ほんやら洞・甲斐扶佐義 HONYARADO/KAI FUSAYOSHI's Web Site

 
カイ日乗 10月

2014.10/31(金)


6:30八文字屋で起床。
変な夢をみていた。
今晩、僕の結婚式やのに、寝過ごして、最終の新幹線で式場に行くことができなくなっても、父母は、平然と寝ているという荒唐無稽な夢。ぼくは、嫁の親族に呆れられるよ、と言うが、二人は、平然と寝ている。
僕抜きで式が挙行されるのに、1歳年長の兄だけが出ている。僕は、ずっと京都(大分?)の家でボヤく。が、あれこれ考えているうちに、新居はどこだ?とか思いを巡らせて行く内に、家などなく、現実でない、これは、夢だと分かっていく。相手は、新城市のHWさんだった。
8:00まで八文字屋でウダウダする。
ほんやら洞、10:00オープン。
御所の一般公開の客、AKP客、ロンリープラネットを見て来た立命館大のリヨン出身の教師と双子ちゃん。いいだももさんの孫の朔君、稲山さんの他は大半は、外国人だった。その中で、今年、初AKP客の来店もあり、ウィリアム・ジョンストンさんに、コネティカットのウェズリアン大学で教わったというネパール出身のSadichchha Adhikari(サディチァ・アディカリ)さん、Annelise Giseburtさん、Karen Hrddlestenさん等が来て、和み、散々写真集を見て、ポストカード、写真集も買ってくれる。
6:30三条の土下座前でレオ、サッちゃんと待ち合わせていたので、6:00に閉店する。久しぶりに「伏見」にレオ、サッちゃんと行く。後で、バンソン&アドちゃんも来る。
八文字屋に戻って氷を買いに行っている間に、朔君が父と祖母(いいだもも夫人、玲子さん)を連れて来てくれる。ももさん周辺の人々について2,3時間歓談。バンソン、アドちゃんも直ぐに来る。増田さん、稲山さん、枚方の後藤嗣人君が次男坊の啓太君を同伴。オイタさん、鹿さん、随分久しぶりの朝日ちゃん、読売の森重さんも来店。さらに深夜には、角川英治さんと、小川優さんがくる。
稲山さん、河上徹太郎は叔父さんと初発言。鹿さん、母見舞いで戻っているミナコさんに会った由。
「ミナコさんは、独立心旺盛、扶養家族に入らんでもいいと言う」そうだ。
閉店は、3:30。

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2014.10/30(木)


10:00オープンも空しい。
昼、大沢眞一郎さんの教え子来店。30年前に上賀茂に住んでいたらしい。大沢眞一郎さんの墓は何処にあるか知らないか?と聴かれる。
昼は今日は寂しい。前に「インドちょっと見ただけ」を買って行った耳が悪くて補聴器を付けた活動家風学者?が来て、日本の状況を憂えて、ずっと状況分析を独りごととして、披瀝すること1時間。5分おきに、甲斐さんは、どうおもわれますか?と相槌をもとめてくる。
その最中に、福岡電通の和泉宏さんが奥さんとともに、来でほっとする。この男性は、唐津出身と判明。
「レッツクリエーション」の河野さんから、明日の入金の確認のTelあり。攻防戦を楽々と切り抜けたいが、なかなかそうた易いものではない。あれこれ、頭を巡らせる。売り上げを伸ばすだけで何とか成ればいいのだが、困難。
京大マリーンの新部長の増野くんが、自分が部長に成ったと挨拶に来る。マリーンのハロウィーンの仮装を撮らされる。
あまりにも暇なのに、耐えかねて、サッちゃんにSOSを発信。そして、次のようなことをFB上に、先日についで、今日も記する。

”来年、八文字屋は、順調に行けば、満30周年を迎える。
それに向けて、記念本を2,3考えていた。
それも、自費出版として。
が、どうも順調に30年を迎えられそうもない。今、八文字屋は、何度目かの追いたての催促を食らっている。
自費出版どころではない。明日まで纏まった金を入れなければ、直ちに出ていけと言われている。また、11月の終わりにもしかるべき金額を、と。ほとんど絶対絶命のピンチだ。でも、自費出版を諦めてない。
Fbに少々かまけ過ぎていた。ほんやら洞が立ち直るように、力点をコッチに掛けていた。八文字屋がほんやら洞を支えていたのに、八文字屋の大家さんのことをちょっと蔑ろにしすぎて、ピンチを迎えている。海外展にもかまけすぎた。反省しきりだ。
書下ろしも早く済ませれば良いものを、毎日新聞連載本が単行本になれば、しのぎになるので、それからで良いとたかを括っていた。その淡い期待も毎日新聞に任せきりの中で、泡と消えそうだ。連載が終わって半年になっても、一向に音沙汰がない。問い合わせると、出すと言っていた某出版社の担当者は、その会社をやめたという。
一から仕切り直しをするのはきつい状況の中の追いたてだ。奥の手を使いたいが、そんなものはない。30年店を経営する大方は、その手があるが、僕には、ない。
書下ろしにも全力をあげているが、何せ、二つの店を掛け持ちにしながらでは、スイスイとは行かない。自慢にならないが、一日数時間酔っているのだ。そうも言っておれず、一ヶ月内にやりきるのだが、これ、一本では、ラチがあかない。
30周年記念本作るどころではない。でも、何としても乗り越えたい。出版社の協力が必要だ。
そこで衆知を集めたい。今後の見通し、方針を打ち出す集まりを持つ。楽観は赦さない。
毎日、どちらの店も3万円の売り上げがあればいいのに、それがないのだ。
ベストは尽くす。店がなくなっても本は残すつもり。その方針の元での皆の忌憚ない意見をききたい。
11月22日は、その会議。去年の応援団は、様々な理由から流産したが、今回は、応援団ではない。「八文字屋30周年記念本」編集会議だ。八文字屋がなくなっても(なくならないようにベストは尽くす)12月までやれば、約30年やったことになる。継続の如何に関わりなく、30年本をは作る。既に何人かに相談している。反面、この会議では、12月28日の餅つき大会の有無を発表する。その日に、12月で八文字屋を閉店するか否かも発表する。
高い家賃を支払ってお店の経営を続けるのは、至難の業だ。
店を守るには、地域社会では、内堀も外堀も必要だ。地縁、血縁の内堀。選択縁の外堀。絶えず選択縁の開発も必要だ。その開発のつもりで海外展を打ってきたが、その点では失敗だった。本来なら、選択縁の開発に繋がる「日本ペンクラブ」会員も、結局、一度も会議に出席できず、会費もはらえず、除名処分になった。
今の状況は、その時の状況の二の舞のようだ。
離婚では、僕は内堀を失った。小中高大を京都で過ごし、京都で働いた社交的な相棒を失うことは、どういうことになるか身に沁みてわかった。この喪失を埋め合わすことができなかった。何故かと考えないでもない。
逆に、新たな選択縁をもっと生み出し、延命すべくもっと早くから手を打つべきだった。この際、少しずつ!ずらしずらし行くしか手はない。進退は、11月22日会議で決意表明する。
ズバリ、11月いっぱいに100万円を蓄えねば、八文字屋はアウトだ。
ほんやら洞一つだけになった方が身体が楽になるのも確かだ。これまでも、いっそ、八文字屋を閉めようか、と何度も考えてきた。収益率は八文字屋の方がいいのだが。ほんやら洞だけになれば、老衰で死ぬようにやがてほんやら洞で死んで行くのだろう。手に取るように分かる。ほんやら洞を後進に譲ることも10年以上考えてきたが、空しかった。夜、八文字屋をやるだけなら、昼の撮影時間もできる。が、酒を飲み続けることになり、体調も壊す恐れもある。いっそ、ほんやらのを細々とやったほうが、写真の整理の時間が出来るのだろうか?その方が身体のために良いと身内から声も上がる。が、ほんやら洞の昼の喫茶はもっと若いエネルギーが充満した方が流行るだろう。Barも若くて魅力的な女性がいた方がいいに決まっている。
それは、ともかく、八文字屋を追い出されるのはしゃくに触るという意地もある。
一方、ほんやら洞も八文字屋もやめようという誘惑もある。店がない方が、、、、と思うが、無くなったら、なくなったでハリを失い、不善をなすことになる。そしたら、タダのゴロツキだ。
ネガの整理をするにしても、もうこんなにボケが進行したら、ヤバイ。酒の、せいだろうか。
が、まあ、11月いっぱい、更に、12月いっぱい全力を尽くしてから考える。
どっち道、写真家生活を展開するには、Sの協力を仰ぐしかない。
八文字屋30年に関わった各方面の常連、元常連に書いて貰うと言っても、おいそれと原稿は書けるものではない。
そこで、前々から、そのつもりだったが「ほんやら洞・八文字屋往還カイ日乗」の単行本と抱き合わせにするのが、現実的かも知れない。「日乗」は自画自賛だが、多くの知名人も登場するので、でたら、徐々で回るだろう。
編集者に、ほんやら洞のホームページはオモロイぞ、と広めて欲しいものだ。
八文字屋が潰れた暁には、最初の仕事としては「パリ写真集」を、そして、二番目には、この「一年の日乗」を自費出版する。”

今晩の八文字屋には、9:15に入る。
来てくれたのは、段ちゃんだけ。ナタリー・ギンズブルクの「マンゾーニ家の人々」をカウンターに置いて、時々、段ちゃんがこの本のあとがきを捲ったり、構成にいついて感想を言ったりしてくれる。「そうか、三大レクイエムの一つ、ヴェルディのレクレイムを捧げられた人か!?イタリアの建国の父!?」「イタリアは、どうやって統一されたんだろう?」等々。また、「福島の甲状腺癌の問題は、他所と一緒なのに論う人がいるのは、おかしいという意見があるが、どうなの?えっー、福島医大というのは、御用大学なの?」等々日本の政治、国会の話もする。
3時間程楽しく飲む。
でも、一人というのは、辛い。
1:30には、段ちゃんも帰る。
きつかろう、もう止めろ、と姉はいう。
窮地を乗り越え、また、次に必ずやって来る窮地の狭間のことを姉は「その途中が、地中から放り出された幼虫みたいなもんや、楽になれ!」と。

