ほんやら洞・甲斐扶佐義 HONYARADO/KAI FUSAYOSHI's Web Site

 
カイ日乗 1月

2010.1/31(日)


ぐったり疲れる。Sとともにマロニエ搬入。あとで桐ちゃんもきてくれる。「其の延長」の搬出は彼にやってもらう。
〈八〉宮崎のお客さん、井上ヤッさん&婚約者(10/3、同大のクラーク館で挙式)、朴ちゃん、ジャーマン、増田さん&琢ちゃん、白川さん、馬渕。

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2010.1/30(土)


中信への写真の寄贈は1点となっているのに、石飛さんは、1点のみでは、本領がわからないので、20点寄贈せよという。当方は貧乏で….といっても通じず、あの200万円では足りませんかという。
多分、写真ならいくらでもプリントできると、なめているんだろう。大変なことをわかってもらえてない。20点という根拠は何もない。
1日バタバタして〈ほ〉営業できず。
〈八〉もヒマ。浅井&つれ、ミルトンぐらいのもの。メディア・ショップ、アスタルテ書房などにいく。
S、プリント。

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2010.1/29(金)


バタバタ走りまわるのみ。
民輪さん&杉本さん、文博見物。2人ともほめてくれる。いちばんよかったと。〈ほ〉にフリーライターときた民輪さんがいってくれ、ホッとする。大きいのは「夢の抜け口」とタイトルすべきと杉本さん。新しいものがないので、自分としてはヒヤヒヤの気分で挑んだグループ展。
〈八〉入りおそくなる。
日経の浦田さんが待っていてくれた。石原君&川本ちゃん、ミルトンらも。おそく、奈良井さんもくる。
チャンマキ&マキノ、杉本さん、民輪さん、ライターの方もくる。そこへ岩本氏もきて、氏の鈍いような(酔っているだけ)鋭い長広舌があり、民輪さん、杉本さんを面白がらせる。
久しぶり(15年ぶり)の客があり、奈良井さんもいたので、店4:30まで。

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2010.1/28(木)


10:00起床。
HATAOの意見を反芻。
彼は額は用意すべきだ。売る意志があるのならという。ぼくはとにかく個展が実現できればいいという。彼は、どう実現させるかが問題で、ただ実現すればいいといった程度なら、パリでやる意味はないし、自分も応援する気がそがれると。
パリ展は、全力をつくして、売れるように頑張るしかない。皆がよかれと思って動いてくれているのが空転せぬようにせねば。
読売(京都版)に、文博展出る。「夢の抜け口」も。
上島でSと待ち合わせ。パリの西川氏、クロードにメール。ユニクロでセーターをみつくろってもらう。文博によってすぐに〈ほ〉へ。青草書房に献本リストを送る。宮津のプロテスタントの教会の牧師くる。
留守中に日向太がきたか?
夜、マリーン、同女大の杉野先生が学生6人をつれてきてくれる。集合写真。
吉田に戻って、暗室の準備と思ったが、疲れ出る。
夕べの後藤君の病院に行って!のコトバがよみがえる。
年末は膵臓もいかれ、今度は糖尿。
中川五郎氏にtel。
出版記念パーティーの発起人、白山さんOK。高木麻ちゃんの近況も少しきく。
谷川渥さん、清水正夫さん、中村真夕さん、つかまらず。あと、誰にすべきか? ワッキー? とくたろう?
いま、イケメン、美女、「京都、猫景」とは別に、四つの写真集を構想中。「路地裏のひなた行状記(ないしは冒険)」「ほんやら洞の詩」である。それに、2人の女性を軸にした写真集を各一冊。
2/22からカンボジアに行くチュン君、さらにKRPの成海氏がくる。

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2010.1/27(水)


S&タカコさんが午前中にカレーを食いに来るというので〈ほ〉へ急行。
〈ほ〉パラパラと客あり。
文博に行く。中信、写真を20点寄贈しろという。
青草に少しだけリストを送る。
この小さな35ミリレンズで、現代社会をどう撮るか、よくよく考えねば。
夜、上島珈琲(河原町店)の賑いをみて、〈ほ〉がおわっているのを痛感。ほんとに後継者がないなら閉めないとひどい目にあう。誰に相談する必要はなく、ひとりで早急に決めねば。タカコさんが、2Fでお菓子作り教室をやるのはどうかと打診あり。
夜、パリのクロードがまだ西川氏に連絡とってないとの情報が入り、あわてる。
それをきいていたHATAOも心配する。
東京の出版記念パーティーは4/3になる。HATAOも発起人になってもいいと。HATAOはパリの展示の仕方も売るのなら額装せねば意味ないという。
杉村&ライト氏、新人つれてくる。
八田、オイタさん、Mr.ポルシェ、牧野君、おっちゃん、岡西グループも。
閉店、3:30。
4:00就寝。

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2010.1/26(火)


8時起床。靴さがすもなし。
8時40分、宮城文具店でネクタイしめてもらう。
靴、〈ほ〉2Fの奥で発見。
9:30文博入り。
古賀さん、森さん、産経の記者の取材あり。車代一万円。
寿司を食い、印画紙を買って帰る。
この2~3週間、糖尿が気になる。
ローザで漢方をくれというが、そんなものない、医者に行けといわれる。血圧計る。210-120。ちょっとびっくり。寒いし、睡眠不足、それにチャリこぎの後だから、と自分にいいきかせるも、やはり、高い。
日仏に文博のポスター&DM、マロニエのDMを持参。
5:00文博でSと待ち合わせの前に、家具屋の福田さんの店に行く。欲しい家具がなんと48,000円と破格。普通20~25万はするやつ。
血圧の薬をもらい、2錠のむ。
今日からは酒をひかえる。海外展をこなすまで倒れるわけはいかない。
今日から、毎晩、深夜プリントのつもりだったが、用心しよう。
Kさん、ぼくについての記事もってくる。とても出来がよく、しかもおもしろい。この男は何者だ!?と思わせるに十分。
金バイト希望の同大の渡辺さん、やっぱりやめて、ちゃんと就職活動をするとtel。
血圧の薬をのんで、この1ヶ月半の不調の原因わかる。ちゃんと眠れる生活をしないと、ほんとうにいってしまうかも。いかないで、糖尿で目が見えなくなるというのだけは避けたい。
〈八〉裁判制度がかわって初めて傍聴にいた裁判が切ないものだったというMさん。小学校の同級生が飲んで家で風呂に入り、そのまま逝ってしまったので通夜にきた亥左牟ちゃん、半年後に、福音館から画集がでるのだが、やたら絵に対する注文が多いのをぼやく。青ちゃんが韓国にいったり政治的にアグレッシブになったのを喜ぶ。
桑原さんは、アバターが興収No.1になったという話ばかり。
Sはタカコさんと料理を食ってから来店。そしてT嬢の家に泊まりにいく。
これで、客が切れたら、家に帰り、プリントをしようと思ったが、琢ちゃんグループ3人に玄ちゃんくる。
3:30まで。

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2010.1/25(月)


文博搬入。思っていた写真12点出てこず、少し淋しいものになった。
先日の「京楽」でのRyotaroのライブ、各段によくなっているのには感動した。
某新聞社、取材あり。
田中灯さん、〈ほ〉バイトの打診にきてくれるが、スタンバイを要請。
4/3の出版パーティーを4/10に変更。場所は同じか、明日まで未定。
明日の記念展のテープカットにそなえて、Sに散髪してもらう。桐ちゃんがムービーに収める。
頭皮が真白になっているので、マッサージをしろとSに言われる。
やっとDMを書き始める。
明日用に靴をさがすも出てこない。実はネクタイもひとりでは締められない。
フィリピンの伊藤徹さんよりtel。2/14美山、2/15か16泊めろと。
〈八〉入りは9時半。
10時、公認会計士の中村政温さんと南弁護士来店。「夢の抜け口」2冊売れる。
森さんよりtel。明日、出席? では寝坊しなければ、行って書こうかなといってくれる。
11時すぎ、日本大使館をしている友人のドイツ人に会ってから、ジャーマン&A社の神田君くる。
今日は焼酎2杯。ドイツ大使はフランス領事館のセレモニーで来たという。
宛名書きが遅れているが、明日、遅刻せぬよう4時半就寝。

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2010.1/24(日)


