世界思想社教学社の妙齢でパンキッシュな大柄美女が、何時もの様に、我が物顔で騒いでいた。気が付けば、5:30。

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2013.12/15(日)


木屋町で、いきなり、日向太に、でくわす。春休みは、アメリカへ行く、面白い所があったら、教えろとの事。
ダウン。6時近くまで、家で少し作業。
マミちゃんが家から灯油ストーブをもってきてくれる。灯油もくれる。感謝。
八文字屋入りは、9時30分。あさひちゃんから「夕べの事を全くおぼえてないが、私、お金、はらっている?」とTelがあったという。オイタさん、段ちゃん&琢ちゃん(共に結婚式帰り)のみ。琢ちゃんは、血膜炎でくるしげ。その後、カゲロヲ、バレーの千春ちゃんと共に駅ギャラリーでバイトしていたなっちゃん、四国中央市の鈴木さんが来ただけ。youtube活用の気儘DJで盛り上がる。オイタさんは帰るのが若干は過ぎたキライあり。荒木一郎が掛かったり、マライア・キャリー、U2、ユーミン、トニー谷が鳴ったりで、皆、堪能。鈴木さんは、25日にも来るとのこと。カゲロヲとなっちゃんがカウンターでうつ伏せでねてしまったので、こっちは、後ろで寝て待つ。彼らが帰った後も、9時までダウン。
Netで松葉祥一さんからきた「ロベール・バダンテールの死刑廃止演説」(1981年9月17日)を見る。格調高い、このような演説で、昨今の日本では、見られない。

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2013.12/14(土)


やっと12:00に布団から抜け出す。
ほんやら洞で、「藤田一良さんを偲ぶ会」の中川五郎ライブ。「阪大ニグロ」のメンバー、「関西フォーク」の研究家の立命館大学産社の准教授の栗谷佳司さんも参加。同志社の同学年のアマチュアバンドの方(アウト・ループウェイの常連?)、東義久さんも来る。東さんの五郎への違和感を経ての共感話も面白かった。高林陽一監督が、彼の脚本で映画を作ろうとして、直前になくなった、という。すかんぽの「偲ぶ会」にもいた北白川小倉町の津村建夫(毎日放送・報道局)さんら12人だったが、いい会だった。もっと若い人も居て欲しかった。中川五郎も昨夜のハジメさんのとりとめなさは、少し気にかかったようだ。
〈八〉入りは、11時と、圧倒的に遅かった。この稼ぎ時に。手が足りないから仕方ない。海坊主、神戸の片山健さん、朝日の科学部の鍛治記者(父の〈サバンナクラブ〉のアフリカ写真を誇らしく語る)の一行、黒澤さんも同時にくる。鍛治記者は、父のアフリカ写真、漫画家の萩尾望都の写真が同時収まった来年のカレンダーをくれる。あさひちゃんも早くから来て、手伝ってくれ、あっちこっちに交ざりにいく。「奈良井情況」先週も来客あり、好進行とのレポートも齎す。コリーヌ&佐枝ちゃん、真実さんも友人同伴。真実さん八文字屋を評して「呉越同舟の店」という。彼女を取り巻く状況は、確かにそうだ。北上田毅、在田氏ともに僕は、付き合っているのだから。真実さんは、自分の勤務する学校に、伊方原発訴訟団の近藤さんを呼んで400人の聴衆の講演会をやったことがあるという。部落解放同盟の自殺した高橋昭三記者の残したフィリピンで無垢な少年を撮影したネガの一部で心惹かれる部分を昭三さんの兄が処分しょうとしているのを少し待ってとお願いし、譲り受け、実家の土蔵に入れているとのこと。彼女youtubeの山崎ハコの「白い風」などを堪能してくれる。佐枝ちゃんが「早く、ほんやら洞を閉めて、どっかでビルを借りようよ、今から
物件探しをしょうよ、コリーヌも上に住めるやつ、私は鉄筋が好き。私だったら、そんな所で素っ裸で生活するわ」手なことまでいう。そうしないと、ぼくが、苦しく成るばかりだ、と二人で力説。山根さんが「まっちゃんは、末期だ」といいに来る。M&友人が来て、朝、5:30まで営業。Mさん、旦那が、詐欺で6500万円を失ってなければ、私の退職金から、100万円やそこら、甲斐さんにカンパするつもりだった、と言ってくれる。なくなったけど、年内に、10万円カンパするわ、との事。

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2013.12/13(金)