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2014.10/29(水)


妙にリアルな夢をみていた。
10:00にほんやら洞。
香利さんが、11:40に来て、11:50に出発。
人参、玉葱、生姜の微塵切りを頼む。
戻ったら、ウッチーが上でギターの練習をしていた。やがて、芳礼さん&カマラちゃん&リュウ君がきて、レオも顔をだす。
客が来ないのに、弱りきる。
八文字屋に神妙な気分で行ったが、やはり、ダメ。
山田さんは「(Fbを見て、常連が)沢山来ているだろうと思ったが少ないね~」という。
一件のみなってもらったが、見当違いの請求書がKさんところにも行ったという。
Nさんは「ミノウにいる父が行方不明というTelが入ったがどうしょうもない」と呟きながら帰る。
鹿さんは、他所の店へ。段ちゃんも口にはしないが、色々、案じてくれているのだろうか、早めに来る。「伏見」で「甲斐さんは元気なの?」と言われたというアンドレアスがジュネーブから京大への留学生を連れて来る。カリーナの教え子。彼女に八文字屋で働かないかと、誘う。まだ黄檗住まいなので、出町柳に来たら考えると、逃げられる。オイタさん、冨樫がきて、2:30に終わり。
どうしても金が出来ない。

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2014.10/28(火)


8:00起床。10:00出町三角州を4カット撮り、有馬敲さんと出くわし、ほんやら洞入り。
午前中は、坊主。
12:00ジャストに工事現場のお兄さんが二人、さらに、旅行者の女性2人、おっちゃんと12:40までボチボチとくる。それ以降は、ピタッと客足は止まる。4:00になっても誰もいない。
3:00にパークスのお祖母さん(梨の木旅館)が、パークスら、4,5人が日本に来てライブしたいと言っているのだけど、応援できるのは、私だけなんですが、どんなものでしょう?というので、アバンギルドの話をする。
3:30に申芳礼さんが、写真を取りにくる。12:30の次のお客さんは、6:45。凹みます。
ま、絲山秋子さんの「離陸」は読了。
八文字屋には、8:30入る。
最初の客は、10:30の増田さん、次が井田照一の弟子だったダラスが二人友人を同伴。そして、鹿さん、草葉さんで、ソレでお終い。「甲斐さん、再婚する気ないの?オレ、ない。そこを誤解され易い。」等々。僕は、毎度、下品にも、客の給料を邪推論評してみせ、鹿さんの受けを取る。彼は「オレも年金なんかあてにしてないから、甲斐さんと同じだ。オレ、部下の給料が上がるように頑張ってんだ。オレの給料より。オレ、もっと来て甲斐さんを応援するわ」

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2014.10/27(月)


6:20まで、八文字屋でメモ。八文字屋は30年を迎えられるか、微妙だが、その前年の一年、つまり、2013年の「日乗」の出版化の話、真剣に進めたい。それが少しでも借金を減らす方向への手だてになればいいのだが、難しいか。
7:00帰宅。メモ、絲山秋子の「離陸」を読みはじめる。
9:20ほんやら洞。
午前中は、一人、あと4人の客だけ。
とてもつらい。
どうしたものか。やはり、食物を充実させるとか、若者に働いて貰うとか、酒に切り変えるとか、その辺をミックスせなアカンのか?
赤瀬川原平さん死去。享年77歳。ファンだったが、ついに会うことは、なかった。美学校伝説は、燦然と輝く。扉野良人さんも、その内にかくだろう。赤瀬川原平さんが芥川賞を取ったとき、扉野さんの母、章子さんは、大島紬をプレゼントしたという噂だ。路上観察学会の面々は、徳正寺に依拠していたはずだ。小説「雪野」の冒頭の大分駅のシーンは印象深い。一時期、大分にいたはずだ。兄の赤瀬川隼さんも、その縁でか「大友宗麟」を書いている。
ピンチを底の底から切り崩すための方策を考え詰めねばならない。
数年まえ、クラコフのミュージアムを紹介するにせよ、どのサイズのが、何点あるのか、ハッキリさせよ、と基本的アドバイスを頂いたまま、それには、応答せずのままに終わったという失礼をしたままになっている、写真界の重鎮、多田亜生さんに手紙を書き、DVDを送る。この事についても、もっと早く、条理を尽くしてやるべきだったか。僕は、いつも、浅はかだ。
そういう意味でも、戦線を縮めて一点突破でやる必要がある。
武市さん「昨日、八文字屋に行く前ではなせなかったからまた、来た」と来店。彼の読み掛けの「日本は、原発、基地をなぜやめられないのか」をコーヒーを飲みつつ、読みついでは、講釈をしてくれる。左京区の飲み屋街が流行っているね~、それに引き替え、出町、同志社界隈はダメだなあと言う。「仕事にあぶれた京大生がやっぱオモロイのだ、出町が1980年当時、甲斐ちゃんのやりたいラインでやらせなかったから、今日の出町の衰退があるのだ」等々喋る。
岩波のSさんとOさんにメールする。シーボルトハウス展を見に行ける友人はいないか?と。
多田さんの大磯のアドレスをSがPCの中で発見してくれたので、もう一度ハガキを出す。不手際、不手際。ブルーデルさんに支払い。
川口貴士さんにも、メールで八文字屋30周年記念本のことで知恵をかせと言う。何が出来るか知れんが協力はしようと応答あり。
僕には、思索というものがない。
すっかり忘れていたが、約束していたことを思い出させてくれたSに失礼極まる物言いをしてしまう一件もある。これでも、Sはすっかり、気分を害してしまう。
Sが「今度の金曜日、レオと伏見に行けるの?」というのに、「行ける訳ないだろう。こんなに借金取りに追われているというのに。レオと二人で行って」と言う。
Sは言う「甲斐さんが居なければ、意味ないでしょう。じゃ、私が金を払うから、行ってくれる?」
まあ、行くのに同意したが、僕の口の利き方にすっかり落胆したようで、それからSは不機嫌になり、口を利かなくなった。本当に、申し訳ない。こういう時は、黙り込むのでなく、謝らねばならないのに、金作りについて、強迫神経症的になってしまっている、すっかり、ダメな僕。
ブルーデルさんがくれたパンを夕飯に食ってもらい、先に行ってもらった。
「明日来ないから」と小声で呟いてでていった。
僕に甲斐性がない事も、すべて泥縄式なのも、彼女を憂鬱にさせるのだ。
とりかえしがつかない話だが、Aにとっても同じであり続けたに違いない。
温ちゃんとのFB上でのやり取りで、八文字屋に土曜日に入って貰うことにした。夜中、温ちゃん&米山君の画像もUP。
先斗町北入口でKEI_Kのチャリを見る。撮影。
八文字屋には、9:30に聾唖のおっちゃんが、来て、後ろの席で写真集「笑う鴨川出町篇」を捲りつつビール一杯だけ飲んで直ぐかえり、
11:45に迦陵頻の片山茂樹さんが顔を出して、漆作家の下出祐太郎さん、山折哲雄さんのはなし、自分が原告として抱えている1億円の損害賠償裁判(これが片付いたら、奥さんとヨーロッパ旅行に出掛けるという来るべき優雅な境地も語る)話、中国との商売、3人目の孫の話等について一人で喋り捲り、帰り、それで終わり。いつもの如く、坊さん相手の話や中国バブルの話は、話のけた、金の桁が違う。
水田忠男さんの話題、昨日、梁山泊の橋本憲一さん夫妻の訪問を受けた事などをとくとくと喋る。「吉田光邦さんは、もう死んだ?今度、彼の仕事を凌駕する本を実物に則して書くわ」と行って、明日、7:00長浜だ、と言ってかえる。働きものだ。
1:30まで客まつもむなし。姉を取り巻く現状と彼女の疲れぶりを察していたら、同情に堪えない。3:00帰宅。4:00就寝。ちょっとFBやりすぎ、ヤバイ、ヤバイ。

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2014.10/26(日)