初めて、吉田で日向太、Sと3人で昼メシ。TVで広島の駅伝をみる。
稼ぎどきとわかっていたが、ゆっくりする。
腰を据えてかかる。
中村勝さん来店。
「坂の上の雲」を英訳しているお客が友人2人つれて来店。カードを使えるのなら、「Streets of Kyoto」3冊欲しいと。
夕べ、20年前の客、水腰、椿原などの仲間、四ノ宮さん来店。また、十数年ぶりの客(東亜紀ちゃんの後輩)が、JC集会にかこつけてくる。
〈八〉中村さん、和見、富樫の友人、武市さん。和見、台本ができてうれしいといって、もう一発、うれしいこと(1/21入籍)の報告する。富樫は1/30チベット?武市さんは反戦老人クラブの帰りに寄る。鶴見俊輔およびベ平連批判、アラーキー批判を展開。「ベトナムに平和を!」でなくて、ベトナム独立を!だろと。名護市長選、普天間反対派が勝つ。
家に帰ると日向太いる。

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2010.1/23(土)


8時半起床。
〈ほ〉から布団、毛布、印画紙を家へ運ぶ。ナニワに定着液、フィルム買い。
マック、10:15出勤。
暗室ランプをつけてみるも、サイズ合わず、再度、寺町へ買物。健康のための運動だと思えばいい。
寺町でSの友だちのタカコさんに声をかけられ、撮影。正電社を教えてくれる。
「ほんやら洞と歩く・京都行きあたりばったり」(淡交社)がないのを思い出し(あとで、桐田に貸したのを思い出す)、ジュンク堂に買いに行く。
青草より10部届く。
ヨ氏、初購買。次は、サッちゃん、島さん、片山氏とつづく。そして、日向太。
夕方、ナミちゃん、入り。
マロニエ用全紙10点、Sに焼いてもらう予定を変更。今後のことをゆっくり話す。
〈八〉チャンマキ、やはり無断欠勤。
オープン、9:30。木屋町、祇園はJC day。
客はコアな渋い常連。島さん、オイタさん、井上章一さん、朴ちゃん、真奈ちゃん、ミキハウスの女将。ミキちゃんが章ちゃんを送り、島さん&朴ちゃん&真奈ちゃんはどこへ。
Sとぼくは何年ぶりかのカラオケ。
5:00家に帰ると、日向太が寝ていた。

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2010.1/22(金)


8時起きる。ネガ・チェック。明夜、Sにプリントをしてもらうのを捜す。
一瞬、眠り、〈ほ〉着9:40。
写真集「ほんやら洞の詩」づくりは面白いと思う。
朝はやく、〈ほ〉入りするたびに思うのは、〈ほ〉〈八〉写真と欲張るオレというのは人生をやはりなめているのかなァということだ。
ひとつひとつ、きちっとやらねばならないのに、すべてがいい加減。
よくぞ、Sはここまで、ついてきてくれた。感謝し、大切にせねば、という思いが強まる。周りを見れば、Sしかいないではないか。オレは何を考えていたのか。日向太と喋っていてもそうだ。
自分の手抜きをするためではなかったが、本人の思いとは関係なくS’に過剰の期待をかけるあまり、気がつけば、結果としてSを軽んじていた。一年間、意地になっていた。

昼前に、イケメンの同大職員がカレーを食べにきたのに撮り忘れる。学生時分の客。どうですか、学生は来ますか? と心配してくれる。
府立図書館から「インドちょっと見ただけ」の注文ある。
〈八〉到着、9時半。マンゴー酒、ワインなどを買っていく。カウンターは猛者揃い。京大剣道部から筑波大にいったアレックの仲間、上原さん、人吉、奄美出身の女性剣士(ともに5段)手石方陽子さん(79.11.17)と戸帳末利華さん(81.3.23)、桐田君&友人、牧野君、奈良井さん、田中君、八田淳。
11時から「其の延長」でRyotaro&野村麻紀子ライブ。
渡航カンパ1837円。
あと、トクさんがきて、民輪さんが本を持参。
2時、京楽に行くも終わっていた。〈八〉飲み逃げ客多し。奈良井さん泊り。
帰りに、多田亜生さんよりのハガキ発見。パリ展などの企画の英文なり仏文なりの文書を送れ。不景気だから、一部経費はこっち負担になるかもと。
3時半、就寝。

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2010.1/21(木)


8:30起床。
ネガ・チェック1h、掃除、スーツにブラシかけ。
〈ほ〉に入ってすぐに中信、ナニワに向かう。暗室ランプはタニヤマムセン。中信では、京都美術文化賞の記事掲載誌「美術の窓」(主婦の友社)もらう。
今日は、献本リスト作成、写真梱包。月曜社用原稿書き。明日か明後日、マロニエ用にSがプリントできるように、ネガ・チェック。
そう思いながら路地散策。収穫なし。
パリの後にすぐにポーランドとはならないだろうが、今年、行く地点として押さえておこう。午前中から動き回り、午後眠くなる。
チベットに行く前の富樫きて、6×6のフィルム現像のハナシする。現像タンクをかすという。
文博展に出そうと思っていた写真、12点出ず、差し替え。作業Sに3h手伝ってもらう。
日向太もきて、写真を前にして録画する。
青草より、見本刷が上ったとtel。
京大マリーンも数人のみ。Sと松屋で夕飯を食う。
〈八〉は正月にきた栗山さんの弟さんがくる。
おそく、鹿さん、A社の増田さん&Yさん、朴ちゃん、同女大の先生の荒木さん&旦那とつづく。
2:40で、途切れたので、「其の延長」に行こうとしたら、ミッチェルがこっちにむかってきているので、一緒に戻る。太郎カフェさんがくるといっていたらしいが、姿みせず。
鹿さんに、六日市のほんやら洞祭の交通の便を調べてもらって、遠さにびっくり。京都駅から5.5h、片道12,000円。しかも祭は平日の5時から6時の1hだけ。京都にその日のうちに戻ろうと思ったら、5時8分の列車に乗る必要がある。それを乗り過ごしたら、夜行列車しかなく、翌日の7:54京都着。しかも、現場から六日市の駅まで15分。メイン・イベントを見ずに帰らねばならない。東京経由で新幹線で帰るのならば、もう少しとどまれる。これでは、金沢で一泊するにしても、金沢⇔六日市は往復7hだから、金沢でも六日市でもゆっくりできない。
荒木さんの旦那と大分話。
ミッチェルのお母さんは43才というのにびっくり。両親とも大工をしているらしい。
帰りもまたひとりで松屋。
4:40帰宅。
9:30集荷トラックがくるので、布団に入らず、TVの前でゴロ寝。

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2010.1/20(水)


10:30起床。
ニック、出町、KRKへ行く。暖かくて気持ちがいい。
KRKの望月さんはユーレイパスは高いぞ。バスにしろというが、一応、資料をもらう。
いろんな意味で、このままでは、パリに行けない。〈八〉〈ほ〉も整備し、いろんな友人、仲間にも相談しなければ。
「京都」の岩本氏にtel。「夢の抜け口」の件。
夕べ、陳太一さんにもきいたが、南区十条あたりが変貌をとげている。見ておかねば。
運動不足痛感。
ジェローム来店。4月から精華大講師がきまってうれしいという。パリではアラン・ラメットさんとtelで喋っただけ。彼は、エマニュエルからカイさんのパリ展が決まったときいてうれしいといっていたと。6月は、エマニュエルと2人展だ。是非、冒険?実験的な2人展にするために、3、4月はもっと動く必要あり。
睡眠不足か、午後、眠くなる。
オレは、60年代前半の九州、それも落ちこぼれの生活様式をそのままひきずっているのか。遅ればせながら、大きく変えていく。
パネルでやろうかと思ったが、やはり、紙焼きにすべきか。パネルは大体、ネズミにかまれているというか、齧られている。まず糊付部分からやられている。
刊行すべき写真集には、「Lovers」というのも可能だが、「ほんやら洞の詩」というのもいいかも。
桐田君ら3人で写真を録画。
マクレーンもどってくる。土曜日に入る。沖縄旅行はよかったという。
〈八〉は竹村洋介氏が、京芸大の安田教授と加須屋明子准教授(ポーランド通)を連れてくる。2人の話を収録。加須屋先生は、クラコフに行くなら、ワルシャワのギャラリーを紹介するわといってくれる。
昼、〈ほ〉にきたジェローム、精華大の先生になれてうれしいといっていたが、夜、京大の先生とヴィラのニュー・レジデント2人を連れてくる。キャロル(ディレクター)とピエール・ガイエフスキー(マンガ)。キャロルは写真集を買ってくれる。パリ個展、どこであろうとも、この内容の写真なら、額装とか直張りとか何も迷うことはない。立派な額装の陳腐な写真がゴロゴロしているし、プリントの紙もこったのはいくらでもあるが、こんな深い写真はめったに見られない。自信をもって、好きなふうにやってほしいという。ピエールとジェロームは1:30までグビグビ飲む。
1h「其の延長」に顔を出す。日置君がいた。
3:00帰宅。TVで「明日のジョー」をみているうちに寝入る。