8:00起床。今日の夕方までの動き、微妙。大家への入金不能。
雨の中、朝帰り。
いつまでも、ダラダラ、喫茶店、バーをやるのもいいが、この40年あまりの日を思うに、せめて、山田稔が多田道太郎を書いたように、北沢恒彦、中尾ハジメのことを書かないわけには、行くまい。
今日の「すかんぽ」行きの声を掛けてくれたのは、中尾だ。そして、藤田さんは、僕のようなチンピラにも目を掛けてくれたのだった。中尾、中川五郎は、藤田一良さんとの出会いで、大きな転機を迎える。中尾の言葉を信じるならば「この出会いが、ヒッピーからの普通の市民への転向を促した」ことになる。ああ、ディケンズ、バルザックの才能があったらな~。
ほんやら洞に、1:30に到着して、びっくりした。ほんやら洞の入口が、緑でふうじられている?のだ。
マミちゃん(アトリエ・マロン)さんの両親、知人が繰り出して、ほんやら洞がおでんが食えるマーケットに変貌している。小さな子供もいて、40年前のほんやら洞の餅つき大会の日の雰囲気になっていた。牧人の稲山聖修さんが、その中で、嬉しげにビールを飲みながら「カイさんの戦略が分かった、カイさんが、『ピンチ』『ピンチ!』といったら、色んなひとがわっと来るんだ」したり顔。そんなんだったらいいが、イメージと現実は、違うのだ。軽くシチューの残りをすすり、コーヒーを引っ掛け、3:30には、八文字屋まで、食物を持って行った。4:38の特急京阪で谷町6丁目3ー10の「すかんぽ」を目指す。夜は、マミちゃんらのコンパ。
すかんぽの近くの地下鉄上がり口から、5丁目の方へ20分間迷い、うろつき、5:58に到着。
三つのグループからなる錚々たる面子がそろっていた。小出裕章さん、小林さんなど(今中さんは、会場に向かっていたが腹痛で引き返した)の熊取6人衆、伊方に張り付いた近藤さんなどの伊方原発訴訟団を支えた科学者グループ、すかんぽでの藤田一良さんの飲み友達の滝沢岩雄(坂田記念ジャーナリズム振興財団事務局長)らジャーナリズム(TV、新聞)の面子、フォークリポートのグループといった構成。30人弱。きっちり10:00まで掛かった。小出さんは、「ハンナ・アーレント」を見て来たが、特別どうのこうのいう映画でない、といっていた。(森恭彦さん批評で、行こうと思っていたが、行かなくてイイかと思う)。ハジメさんは、五郎にメールを送り「日頃、歌など聴かないような人達が多いので、五郎も豪も、ギターなり、バンジョーなり持って来て歌ってくれ」との指示を予めしたようだ。しかし、喋らせると、藤田さんはユズルをどう見ていたかという疑問を持っていたとか、片桐大一さんが1940年ごろ、家に帰って来なかった時期があり、それについて何も言わなかったが、最近ユズルと喋り、父の空白は、捕まっていただけだの疑問が氷解したとか、面白いことも喋っていたが、概ね、ハジメさんもだいぶ焼きが回ったのではないかと心配を抱かせる面もあった。さむは、もう尾道の「カモメ屋」へときく。その後、2次回もあり、ハジメさんは、ゆっくりしたようだが、アドちゃんの八文字屋は、不安なので、伊方原発訴訟開始を伝える1973年の8月27日の愛媛新聞(夕刊)と1978年4月26日の松山地裁での「国の主張を認める判決」が下ったことを伝える「日刊新愛媛」新聞のコピー、藤田一良さんの追悼記事(毎日新聞、日経新聞、神戸新聞)のコピーを持って八文字屋に直でもどったのは11:30。本当は、ユックリして小出裕章さんなどと喋りたかった。中尾さんは、わいせつ裁判が始まった背景についての勉強会をやろうとか、言っていたらしいが、八文字屋ではシルヴァンらが待っていた。今日の龍大でのメインのスピーカー、「パリ・邦人医療相談室」の医師、太田博昭さんと僕をシルヴァン会わせたかったという。太田さんとは、入れ違い。不安は的中。付き出しで辛うじて、八文字屋は持っているという事が、共通認識たり得てない。黒澤さん、龍大の鈴木教授、奈良井さんはいたが、市役所の在田さんはかえっていた。京都新聞の論説委員長の山中英之さん&河村亮さんがやがて来て歓談。タカさん、北山の悲憤慷慨の美老人、なっちゃんは友人連れで、ダウンして、二人ともお泊り。毎日の鈴木さんから「モダンな茶室で行く」との着信。道出版の佐藤さんから「路地裏の京都」の買取のけんで着信。あとは、片山さんが高松の仏壇屋さん(岩佐仏喜堂)の27歳の後継者、岩佐一史さんを同伴「カイちゃんの写真展を丸亀でやろうよ」と片山さんがいう。段ちゃんも顔を出す。段ちゃんの疲れ、もう少しで、峠を越すと。3:30閉店。
石松商店、村屋にポスターを持って行って、5:30帰宅。

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2013.12/12(木)


6:30起床。扉野良人さんに取材一両日中の可否伺いメール。徳正寺をグーグルする。とても、由緒の、ある寺と今更ながら分かる。防災研の松四雄騎さんにも、夕べ、タブレットの忘れ物ありとのメール。
気がつくと、8:30。朝日の差し込む八文字屋のカウンターを撮る。
9:00に井上章子さんにTelして、徳正寺に行く。章子さん、「ついでに、カイさんに他の部屋も記録に撮って貰おう」と言ってくれる。桑原武夫さん、鶴見俊輔さん、上野博正さん、森嶋通夫夫人、六平などに所縁のある部屋、赤瀬川原平、藤森照信らが作った茶室の外部は、撮ったが、慌てたせいか、内部を撮り損なう。多田道太郎さんを偲ぶ会も多田さんの事を皆さんはボロクソに言ういい会だったのは、六平ケースと同じで、皆に慕われていた証拠てな事、加藤典洋さんの息子さんの亡くなり方などを聴く。扉野良人さんが黒川に呼ばれ、ここでも、お経を上げに行ったらしい。アウンサン・スーチーさんも、6月来日時に、警察に包囲されながら、会いたい人と会ったが、警備に閉口した等さんがぶうぶう言った話、土門拳が戦後、秋野ファミリーを撮った時、随分やらせで巨癸矢さんが、「何がリアリズムか!?」と言っていたとのエピソードも聴く。森嶋通夫夫人が、こないだも、2週間泊まっていって「北沢さん、どうして、自殺したんでしょうね」と改めて言っていたけど、、という話にもなる。僕からもウィーンの猛君には素晴らしい連れ合いがおり、イタリアの井上さんのお嬢さんに会いに行きたがっていた、という話もする。
10時過ぎに、京都新聞にカード、ポスターを持って行く。
Tel不通のまま。キヨさん、小阪さんとの連絡上手くいかず。神田さんにごめんなさい、ばかり言う。
鈴木琢磨さん、今週の「週刊新潮」のグラビアみたいな落ち葉の中の地蔵さん、撮れんかと言ってくる。寂庵?清水寺?浄瑠璃寺界隈?あれこれ考える。サロンも色々と頼まっさぁ、俺も弱っているんだ、助けてくれと。
12時20分あたりから、マミちゃん客来る。
アーニャも顔を出す。今日は、見事にキヨさんプロジェクトにスッポン噛まされた。
京大マリーンも、態度が悪いメンバーが増えた。営業空間との認識が弱いかも。
八文字屋いりは、10:00になる。姉から送られて来たジューシィなカボスを風邪予防に先着何名かにあげようとおもっているが、来る見込みなし!?
やっぱ、オイタさんが、シャケ食いにきてくれただけ。氏の来店を希い、来るものと念じて、焼きシャケをもってきていたのだった。正解。二人で、iPadからひいたyoutubeの山崎ハコ、みゆき、浅川マキなどを聴いていて、五輪真弓と黒島千佳ちゃんがにているのに、気づく。今日、キヨさんの連絡をほぼ12時間待つ。夜中になっても、何も言って来ない。客なしのヤケクソでもないが、香織ちゃんは、どこに行った!とオイタさんと口々に言い合う。「木曜日こそ、変わった女性を入れた方がいいよね」とか、ほんやら洞だけでなく、八文字屋もピンチなのを、オイタさんは、一緒になって憂えてくれる。本当に、常連が死滅した。
今晩こそ、ポスターを2,3軒持って行くぞ、と思うしかなし、と思っているところに(11:40)オイタさん来店。下鴨辺りで、挨拶回りをしていた、香織ちゃんを結局、呼び出すことになる。そこへ、冨樫が来てしまった。これで、3:30までの営業はさ避けらされず、〈ろくでなし〉〈石松商店〉〈村屋〉へのポスター行き断念。彼は、中間管理職の悲哀と、未成の哲理(?40歳まで、1000万円貯めるぞ!〈笑〉)との決意を熱く語る。香織ちゃんは、超多忙なのに、奈良井さんは、珍しく、それを理解しないようだ。いや、理解をブロックする欲望の存在に彼女も戸惑っているようす。ハッキリ言ったら、傷つけると思っているのか?22日のほんやら洞パーティにも出席出来ないのに、結局、話すこともない奈良井さんと2人になるだけでおわるのは、避けたいというのは、当たり前なのに言えない、一宿一飯の恩義があって。23日でも、超多忙で、深夜に八文字屋に来店するのが、関の山らしい。彼女は、愚痴っているのではなく、淡々と現実をのべ、予想もするだけなのに、奈良井さんともあろう人が、それを全く読めない、いや、読みたくないという欲望が、ブロックしているのか。彼女のタイト・スケジュールを理解しないで、「やれ、歓迎会だ」の「送別会だ」の言われ、いささか、戸惑っているふうで、ハッキリ言って上げた方が親切だよ、と直言した。ま、奈良井さんの意思に関係なく、奈良井邸での、お別れパーティ不成立なんだから。しかし、22,23日は、遅い時刻なら、八文字屋は、可能かも知れないので、所縁の方は、来〈八〉して欲しい、と彼女は言う。「少ない時間、わがままかも知れないが、好きな人たちといたい」のは、当たり前。奈良井邸でのパーティは必要ないと。奈良井さん、こういう風に思われているのが、わからないのだろうか。奈良井さんは、独特だ。それにしても、帰郷を覆させる存在は、出現しなかったわけだ。五郎氏、ハジメ氏の明日、すかんぽの動き、時間帯についての連絡いらず。すかんぽに聞けばいいのか。
ロサンゼルスの件、結局、流産かも。パリも、ちょっと、不穏な動き。覚悟はしている。tel料金払い込み用紙、発見できず。八文字屋、常連のほぼ完全解体。客も、僕も歳を取ってしまった、ということ。来年中に、両方、たたむべきだろう。今年の正月に、月曜社が、まつまでに本を出そうと言ってくれたのに、iPadにかまけて、身上潰したようなものだ。この2月の暇さ加減は、壊滅的。写真集や他の収入が見込めなければ、ホームレスへの道を真っしぐらに歩むことになる。
やはり、3:30をすぎて、閉店だった。