10:00オープン。
今日から、ほんやら洞「モーニングサービス」(トースト、H・C、茹で卵、サラダ、ヨーグルト=600円)開始。
ダラダラと客あるも、褌を締めてかかりねば。
S、4:00頃、顔を出して、モーニングサービスのポスターが汚いと言って、こじんまりとリライト。
申芳礼さんよりメール。プリント10月30日にパリに持参したい、用意できるか?と。「査収」の文言あり、書き違いでは?と思う。
早速、鹿児島にメール。OK。
馬淵と同じ六地蔵の石田団地にいて、縄手四条下がるのBar「ゲリラ」でも同じく常連だった市職員の元社会党支持者の森さん来店、ティラミス&H・Cを食す。嘱託で残っているとのこと。
神田稔さん、プロジェクター回収に来てくれる。用事は、隣の中華料理店「燕燕」から、もっと広い会場が必要になり、銀閣寺のほうに変更したという。富山一郎さんの名が出ていたので、神田さんの知人が富山一郎さんの研究室に来たはずなので、その方の歓迎会なんだろう。邪推すれば、「白沙山荘」か。
詩人・John Soltさんより、William Johnstonの消息に関わる親切なメールあり。息子は、NYUで働いていることも聴く。自身もカイ写真のプロモーションに努めているとも。
ヌルコ、田島征三さんの弟子の米山耕さんと来店。米山耕さんは、1979年頃、ほんやら洞に出入りしていた当時、立命館の探検部生の現舞踏家兼写真家の坂井敦さんとも知り合いとのこと。ヌルちゃん&米山さんは、銭湯芸術祭巡りの帰り。「左京ワンダーランド」巡りの予定がずれて、これから、村屋へ行くと。ヌルちゃん「私が、八のバイトに入ろうか」と言ってくれたが「客を引っ張る自信がないとダメ」と返答。
レオ、フランスの漫画評論誌に佐々木マキインタビューを出すのに、仲介者がギャラは?と言ってきたのに、懇切丁寧な手紙を書くのに腐心する。
姉妹のような綺麗母娘の山口さん30何年ぶりかの来店で「2Fに行きたい。昔、学生時分、よくたむろした。最初に来た時に、《多分、出雲路の》大原女である祖母《山口キミさん》のプリント月30日が展示されていてびっくりした」と母がいうので、帰りに記念撮影。Fb上に初ヌルコ画像及び夕ぺの「愉快な仲間たち」画像をUP。昨日、2度会ったホームレスのおばちゃんも。
オリヴィエが「表の花、枯れているよ」と言って、代わり?の小さな花持参。
八文字屋へ発つ直前、武市さんが顔を出す。矢部宏治著「日本はなぜ原発と基地を止められないのか」(集英社)が読みやすいし、面白い。元編集者だけあって、ツボを押さえて、素晴らしい、あんな本がでてきたら、歴史家も、現代史書き直さざるを得ないだろう、と言う。
八文字屋オープンは、9:00前。浅利ちゃんは休み。
客がなかなか来ないので、まず、姉の悩み、愚痴を聴く。一昨日は又井の元庄屋の園の知人がトクちゃんが姉を使っているのを見てびっくりして「変電所のアケミちゃんやでぇー、マドンナやでぇ」と吹聴しているという話もあったが、きょうは、心配過多。
お客さん、「京楽」帰りの奈良井さん、そして増田さん来店。二人のみ。少し寂し過ぎ。
奈良井さん、先日、レオ、アドちゃんとで村屋にいったとか。女性のOさんの消息も聴く。「ほんやら洞もイベントも色々決まり、店は良い方向に行ってますね。餅搗きの臼、杵の手配は出来ましたか?」という。僕の苦境は伝わってないようだ。親戚の臼、杵の話しから、そこには、立派なスキャナーがあるとも語る。
増田さんの富士山麓で開かれた「第2回全国猟友会サミット」参加話面白し。美山の田歌の千松さんは、やはり、抜きんでているようだ。増田さんも退職後の久多での農業くらしには、鹿、イノシシ、猿撃退に銃が要るのだろう。
八文字屋は、あっさりおわり、寂しい。明日からは、もっと頑張る必要あり。
3:00まで八文字屋で客待ちも空しい。5:00まで、そのまま寝る。

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2014.10/25(土)


7:00過ぎまで横たわる。
ほんやら洞いりは、8:00前。
午前中の客は、一人のみ。先週の土曜は、もう少し入った。
睡眠不足で、日中しんどい。2階で横になりたいが、今日もゲーム中学生が4:00まで、一人でいる。
2:00に昨日のPhilippe Delordさん、ジュンク堂で「京都猫町ブルース」を買ってくる。表に500円均一で出している「On Reading」を奥さんのEmmanuelleさんへのお土産に買う。
ほんやら洞暇過ぎる。八文字屋6:50オープン。
9:00まで来たのは、圭ちゃんだけ。職場に部下として綺麗な(多分、間違いなく、その魅力に絆されて社長も畑違いを承知で採用した)バツイチ女性が来て、ときめいていること、妙ちゃんの妹さんが井村アートギャラリーで評価されている話、先日、モリモリが訪ねて来た事等を喋って、ビール2杯で出て行く。ジャーマン、バンソンの噂話もしたかな?
姉とは、トクちゃん、セッチャンの話、又井の園のヒデちゃんの話、兄がオンボロのロールスロイスを貰い、嬉々として乗り回していることや山香の飲み屋の木俣さん、西鉄ライオンズの豊田泰光と親戚の精米所の大神さん等の話と自分の発熱との絡まりを喋る。
僕は、年内、大分に行けないとのことも、一応、言う。
土曜日というのに、10:00前になっても客が全然居ない。僕は間違った生活をしているのかも知れない。このピンチに、自分から働きかけず、誰がこっちへ向いて来るというのだ。確かに、Sは、店を綺麗にしてくれたし、イベント等に気を配り、僕のだらしないところを補完してあまりある。しかし、飲み屋には、そういう風な動きだけでは、人は集まらない。情動に訴えかけねばならない。ぼくは、根本的なところで間違いをおかしているかも。この客の少なさたるや、なんだ!?
日本シリーズのせいではない。
段ちゃんは、ファニーの前を通っていたら、ニコニコ笑い掛けてくる女性がいた。てっきり、じぶんの知人だと思って、ついて店に入って、かなり飲んでしまった。全然知らない女性だった。自分は、目が悪いのだ。そんなに早く、八文字屋があいているのなら、くればよかった、という。
白石さんが来て、ジョージが、日本語が良くできるイギリスからの20歳の留学生・ジュリアンを連れてくる。気に入ってくれた。LPレコードを楽しげにチェックする。
その後、AHO会の流れで、ヨッシー、梶田さん、遊部康遊さん、もう一人、ヨッシーの弟子、藤村伸二さんが来る。愉快な仲間たちだ。が、ヨッシーと遊部さんがお互いの頭をパカパカ叩き合いを延々やるのに、段ちゃんが嫌がって、突然立ち上がり、中島みゆきの“Fight”をアカペラで歌い出す一幕もある。
そして、伊藤政之さん、西浦さんと「南座」の「疑惑」千秋楽出演前日の二人、さらに、鈴木琢磨さん&娘&寺脇研さんと来る。先日、杉本秀太郎さんにあってきたという。寺脇さんはお疲れの様子だったが、少し話し込む。寺脇さんの母方は、佐伯市出身。我が家と由布院の中谷健太郎さんの後継者と目されている湯平温泉の渡辺さん?との因縁話しもする。寺脇さん「カボスはこう絞るのですよね」と通常演りがちなやり方でない、切り口を上向きにして絞ってみせる。鈴木さんは、お父さんを気遣って早く帰る。鈴木父娘が帰った後、寺脇さんは、鈴木さんを誉めちぎり、あんな別嬪な娘、きっと、鈴木さんの嫁は別嬪だろう、と酔いながらも話しの目鼻を付けて面白し。
新潮社の親友、南慎二さんが新潮社を止めたので、直ぐに写真集出版の運びとならなかったが、何とかするといわないが、任せておけ!的な顔をする。
2:30閉店。

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2014.10/24(金)


8:30起床。
10:00オープン。午前中は、3人のみ。
日向太から「ほんやら洞は、ヤバイの?八文字屋は?」と訊かれる。
1968年に立命館卒業したお喋りなオッチャンがきて、1時間以上、のべつ幕無しに昔話をして行く。
八文字屋の大家の代理人の東京の「レッツクリエーション」の河野さんとやらから「不動産屋を舐めたら許さんぞ!誰に教わり(今のような)家賃の入れ方をしているのだ!?金を持っているだろ、すぐ振り込め」「ケータイ代とか、家賃を払っているのだろ、それをやめてすぐ払え!差し押さえに行くぞ!どんな手を使っても追い出してやる」等々長電話あり。コッチは「遅れを縮めるべく頑張っているので、もう少し待って下さい、昨日も30万円入れたでしょ」等々謝る一方。笑うと、「なにを笑ってんだ!!?」と怒ってくる。「今月、あと、20、来月は100入れろ、そうしたら、ゆるしたる」と。
ほんとうに頑張っているのだ。写真が売れたりすればいいのだが。原稿も早く終え、ひたすら働いて、無理だったら、八文字屋を止めるしかない。そう思いつづけている。どだい、ずっと無理な生活をしているのだ。上手なやめ方はないものかと考えている。歳だし、今、写真の整理をしなければ一生は、直ぐ終わる。ずっと撤退について考えているのだ。
確かに、Fbに1年半かまけたという面もある。
日向太が今朝心配して訊いて来た時は、このような事態が迫っているとは、思っていず「当座の山は越した」と応えたのだが、その直後にこんな体たらくだ。そして、夜も、多分、心配して日向太は来た。
サッちゃんが来た時もまだ河野さんとやらと電話中だった。
サッちゃんは「場所を代わればいいじゃない!」と気軽に言うがそんなに、容易い事ではないのだ。また、一から店を始めるということは。
3:00過ぎにベルギービールを飲む女性あり。姉から山香のカボス、椎茸を送って来る(画像UP)。
東京芸大では、小泉文夫さんの下で学んだという佐々木翔太郎さんからフライヤー「ペルシャ古典音楽の若き後継者 シューレシュ・ラアナーイーのソロライブ」届く。ペルシャ語通訳・解説:慶九(セタール奏者)11月16日@ほんやら洞14:00開場、14:30開演。チャージ2500円+ワンドリンク注文。
ツールーズから来て、東海道53次の絵を描いているPhilippe Delordさん来店。仕事を見せてくれ、ポストカードも6枚買って、自身のカード4枚くれる。
大分合同新聞の佐々木さんに「原稿は没!?」とメール。3点教えろ、とのメールあり。即送付。「勉強になります」との返信。
アドリーヌさんが「今週と来週しか入れない。Visaのため仕方ない」とのメールしてくる。
こちらも、逼迫しているので、今日をバイト最終日にしよう、とメール。
アドちゃん最終日に、僕は、カボス&椎茸持参で9:00過ぎに八文字屋に下で鉢合わせの段ちゃんと同時に入ったが、客は、稲山さんしかいなかった。やがて、芳礼さんが「OPAの裏の素敵な店に行って来たと友人同伴。オイタさんが来て、広瀬純の解説付きの映画を京都シネマで見たサッちゃん、さらにレオ、山形拓史さん、東義久さん、増田さん、奈良井さん、オリヴィエと来る。
これが、アドちゃんの最終日だ!ちょっと淋しいな。火曜日には、バンソンが来るらしい。
6:00まで、その場で寝てしまった。