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2010.1/19(火)


7時に起こされる。日向太だった。いままで大学にいた。あとで、またくるといって、テキストを置いて行く。
11時起床。
ルネで本3冊買う。
桐田、Sチーム、撮影。
ガンちゃん来店。ガンちゃんから、やはり私、カイさんの料理、好きや、いわれてうれしくなる。
桐ちゃん、Sのインタビュー。
少しDMの宛名書き。
Sとむさし、上島。「其の延長」の搬入のつづき。ギャラリー・テラが月末、西陣に引っ越すので、本を送り返してくる。
〈八〉低調。オイタさん、桑原さん、長谷川さん&富樫、「東九条マダン」の陳さん、久保マリ&友人。
1:30「其の延長」へ。おかゆごちそうになる。3:10まで。
4:00帰宅。
5:30就寝。

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2010.1/18(月)


8:30起床。
「其の延長」での個展用写真さがし。
ルネで「生前遺作集」購入。
青草書房より、献本リスト作れとtel。
「京都」永澄氏よりtel。浅川マキが昨日から名古屋ライブに行っていて死んだとニュース入る。だれに書かせたらいいかというので、「ピックノーズ」の久場ちゃんでしょうという。
リサーチパークの成海勉さん来店。10年ぶりという。猪熊中立売あたりの町家の企画担当になった。もし6月にパリから戻ったら、ここで講演と個展をやってくれないかと。
「其の延長」展、準備不足いなめず。
パリのコリーヌ・アトランからメール。うちでよかったら、ギャラリーまで電車で40分かかるが、どうぞと言ってくれる。これでずい分、楽になった。パトリックはいま東京にいて、来週くらい、京都に行くのではと。
10時過ぎに、富樫が京大アフ研(カメルーン)の矢野原佑史(ミュージシャンでもある)君をつれてくる。別府の立命館に通っていて、京都にきて8年になるそうだ。昨日、百万遍のB&Cと富樫に会い、白黒写真に目覚めたという。「遠い視線」をまけろといって買っていく。
深夜、国東半島の両子寺の寺田豪淳氏がきて、写真集「生前遺作集」を買ってくれる。彼は、六郷満山峯入りをするけども、3/23、24、亀の井別荘での「ゆっくり談話会」には出たいという。国東で何かをやってくれというと、テーマを絞ってほしいという。
さらに、深夜、清水忠さんが十数年ぶりに来店。脳腫瘍から回復。〈八〉に付けがあって行かないと言いふらしていた---実際そうだ---が、久しぶりにきた。「京都美術文化賞」を祝しにだ。彼はほんとに喜んでくれた。これからちょくちょく来るだろう。一緒に来た精華大一回生(版画)の田村灯ちゃんは、これから〈八〉に日曜日バイトに入ることになった。今日の飲み代は、彼女が1000円しかもってない、それでいいだろうというので、OKする。
気がついたら、5時すぎていた。他にもうひとり客がいた。最近、木屋町で声をかけてきた人だ。
6時帰宅。

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2010.1/17(日)


Sと起きてから話。こんなに長時間喋ったのも初めて。出会って11年、最大のピンチにある。ぼくとしてはS’のこと、経済のこと、方針(構想---短・中・長期)を喋る。どういう条件下でどう共にやっていくのか---ということだけでなく、2人の姿勢、哲学も夕方まで喋る。プリントは93枚。
〈ほ〉に行くと、今日もスペース研。表三郎さんも。パリ行きにカンパするわと言ってくれる。
西京極がえりの中村勝さん来店。俵屋画廊の松本さんの応援に行っていたと。Sと中村さん3人で7:30まで飲む。そのあと中村さんとSは「みみお」に行ったが閉まっており、こなからも同様、結局、いろめしの黒川へ。
〈八〉カメラマンの畑中君が友人と、福知山の女性、松ちゃん&ひいらぎ、中村さんくる。カゲロヲ、チョン君も。
1:20閉店。
3:00就寝。

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2010.1/16(土)


7時起床。フトンのなかで2h。
朝、9時〈ほ〉ボチボチ客あり。
高橋幸子さんより「はなかみ通信」
「其の延長」用のプリントを捜しているうちに、月曜社用が気になる。
京大(教育4)生が、もっとはやく気づけばよかったと、ぼくにも学生の子どもがいるといったら、お子さんは幸せですね。こんなおいしい料理をつくるお父さんがいるなんてと言ったあとに、バイトを募集しているんですねという。4月から東京へ就職で、東京の写真展には必ず行くし、今晩、〈八〉へ友だちと一緒に呑みに行くといってくれる。
ぼくは若い女の子にボケたまま、長期にわたってモーロー体で支離滅裂なことを書いていた。それで、すべてを失った。
〈ほ〉は確実に客が戻ってきている。経営の見通しはある。でも、パリ展が失敗だったら、〈ほ〉も〈八〉もやめねばならない。
やり方はあるだろうし、それの模索はする。でも、ぼくは写真と思っている方向へまっしぐらに突っ走らねばならない。
だれかが〈八〉と〈ほ〉をやればよい。気づくのが5年遅かった。ぼくは無用のセンチメンタリズムを排さねばならない。
この20日間、さんざん悩み、苦しんだ。眠れなかった。
結論は、出した。
パリ、カザフスタンに行っている間、ちゃんと店を守ってくれる人を、これから2ヶ月で全力で捜す。
パリ展も全力をあげて成功させるし、失敗したときは手を打つ。
そして、〈八〉〈ほ〉をやめるのではなく維持する。でも、どちらの店にもぼくはもうほとんど入るつもりはない。だれかにまかせっきりにする。
〈ほ〉の2Fは、アシスタントが動きやすいように事務所化して、一階壁面はギャラリー化する。
このラインで突っ走ります。
3月いっぱいは、〈八〉〈ほ〉で全力で働きます。
バイト募集攻勢をかけます。
お客様、皆様、よろしく。
表三郎さんのスペース研の若者たちは、かわいい奴ばかりだが、非常識というべきか。9hいて、ワンドリンクというのはいいが、黙って全員外に買い出しにいって弁当を持ち込んで食っている。
3:30、ヒルゲート、マロニエにDM、ポスターを持っていく。
中平卓馬の評論集を買う。
トドロフのレンブラント論を立ち読み。
そのあと、ネガ・チェック。サッちゃんは暗室。コンビニにケーキetc.を買いに行ってうれしそうな顔をしているのを撮る。吉田の家でSがネガを切る間、待ってチェック。
昨日、西村さんが〈八〉にいたのを忘却。
〈八〉に新客がくるかと思って急行。
トップはA社の山本さんとルパン。ルパンは最後までいて泊って行く。途中、中島みゆきバーにいってもどる。フランソアが元気との消息を伝える。彌光客あり。親鸞バナシにルパンからむ。ヨ氏もくる。八田淳も久しぶり。父が1/7に百歳で亡くなった由。田中利和君は初ボトル入れ。司修さんと奥さん、鈴木美登里さんも。
深夜、片山健氏らがくるとtelあったが、暗室のSプリントが気になり、はやく切り上げ帰宅。八田淳と〈八〉がえり、チャリ一緒に走るのははじめて。
5時半、S、プリントを終える。

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2010.1/15(金)