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2013.12/11(水)


起床。1HiPad。
西村に行く。ポスターを数枚渡す。
四条大橋付近で絶好の被写体あり。本来だったら、橋の上にあがり、俯瞰したカットで、行くべきなのに、それもせず、通過。写真家失格。出町で、シチュー用の買い物。パンク修理で1050円とられ、650円の残金になる。
シンドイので、帰宅後、2時間横になる。パリの西川氏、今年、フランスでシュバリエを貰った事を初公表。このタイミングに、如何なる意味が宿るのか?
PRINZは、雰囲気が、変わっていた。京大人文研のヤンさんの知人の一ノ瀬貴恵さんの個展に行ったのだが、どれがどれやら同定できず。神田稔さんとメールの応酬。マミちゃんとも。
京都新聞には行けず。6:30、HATAO来店。歓談。DM持参。
ほんやら洞でシチューを作っただけ。八文字屋に向かおうとすると、挙動不審のテイコさんが入って来て、ちょっと慌てる。初め、「ちょっと匿って!」と言っているのだと勘違いをした。よく聴くと「写真撮ってくれ!」「井上で、働くだぁー、写真、撮ってくれ」といっているのがわかったが、なにも、こんなに、唐突に言わなくとも、良さそうにと思う。「さあー、テイコさん、でるところ、帰って、帰って」と言うと、外に出て、大声を張り上げて「炭鉱節」を歌いはじめた「あんまり、煙突がぁー、高いので、、、」という具合だ、後ろをみると車の中にタカさんがいて、安心する。
古川町センター年内に取り壊しと京都新聞にある。京都で最初に製薬会社が出来た場所とか。これで、古川町に立派な薬局がなお、残っているのか、謎が解けた。舎蜜局があったのだ。
9:00八文字屋入り。毎日新聞の鈴木さんからTel。「サロンの寺を土曜日まで、人を映さないでくれ」と。行灯展を喜んでくれている草壁カゲロヲがいて、後で、2,3軒の店にポスターを持って行ってくれる。早速、「ヴォガ」の近藤和見氏が、店内にポスターを張り出し、FbにUPしてくれる。鹿さんは、次の月曜日が忘年会帰りで来るとのこと。川㟢さんは、自宅をおくさんが可愛いらしく改装したがっているとか、誰々さんとリアルわかめさんが、岡崎中学で同期かもとかいう。野坂の歌を掛けてくれる。京大防災研の面々のなかに、チャイニーズを喋るメンツがいるのを気にかける。ポストカード2つを買ってくれる。感謝。防災研の松四雄騎さんに、「乗馬をやるのですか?」と聞き、「何故分かるのですか」と聞き返される。そういう名ではないですか!というのをやめた。片山茂樹さんは、二村和幸さんという又従兄弟を同伴。奈良井さんは、香織ちゃんが泊まっているらしく、そそくさと帰る。
スカパー!の加藤さんより、メール。放映は、1月か2月、謝礼は、追って、また、と。
2:30閉店。

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2013.12/10(火)