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2014.10/23(木)


6:30帰宅。
京大ルネで、今福龍太の「書物変身譚」を立ち読み。「生前遺作集」が沢山ある。いずれ、買取に来なければ。ずっーと細川護熙さんの「胸中の山水」(青草書房)を置きっぱなしだったので、引き取る。
京都造形芸術大学の徳山詳直理事長が、10月20日に亡くなったと知る。
12:00オープン。荻野晃也さんが、10月29日の打ち合わせに来る。
稲葉靱子さんの友人が4人つれでカレーを食べに来る。吉田上大路町にすんでいて、小岸昭さんのマラーノについての本に衝撃を受けたという女性と喋る。「あの方は、フリーメーソンですか?」には、笑った。
ついで、申芳礼さんがプリント渡しについて、なかなか埒が明かないので、業を煮やしたのだろう、ありがたい、現実可能な提案をしに来てくれる。レオのバイトの件も。Sさんは、書道教室で抜けて戻る。相変わらず、店を綺麗にしてくれ、助かる。
佐藤真由美さんの友人、キャセイ航空の田川剛さん(ライデンのシーボルトハウス展を見てくれた)初来店を喜んでくれる。
ハリーナの佐藤さんが蒔田直子さんの岩波ジュニア新書を読んだ?ほんやら洞が出てくるよ、とだけ?言いに来る。
今日は、外国人客、若者、老人とバランス良く入る。まだまだだが。
9:40に永澄さんからTel。「もう開いている?」から、45分後に、大阪共同通信の矢代到部長同伴。矢代さんとは、清水正夫さんについて歓談。トップ客は、「小学校時分の神童」として、それに相応しい「その時分の愛人?《笑》」同伴。同じくバツイチ。最後に「もう一度謝らなければ」と奈良井来店。
1:00過ぎ、閉店。長浜ラーメンに寄る。ここの客、荒んでいたな~。
2:00過ぎに帰宅。

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2014.10/22(水)


吉田に帰るつもりが帰れず。
9:00ジャストに関電の営業所に行ったが、金が全然たらず、慌てて、本郷酒店に無心に走る。
戻っても、電話が鳴りっぱなし。どうせロクなTelでないと決め込み、3回の長Telを無視。そのイライラ感から、唾棄すべきことが進行しているかのように、断定的に記したり、「万事休す」とか、常連には耳触りで、誰にとっても人騒がせなことをFBに書き込んだもので、稲山聖修さんからもちろん、冗談だろうが「僕がボトルを飲み干すまで、潰れないで!」とMessage入る。また、ある人物からは「大変と判断しました。、、、」メール入る。ありがたい励ましだ。感謝。早く、月曜社を終わろう。そうすれば、この苦境から少しは脱出出来るだろう。この方のメールが、そう、奮い立たせるエネルギーをくれた。どれだけ力づけられたことか。いつか、その事を朗らかに語れる日が来るに違いない。その推力とは何ぞや、については伏せておく。
10:00に来ると言っていたカトリーヌさんは、11:20に来る。WiFiがあることを喜んでくれる。PCを開けると100件もMessageが入っていたそうだ。
時代祭りだのに、午後、雨になった。
お陰で客足伸びず。イタリアに住むフランス人カップルあり。
3:40にウッチー&カオリンが水道管取り替えの作業に来てくれる。澳門生まれの台北在住のグラフィックデザイナー&イラストレーターの袁志偉さん来店。
今日から、腰をいれて、月曜社の原稿を整理する。
ブルーデルさん、バイトのフランス人の絵のモデルになってくれと頼まれたことがあり、忙しいので、断った経緯のある男の画集を持参。山形拓史さんも出てくるとのこと。
夜、コネチカットのビルにデータを送る。(が、反応なし。ネット環境下に居ないかも。座禅でもくんでいるのか?)
「やまや」でレオへのお礼の酒、招徳の純米酒「花洛」を買いに行き、〈八〉へ。
八文字屋には、丁度、川㟢さんが来たところで到着。杉村昌昭さん&T・ライトさんがいて、ハワイのコナ展をやろうと言うが、具にきけば、展望が開けるような話ではない。僕はおっとり老人たちの慰みに付き合える身分ではない。むしろ、ライトさんの痛々しさを目撃してややショック。明日は我が身。本来的に人の良い杉村さんの森山大道論は、べつに驚くに値しないが、テーゲイ。「甲斐のパリ写真はダメだ」論や「俺が案内しなければ良いのが撮れる筈がない」の主張はご愛嬌というべきか。「おや、まあ、先生!?」と唸ってしまう。そんなにカイ写真を見ていないのにやけに、断定的に語るのは、笑止千万。何時ものこと。愛嬌と言えば愛嬌。ボスでもある人の悲しい性?大道評価はどうやら「パリ大全」のエリック・アザンに依拠しているようで「で、どうした?」と言いたい。この点に於いても、うっかりハワイ写真展行き話に乗るのはね~、という感じ。実務をやる人がいないではお話にならない。コッチの状況など一顧だにしていないのも難点。杉村さんに「甲斐ちゃんは、阿部定の訳でも、河出の阿部晴政ちゃんを紹介して、OKをとったのに、やらないから、京都写真以外は、信用せん」と。
月曜社の小林さんに大道のパリ写真集を杉村さんは送って貰ったらしいが、神林氏からは、肝心の僕の方には、一向に送って来ない。20年の付き合いの成せる業で仕方なし。信用は失墜してから久しい。仕事をしなければ。今年がラストチャンス。これをカッチリと片付けないことには、信用も糞もないのだろう。杉村さんは、ライトさんの誕生日祝いに僕の写真集「白川筋の子どもたち」を買ってくれ、プレゼントしていた。僕は、「ツー・ショット」をプレゼント。
カウンターには、新谷有里さんが居たが、ほとんど喋らず。「甲斐さんは、いつも、私の事を気づいてくれない!」と今日も、向こうの方で言っていた。
浅利ちゃんは、忘れた鰻がないと可哀相に、愚痴っていた。誰かに持ち去られたか?それにしても、そんな物を!誰が!?鹿さん、百枝さん、奈良井さんが来て、12:15に鹿さんと浅利ちゃんがVogaに行って、営業は終わり。
Fb上にしきりに、マサホが時代祭りでの自分の写真をUPしてる。屯平が撮ったりしてる。マサホは、扉野良人に、六平の3回忌はやろうよ、持ちかけている。良人さんの最近のFB上での古証文披露は、さすがに、京都の素封家の文化的厚みを垣間見させてくれる。徳正寺が、戦後も、文化的センターであり続けたのは、当たり前だろう。

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2014.10/21(火)


ほんやら洞でダウンしていた。
夕べは、父が、後に九電&中国電力の会長になる九電の瓦林潔さん(明治36年生、父は『きょっちゃん』と呼んだ)等と共に、戦後、九電の労働運動みたいなものを担っていた話を段ちゃんにした。九州の社会党が民社党・実質的には自民党になる過程のことだが。父は、退職を機会に15年間勤めていた山香町大字倉成字又井金堂の九電の社宅と高台の下の離れにある自分が面倒を見て来た畑200坪を自分に譲り渡して欲しい福岡天神の九電本社社長室に旧友・瓦林さんとの直談判に赴いたが、けんもほろろに追い立てられたと悔しがっていたことがある。そんな風に父を駆り立てた背景を少しでも理解するために戦後の大分合同新聞を、機会があれば、ゆっくり具に読んでみたい。組合運動とPTA活動が「幸福な結婚」をしていた束の間の戦後民主主義体験であるに違いない。同時期(多分、昭和21年~23年)大分の最大手の運送会社?土建屋?「梅林組」(僕は4歳の頃に梅林組と漢字で書いたトラックを見た記憶がある)の社長夫人や当時、大分県知事の木下郁の弟で、後に参議院議員になる木下哲(木下敬之助前大分市長の父)なんかと父は、金池小学校で一緒に活動(木下さんがPTAの会長で、父が副会長)していたのが、自慢の一種だったようだ。当時の父のイチビリようは、娘としては、目を覆腕ばかりだったらしく姉の脳裏に刻み込まれているようだ。遠足で、山の池なんか行っても、真っ先に、父兄、学童の前で、池に飛び込んで見せていたりしたという。
僕が、4歳になるかならぬ頃「イイダモンキー」という九電の若手社員が大分は上野変電所の井戸に飛び込むとか、飛び込まないとか、騒いでいたのを社宅の目の前の出来事としてよく覚えている。あれは、組合の方針変換を巡り、御用組合化への抵抗の表れであったのではなかろうか、と推測する。が、姉いわく、ははによれば、あれは、失恋で、死ぬ、死ぬといっていただけらしい。
当時、姉はスッチャカメッチャカな家の周辺を冷ややかにみつめていたようだ。金池の溝に沿って並ぶ屋台で皆しこたま、酒を浴び、やがて、家になだれ込んで来るのだが、その中に私服刑事が混じっていて、そいつの性的視線にゾッとしていたという。僕は、大分の街の思い出は、進駐軍、聾唖学校の生徒たち、パンツのゴムヒモうりの竹町のトクちゃん、諌山のおばさん、藁きりで自分の手首を切り落としたのを持って走る冨士夫ちゃんの弟等を、強烈なイメージの元に想起出来る。僕は遅い、スケーターをけっていた。
当時の世相やその辺の実相を理解、想像するのに、当時の新聞に一通り目を通したい。交遊関係は事実だとしても父には、やや虚言癖(誇大妄想?)が無きにしも非ずで、その辺を割り引いて?いや、検証?するためにも。また、中央でなく、地方社会、戦後大分の世相をやはり、押さえておきたい。それは、親類縁者の権威主義、俗物根性(心性)とパラレルなものが、如何にして生育したかの一端を垣間見ることにもなろう。自分のようなアホが何故生まれたかも。