7時半起床。下痢。
2~3時間フトンに入る。
〈ほ〉につくと、ゴミ屋さんがゴミをもっていってない。ガスをつけようとするがつかず、ガス漏れを確認するが、そうでないようなので、健康のための運動をかねて、中堂寺町まで、ガス代支払に行く。調べてもらうと払っていた。
帰り、月曜社から出版予定の「京都・猫景」のなかの長い階段がビルの外部についている、あれはどこだったか捜したが、どうやら壊され、更地になった京産大付属高校の用地だった。中堂寺命婦町一番地。
現像液、フィルムを買って帰る。
京都NPOセンター編「hot pot」の編集の女性2人来店。
青草より表紙の最終稿届く。
撮影。ルービック・キューブの話をしているうちにセンチメンタルになるので、やめる。
手づくり市、行けず。
朝、そのあたりを男の子の挙動をうかがいながら歩道を渡るボケットを撮る。
インタビュー、湧き上がる思いがあり、うまく喋れず。マロニエのHP用の原稿をFAXする。
バイトをしたいという同大生(国文、佐藤春生専攻)あり。渡辺幹子さん。金土日のどれかいけるかも。そのうち入ってもらうつもり。
伏見屋に久しぶりにSと行く。ポスターを貼ってもらう。イケメン写真、たづさん写真ともに撮れる。たづさん、Mちゃん、変わったなァ。前の方がよかったという。カイさんは昔からの同志やからカイさんのポスターだけは貼る。そういって京都美術文化賞のポスター貼る。
〈八〉杉村さん、パリとのやりとりを心配してくる。技術的に可能なはずだ。心配を忙しいだろうがはやく払拭しろと。名を出した連中がちゃんとJSBに連絡をとるように。全くその通り。異存なし。基金が出ない場合のことも考えようと。
竜大のH田、Kさん、あとでモローネまでくる。
常連は、田中君、高田さん、オイタさん、鹿さん、徳さん、島さん、川本ちゃん&石原君&マサやん。浅井潤一さんも久しぶり。初来店者一人。京楽のユキちゃんは1/22のライブのフライヤー持参。
奈良井さんからカオリちゃんにtelがあったという話から、田中君、S、オイタ、カオリの間で、部屋のシェアの話で盛り上がる。その後、ぼくの苦手な男女の相性論。
オイタさん、Sも大化けしたらオモロイ女になるかもと言ってかえる。Sもオイタに受けたとは……。
11時すぎに司修さん&奥さん、白水社の編集者、鈴木美登里さんも。司さんの奥さんも、鈴木さんも同僚とともに4/3の出版パーティーに出席とのこと。〈八〉から理羽ちゃんにtelして、皆、喋る。東さんの本郷館はまだ解決していない。
3時閉店。
家にもどると、内がほの明るい。声がする。X?Y? 一瞬、うれしくなる。がいや、自転車がない。
4時就寝。

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2010.1/14(木)


ネガチェックに疲れる。
日仏にDM、ポスターを持って行こうとしたが、DMを〈八〉に忘れていた。
ポケットに手を入れたら、万円札2枚がなくなっていた。松屋か、電話ボックスで、手を入れたときに落としたのだろう。
2時、Weslyanのトレーナーをきて、日向太くる。
Sがきて、パリとカザフスタンに夕べ、メールを送ったと告げて、現像に行く。
ヨ氏がきて、不動産屋業苦戦とか。オーストラリアの友人に送るために写真集「Streets of Kyoto」を買ってくれる。
中信の石飛さんから、搬入の荷の分量のtel。文博では本売れず。
夕べ、大分の姉より、杉本さんの原稿を一気に読んだ。私は好きだ。とくに前半と最後の部分がいい。あなたのことを適確にとらえているのではないの? いままでの甲斐のなかでは出色だと思う。これは、哲もすぐ読まなかったように、少しハイブローすぎて、山香では売れないと思った方がいい。山香で個展をやるのなら、松原さんを通したらいいらしい。松原さんと接触するなら、私の知人の岩尾さんの名を出せと。
日向太はまっとうな意見と批判を開陳。子どもだから当然、父が苦しくならないように、幸せな道を歩めるように望んでいる。現像やパソコンや海外展についても同様な意見。状況を切り拓くことを望む。
日向太、〈ほ〉のカレーが辛いのを忘れていた。昔、絶対に食べんとこうと思っていたし、たぶん、挑戦しても食べれてなかったという。自分の幼い頃の写真群を前にして、ムーヴィーで感想を述べるのをOKする。
Sは暗室。
ぼくは、ルービックキューブをきれいに揃えようと、この5年必死だった。
操作の途中で、バラバラになるのを隠してきた。2つの店の経営、写真、離婚、子どもとのつながり(九州に根を持つという自覚を促したいと)、兄姉とのつながり、新居(暗室つくり)、〈ほ〉の書き下ろし、パリ展、健康回復。
どれをどうシャッフルするか課題だった。
4年前のAの入院・手術、父の死、Aの骨折、ぼくの高血圧、Sのフランス留学による住環境の悪化(〈ほ〉では、朝6時前に安眠できない騒音)たまりかねて、S帰国前の2ヶ月間、安眠のために週一の外泊。Sの机を〈ほ〉の一番の席へもってきたことで、そこで書けると思ったが、さらにコピー機がきて、店が荒れるもとになる……。高血圧で動けないぼくに代わって、〈ほ〉2F掃除に原稿打ち、〈八〉への客よせに躍起になり、食事療法に気をくばってくれたS’。
ぼくは元来、路上の人だった。「反システム」「反パック」のスローライフ。ストリートワイズたれ、それの移動版の世間師に対する憧れがあったのに、〈ほ〉に〈八〉につなぎとめられた。
路上の人もシステムをよく理解する女性に支えられなければ、路上の人たりえなくなったこの20年であった。
路上文化(?)の擁護・記録の70年代の写真遺産をくいつぶし、すべてを、いま失おうとしている。
三条ミンミンで、Sと晩メシ。Sは体調を心配してくれているが、5年間はルービックキューブだったとは読んでない。
〈八〉だれもこず、ごちそうして下さいというチャンマキと同級生の戸内さん。チャンマキをつれて、フライヤーを置き、横ちゃんに「路地裏の京都」の精算を頼みに行ったのに精算してくれず。すぐに〈八〉に戻ると琢ちゃんが、ひとり淋しくいた。次は京楽にフライヤーを持っていくのにチャンマキはついてくるといっていたが、3時前まで琢ちゃんがチョビチョビやっているので、酔っ払ったチャンマキ帰る。インド旅行はとりやめという。〈八〉が少しキレイになり、〈ほ〉もお母さんに少し気にいってもらい、やはり、〈八〉〈ほ〉にカムバックしたい。まず、来週より〈八〉は土曜日に入ると決心。いい男を紹介してくれという。
3時直前に、京楽に滑り込む。ユキちゃんいず。18日もユキちゃんはいないらしく、8時すぎに搬入。キサラギにちょっと寄った琢ちゃんも京楽にくる。イダキ世界にはまっている琢ちゃん、やはり寂しいのだろう。
琢ちゃんをおいて、3時半出る。京楽はほんの少し付出つきで、1000円だったのが、なしで1000円になった。
帰宅後、少し掃除。
5時就寝。

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2010.1/13(水)


5時就寝、6時半起床。神経少し高ぶる。布団から出ないようにして、9時まで布団で眠れるように本を読む。
9時起床。ネガチェック。11時半まで。
月曜社の神林さん、なかなかいいチョイス。
ブログに、自分の無能さ故に、月曜社からの書き下ろしが進行しなかったのに、それを棚上げして、もう月曜社をアテにしないと書いてしまったことをお詫びします。ぼくのこの僻み根性はどうしようもないねえ。逆恨みだ。
こんなぼくをも見放さなかった神林さんに感謝します。
これと同じ根性が、自分と状況と相手を直視させず、本当はすごく好きな女性に、ちゃんと好きだと表現できず、逃げられてしまうという事態を生んだ。
このことと月曜社での書き下ろしとは浅からぬ因縁がある。
そもそも、この書き下ろしをやるために〈ほ〉に戻ったという側面があり、あまた不如意の事態が出来したとはいえ、これを書き終えたら、生活を変える、アナタを幸せにする、それまでガマンしてくれといいつづけてきた。何度も引き延ばした。これに業を煮やし、ぼくのもとから去った。このことをちゃんと押さえずには、一歩も前進できない。つまり、読みの甘さ、男らしさの欠如、統率力の欠如、そして無能性である。これだけそろえば十分だ。三行半はあたりまえ。
ただ、美学としては、エスタブリッシュメント破壊願望があり、写真という分野ではそれが安直に成就すると思わせる面があり、それといきあたりばったり性とが背中あわせになったふしもある。簡単にいえば、いい加減さがいい写真を生んだ面もある。
その意味で、この怯懦なキャラを払拭せずして、戻ってくれというのは、不遜の極みである。
賽は投げられた。
あとは、自分の精神衛生のために、この仕事をやり遂げるだけだ。
やり遂げたあと、もう一度、チャレンジだけはしよう。
こんなありさまだから、パリ展をとりまく状況は厳しい。これに打ち勝ち、月曜社も仕上げ、新たな生活へ乗り出すつもりだ。
月曜社用の写真の再選択。
昨日、4:30ヨ氏来店のメモ発見。
月曜社に詫び状にそえて、写真約200点を送る。
1時半、インタビューずれこむ。
水道代支払、マロニエのDMの支払(7,900円)もあり、米屋に払えず。
「路地裏の京都」の英訳をDylanと一緒にやってくれた彼のガールフレンドが友人とくる。
ぼくは、日乗をやっているうちに、大事は自分で決し、小事を友人に相談するという論語の精神を欠如させてしまった。
S&桐、インタビュー。雪のため、御所行中止。
雪の中のS、御所を背景に撮る。
性格についてのインタビュー。金銭感覚がない(金がなくても、好きな女性にあり金を叩く)習性にふれなかった。本、フィルムを買う金以外はいらない。残りの金はすべてあげるというのが理想。金があれば、周囲は喜ぶはず。計画性がないことも。そんなことで将来はどうするの?歴代の好きな女性にいわれ、いつも逃げられていた。これが他人事なら見事というのだが。
グラフィックがきて、インクジェットの打ち合わせ、Sにまかせる。
夕方、Sとジュンク堂、上島珈琲に行く。Sの恋愛相談をうける。これも初めて。何もかも変ってしまった。
〈八〉浅利ちゃん。牧野君、オイタさん、おっちゃん。昨日、Sがくれた宮津の土産ママカリを食べる。これで、終わりかなと思っていると、2時すぎに新里健ちゃん(今日の氏の夕刊記事はよかった)、N氏、ミキちゃんがくる。他の客すべてが帰った後も、新ちゃん、ミキちゃんいる。5時すぎる。
豚メシ、豚汁食って帰る。
帰宅したら、エアコンがつきっぱなしだった。
6時半就寝。