何という一日になるか?
ポスターA3版がくるのに、代金700円不足。銀行等、一切ゼロ。金がなくとも、1円や2円はあるもだが、全くなしは、30年ぶり。借金はもちろんかなりある。30年前は借金は、ゼロだった。これで、年金もなければ、国民健康保険にもはいってない。
7:30にめざめ,寝直し、能天気な夢。
置き屋?になぜかいて、そこに新入りのスガナミユーコという妙齢の客を取れそうもない知人がきた。彼女は、産褥熱を口実に客を取らず、いつしか出て行った。部屋には、5万5千円残されていた。それで、僕がポスター代、家賃の一部が払えて、ニッコリ、てな話。
10:30起床。700円を早くゲットせねば。なんという貧乏暮らし。
午前中、1H、月曜社用の原稿。
深泥池辺りに美しい虹が掛かっており、デジカメでは、イマイチと思いつつ撮影。
昼、本郷さんに1000円借りたところに、クロネコヤマト、ポスター配達。
富樫が、蜜がいっぱいの誰々さんのりんご、実家から送られて来たと3個持参。そこに鳥の煮込み朝鮮風という名物メニュー注文の美女来店するも、夕べ、鹿さんが、団体同伴と思い込み、唐揚げに使って終い、ストックなし。残念ながら退散。で、富樫にポストカードを買って貰い、いざという(!?笑)時のために鳥肉を買いに走る。そして、本郷さんに、即返金。
ロジェ・ワリッヒさん、テッド・タイラーさんと来て、店内を撮影。
咲希ちゃんがいるので、ノンビリ〈八〉入り。彼女に、アバンギルドにポスターを持って行ってもらい、回覧板もコスモスへ持って行ってもらい、上がって貰おうと思っていたが、オイタさんに会ってからということになり、彼女、ズルズルと12時までいる。
オイタさんは、9:30来〈八〉。娘さんとマミちゃんが知り合いということでとまどっている。改名話も。
純二、鹿さん、奈良井さん、山田拓宏さん&友人、渡辺琢ちゃんは、久しぶり(2度来る)。二度目に、カードを勧めたが、NOと言う。しっかり者のところは不変。富士谷さん、実に、久しぶり。同棲後初?彼女は、28歳下。ポストカードを買ってくれる。感謝。1時に誰もいなくなる。横になっていると、4時前に羽衣大学の民さんが、宮川町のママを連れて来て、5:30まで。しきりに、大学の後輩、日沖桜皮の事を語る。ママ、「今井」のミキちゃんの知人。26年前、来〈八〉。元「輪違屋」の太夫さん。元亭主、マッキントッシュさんは、僕のジュネーブ展の開催中に、やはり、ジュネーブで、芸者ショーを企画していて、半年前に来〈八〉。彼は、イギリス人で「猫町さがし」を10年前買い、彼女にプレゼントした事があるとか。

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2013.12/9(月)


まっすぐ家に戻り、素晴らしいサロンとしての寺、徳正寺について思いを巡らせつつ眠る。仏間以外に足をふみいれたのは、初めて。河田孝郎、川勝英十津らは、どの部屋で練習したのか。
出来たら、毎日の連載に使いたい。アウトかな?
中川六平の周辺に、あれだけの綺羅星のような人物群に囲まれ、いつかこの人達と仕事しよう、したい、まだまだ自分の力量不足だ、と中川六平は、思っていただろう事は想像に難くない。が、そういう指摘が皆無だったのは、六平にもやや友達に恵まれない不幸な面もあったのだろう。忸怩たる思いが、あったに違いない。
そんな事も思いつつ、この側面は、「ほんやら洞・断章」で僕なりに少し触れるつもり。
1:30ポスター、到着。10600円。姉から、底鶴の米、マシなはずの焼き米も。
変なメシ?を食いたくなった。小中学校の時、ちょくちょく喰ったやつ。100円ショップでサッポロ一番(4個105円)を買って来て、インスタントラーメンひとつ作り、冷飯を食う。めしの上に、適当に麺をのせ、食いつつ、何時の間にか、汁もかける、というやり方。これ、昼飯。ウニ味の振りかけを、さらに、その上にかけた。
ほんやら洞の売上、殆どなし。八文字屋は、さらに、ひどい。鹿さんが、忘年会の流れを連れて来ると予告していたが、なし。団体がくるので、多く仕込んだが、仕込みにかかった経費にも、満たない売上、2600円。いくらなんでも、これは、ひどい。潰れるしかない。しかも、深夜、残すのはもったいないので、独りでモグモグやる。不健康の素。
〈ほ〉〈八〉にお客が来なくて、来るようにする努力に時間を取れないのなら、やはり、止めて、写真、書物に専念するしかない。ちょっと決断が遅すぎたが。
鹿さんとスイス人が女の子を連れてきただけ。
明日、ポスター代4960円支払うのに、通帳の金を集めても、700円、不足。今日、ポスターをFbにUPして、40人以上の方が、見てくれ、中には、シェアしてくれる方も。
僕は、逃げて回っている場合では、ないのだ。つげ義春の幻の「ゲンセン館の主人」などをアレンジした幻のラジオ番組をyoutubeで、みる?聞く。白石加代子ら出演の「つげかいどう よしはる、、」。
サッちゃんは、パリのNの仕事1:30までやる。パリのグザウィェとコンタクトつく。1月、泊めて貰える、と。伴清一郎さん、近々、来店。大福氏も、嫁&娘を連れて来るとか。読売の森さんの「ハンナ・アーレント」評よむ。F1の現場作業員の900日を追った、ドキュメンタリーをFbで見る。キワちゃんと、メールのやり取り。
雨の中(雷雨轟く)吉田。4:30就寝。

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2013.12/8(日)