9:00オープン。
神林豊さんにDVD「ほんやら洞の甲斐さん」を送る。
清水哲男さんからプリントをもう少し持たせてくれ、来月の鹿児島での櫂展に出すかもとのとのメール。
午前中は、客なしだが、午後は、いきなり、(多分、京大生の)若くて綺麗な来客ではじまった。
外国からの客も続き、フランス女性のカトリーヌ・ガトウさん(ガトウは普通、日本人の旦那がいるのか、と誤解されやすいので、用いず、ただ、カトリーヌで通している由)が新宿ゴールデン街のBARジュテの紹介で来店。
来年、6,7,8,9月と京都に住みたいが、パリ1区の家とExchange出来る人を探しているとのこと。ジブリの映画の全ての字幕スーパーの他、黒澤明、北野武、河瀬直美等の!字幕もほとんど手掛けているそうで、6月のパリの日本文化会館での甲斐写真展を見たという。
円安での外国人客が増えたものの、ほんやら洞は、あるべき売上水準に全然満たしてない。辛うじて、坊主を免れただけという体たらく。これでは、アカン!
心身の不調続く。不調なんて言っている場合ではない。月曜社に取り掛かりたいのだが、、、。
2:00過ぎに来て4:30に上がったSと擦れ違いに、Sの知人、美生さん来店。
ゴミ代の集金あり。大阪の写真ギャラリー・マゴットが閉まるとの情報、DM本人から落手。既に高山富士子さんから聴き及んでいた。
7:50に八文字屋に入る。
藤喬さんが友人と来店。ヌルコさんも来て二人にご馳走をして貰う。ヌルコが言うには、11月11日?ヒルゲートで司修さんの個展のオープニングパーティで、新谷有里さんの朗読がある。それは、八文字屋がモデルの「吉文字屋」についての描写のくだりとか。百枝明彦さんもチョイ寄りするも明日の電気代の支払い、覚束ないと思っていたが、意外と来客あり。
Kyle&Georgeは2度目の来店。10年以上前に篤太郎が連れてきたナイロビ生まれの文春の星衛さん、久しぶり、でも、篤ちゃんの名を忘れていた。世間では有名らしい小峰公子さん、向島ゆり子さんを同伴。ラグで「まづろわぬ民」発売記念ツアーだったらしい。10年前に中山ラビさんと来店した山口ともさんもこのグループにいるようだ。「白崎映美&とうほぐまづりオールスターズ」というようだ。星さんは、しばしば東京での僕の個展のオープニング・パーティで演奏してくれたものだ。馬頭観音巡りはまだしているのだろうか?
「生前遺作集」にも星さんは出ており、それを探すのだが、八文字屋には、1箱もなかった(京大のルネで仕入れたいが、資力なし)。小峰公子さんは、八文字屋を気にいったようだ。
これで、明日の電気代は出た(じつは、全然足りないと翌日判明)。
Sからアメリカのビルへのデータ送りは、明日の夜やるとのメール。
ほんやら洞に戻ってダウン。

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2014.10/20(月)


銀行に行ってから、吉田へ。ぐっすり眠ってしまった。
変な長い夢をみていた。「カイ日乗の出版!?私へのパッシングが表沙汰になるということ!?」と訝しむサッちゃんが憂慮する夢の中盤以降しか覚えてないが、複雑な長編だったが、書くとならば、3,4時間かかりそうなので、書くのをやめた。ほんやら洞から路地を阿弥陀籤風にクネクネへ巡り、上御霊通り小川辺りの瀟酒かつゴージャスな「法相宗 手代」という屋号の料理屋に連れて行かれる。
一緒したのは、真以ちゃん、靱子さん、靱子さんの友人、ユーモアの権化みたいな女性。この友人、ユーモアの権化さんのイメージが固定せず、場面場面で変わった。一人は高山富士子さんみたいに機知に飛んだ小柄な女性のようでもあり、もっと身近な若い女性のようでもあった。
僕たちが入るのと入れ替わりに、いかにもリッチな感じの外国人観光客が出て行った。高いのだろうな、こんなのが今受けするのか!?俺は一銭も持ってないぞ、と思いつつ玄関口から上がろうとすると「リカちゃんの知り合いの写真家さんでしょう!?」という声が右手上方の階段の仲居さんの口をついて出て来た。
座敷に座ると「何にしますか?日本酒なら、最高級の月桂冠がありますよ!」
と言われ、何が最高級の月桂冠だ!?と思ったりする。金の心配をしていると、靱子さんが、帳場の方に行って「母の付けで」てなことを言っている。後から追って来ると言っていた女性も登場。加藤登紀子さんだ。一緒に付き添っているの人見ジュン子さんのようだが、加藤さんと分かると、桟敷席から「コッチで一緒しませんか!?加藤登紀子さん」と声をかける女性も人見ジュン子さんだ。
「こっちで用事があるので、お声掛けは有難いが、今日は失礼します」と加藤さん。
何じゃ、これ、と思った所で目をさます。
久しぶりに日向太に会い、日向太に「毛が薄くなったね~、いつから?」と言われる。
ちょっとのんびりし過ぎたかも知れない。
ほんやら洞に入ったのは、4:40。サッちゃんは、4:30まで居てくれたらしいが、坊主だったらしい。
7:30にブックファーストでサッちゃんに会い、四条珉々へ。帰りに、リカーマウンテンでベルギービールを買う。
八文字屋には、オイタさんしか来ず、もう閉めようとしているところに段ちゃんが来て、1:30まで飲む。
ほんやら洞で沈没。

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2014.10/19(日)


寝たのが、5時で、奇妙キテレツな夢をみて、10:30に飛び起き、ほんやら洞へ。
まず、2Fの片付け。田頭舞さん、3時間バイト。
直ぐに「アメリカ出版事情、本音トーク」のご一行様くる。渡辺由香里さん、堺三保さん、大木マキさんを囲む。凄く綺麗な女性が一人いて、撮りたかったが、「撮ろう」とか「撮らせて」といえずじまい。先方も、撮って欲しそうな素ぶりを見せたのだが、そんなことをやっている場合でなかった。ぼくもエネルギーが無くなったものだ。臼杵稔さんに会う。彼の企画の映画会を12月3日にやるという方向で話を進める。今日のパーティは、Sが踏み込んだ画像を認めてくれ、UP。
八文字屋は、9:50まで客なし。トップは、西村さん、名古屋での会議の帰り。3週続けて、日曜日に来店。今年の河原町グリーン商店街のアートプロムナードの写真展示は、商店街管内にある70数種類の漢方の薬草の写真をスマホで撮ったもので行く、という立派な企画。水田さんのことを言うと「ああ、あのややこしい人ね」と一蹴。「でも、これから来る女性には、男の純情を示していたのですよ」と言う。
次は、佐藤寛子さんが来たので、西村さんを紹介、が、彼女、素っ気なし。西村さん、彼女の分も持つというのだから、間髪を容れず「ありがとうございます」くらい言ってほしいものだ。元バイトで、売っているのだから。ぼくは、小煩いおっさんに成り下がってしまったか。困ったもんだ。
そして、面識はないが「さっき松陰寮のパーティで会いましたね」と佐藤さんが座っている貴子さんを紹介すると、急に親しげ。パーティは、70人くらいいたらしい。永田浩子さんもきて、貴子さんが、八文字屋がらみで声を掛けたがぴんと来なかった様子だ。蒔田さんは、孫を連れて来たという。65歳定年らしくもう2,3年あるらしい。ロッキング・オンで仕事はないかと彼女に売り込みメールを夕べいれ、「ウチの社長、岡林信康が好きなので、話が通じるかも」と一応、プッシュしてくれそう。貴子さん自身は、今、映画雑誌担当という。鹿さん、奈良井さんも来る。鹿さんは、一も二もなく、Voga絶賛。奈良井さんは、中書島のMicalive終わりかけだが、顔を出したと言う。
大男のセバスチャンの紹介でと、イタリア人カップルが来た。さらに、21歳の京大、同志社の留学生も来た。
12:30頃、誰も居なくなったので、浅利ちゃんと京楽へ。2:00には、ほんやら洞に戻り、沈没。

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2014.10/18(土)