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2010.1/12(火)


6時半起床。吉田を少し散歩。とにかく、頭がスッキリしている時間を多く持たねば、ひどいハメに陥る。うっかり発言、うっかり行動のなきように……。カラスを撮る。
とにかく、いつでも引っ越しできるように。
奈良井さんが掃除してくれたり、サッちゃんがあらゆる点でアシストしてくれているうちに、できるだけのことを。
この半年がラスト・チャンス。
できたら、酒を断ちたい。
姉に3/20~24、大分でどう動くか、姉の同窓会にも写真集の件を持ちこめるようにするのでと、バック・アップを頼む。
パリ行の金が、とにかく、何がなんでも2人分いるし、そのあとのカザフスタン行も2人、いるのだ。東京もしかり。鹿児島のバック・アップなんて悠長なことを考えているときではなかったのだ。この一年の不明は、何によって生まれたのか。
姉に見限られたが、サッちゃんに、お客に、出版社に絶対に見限られない努力をしよう。などなど思い浮かべ散歩。
そして、7時前、朝ですよ!とtelしたつもりが、「出勤準備で忙しいんだから」といわれて「ご免なさい」
洗濯をおえて、〈ほ〉へ。
8:30オープン。
9時前に、同女中・高生が百人単位で〈ほ〉の前を通過する。この2年半(サッちゃんがフランスに留学時)前から、〈ほ〉の一番の席は荒れ、さらに、去年、4月に兼康町引き払いに伴い、ゴミを入口(ファサード)に放置したままで、いわば、逆宣伝をして、通過者にアピールしていたことになる。
それもすぐ片付けるつもりだった。それがそうならなかった。書き下ろしが終わったら、片付ける、それまでの辛抱だと自分にいいきかせ、自分をあざむいていた。
その原因のひとつは、酒による酩酊だった。
よく考えれば、1982年、〈ほ〉を出たのもそうだった。北沢さんは商店街の文化に毒されたと評した。池田浩士は商店街に取り込まれたと言った。Aとの離別にもそれはあるだろうか。今回は、その恐れあり。
いずれにせよ、結果として、言葉を惜しむことになり、行動を怠り、しいては誠意を失ったままの別れ方だった。
今回は、なんとしてでも、それを避けねばならない。悔いの残らぬ努力をしよう。
マリコがオランダに戻ったときも、懇切な手紙をもらっていたのに、それにこたえず、放置したままに無礼を働いていた。
酒を減らし、9時前に〈ほ〉入りを当分つづける。はやく来れば、やるべきことを考えねば。人生を棒に振るわけにはいかない。自分の弱さを宿痾のごときものととらえる態度を改めることから始まる。おそきに失っしたが。何事であれ、大切なものには、エネルギー、時間をかけねば。ほんとうに、相当酒にやられている。
先日、Aが死に、生物学辞典が残されている夢を見た。今日はBが九重山に行く夢をみた。
プラメイク原稿上げ。
キーマカレーつくり、姉、志手久美子さん、大分合同文化部、中谷健太郎さんに手紙。
最新「グラフィケーション」(富士ゼロックス)の献本リストに「インドちょっと見ただけ」が紹介される。
校正、間に合わないと思って、tel。間に合った。「みずはめ」と訂正間に合う。安心。また、帯にどぎつい惹句を入れたりするのは社の方針にもとるのだけど、帯に、京都美術文化賞の文言を入れたいとのこと、OK。4/3の東京の出版記念パーティーの発起人の要ありも、OK。文博で写真集を売れるか確認してくれと。
月曜社より、写真戻る。「月曜社をアテにしない」とか、「原稿をみてない」などのHP上の不当な記述を叱正する。これからやるつもりはあるのかと。100点ほど(7点はカブッていた。1点はインド、1点は小樽、1点は多分、大分の写真が混入)をなかなか魅力的な形でみせていた。間に、文言か、対談をいれたらどうかと。また、プリントはキャビネではシンドイのがある。いまネガをみているようだから、新たに大きめなプリントをつくったらどうかと。(手紙&tel)
手紙書きと大家とのやりとりで疲れる。
これらも、いまのピンチに比べたらどうということはない。やっと寒中見舞いを書き始める。
司修さんの個展をヒルゲートに見に行く。本の挿絵など多し。見せ方、やはり上手。アーチストはここまで考えなければいけないのか。文庫本の表紙の絵なんかサッちゃんの参考にならないか。
マロニエに行ったら、郭さんがいて、パーティーが始まるところだった。「久しぶり」と郭さんは言っただけ。昨年までだったら、飲んでいけとかいうが、何も言わない。5時約束もあったし、よっていかず。約20年パーティーの2次会は必ず〈八〉に来ていたが、たぶん、来ないのだろう。DMを渡そうとすらしなかった。お山の大将だ。
5時、上島でSと待ち合わせ。調子悪そう。ほとんど喋らない。前日、10本現像したくらいで、こんな疲労で、これからやっていけるのか。もっとも学校をやめ、ぼくとの関係がスッキリすれば大丈夫か。でも、体力には少し不安あり。
むさしに行き、Sは暗室へ。ぼくは〈ほ〉片付け。
〈八〉で西川氏、今用氏へメール。
10時、荻野さん来店。7日まで孫相手だった。70才で市民運動から手を引きたいが状況がゆるさずという。ひとり暮らしの80才すぎの老教授たちのもとへ弟子がだれも訪れなく孤独をかこつケースが多いという。久米三四郎さんを偲ぶ会にアイリーンは顔をみせなかったらしい。今日は、川那部さん、槌田さんと呑んでいて、槌田さんは120才まで生きるんだと語ったと。
荻野さんは2/1から7泊8日のイスタンブール旅行(78,000円)へ奥さんとでかけ、地球大を退職する斉藤清明さん(元〈八〉常連)は1/15よりJALで世界一周旅行41日間(40万円)に出かけるそうだ。
12/14の愛媛新聞の記事(検証伊方原発耐震性)のコピーをくれる。17年前、荻野さんの証言は裁判で否定されたが、いま、正しさがやっと認識されたそうだ。
地震の揺れを東大教授をひっぱってきて、基準地震動を180ガルと証言させたが、やっと、いまは、570ガルとなったと。
こんなにひまな日がつづき、Sをつれて、パリに行けるのだろうか。
カンパなしでは絶対無理。
15日の家賃の金なし。
11時。司修さん来店。4/3の出版記念パーティーの発起人になってくれる。「夢の抜け口」の最終稿を一頁一頁めくりながら、独特な解釈をしてくれる。円通寺のとなりの寺の和尚がおもしろいという。一年後に本にするらしい。司さんは今度は1/15か16来〈八〉するといって帰る。
富樫が友人2人同伴。シカさん&イタさん、野間さん&井上さんがきて、4時まで。
4時半帰宅。
ネガチェック。時間がない。ヨメが欲しい!