鯉揚げ行き、止める。
かなりの疲労。もう一日、十数時間、店に立つのは無理。原稿に向かう事不能。
1:00に徳正寺に連絡し忘れていたのに気づき、Tel。
遅れたので、気後れして、暫し、ウロウロして、喋りたかった小沢信夫さんと喋り損なう。これは、少し残念。小沢さんも、だいぶ、お年を召されているようで、ずっと付き合わせるのは、少し気の毒な感じした。昔の人は、辛抱つよい。吉川勇一さんの六平の葬儀がそうだった。
北沢街子ちゃんもいた。今、話題の映画「佐藤泰志」の著作も出版しているクレインの文弘樹氏からは、加藤典洋さんが最近、交通事故で息子さんをなくしたときく。篠沢純太に物書きとしての手ほどきを受けたという萩原魚雷さんは、2度目で、隣にいて気づかなかった。「ベトナム通信」の編集をやっていたカビ博士の浜田信夫はちゃんと本の宣伝をした。六平より前から岩国に住んでいた大阪の男ははじめて。「ホビット」に関わって以来ずっと岩国に住む富田裕明氏らと喋れただけで良かった。マサホの息子君で、奄美大島で弁護士をしている鈴木穂人さんにも会えただけでも収穫だった。マサホの娘、ナナちゃんは、岩瀬成子さんの本からとったとは、はじめてきく。69年ごろ、寺田勇文といつも一緒だった、三菱重工の重役の娘、藤井さんは45年ぶりだが、変わってなかった。キリスト、坪内祐三はいなかった。徳正寺の仏間以外の部屋、間取りも見れて、興味深かった。(当時、京都ベ平連には、三菱重工のエライさんの子女子息くが二人いた)。かえりしなに、六平のお姉さんから「カイさん、ブログを読んでいるよ!」と声をかけられたのは、意外だったし、嬉しかった。
7:40に〈八〉に戻って来る。昔の仲間との中途半端な付き合いは避けがたい。気を付けないと、世間をますます狭くする。生活の仕方を、今更ながら、抜本的に変えていこうと決意する事になる。時代遅れに気付くのが10年遅い。富田裕明さんを除いて、もうホビットのグループとの付き合いもなくなるだろう。今日のボヤキツィッターかFbを扉野良人さんが、見たようだ。彼はエライ。
こっちが、皆と付き合っていくどころでないと、皆に分かってくれ、いうのも可笑しな話だし、そんな事はいわないし、こっちも、このグループに生産的なもの物を求めはしない。そもそもアテになんかしていない。
〈八〉超ひま。来店者とのやり取りのメモ。「檸檬」入りが減ったカゲロヲには、行灯写真展に出している事を告げる。仏壇屋、片山茂樹は、やれ、「山折哲雄を連れて来る」だの「古屋和子の活動を仕切っている」だの相変わらずの大風呂敷。可愛いといえば、可愛い程度。ま、飲み屋の客に相応しい話題提供の有難い客と評価すべきべきか。いや、商売人の鏡か?カウンター内にいる人間として、人間が出来てないので、いつも、いつも、その手をきくのはね。やはり同類項(失礼!)の自意識肥大の大福直人さん、来店を予想してなかった富田裕明さんは岩国仲間と。大福氏が「八文字屋に行こう」と徳正寺で誘ったらしいが、マサホが「あそこは、汚いからイヤ!」といったとか、報告。八文字屋では、マサホは、自分の存在が霞むから、イヤなだけだろう。本来、「八文字屋は、大変だ!行ってやろうよ」くらいの一声がでても、しかるべき。六平を偲ぶ会の何次会目として。あいつは、「吉田の森」の杮落しに写真展をやってくれというので、じゃ、その代わりに、、、、との約束も破った男だ。以来、その程度とふんでいる。後は、スイス人グループがきただけで終わりの寂しい夜。スイスの行灯写真展にも登場の男、ポストカード、One setを買ってくれる。明日、帰国。音を切っている時に一人覗いてかえる。最近、奈良井さんは、浅利ちゃんの日を外すようになった。ま、自分の恋愛に正面から、向き合うようになったという慶事か?
東亮さんと、Fbコンタクト。サッちゃんが、シェアした富山の海岸線の、ブルーワールド、機会があれば、見たい。山田カズタカ君にも、聞いてみる。
2:30閉店。

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2013.12/7(土)


気が付いたら、8時。
キヨさんが12日か13日の午前中に、ほんやら洞に来る由。YACCCのアートディレクター同伴。
12:30まで八文字屋にいる。
「夢の抜け口」の読者、横浜から、偶然、来店。
昨日から、広沢の池で、「鯉揚げ」が始まったようだ。
Ryotaroが、夕べの画像アップ。凄い、おじいちゃんやねえ!
ほんやら洞は、ノンビリ営業。全うくてないが、いい感じの、午後かな?
毎日新聞の、掲載紙、一週間飛ばしで、届く。南禅寺の紅葉。バッキー・井上さんは、スタンドについて喋っているのを、なぜ、鈴木さんは伝えてくれなかったんだ、と不平を、また、かこっていた。
15年ぶりの筑波大の物理の先生来店後、8:00八文字屋オープンと、Fbに記して、八文字屋へ急行。
八文字屋、8:00オープンするも、9:30になっても、誰も姿を現さず。サッちゃんは、帰郷中止して、パリのN氏のために、スタンバイするも、いっこうに原稿がとどかず、一日、棒にふったと不満をかこつ。N氏は、常習犯だが、自分のイベントで、自分が書けば、済むことなのに、そうならない裏事情があるのか?10:00前に、やっと京大防災研の牧紀男先生、6人を引き連れてくる。大阪工大の脇田先生、建築家の魚谷繁礼さんなどかっての京大建築の布野修司研究室の面々が共に「八文字屋、ピンチ!」とばかりに飛んで来てくれたのだった。現役の学生も2,3いた。牧さんは、25年前には、菖蒲美奈子さんらのバイト時代の八文字屋を舞台に恋愛を繰り広げていた。脇田さんんも、ハウス・オブ・ローゼの店長さん、中島さん(甑島出身)にぞっこんであったという過去もあつた。その頃の八文字屋は、まさに全盛期だった。牧紀男先生がの「なんや、ほんとに全然、客が、いないやんか!?」の大声が10分ほど何度も店内に響き渡っているところ、人文研のヤン先生が、7人引き連れて来たところで、僕は少しばかりホッとする。牧さんも「カイさんが、ウィーンに行っている時、ルパンって人、初めてみたが、入っていて、カウンターはいっぱいだったのに!」との行く末への不安表出ばかりで、僕としては、「うるさいな、コイツ」と思いつつ、牧さんの心配に感謝するしかない、この現実が一ヶ月以上続いている紛れもない事実に、毎土曜日、狼狽え続けていたのだった。でも、牧さんのセックス談議、あいかわらず、レベルが低い。彼のほたえを若い連中が、黙って聞いているのだ。これが、45歳位の国立大学の理系教員としては、捌けた口かと思うと、少し、情けない。京大建築も、まだまだだ。
京大人文研のヤンさんは、例によって多彩友人同伴。学芸員あり、八瀬童子の研究家あり、東京学芸大時代に国分寺ほんやら洞客あり、刑務所の警務官(奈良国博の原真莉子さんの従姉妹)ありの、洋画家ありの、だった。
平生のメンツは、奈良井さん、山根さんのみで、しかも早々に退散。白藤華子さんがビールなどの面白いドリンクをお土産に来店。あれこれ、ライデンのシーボルトハウス展について気づかってくれる。そこに山上君が来て、彼女にオランダについて質問攻め。共に、ポストカードをかってくれる。
九州の姉が、米、レモン、前よりマシな焼米を送ったとTel。ほんやら洞のTelストップを心配。
2:30閉店。