10:00前からオープンするも、11:40初客。
昼、チョイ客。
明日のデモ、顔を出すつもりだったが、日向太、海人彦もFb上でシェアしてくれたが「アメリカ出版事情、本音トーク」のイベントがあるので、そうもいかず。どれ程のマイナスがあるか、想像するだに恐ろしい。稼ぐと自覚せねば。「デモへ行け!さすれば、客がつく」という意見も。
「サムライ・日本」改め「クール・Japanのジョー・岡田さん」&鵜飼正樹さん来店。珍しくジョーさんが奢っていた。鵜飼さんも苦笑気味。「最近は、クール・Japan walkingの客が多くて、羽振りがいいんですよ、今日もベトナム人が何人、オーストラリア人が何人と数え、30人近くいたでしょ」一人から3000円として、多少、お土産をつけるとしても、確かな実入りだ。一度案内した誰々から、その後、連絡が無いと寂しがるといった調子だ。ジョーさんは、ここのところ、何回もほんやら洞にきているのに「大将、こないだ、真剣《刀》を持っていて、ポリさんに注意された時以来やな(ここに来たのは)?」と多少、ドラマタイゼイションが進行している様だ。そんな彼のワン・カットをほんやら洞ホームページの画像をUP。
昨日来た、ゲームで子どもを遊ばせるために来店している母と子どもの3人連れも来る。
元八文字屋バイトの井上貴子さんにも、25年ぶりに会うことになる。画像UP。やたら、いいねがある。明日、同志社の「ハリス理化学館」での松蔭寮50周年記念イベントでやってきた。まだ、ロッキング・オン編集部に、いる。八文字屋草創期の常連、水田忠男さん、後藤嗣人君、豊島啓さんを懐かしむ話題になる。中3の娘がいるという。彼女は1989年同志社卒の新聞学科卒だが、1,2歳上の女性で彼女と同じく、鞍手郡鞍手町出身の陣内由香さんもいたな。僕の叔父さん、縦に一棒を引いて「すすむ」と読ませる、親戚中で、一番僕に似ていると言われていた父の兄は、1959年その町の炭鉱の落盤事故でなくなり、夏、なかなか遺体があがらず、最後までダメだったが、僕も、そこにいった。そのとき、飯塚の映画館で桑野みゆきのデビュー映画をみたのだった。
新聞の死亡記事で、中川安奈さん(どんな方か、見たこともないが)の祖父は、千田是也と中川一政とある。そんな立派な方たちはを祖父祖母に持つ人もいるのだ。そういえば、野上弥生子の孫で飛んでもないのが、いたな~。20年前の客で、マミちゃんという、「乗ってる、乗ってるヤマハメイトのCMに小6のときに出ていた」という綺麗な女性、中川一政の寵愛を受けていると言っていたな。
八文字屋には、8:30到着。
ジャーマンがトップで、また、自身の恋愛思い込み話で笑わせてくれる。
咲ちゃんにメールを入れたけど、返信がない。何度も諦めたが、どうやら脈がありそうというか、「付き合おう」と言ったら「うん」言うのや。また、ぶり返しているのだという。(これ、6回目?)誰も来ないので、彼、寂しくて、京楽、ファニーを覗いて戻ってくる。「俺の恋愛の元凶は、ケータイや!」とジャーマンは宣う。固定電話とケータイのギャプが生まれ、二人の和合?を阻害するのもケータイ。はやる気持ち阻止されるのもケータイ等々。
南座の「疑惑」に出ている伊藤さん&奥さん、そして、奥さんの友人がいて、一時、朴ちゃんの恋人候補のSさんが居たので、ジャーマンに紹介したが、彼氏、彼女に飽きて、伊藤さんのつれに例のやり口で急接近しはじめた。今や、チャチャさえ入らなければ、ミネルヴァから出たばかりの本を小道具に相当いい所まで行けるのたるのだが、所詮、お里が知れている。それでも、明日、女性二人を車で案内すると漢気をみせる。(結論を言えば、多分、朝まで、飲み明かし、明日は、起きれないに違いない)
川㟢さんは、「寒い」と言ってVoga帰りに飛び込んで来た。「長かった、カゲロヲさんを際立たせるために出来すぎ、ちょっとクセが強いなあ」という。あとで奈良井さんも来たが、Vogaについての言及なし。旦那のマークから「甲斐さんとこ行きたいのだろう、行きなさい」と言われ来た申芳礼さん、何必館の梶川さんにも声を掛けてくれたんだろう、彼を引き連れ、久しぶりに来た。読売の木須井さん&森重さん(二人には『ブログは素晴らしい』と言われる『文学です』とまで《笑》言ってくれた)が来たがカウンター席が一杯。四国中央市の鈴木さんと梶川芳明さんと芳礼さんとで撮る。鈴木さん、梶川さんがベルギービールを飲む。二人のようなお客のためにこれは、あるのだ。これで、溜飲を下げる。奈良井さん(『夕べは言い過ぎでした』と言われる)、鹿さんが来た。最後は、学芸出版の編集者とその知人。

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2014.10/17(金)


9:00前、ほんやら洞入り。
カレーの仕込み準備をして、京都シネマへ。
(大分合同新聞からもう少し時間をくれとのメール入)
「リスボンに誘われて」(原作・Night train to Lisbon)を観に行く。町の映画館では、この25年で2回目。(かって「非情城市」を見た。ネガ整理のため禁欲)生活を変えようと、企図?
12:40に戻ったが、夕方まで、ほとんど客なし。夜、子どもにゲームをやらせるために来た客あり。
久しぶりに、Sと三条珉々。
バイト、アドちゃん。9:20に香利ちゃん&ウッチーが来るまでゼロ。
カオリンに10月29日昼、ほんやら洞に入って下さい!とお願い。そして「ウッチーもおいで!水道の蛇口かえて!」「オレ、電気屋」のやり取り。
その後滋賀県守山市のメーカー勤務の二人、川井遊木さん、鹿さん、奈良井さん、琢ちゃん、増田さん、山形さん、ドイツ哲学の男(アドちゃん、一緒に帰ろう!との誘いも空しい)と続く。酔っ払いの談論風発。琢ちゃん、左京区の保育園の署名とりをすませ、アホらしい不毛な議論をよそに、カウンターで気持ち良さげに居眠り。Nさん「カイさんだけの時は来ない。話す事ないんだもの」で、いつも、カウンターでうつ伏せになっているのだろうか。女の子とは話す事があるというわけか?オモロイ。「来るな、というのなら、そう言って!そしたら、来ないし」とも言う。Mさんは、面白がっていた。Yさんは「Nさんは、自民党にいれるのやろうか!?」と。僕も随分、乱暴なことを口走った。たまには、発散せねば。
2:00終了して、ほんやら洞に戻り、沈没。

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2014.10/16(木)


チャリを押して9:00前に栄輪へ行ったが、10:00オープンだった。「リスボンに誘われて」行けず。
ほんやら洞開店前に、糺の森を散歩。
昨日と同じパターンの客の入りかた。
「リスボンに誘われて」に増山実さんは、行ったようだ。
夜、マリーン。カレーが無くなる。
永澄憲史さんから、八文字屋を9:00に開けてくれとTelあり、ほんやら洞をSに任せて、急行。
村澤真保呂さん、人文書院の松岡さん、杉村さん、杉村さんの後任の龍大の先生が、直ぐ来る。
一行は、11:00に帰り、深夜、かって、赤垣屋から慶応の後輩ということでアイウエオに拉致られてきたドイツ哲学の先生。以上。
八文字屋沈没。

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2014.10/15(水)


市役所前の脇には大魔神が立ち、広場中央ではジャイアントオタマトーンの組立作業見物。あまり興味ないが、2,3カット撮り、ほんやら洞へ。
昼1時間と夜1時間30分に客は集中。
びっくりするような、ケチケチ学生5人組が来る。八文字屋に急ぐのに、チェーンが外れて往生する。それでも、気になって、市役所前、立誠校前をとり、店へ。Sは、Oさんに預けているハンドムービーを受け取りに行く。Sはほんやら洞も伸び悩んでいるのに、苦しみ、鬱になる。何時になっても収入が得られないのだ。清水さんのように、達観し「貧乏を楽しむ」と表現するというふうには、行かんだろう、僕は。
八文字屋も低調。アンドレアスが来たが、川㟢さん、奈良井さん、鹿さんくらいなもの。鹿さん、奈良井さんにtake_bow&KEI-Kの中書島のMICAでのLIVEをシェアしてもらう。常連さんは皆Vogaのチケットを買っているようだ。北川俊樹さん&東京の編集者も来る。
深夜、フーさん&昭和今日子がくる。
八文字屋泊まり。

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2014.10/14(火)


〈ほ〉の先月の家賃をやっと入れる。
北山は、まだ時雨れているようだ。
昼前に、同女4回生の女の子来店。
この2週間内によからぬことが起こりそうな予兆があるのに、座して待つに等しい対応しか出来ない我が身の無能ぶり、情けなし。これまで、何度も、どっちかの店を止めるつもりで手を打ってきたつもりが、受け皿たりうる人物に希望を託しても、結局、受け皿を期待するのは、失礼みたいで更にひどい泥沼に嵌っている。体力、歳を考えて、後、自分がやりたいことを考えたら、結論は出るはずなのに、ここで、一転せねばならないのに、ズルズルと行っている。妙な意図?でFbに嵌っている。問題は、分かり切っている。書くものを終えて、引っ込んだら、いい。
清水さんH・C・ブレッソンの動画2本、FbにUP。彼は、写真の基本に忠実になったり、世界の写真家の写真を見尽くしてやろうとしている。
レオが、傘投げのプリントを精華でスキャンして持って来てくれる。即、サッちゃんがパリへ送。滑り込みセーフ?
3人でうどんスキ。明太うどんを食うレオを撮る。年末の餅つき、「伏見」行きを巡り歓談。
夕べもほとんど寝てないので、眠い。
9:00八文字屋オープン。Fbの画像をUPしようとしても無理。
ドイツ旅行に喜びを見出し、さらに懸案?のある女性ともよりが戻ったと言うジャーマン、奈良井さん、鹿さんのみ。鹿さんの恥ずかし嬉し?話みたいな不思議を聴く。八文字屋沈没。

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2014.10/13(月)


9:00前に家に戻り、やや寝過ごしてほんやら洞入りは、12:15。飯炊きが二人分間にあわず。
精華大学の安田昌弘VS佐藤守弘の「京都のアングラ/サブカルチャー」の対談(木野通信)が2Fである。台風到来とかで、このお客さんしかなし。
八文字屋も坊主。11:30には、風雨は止んでいるというのに。八文字屋のビル、何処も閉まったまま、コスモスも。山本義隆の講演メモ(Fb上)面白し。
ほんやら洞で寝込む。

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2014.10/12(日)