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2010.1/11(月)


1/11誕生日のキレイな女性が〈八〉に多かったのを思い出す。
暖かい一日。チャンマキが母と来る予定。
桐ちゃんもきて撮影予定。
78~80年の自分のオーバーワークのなかで、自分はこれでいくというものを見い出せなかったがためにこけたのも思いだす。あの頃、ムービーも回していた。
今度こそ、その辺のことを、おもしろく、クリアに書いて、70年代写真を「Only yesterday」というタイトルでまとめるつもりだ。「生きた!愛した!こけた!?」がサブタイトルかな? 未来性あり?
昼オープン。
午後、桐ちゃん、昨日会ったばかりのフンボルト大院(スラブ学)の三浦公道さんを連れてくる。母の実家が等持院南町という。撮影にもついてくる。三角州、糺の森といく。
4:30、別れ、サッちゃんと百万遍ラーメン。2人の今後を決するような深い話をする。現像10本。
6:15、チャンマキ&母とくる。どこが風吹ジュンに似ているんやねん!? 赤飯&焼酎(「隠し蔵の三悪人」)をもらう。
小松出身の京大(文1)の美少年くる。つげの「ほんやら洞のベンさん」だなと思ってきた。写真撮り損なう。閉店まぎわ。
今日も、〈ほ〉をつぐ男女よ出よ!の思いをいっそう強くする。
手遅れだが、誤植発見。みずは(め)がみずは(ね)になっている。「夢の抜け口」
7:45、〈八〉入。先日、朴ちゃんと焼肉に行ったMr.ポルシェ?Mr.任天堂くる。あとで朴ちゃんをよぶ。
草間夫婦、寿司屋から隣席客つれてくる。ニンテンドーが帰ったあと、朴ちゃんは、最近、焼けぼっくいに火がつくのを期待してデートをしたが、空しかったという。そのあと朴ちゃんは草間さん相手に、美術論をする。草間さんから見ればもうひとつの権威主義と映るようだ。それでも、朴ちゃんのマジメな面をみてよろこぶ。いつもはダレの○○は国宝級、××○××○の重文級とかオサチのケツを触って何がわるいといった類のことしかいわないからだ。でも、ぼくとしては彼にこんなことを言われるようになったらおしまいと思う。奮起せねば。
戻って玄関のライトがついているのはうれしい。だれもいないのはさびしい。
恋人と住むために、この広い(すぎる)家を借りたのに誰もいないのだ。現実は。この状況が続くのなら、本をトランクルームに入れるなり、処分するなりして、海外展のあとは慎ましく生活しなければヤバイ。状況はあらゆる点で悪化の一途だ。
ほんやら洞もまだ後継者が登場しない。
なければ、6月パリから戻って閉店となる。
弱気かもしれないが、これ以上、つらい日々を送りたくない。写真もダメ、店もダメではいただけない。でも、この3ヶ月は、あらゆる点でベストを尽くし、対処するのみ。寒くても9時に店をオープンできるように、〈八〉客がないとき(とくに週日)は思い切って1時にでも帰宅して朝、7、8時起床励行するしかない。
姉にtel。もうひとりの姉や兄をめぐる状況をきいてもぞっとする。
ぼくは都会にいて、少し恵まれているのだが、ガンバラなければ、手持ちのカードがあるのを幸せと思わなければ。
2時半、チャンマキの母から頂いた赤飯を食ってネガチェック。

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2010.1/10(日)


9時起床。ネガ整理。日曜美術館のサルガドを少しみる。「始原」とかそういうタイトルをつけられるのが羨ましい。
午前中、2人客ことわる。
午後、バラバラだが、ランチ、カレー客多し。
夕方から桐田、サッちゃんとで撮影に入る。何度も中断して、6時すぎまで。
司津屋でソバ。ソバ一人前しかないといわれる。ここも連休で忙しかったのか。石田博さんの5時からのオープニング・パーティーに呼ばれていたが、着いたのは7:05。ちょうど終ったところ。芥川賞作家の高城修三さんらは、先に〈八〉に行き勝手に冷蔵庫をあけ、缶ビールを飲んでいた。計14人。売上、ほとんどなし。やはり、早く店に行って、ちゃんと対応してなければ稼げない。元枚方市職員(京都ベ平連)の栢下芳郎氏も妻とともに来店。
名古屋の武蔵美大OB会の世話役で、何ヶ月も前から予約していた男性、ヨメ&ヨメ友人とでくる。
チョン君、グラフィックの三宅さん&妙顕寺付近生の同級生もくる。同級生氏、那須耕輔氏の嫁が「あんな天使のような素敵な女性と別れたカイさんは許せない」といっていたという。夕刊の編集委員(毎日・東京)の鈴木琢磨氏もきて、東京パーティーに出席するという。また、南慎二、おまんたも呼ぶともいう。明日、永年、小沢一郎ウォッチングをやっているという梅原猛の取材とか。民輪さんもくる。不明客あり。
出町のルミちゃん夫妻、山根さん。
帰宅後、ネガ整理。これは、ほんとにぼくの写真に何かを見い出そうという熱烈な支援者なしではムダ。
献身的なアシスタントにこれ以上何を求めるのだ。だとしたら、どうするか。ぼくはアシスタントが欲しいのではない。ほんとの理解者がほしい。
〈ほ〉の家賃を払えない状況がつづいており、この際、2店経営という野望をバッサリ切って、自分が写真に集中するしかあるまい。

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2010.1/9(土)


疲労気味。
青草より、注文取の用紙届く。後で、契約書も。
38年ぶりの客あり。72年、鴨沂高の2年生で通っていた。
午後、真以ちゃんよりtel。やっているか。
〈ほ〉真以ちゃん&閔喜貞さん来店。桐田君、サッちゃんも。さあ、撮影という段に、バンソン登場。サッちゃん、貧血で頭が痛いという。キレの悪いインタビュー。バンソンに葉さんらと日仏で写っている写真をあげる。ソー・インプレッシブ・ピクチャーという。7:30に〈八〉を開けておいてくれといって、真以ちゃん、閔さんは「伏見」に行く。
袖崎さんの知人で宇治の中学の美術の赤木睦代先生、ワイン土産で来店。ほとんど話せず。
7:25〈八〉入り。すぐにtelあり。マイ&ミン来店。ミンさん、「伏見」にデジカメを忘れる。バンソン&サッちゃんいて、すぐに発見。あとで持ってくる。
〈八〉オープンと同時に昨日、今日と〈八〉掃除をやってくれた奈良井さんくる。「北野」で個展中の石田さん夫妻来店。アートカウンシルの新年会のあと覗いた星野さん出入りして、3h後、眠るのみ。田中君がきて、赤木さんにもらったワインをみな頂く。ティルもくる。
「クロワッサン」の平木康子さんも仲間とくる。東京の個展にきてくれるという。
奈良井さんとティルをおいて、皆かえるところに古賀さんが、フランス、ドイツの映画のプロデューサーをつれて14人でくる。フランス人3人は、〈八〉という存在とセットになったぼくの写真に感動したという。ロナン・ギールさん、やはり「エース」アトリエの美女アリスさん(1.8)など。ワカちゃんは4月には旦那の転勤で東京かどこかへ行くらしい。
3時閉店。豚丼&豚汁。
ネガをみているうちに眠りこむ。

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2010.1/8(金)


昼まで、ぐったり。
琢ちゃんが言っていた通り、「あーす食堂」が出現していた。
買物後、〈ほ〉。
中谷さんつかまらず。夕方、再度tel。体調よくない。その頃、子どもが庄屋をつかっているかも。その時は「せつあんごう」でという。展覧会が可能ならば、その頃小展を山香でということにするか。
清水正夫さんにtel。HPが開かないので、〈八〉〈ほ〉ともに閉店したと思っていた。本は紹介しますといってくれる。民輪さんにいただいた黒田庄牛ですき焼。中谷マキコさんよりtel。1/10昼、2Fあいているかと。
月曜社よりtel。10日前後、行くつもりだったが、夕べ、写真をいじっていて、熱が出て、いけなくなったので、とりあえず、写真を構成したものと、写真を返却する。写真を並べたのだけど、「路地裏の京都」のイメージになる。類書がないものにしたい。それには、だれかとの対談を入れたり、甲斐の文を入れたりで、写真と文が半々になるようにと考えている。とにかく、それは、京都で話すと。
BKに行ってもどると、カウンターの内から声がくる。どこかできいた声。耳が悪くなっている。日向太だった。昨日も吉田の家の掃除に帰っている間にきたようだ。チャイを出し、「夢の抜け口」のゲラを見せる。彼は勉強しにきた。今年、ヨーロッパか中国にいこうという。夜まで勉強していく。
海は勉強せず、英語はできるが、数学ができず、海はバカにされ、発奮しはじめたとか。奴は変で脚なんかガチガチになるまで筋肉で固めたので、水泳のタイムは一年前がはるかによかったとも。
児玉房子さん、永島成郎さんより賀状。
夕方、チャンマキ来店。夜遊びがすぎてお母さんに叱られたので、バイトやめます。月曜日、成人式で盛装するので撮れ、お母さんも一緒という。
〈八〉につくと、田中君が、カウンターの掃除を手伝ってくれていた。
今日も低調。奈良井さんもくる。真実さんは小栗栖さんと。直前まで在田さんと一緒だったと。電通の松下さん、同僚ときて、4時前まで。山根さんもちょいと。
帰宅、4:30。