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2013.12/6(金)


7:00に起きるが、今日も辛い。
龍大行き、取りやめ。ゆっくりする。
出町ふたばの前でアーニャ&和義くんに遭遇。シャッターを切る。
京大キャンパス内で、富山一郎さんにも出くわす。じつは、町内は、一緒なのだ。
八文字屋がこれくらい暇と云うことは、皆も、苦しいのだろう。八文字屋は、もっと掃除せねば。
ネルソン・マンデラが亡くなった。95歳。
佐藤信の〈追悼〉がいい。

小さな草が芽をふいた
それからそっと花をつけた
たぶんそいつは遠い朝
それがぼくらの〈うた〉だった

さすが、佐藤信。(Fb上)
毎日の鈴木さんが、何故か、原稿に下手な手入れたがる。がらっぱち風に。今日は、法然院の梶田さんにも、失礼になるので、NOと言う。
客の入り、さんざんな日続く。両店とも。ほんやら洞は、3:00までだったけど、マミちゃんに任せっぱなし。電気つけたまま帰っていた。CDも鳴りっぱなし。多分、誰か入って見たであろう。
八文字屋入りは、9:30。アドちゃん。鹿さん&友人、オイタさんが居た。一見さんが2人来て、直ぐ帰る。井上章一さんが、久しぶりに顔をだす。3月4日マロニエのオープニングパーティに出席とのこと。キヨさん&ダグラス、井田照一の弟子のダラスさんが来てゆっくりする。キヨさん&ダグラスともに疲れている。ダグラスが、AKPの一期生(1972年秋)という。Jacccのディレクターが来ても、話は纏まらないかも。段ちゃんは、「今日は、さんざんな日だった。ドサクサ紛れにとんでもない法案が、一気に通過するわ、職場では、膝がガタガタ震えるような事もあった」と言う。本日23時23分「秘密保護法」可決。12時に誰もいなくなって、暫くして、Ryotaroが来る。来年、中川五郎にURラジオに出てもらうので、ゲスト出演しろという。3:00まで歓談。ベンチにダウン。

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2013.12/5(木)


7:00起き。金作に走るべきか、原稿か、まず、考える。あまり、他人に迷惑を掛けず、大家そのものと向き合い、ガチンコになってもいいじゃないか、つぶれたら、次の人生?があるとしよう。借りても、いつも、10日間位で返済し、かなりの利子的サービスが必要となる。金を使わない生活を心がけ、客がこなくなるようでは、意味ないが、走り回っている時間があれば、店を掃除すれば、いいのだが、そうすると、「道草写真」がとれなくなる。
結局、目当てのNさんよりの入金なし。先方は、昨日か一昨日には持参するつもりと口にこそすれど、確約でなかったので、仕方ない。今日も明日もコソコソした生活を送れば、済むことだ。誰も殺しにはこない。
毎日新聞用の法然院の原稿を送る。後で、毎日の山田さんより、今週の南禅寺の山門の高さについての記述の間違いの指摘ある。当方、頓着なし。それじゃ、アカンのも分かる。肝に銘記すべし。
「楼門」と記したのは、正確には、三門ではないのか?「楼門」を「さんもん」と読ませるのか?との問い合わせもある。読ませてもいいと、いい加減な事を言ったろうか、一瞬アホな想念もよぎるが、口外せず、白川静の本を引っ張りだす。で、楼門でいいじゃないか、と腹をくくる。
月曜社の神林豊さんからもメール。
「年内、原稿、見れない。でも、じゃんじゃん書いてくれ!1月20日すぎ、パリから戻ったら、会おう。写真は、どうしたらいいものか、今のところ、処置なし。」
写真は、やはり、自分でやるしかなかろう。多分、他人には、手に負えないとこがある。当たり前。最初から、それは分かっている。困難を乗り越えるのかと思っていたけど、やはり、無理だったようだ。よほど、僕の生活、書き物とからめたのが好きとかいう「酔狂」な編集者以外には、任せられないだろう。早く、そういう作業にとっかかりたい。でも、良い、動き始める。
午前中は、無心失敗にややガッカリして、八文字屋で作業。もっと金に繋がる事に精をださねば。
台湾の新聞記事コピーを送ってくれたHSIEN HSUさんから、届いたかのかとの問い合わせあり。礼を言い忘れていて、恥ずかしい。
HATAOの作品展を妖精村で見て、ほんやら洞へ急ぐ。梨の木通りの向こうから
「カイさァーン!」
という声が聴こえた。アイリーン(美緒子・スミス)だった。久しぶりだが、立ち止まらず、離合。
足りないが、郵貯から家の家賃少し入れる。残金、1円。Bankの残金9円。所持金629円。そんなもんだ。借金はいくらでもある。
4人の客あり。Netに、防衛医大の研究で、放射能から、身を守るには、ビタミンCを取ればいいというのがある。数年前に、イギリスで評価されたのに、日本でうけいれらてない、と。
秘密保護法案、参議院通過、との事。
4:00に眠くなる。仕方ない。京大マリーン&スノの一部がきたが、低調。騒ぎ方は小学生並み。
さっちゃんが来たので、食べるつもりはなかったがスパゲッティを作り、供す。 八文字屋オープンは、9:30。アントナン・アルトー研究の海老坂武さんの学生で陰気な田中君がトップ。大日本印刷の菅原さんは、8時に来て、10:00に再来。ついで、永澄&杉村昌昭さん、稲村さん(不明?)来店。杉村さんは、パリにこの男を連れて行って「パリ大全」の読むように、街を歩いて来たとかパリでの懸念を(僕とNとの齟齬を)伝えに来た。プリント代を安くしろ、Nは頑張っているスポンサーとの関係、俺には、喋ったが大変なんだ。ようやっている、と。Nとの間でのプリント価格の問題はクリアしているのを伝える。永澄氏は、永澄氏の話があるというが、杉村さんに食われる。「竹内好の娘(田村)さんが連載中の毎日新聞を見て、ほんやら洞、八文字屋の存在を知り、誰もこれまで教えてくれなかったが、行きたい、1月に、そう伝えてくれ」との伝言。そうくると、杉村さんが、「竹内なら俺だ」という話に、当然のごとく、転じる。隣の男は、「俺は、京都美術文化賞の授賞式にもいのや!カイは、有名になって、店からぬけているのは、けしからん」とほたえ、それを制しつつ、杉さんは、丸川哲史は、雑誌「インパクション」初期、「ダメ連時代」から、杉村さんファンだという話にする。丸川に竹内好論があるとか。(要するに、自分の支配下だと)永澄は、丸川なら僕は何回あったというスタンスをとり、田村さんは、高橋サッちゃんの友達だ、と防戦。しかし、これも、杉さんの高橋幸子は俺の友達だ!という話に変貌。これらの痴話をじっと聴いて混じりたそうにしている田中君を杉村さんに引き合わせる。それでぼくは抜けられる。背後から「八文字屋には、こんな優秀な若者がいるんだ!」という声が聴こえてくる。彼らには、門限があるからいい、彼らはすぐに帰り、冨樫だけで、3時間。3時閉店。