朝から、というか、ほとんど寝ず、プリントを探す。
出て来たのは、四つ切りのみ。
ほんやら洞には、自転車で市内観光中になっちゃんの東京の知人、斉藤恵太さん&美穂子さん来店。
バイトに田頭舞ちゃんが入る。4時間。本当は3時間でいいのだが、僕は「さあ、仕事が終わりましたよ、帰って下さい」と言えないタイプ。バイトに入ったからには、出来るだけ入りたいのが人情というものだが、ウチはかつかつでやってます、とよう言わんやな。それを、チャチャっと言わんとアカンと叱られたりする。誰に?
サッちゃんが4:00前にきて、やがて、レオも。僕はほとんど寝れてなく、グロッキー気味だったが、二人がよく動いてくれ、助かる。
LIVEには、出演者も含め、20人以上来場。ちゃんと綺麗な女性シンガーもいれば、岡沢じゅんというアクション付きのオモロイシンガーもいた。
10:00には、終わる。
八文字屋には、草葉裕さんと入る。けっこう、賑わっていた。京大の中川朋子さんから連絡があったのに、身動きとれず、遅れていったら、いっぱいだった。ひょっとしたら、岩澤さんも来ていたのかも。西村さんが、寿司の差し入れもしてくれたいたし、死刑映画シリーズ@京都シネマの中村一成さんも来て、佐藤寛子さんと喋り込んでいたが、彼女が池田浩士の名もしらないのにはドッチラケていた。この間、2回来てくれていたらしいが、どちらも居なくて、さびしかったという。直ぐに、後ろに、浮田哲さん、久保マリさん、日下部篤子さんらが来てくれて、ベルギービールを飲んでくれる。川㟢さんはボトルを入れてかえり、奈良井さんもボトルキープ。読売の森重さん(月に何十本も演劇を鑑賞)、Kei_kもくる。イルソンの後は、ティルが来て、寛子さんと話し込む。南座での「疑惑」の舞台に立っている元赤テントの俳優・伊藤さんは、大阪のBARのママさん同伴。最後は、白樺の常連の大阪大学の高橋先生が、ずっと来たかったのだ、と言いつつ、さいごまでいる。寝屋川の石田さんとは、ラグビー仲間。「京都猫町さがし」を持参。ティルに彼の訳書について話しかけていたが、ティルは、やや邪険にあしらう。
7:30まで、八文字屋にて眠る。

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2014.10/11(土)


午前中に少し客あり。先週の土曜日とほぼ同じペースだが、今日は、やや少なし。
パリより、3点の画像及びフランス語のキャプションを早急に送れとのメールあり。
急に忙しくなる。12月11日~14日のSNBA(ボザール展)@カルーゼル・ド・ルーヴル(ルーブルの地下ホール)に出展だが、カタログ用に急ぐのだと言う。
八文字屋には鹿さん、トップ。田端利美さんが後で来ると言う。次は、片岡さんだった。予てよりの朴ちゃんの言いつけに従い、朴ちゃんにTel。早速、TelNo.を聞き出した模様。彼女、朴ちゃんが独身なのをあからさまに喜ぶ。次は、鴻英良さん、毎日新聞の鵜塚健さん、映画監督の豊田直己さんだった。

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2014.10/10(金)


11:00起床。
苦しい支払い。
ほんやら洞は12:00オープン。静かに流れる。水道水と河川の水系及び水道局の認識や対応を議論する5人のグループがゆっくり陣取る。リーダーは、久しぶりだが、顔見知り。内二人はギターなど楽器を持つ。一人暗い女性がいて、だんまりを決め込んでいたが、途中で、彼女用にジンジャージュースとヨーグルトをリーダーは、注文。リーダーが一人で喋り続ける。暗い女性は出て行って、1時間後に、彼にTelをして来て、「自分は何処にいるか判らない」と彼に言っているようで「そこにじっと居てて」と彼が言ったり、Telのため、何度も外に出たりで、ミーティングどころでなくなり、皆、口をつぐみ、そのうち、出て行った。
先週とほぼ同じペースの流れ。昭和46年に同志社卒の女性二人、それ以来初今出川と言う。ジンジャージュースとベルギービールを飲む。稲山さんも来て、ジンジャージュースとベルギービールを飲む。
今日、前の前の大家の代理人から内容証明付き封書届く。開封せず。決着がついているとの認識だのに、蒸し返して来るのか?嫌な感じ。
レオ、久しぶり。1時間ほんやら洞で横になってから、八文字屋にベルギービールを買ってから、入る。初めて?アドちゃんのKawaカフェ関係の女の子が二人きていた。波長のずれていそう?な感じ。
アドちゃんが、先週から、少し甲斐甲斐しく動く。後2回で辞めてと言いづらい。ビールを飲んで!と言うまで飲んでないのも珍しいので、そう言う。が、やはり、2杯目は勝手に飲んでいる。相変わらず、だ。それなら、それとして対応するしかないと思ったわけでもないが、丁度、汀子さんのタカさんが来たので、ベルギービールを奨めて、アドちゃんに時間だし、上がって貰い、タカさんの相手をして貰う。いずれ、辞めて貰わねば、金曜を充実させねばと思っている。この件は、2ヶ月前から本人に言っているが、よく解ってないようだ。
義雄さんが京楽の新装開店帰りに寄る。「これで三連ちゃんでカイさんの顔を見ている」と言われる。梶田さんを呼び出す。サッちゃんもオイタさんにTelするも反応なし。
梶田さんが少し残る。本当は明後日来るつもりだったと言う。「甲斐さんが、内容証明が、、と書いていたから、、」と言う。山形君も顔を出す。奈良井さんも。1:00に誰も居なくなる。
帰ろうかな、思っているところに富士谷さんが3人連れて、京楽から来る。2,3日前も来たが、寝ていたと言われる。一人は宇治の大工さんで、京楽のカウンターを作ったという。ひとりは「打倒甲斐」と思っているとか「京都の重鎮云々」と口にする男は、カメラマンらしい。
3:00前には終わる。
4:00には帰宅。椅子に座ったまま1時間寝ていた。
7:00目を覚ます。充さん、茂さん(本当は、そうなのに、夢の中では、二郎さんで、何故か大柄。自転車乗りとか?大河内二郎との観念連合か?)、ユズルさんの3兄弟プラスもう一人、大男がいる。ムロケンにしては、口数が少ない。その4人がずぶ濡れで入口に立っているので、招じ入れる。タオルを渡す。充さんは「昨日は、柔道着を着て泳いだ」と自慢げ。
四人がなかなかすわらないので、座れと言うが、なお、店内をキョロキョロ見渡し、ベルギービール、レモネードのメニューや写真集を見渡していた。そこで起きた。

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2014.10/9(木)


9:15、〈八〉で目を覚ます。
日向太が、インド写真を追加UPしていた。自分の誕生日にふれて、覚めたことを記していた。
青ちゃんが、草津立命に来るので、今晩、来〈八〉と連絡あり。芳礼さん、合同の佐々木さんから、メールはいる。Sの兄、オランダでの妹の動向画像シェア。
ほんやら洞の大家に少しいれて、ほんやら洞10:30にオープン。
午前中、少し客あり。ロンドンのフィルムメーカーがパートナー?のチャイニーズ・カナディアンの女性と来る。
午後、中弛み、瀧津孝&奥村雅彦さんが、亘家の借地の件で借家人と交渉する前に寄る。
井上義雄さんは、沢田節子さんと来店。
サッちゃんが、書道に行っている間にオリヴィエ来る。
鈴木琢磨氏からメール。もっと「京がたり」に出てくれる人物を紹介してくれと言うので、小沢征爾はどうなったのか?新潮社から単行本になると言っていたのは、どうなったの?と返信。
夜、京大マリーン。10月12日と10月19日のイベントのやや大き目のポスターをサッちゃんが手描きして、表に貼りだす。
八文字屋、10:00オープン。オリヴィエ、顔だけだす。
鹿さんが早く来て、開いてなかったので、プレオーブーンの「京楽」に行ってきたという。カウンターも代わっていたと。田端利子さんという、同じ歳の女性を同伴。
11:00過ぎに、青ちゃんが科学者二人、金成主(Song-Ju Kim)さん、玄相昊(Sang-Ho Hyon)さんを同伴。4:30まで。金さんは、鶴橋出身で、研究テーマも青ちゃんとカブる稀有な存在とのこと。玄さんは、東九条の近く北烏丸在住。青ちゃん、金さんから理化学研究所と小保方問題について聴く。

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2014.10/8(水)


7:00起床。
やはり、大分合同新聞の記事、気になって、書き改めた。三度目の正直。これで行くとメール入る。
9:30ほんやら洞オープン。
明日からは、早くオープンして、客を期待せず、Fbを弄るより、原稿に精だそう。窓外の歩行者を、バシャバシャ撮ってから、ビル、申芳礼さんにメール。ルパンの店にポスターを持参しようとしたら、客あり。韓国からの観光客、表の写真集を二冊買う。同志社の村田学長の学生?3人ケータイを出して麻雀をやって行く。
ナタリア・ギンズブルグの「マンゾーニ家の人々」読み始める。やはり、すごい本。
皆既日食らしく、いい加減な写真を2,3カット撮る。
大分合同新聞から、僕が大使をギャラリーの写真説明しているのが、欲しいと言ってきた。サッちゃんの写真を使うことにした。
〈八〉には、9:15に入る。
川㟢さん、鹿さん、段ちゃん、奈良井さんがいる。奈良井さん、500ミリレンズ付きのカメラを持参。やがて、ヨッシー、段ちゃんの仲間のサカイ君が来て、さらには、磔磔帰りのウッチー&香利さん。香利さんが、ヨッシーに一瞬、悲しげな表情を示すのに、びっくりした。
段ちゃん、サカイ君相手に立ち居眠り。これで、おわり。沈没。

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2014.10/7(火)


こんなに苦戦するとは、どこが間違っているのか?
朝、起きた時から、体力の衰えを感じる、この異常。体力自慢の俺、一体、これから先、どうする!?
鹿児島で、靴下が臭いといったら、富士子さんがくれた靴下、今日初めて履く。
ほんやら洞、谷川渥さんを含めて、ほとんど同志社関係者の客のみ。
八文字屋には、谷川渥さん、ルパンらのみ。11:00~2:30眠る。外国の客二人も断って帰る。

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2014.10/6(月)