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2010.1/7(木)


寒い朝。
10時起床。
シチューできる前に、外国人観光客2人がシチューはあるかとくる。
春からのヨーロッパ、中央アジア、東南アジアへの旅の前に、〈八〉〈ほ〉の問題を整理しておきたい。
〈ほ〉の5月は、アジア開発銀行の伊藤さんがまかせろといっている。〈八〉はカオリさんがある程度、まかせろといい、玄月が一週間カウンターに入りたいと言っている。
まだ、喋ってないが、はるかちゃん&ルパンが、〈ほ〉をやるのはどうかとも思っている。不安だったら、一年とか半年とか、いや、2~3年でもいい。
ぼくは、単に動けるようにするというだけでなく、もっとやらねばならないこと、やりたいことがある。
もう延ばせない。ルパン&はるかちゃんがダメなら、いろいろあたり、ダメなら閉じると宣言しておく。大家がきたので、含みをもたせる。
どういうテイタライや! とやや不明なことをつぶやいて帰る。
これから一週間は、貧乏エビス週間だ。
まずは、表からゴミが一掃された〈ほ〉ご覧じよ。
今日は、初シチューづくり。民輪さんにもらった上等の肉を使おうかと思ったがやめる。
メニューも外にはる。
民輪さんから、やっと通じたとtel。
1h後に印刷屋がくるので最終確認。「法然の父祖の地」という書き方でいいか。法然の生地の教育委員会にも確認をとった。あれは立石(たてし)と呼ぶと。佐田の京石は2ヶ所ついているが、一ヶ所ね。一応、宇佐の教育委員会にもtelした。「神寵石(?)」は「こうごうせき」と読むのだが、ぼくが?をつけているのでカットすると、宇佐神宮も入れたと。
散歩しようと思ったが、家の片づけ(30分)に帰る。
京大マリーン、本年初日。低調。
ナミちゃんは?
小路さん、顔を出す。
9:30〈八〉着。
9:45、電通クリエイティブの高松さん、部下をつれてくる。高松さんは1hで帰り、部下は11:40まで。
サッちゃんは、文博用プリント、インクジェットの手配してくれる。
大分の森永洋玄にtelして、同窓会は3/21ときく。中谷健太郎さんにもtel。明日かけ直し。
12:30、客なし。もう1h辛抱と思いきや、琢ちゃん。いまは、ディジュリドゥーにこっており、日本人ぐらいならアッといわせるぐらい上達した。現地のDVDをみせると、とてもかなわない思いを抱き、これを機縁にポリネシアの神話構造を分析する。マルセル・モースを読み、婚姻大系がゆるやかなのに関心する。
となりの村の人間としか結婚できないのには、うなるそうだ。
1:00、祇園がえりのジャーマンとA社の神田剛氏。神田氏、去年、岩波から出した本「家の『ミカタ』」をジャーマンにあげるためにきたもよう。氏、タクシーで奈良まで。ジャーマンは妖怪タクシー。ジャーマンは、5日に鹿児島から帰ったという。女、紹介して!ばかり。
2:30帰宅。
冊子用のプリントをさがすうちに眠る。9時まで。TVを1hみて寝直す。

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2010.1/6(水)


9時、布団から抜け出して、洗濯そして2週間ぶり(?)に風呂。
今日はライトボックスを〈ほ〉へ。
非常に追いつめられている。切羽詰っているというか、21年前の状況にちかい。その年は、半年、棒にふった。いまは、もっと大人になっている。当時は毎日酒を飲み、昼間、走るのだけども、5日間、全く一睡もできなかった。結局、ノートをつけていたので、わかったが、1ヶ月で30hも眠ってなかった。あとで、考えたら、身体は危ないところへ行っていた。いまは、1~2hは眠れる。
どんづまりを解消するために、1500枚以上書いた。そのノートを2~3年もっていたがすてた。毎日の日記と、1年前の今日、2年前の今日、3年前の今日と古い日記をめくり、それ、再解釈して、日記として残したが、よみかえさずにすてた。生活近辺のディテールの書き込みは残っていれば面白いかもしれないが、みたくなかった。書けば落ち着いた。その時の経済的損失はかなりのものだ。その頃、郭さんがきた。中村勝さんも常時くるようになって、それから2年後くらいに京都新聞の連載が始まった。
今日も、書いたり、写真を撮れば、落ち着く。仕事に身が入らないのは少しこまるが、健康のためには、前よりいい動きをしているだろう。
前みたいなアホなことを書かず、実りあるものにしたい。推敲して。
昼、岩倉南小学校の子どもたちが、三角州で、ソリ(?)ですべっているのを少し撮る。内面のモヤモヤが邪魔して突っ込み不足。
電話はストップ。
サッちゃんをつれて日高邸にいきたいが、つかまるかどうか。まず、フィルムを買いに行く。
留守番tel3回入れる。
錦小路往復するも収穫なし。
3:15、田中君がきて、表のゴミを片付けたところ、タイ人カップルくる。表がきれいになり、朝はやくあけ、夜おそくまでやって、4月客がなければ、やはり〈ほ〉を閉めようという気が募る。
日高六郎さん宅を訪ねたが、暢子さんの体調すぐれず、あきらめて帰る。パリ展行で、むこうの知人を紹介してもらうつもりだった。
帰り、サッちゃんと司津屋でソバ。サッちゃんはため息ばかり。理由はわかっている。
上島でも同じ様子。
〈八〉にtelすると、田中君がみかんワインを持参しているので、リカマンで、里の曙を買って戻る。〈八〉掃除も田中君、手伝ってくれていた。ミキちゃんが、折り返しすぐにtelくれというので、掛ける。昨日は、いけずにご免なさい。徐勝さんが黒川創の連絡先を知りたがってますというので、街子ちゃんにtel。街子ちゃんは最近、杉本さんに会ったらしく、ききました、杉本さんと甲斐さんとで本を出すそうですねという。
民輪さんより契約の件でtel。もちろん、折半でOK。地図の清経入水地点、双葉山生誕地点、カットOK。江六前さんよりtel。一真町は真町ではないのですかというが、一真町だという。
店は浅利ちゃんの友人、温ちゃんが友人を連れてくる。田中君のワインとお頭付き鯛、少しずつだけど、皆にふるまう。
11時半、オイタさん、初始動。温ちゃん、浅利ちゃんとのカラオケ、一旦、断ったが、30分あとに、ジャンカラまでオイタさん、押しかける。
11:30、バンソンがくる。件の質問のあと、3カット、イケメン写真撮り直す。〈八〉の美女写真集、3~4冊をとりだして誰が好きかときくと、茜ちゃんをみて、これは、ミス着物だといい、もちろん、「Beautiful Women in Kyoto」の表紙の御代歩さんが好きといい、次は、成人式に和服をきている桃ちゃん、これもというので、桃ちゃん&志真子写真もみせる。次の写真集に移り、めくっていて梶川昌代さんと雪の中にうずくまるモッチの写真にしばらく目をとめて、どっちかだ、いや、こっちだといって、梶川さんを選んだ。この女もミス着物、でも、性格はおっさんだよというと笑う。次の本では、〈ほ〉のガラスごしのモッチの写真をみて、これがいいという。サッちゃんの妹の写真をみせると、同じ顔だという。サッちゃんは?ときくと、ウーマンだの一言。
バンソンは初来店から、イケメンなので、優遇しよう、さすれば、女客が増えるだろうと読んだが、サヨちゃんにチップばかりあげ、その後の展開はというと、思わぬ様相を示したかと思ったが、かわらなかった。
2時閉店。
おにぎり3個買って帰宅。
5時就寝。

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2010.1/5(火)