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2013.12/4(水)


iPad取りに八文字屋へ。
案の定、暖房はつきっぱなし、電気も。慌てて、出勤したのだろう。
ケチな話、この厳しい時期に、いつも全く使用しない暖房を二つ使ったのは、ちょっと痛い。気張って、稼がなければ、と思いつつ、今日もコソコソした気分で、1:45に八文字屋を出て、仕事に向かう。
原稿は、ほんやら洞に戻ってから。梨の木通りの落葉を踏みしめ、踏みしめ、店へ。35年前に、自分の祖父は油屋の分限者で、大正時代の成金騒動期には、祇園でおさつに火を付けて遊んでいた事などを京極小学校の110周年記念のタイムカプセル委員会の打ち上げの席で、聴いた時は、意気軒高だったミクルマヤさん(今西さん)とすれ違ったが、終始、俯き加減だった。体調がすぐれないのかもしれない。僕も今晩、西村さんが、持ってきてくれたらな~、と思いつつ、重い足取りで、ほんやら洞へ向か。吉田の大家へ一万円のみ入れる。
原稿に何時間、時間を割けるのか、毎日、そんな事ばかり考えている。
講殿さん、ポストカード買い上げ。1月から、古川町で店を出すとの事。20坪、鉄筋3階立て、家賃20万、敷金、礼金ともに25万円との事。どういった店舗展開をするか、楽しみだ。
今日もほとんど仕事にならず。ミセラに改名したアキレから友達リクエスト。嵐山在住。
さっちゃんが来て、スパゲッティ。さっちゃん、おニューのコンピュータのソフトを入手して、ご満悦。原稿は、少しだけ。年末は、覚悟が必要。身軽なら、どうにでもなるのだが。八文字屋は、9:00入り。
川㟢さんは、チーちゃんのいない御殿荘で、忘年会の後、友人連れで、ヘディングへ。
八文字屋は、龍大の鈴木先生、奈良井さんが、チーちゃんに走らされる。「2014年ハッピーニューイヤーメガネ」?を掛けて記念撮影(チーちゃん、このメガネを2000年から買っている、とのこと)。鹿さんもくつろぎ、12月11日は、忘年会の後にくるとか表明。中村勝さんも、3年ぶりに会った堀野さんを同伴。パリのNから「仕事をやらないか?」メールが来たというおっちゃんも、ちょい寄り。奈良井さんは、インフルエンザ注射不調で、早々に退散。深夜、段ちゃん、来店。「最近、どんな本を読んでいる?」こんな質問をするのは段ちゃんのみ。冨樫はどんな本があるか、教えろというタイプ。そして、僕が、冨樫の関心にそって、ぼくが興味をもつ著作について喋ると、次の次にあった時ぐらいに、彼は何食わぬ顔をして、その本から得た知識をさもずっと前から保持していたかの如く、ぼくに披瀝するから面白い。最近は、少し自意識が肥大して、自分は、アメリカ滞在経験が8年あり、アメリカ人の考え方はよく理解しており、自分に比べたら、他の日本人は、アメリカ人の国民性を理解せず、アホな事をいっている、俺は暫く北京にすんでおり、中国人にリスペクトされてきた。で、アメリカと北京を合わせ鏡にして、物事を考えられる。北京でチベットの写真展もやり、チベット、北京、アメリカの西海岸の友人を相対化して喋れる。クライスラーの次期社長は、俺のことを「トガちゃんでなく、トガシさんと呼ぶんだ」等々。
そんな話を今日も蜿蜿と聞かされる。最近は、パトリオティズムもやや進行気味か?羽黒山は、高野山より古くて凄いし、奥深いのだと郷土自慢も加わる。その理由は「山形は、チベットに近い、住んでいる人の気質が」であったり、「俺は何もかも分かっている」だったりする。だから、こんな凄い俺を県人会はバックアップしなければ、しないかな~」と、酔いも進むと飛躍する。ここから、さらに、訳の分からない話まで、ぐんぐん突き進んで行く。「日本人は、そんなに馬鹿でないのではないか、自民党も馬鹿でないのでは、すばらしいのでは!?いや、素晴らしい、日本人は凄いぞ!」と。あと一歩で、笑えない、僕も凍ってしまいそうな話題になる直前に「トガちゃん、終わろう、俺は、明日、早いんだ」と声を掛ける。これからは、彼らの時代らしい。
3:00ダウン。

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2013.12/3(火)