朝、6,7:00頃、少し風あり。昼頃、関東、東北周辺、荒れる。福島も深刻そうなラジオニュースを聴く。
大分合同新聞の記事、要求はないが、やはり、リライトして送る。もっと精読すべきか?
ほんやら洞オープン10:00。吉田の家賃のみ、やっと入れる。相当ヤバイ。綱渡りもいいとこ。
田頭舞ちゃん、バイト志願。こんどの日曜日に、一応、来てもらう。
九州の兄姉にオランダのポスター、天文館のフライヤー等を送る。
ウェズリアンのビルに早急にメールする必要あり。
毎日の鈴木琢磨さんにも、連載分、新潮が単行本の意思がないのなら、他所へ持ち込むよ、メールせねば。
月曜日でもあるし、台風一過とはいえ、不安定な天気で客足鈍い。ほんやら洞も八文字屋も如何ともし難し。10月19日ほんやら洞の2F企画入る。
2ヶ月ぶりに下鴨、糺の森を散歩。脚力の衰え著しい。
河合橋の下の猫を撮る。サッちゃんは、猫への愛情が溢れる写真を撮る。僕は、撮影の集中力さえ失せている。神社には、やたらポリさんがいる。好きな池跡も、発掘とやら。またぞろ、何か作るためだろう。「細石」の出現にも、びっくりしたが、今度は何が出てくるか。
寺社区域外の下鴨本通りの西の、かって「リラ亭」の前にあった「とり一」、武市さんから「こんな店に八文字屋をしたら」と開店前に紹介された大衆酒場だが、この店の奥さんの弟が下鴨でやっていた、数々のエピソードを残す凄い店(電通の加地さんは、汚さにかけては、八文字と双璧と評していた)「中川商店」が更地になり「下鴨神社斎場跡」の石碑が建っていた。神社は着々と金儲けの仕掛けを整えつつある。
賀茂川では、トンビに餌付けする少年がいた。トレーニング中の黒人少女も。弁天猫も。
〈八〉には、「東九条マダン」のポスター持参の段ちゃん、井上義雄さん&ノンちゃん&沢田さんのみ。沢田節子さん、西岡恭蔵の葬儀に矢沢永吉が来た話をする。段ちゃんにTelを借りて、姉にTel。姉が唯一の楽しみにしている畑いじり、娘の意思しだいで入手出来そうなのに、娘は、その、姉が管理し続けた猫の額ほどの土地を確保する気ないとのこと。
4:00までダウン。5:00帰宅。

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2014.10/5(日)


10:00にほんやら洞に入る。
台風予報のせいか客足伸びず。4:30以降来客なし。
八文字屋にも、シメイビールを買っていったが、客は稲山さん、奈良井さんのみ。浅利ちゃんが入っていたにも関わらず。鹿さんは、猫と戯れると、浅利ちゃんにメールを入れたとのこと。
11:00前からダウン。12:30まで。
1:00から、やや雨足つよくなる。1:30には、吉田に引き上げる。

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2014.10/4(土)


朝まで熟女連、遠来の客と飲んだせいで、9:00前に起きたのに、また、寝てしまい、昼飯に来る工藤丈輝(舞踏家、今晩、日仏会館のニュイ・ブランシュに出演)との約束をブッチしたとおもっていた。
15年目の客に今や名物になったベルギー・ビールを供して、彼らのステレオタイプ化した京都懐旧談が耳に入り、些かゲンナリしつつ、掃除?でスッキリ?した店の一画を眺めると、シーボルトハウス展にも出した鶴見俊輔&井上美奈子(茅辺かのう)のツー・ショット、生前遺作集のボックス、ジャン・フィリップ・トゥーサンが撮ってくれた若い頃の写真、最初のギャラリー・マロニエでの個展のDMが目に入り、ちょっとオモロイかな?と撮ったところ、工藤丈輝さん来店。このオモロ写真とカレーを食う工藤丈輝さんの画像をFBにUP。
今日は、ほんやら洞、八文字屋とも、助っ人なく、ほんやら洞は、夕方は、ダラダラと客があり、切れたので、八文字屋に早めに行って、少し掃除をしようと思っていたが、6:00に角倉さんらの現代詩話会の4人が、やって来た。金森幸介さんから「鹿児島はお疲れさんでした。良い写真の下で歌えて良かった」とのメールが入る。
9:00まで、ほんやら洞に釘付け。
八文字屋のオープンは9:30。
直ぐに、元バイトの宇治の病院で働く明子さんが、そこの先生と、同僚?を同伴。ヌルコ&富士谷さんは、「今日は私が奢るわ」とヌルコ。以上が早掛け。
ターキーか日本酒しか飲めない、草葉裕さんが来て、南座の舞台に来ている元「赤テント」のおとなしく地味な俳優さんと直ぐ続く。
更に、ティル。ティルがかえったら、ティルに会いたかったと奈良井さん。冨樫は工藤さん狙い。ティルの数年前の飲み友だち?の関電の男は、電通の原野聰さん、「男の隠れ家」の高橋正文さんと来た「プレインズ」の平野有さんと飲みに行く。原野さんは、後で来た工藤丈輝さん連れて来たサックス奏者の清水靖晃さんと話し込む。東大文学部教授の小林康夫さんも工藤丈輝さんが清水靖晃さんの奥さんのリサとともに連れてきた。僕は、不覚にも、清水さんのことを知らなかった。原野さんは「甲斐さんをプロデュースしようと思っているが、甲斐さんが、やたら貧乏とFbに書きすぎていて、演りにくくて、仕方がない」という。電通は、アベちゃんの尻馬に乗って、朝日叩きの一味なのも察することが出来たのも、面白かった。東京の業界では、そういうリンクは、依然強いのだ。彼らには、アベが世界の笑いものになるという意識は希薄。
彼らの後、月曜社の神林豊さんも来て、「また、ネガ、出てきたんだって!?何年掛かっても、全貌を見たいね」という。聞かれる前に、書き下ろしは、年内にやっつけるという。神林さんに「ほんやら洞の甲斐さん」をあげてないのを思いだす。
阪大の神話学者のおっさんと嫁は、若者に払わせるべく、逃げ出す。
原野聰さんの奥さんが、20年前に仕事をした「建築文化」の橋本リサさんと聞いてびっくりする。こどもも18歳という。布野修司さんが、建築学会長になっているという良いニュースも耳にする。
3:00には、誰も居なくなる。
7:00過ぎまで、クーラー付けっぱなしで寝る。

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2014.10/3(金)


香港からの4人家族来店。鶏の煮込み朝鮮風が最高に美味しいといい、味噌汁もお代わりする。
楠木しんいちさんが10月12日のライブのフライヤーを取りに来る。
大分合同新聞用の記事を書いたが、少し硬すぎたかも。
八文字屋には、10数年ぶりの時事通信の佐藤泰一さん、東京国分寺からのカップル客もいて、オイタさんも来て「何処かで会いましたか?」と泰ちゃんが聞き、仏教の記者クラブでは既知なはずなのが記憶を辿りつつ、判明。泰ちゃん、9:37の新幹線で帰るとタクシーをとばしたが1分遅れでアウト。泊まって行く。1997~2001年の間、八文字屋に通い、何百万円も使ったとやや誇大妄想的なことを言う。それ位気合いが入っていたのは判る。今の段ちゃんが、泰ちゃんの半数位年間で来ていて、1年で20本、年間約20万だとして、泰ちゃんがいくら、当時たかった?ユーちゃん&クウちゃんに奢ったのも考慮しても、4年で100万円未満のはず。「でも、ここで嫁を貰えたから、良いんだ」とニンマリ。
泰ちゃんが寝た後、工藤丈輝さんがきて、気の弱そうなスイスとオリヴィエの知人のフランスのナンパ氏も来て、そこへ、3熟美女(いずれも、フランス人とイタリア人の亭主持ち)が来て、リセ、KG、ニュイ・ブランシュの話題等で盛りあがり、ナンパ氏接近するも、撃退される。旧知のイタリアのマリオの奥さん、矢田由美子さん、佐枝ちゃん、タカコさん、熟女写真をとってよ!という。佐枝ちゃんヴィラ九条山にパートではいり、また、祇園古門前通のギャラリー「艸居」で働き始めたという。

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2014.10/2(木)


八文字屋に、iPad取りに引きかえし、8:00までほんやら洞にいて、Fbを弄る。
ほどほどにせねば、ほんとうに身をほろぼす。
「しみてつ祭り」最終日。
昼、幸先よく、客あり。
「作家と喫茶店」(来春、平凡社のコロナブックスで発刊)の取材あり。山中コウジさんから、郵便物が戻ってきたのですが、とメールあり。
京大マリーンは、先週は休んでもらったが、今日は来る。
ウクライナの5人(うち、一人は、ディレクターの亭主はフランス人)を連れて山下麻子さんが来る。
段ちゃん、琢ちゃんはいたものの、客が少なくて、ほんやら洞の賑わいを撮りたいので、明日、出直すとのこと。インド留学中の日向太は、10月17日に帰国との連絡あり。

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2014.10/1(水)


1:00アイジ「大四畳半酒場ポン」に行くと言って帰る。3:00姉からTelあるまで寝る。
ほんやら洞に3:45に戻り、6:30まで寝る。
Bkも郵貯も開いていず、家へ。
9:00寝る。今日も厳しい。
一日、ほんやら洞を開けて、客3人。サッちゃんも夕方から働きに来てこれだ。
平凡社からTel。
「作家と喫茶店という本を来春、出版。高田渡とほんやら洞というので、急な取材、明日、明後日の都合はどうでしょう」
精華大学フォークソング研究会主催Liveのフライヤーとどく。
Genetの山下麻子さんよりTel。趣旨不明の企画だが、ロシア、ウクライナがどうのこうのと言って、明日、伺いますと。小西明子さん&武田好史さん来店。明子さん、八文字屋で歌いたいという。増田さん、川㟢さん、鹿さん、奈良井さん、オリヴィエ。
何時に終わったか、不明。5:00まで寝る。

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