8:00に目を覚ますが、2時間フトンに入ったままでいる。
風呂に入り、まず、ほんやら洞へ行き、家の家賃、1.5万円のみ入れる。〈八〉へも〈ほ〉へも家賃払えず。外は、素晴らしい陽気、これに誘いだされないようでは、写真家では、ない。ブレッソンからパリの秋口の光を表現する言葉を習い覚えた木村伊兵衛なら「このルミエールがイイ」と言っただろう。とても素晴らしい日差し。ちょうど丸太町通り橋の上を行く保育園児の集団に遭遇。思い思いに、いや、テンデバラな動きのシルエット、フィルムカメラ持参なら食い下がるのだが、諦める。午前中のほのかな陰影、これは、やはり、モノクロで撮りたいが、フィルムなし。辛うじて、3本買えるじゃり銭はあるが、この3日間、カメラを持てず。この素晴らしい光景の数々を撮り損なった。いつも、フィルムはないとヤバイ!何日携行しない日が続くという貧乏生活。
行灯写真展をさっと流して、西村さんに挨拶をして、八文字屋へ。ほんやら洞には、攻勢があるかも、と思いつつ戻る。河村亮さんにメール。行灯写真展と中川五郎わいせつ裁判有罪判決33周年記念LIVEについて。
ロベルト・ユンクの子ども、ペータース・ユンクを駒場、広島市立大学平和研究所などが呼ぶらしく、その打ち合わせをしているのに、80年1月31日京都集会の話が出て、口を挟み、僕がユンクにプレゼントしたプリントを実行委員会の方が持っているのを発見。写っているメンバーの名を教える。
咲希ちゃん、東京行きのため、8:15に八文字屋に入る。
オイタさんが「カイさんに釣られた」と来店。川井遊木さん企画のサンスンの展示(Dividing Line _ Connecting Line〈分かつ--つなぐ線〉)の会場は、オイタさんの小学校の通学路の途上にあると感慨?深げ。昼間、法然院の盛り土を巡って、2,3の応答をした鈴木琢磨さん「風花」からTel。「一番の別嬪や」と言って女性とかわる。3度目とか、「代われ!」といわれて、ぼくと喋ったのが。日向太の塾の教え子の姉ということ。全く、もう!鈴木さん、ったら、という感、否めない。で、昼間の仕事の件はどうなったの?聞くと「待ってよ、俺も辛いんだから、色々あって、明日、Telする」ときた。
八文字屋、今日も低調。鹿さん、時間をおいて、江口久美さん、彼女を追っかける形でバンソン、奈良井さん、彼と入れ違いで、ドゥニ登場で、奈良井さんを一瞬呼び戻す。ドゥニ、ポストカード買い上げ(母へのお土産)。
12時に誰も居なくなった所で、原稿、と思っていると、久しぶりのなっちゃんが「京都が遠くなった」と言いつつ、任天堂のN君と登場。N君が喋っている間、ずっとうつ伏せ。二人で消えたとおもったら、10分後、舞い戻る。Nの魂胆を察しての事。戻ると、繁田君の状況、仕事の事を喋り出す。バンソンからも帰国通知のメールあり、と。そこへ、先日、ほったらかしでかえったR・Nさん、登場。ひとしきり自分の活動についてしゃべる。先日、50歳くらいの弓井さんと勘違いした女性だが、親しげに喋るとこ、骨格、舌足らずなとこ、やはり、にている。25歳という。「高瀬川に花を生けたいだけ」、出町の森本荘にすんでいるとか。3:30になり、彼女は、なっちゃんを自分のアパートに泊めてもいいと言うが、なっちゃん、ダウン。なっちゃんに「暖房、電気を切って、出てね」と言って、吉田に急ぐ。iPadを忘れたのを思い出すが、取りに戻るわけはいかない。
吉田では、日向太が、友人と泊まっていたので、下の蒲団の無い部屋で眠る。

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2013.12/2(月)


Fb上でのボヤキを尾崎全記さんが、心配してメールを送ってくれる。有難い話。
昼、早速、トガちゃん、ガールフレンドと親との新年の過ごし方などを語りに、来店(苦笑)。カレーの研究をして新メニューを店で出すとか、次のKG+に何を出そうかな?とか、今度、初めてボーナスが出るとか、呟いて帰る。風呂に入りたくて、東に向かう。夕暮れ前、東の、家々、山際がピンクに染まる。おもわず、シャッターを切る。家に帰って、横になっていたら、7:00まで寝てしまう。ヤバイ!2時間原稿書きのつもりだった。西村さんが八文字屋へ、今晩行くとTelあるも、来店なし。
宮沢章夫さん、佐藤信さんの名出てきて、友達申請する。OK。萩原朔美さん、田川律さんも。ガラシヤの友人(比佐水音さん、田中直子さんとも来八経験あり)からも来た。
明日、誰かに借金しなければ、ヤバイ。
パリの西川氏、「是非、写真集を作って、パリへ来てくれと言うが、金がないし、時間もない」。12月6日の龍谷大行きどころではない。そんな時間があったら、月曜社の原稿をやろう。12月8日徳正寺も同様だが、これには行かねば。13日は、スカンポだ。14日の中川五郎のライブ(藤田一良主任弁護士を偲ぶ会)は、ほんやら洞だ。
〈八〉超暇。鹿さん、川井遊木さん、元西武の画商部の森井さん、バンソン、ドゥニ、アドちゃん、千佳ちゃんのみ。遊木さんは、べ・サンスン&マイケル・ウィッテルの二人展@瑞雲庵(上賀茂南大路町62-1)のプライヤー持参。ドゥニは、行灯展、自分が出ているのを目敏く、探し出し、写メールで、アドちゃんに送ったのを見せる。山田拓宏さんから、ポストカードは、「京都、京都してないので、うれないのではないか」と売る前から、感想を書き連ねたメールあり。意地でも、売ってやる。「京都、京都」風をはなから狙っていない。

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2013.12/1(日)


3:30、吉田の家着。
午前中は、家で、原稿書き。
午後、たらたらと喫茶店に相応しい良い客が25名ほど、4時間で入る。とても良い感じ。好ましい感じをお客さんも共有していた。
でも、これだけでは、家賃、水光熱を出すのがやっと。仕込み代はおろか、人件費なんて全く出ない。
持ち家だったら、老後の仕事としては、最適。人生、そんなに甘くない、ってこと。
ゲンちゃんが、長野のリンゴをくれる。テイコさんが、注文をせず、長時間、持ち込みのミカンをモグモグやり、大声で、何やらほたえて帰っていった。大丈夫か?
7時前にやっと、ポストカード到着。色校、やるべきだったか?沈んだ色にしょうとは、思っていたのだが。ポストカード到着を待ち侘びていたサッちゃんと、まず、26セット作る。
八文字屋、浅利ちゃんは休みなので、慌てて行く。バンソン来店するも、浅利無しにガッカリしてかえる。奈良井さん、アイウエオ、不明客2人とも、11時には居なくなる。
12:00前に、佐枝ちゃんと申芳礼さん&絵描きの旦那さん、ダンスパーティ帰りに来る。真打ちは、例によって、冨樫。3:00に終わろう、と言って、終える。彼、明後日、彼女と大徳寺に精進料理を食いに行く事、ボーナスが出るかもしれない事が、嬉しくて堪らない様子。

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