朝一番、吉田の家の大掃除。
昨日、田中千春ちゃんから賀状届いているのは、うれしかった。カイさんの活躍がほんとにとても励ましになっている。1月末はメキシコ公演という。
千春ちゃんに会いたくなった。最初に会ったのは、彼女、16才か17才の高校生で、鴨川、北白川、下鴨を散歩して、たくさん写真を撮った。今度の「夢の抜け口」(青草書房)では、糺の森の倒木のガランドウに彼女が入っている写真が出る。これもすばらしい。彼女は、京都が誇る石井バレエ団のプリマドンナだ。大学でドイツに行ってからはほとんど会ってない。もう33才?34才?
ここ数日、ネガ整理をしたり、古い訳稿や70年代の日記に目を通したりして、考えるところあり。
今日は、12時オープンになってしまった。まずい。夕べ、TVで「ハンニバル」(トマス・ハリス)を少しみたのがいけない。
トップの客に、カレー、タコライス、チャイ、コーヒーしかないといったら、アベックは帰った。
買い出し、BKと行きながら、「写真論」冊子のことを考える。
秦恒平さんとの対談のときに「乗り遅れの乗り過ごし」的性向についてふれた。
それは、まったく別な側面から光をあてれば、一切のディスプリンなしのくせに、カッコウつけディレッタントたらんしていた。また、そのことがその時代を読み、それに対処するいい方法だと思っていたということになる。固着だ。
Aは、ぼくが、状況を読んで、大きく方向転換できない、この怯懦の性格を見限って、愛想つかして出て行ったのだ。
マイナス思考に意味付与するのはムダだ。やはり、去年、カゲロヲ、タケボーが〈ほ〉2Fで上演してくれたのに、ほとんど金縛り的状況下にあり、シャッターを切らなかった。いや、2Fに上ってみようとすらしなかった。リハもやっていたのに。申し訳なかった。ちがうものに頭が占領されていた。こんな奴が商売をやっても、雲助商法に堕するしかない。
今年は、返上だ。運動し、健康的になり、五感すべてを解き放とう。
写真集「国東の石仏」をみて、六郷満山峯入りに参加せずとも、何ヶ所かで、行者を撮影しに行くべしと思う。熊野の磨崖仏前が3/31 a.m.7:00。東京個展の直前だが。
年賀状を書く前に、民輪さんtel。夕方になる由。
石飛さんよりtel。額なしというので、押しピンで行くと言う。1/22のa.m.9:30に作品の「集荷」にくるという。
3ヶ日は、賀状に目を通す元気がなかったが、昨日から少し回復。
今年から、いろんなことに淫する性格を改めるべし。A.モラヴィアぐらいになれば、幼児性も赦されようが。彼に似たところがあるが、あんなに堂々とするところもない。
まあ、新年、店がまだつぶれてなくて、サッちゃんが逃げて行ってしまってないだけでも、幸せとしよう。
ここからが反撃だ。でも、見ていてくれとはいうまい。もう言いすぎた。黙って動くのみ。
ずっと、森まゆみさんの住所を知りたくても、誰も教えてくれず、そのままになっていたが、なんと、森さんから賀状が届いた。
「京都の路地と東京の路地 いつも励まされていました。 ありがとう」
高木麻ちゃんにも連絡してなかったが、励まされる。
夕方、民輪さんが、黒田庄牛と鯛やカニをもってくる。最終稿わたす。由布院の件伝える。
夕方、理恵ちゃん福岡よりくる。安井君と一緒。2年ぶり。前は松浦望君も朔美ちゃんも一緒。今日は日帰り。カイさん、元気ないね。心配していたよりも健康そうだけど。そのうちいいことあるよ。去年、賞ももらったじゃない! 福岡はたのしいよ。熊本の文学隊に入っている。谷川俊太郎や伊藤比呂美をよんでいる。それから、私はヨガをやっている。ヨガをやるさい、5ヶ条の心得があるの。そういって、5ヶ条をいうが、ぼくには上の空。まず、自分が可愛いと思うこと。次は、人間はいつか死ぬと思うこと。聖者がいると思うこと。他もいったが、最初の2つしか、ぼくには認められないというか、認めてもいいが、オレには関係ないなと思えることだった。理恵ちゃんは、今週の木曜日にでも石風社の社長に会い、多分、入社することになろうというので、決まったら、ぼくの九州本をお願いしますという。理恵ちゃんはずっとつらかったので、ヨガを始めたともいう。安井君はルッセルドルフにいる。佐伯順子がいた東大のドクター課程にいる。ヨーロッパで、佐伯さんと会うというと、ぼくも会わせてという。ケルンの文化会館でカイさんの個展ができるように働きかけるという。マリー・ルイズ・レゲラントの話をする。
汀子さん、久しぶり。
もらった魚をサッちゃんと食おうとtel。OKと言っていたが、多分、バンソンのtel待ちだったのだろう。折り返しtel。今晩はバンソンと食うので、メシはいいと。2h後にきて、冊子用の打ち合わせとメール書き、その間、バンソンがきて、2人でまず、ソフトバンクに15分行く。インタビューが長引き、8:30までかかる。その間、三条の「伏見」をやっているか、バンソンに代わってtelするも休み。ひとりで、魚を食うつもりだったが、時間がおしたので、2人が出た後、〈八〉に魚をもっていって、ひとりで調理して食う。
インタビューで、女たちについて喋ったことが倍音になってよみがえる。
で、それは依存症と裏腹なのかもしれないが、本来、ぼくは女の子といろんなものを分かち合い、共同で仕事が好きで、自分にものがなくても何でも女の子にあげてしまう性向があったことや、ぼくの写真家になる過程は、ある程度は言語修得(再獲得?)の過程であったのも思いだす。で、その分、ぼくにいろんなことを問いただす女性、ひいてはぼくから何かもとろうという女性がちょっと好きだったことも。
食い終わった頃、山田拓宏氏来店。きのうまで、家にこもりっきりで賀状にとりくんだという。裏千家の会報に冷泉貴美子さんが、京女大で、杉本秀太郎に出会えたのが幸せだったと書いていると教えてくれた。
音峰さんは、ハ・スジョン話から、川上未映子とカゲロヲは関係があるの?といいだし、それで、自分は、川上と関係あるんだと得心しているようす。大画面のTVを買って楽しんでいると。
次は、鹿さん、そして、黄昏邸のひろ子さんの旦那さんが、調さんときて、ルパンを呼び出す。石原君や川本ちゃん、呑海さんなどの話をしていると、古賀さんがきて、すぐに帰り、その直後、真以ちゃんが徐勝さんと来店。91~94年くらいが〈八〉の黄金時代だったなァという。真以ちゃんはいつもペータース・マリコやマリー・ルイズ・レゲラントがいて、いつもカイさんは女の子と出かけていたてな話をする。真以ちゃんに韓国から帰って来て、〈八〉をやってよというと、徐勝さんもそうしろという。徐勝さんを挑発するために、真以ちゃん、ぼくと一緒になろうか、サッちゃんから逃げられたらといったら、一瞬、店がシーンとしてしまった。ま、真以ちゃん、現像もプリントもまたやってよといって、その場をとりつくろう。
店はやめればいいと思ったりするが、徐勝さん、真以ちゃんの肝煎の〈八〉〈ほ〉もありだなと思ったりする。これは武市さんにまかせるというラインにつながる。
インタビューアーのサッちゃんにも喋ったが、女なしのぼくが店を維持するというのは、気分的にも至難な業だ。
そんなことを考えるまでもなく、このままいけば、家賃を払えず、追い出されることも、目の前に迫っている。「夢の抜け口」が相当売れないことには、残念ながら、どちらかの店を閉じざるをえない。いままで、ぼくが付き合ってきた女性は、相当、男客をひっぱってくる女性だった。井上章一をして、鵜匠といわしめたほどだった。そして、いろんな雑情報をKAICIAといわれるほど仕入れていた。真以ちゃんは、徐勝さんに、カイさんには女がいるのよというので、そういう女性がいなくなったと告げたが、信じてもらえなかった。かくして(?)カイ&真以コンビは不成立。
徐勝さんと日高六郎さんの話ばかりする。昨日、彼は、年賀で行ったという。
徐氏が立命大で日高さんにかかわる講座か何かやるときは、ぼくも呼んでくれ、一緒に加わると約束する。
ミキハウスの話になり、当然のごとく真以ちゃんは退屈になり、帰ると言いだした。徐氏はミキちゃんはNの女ときいたので付き合ったのと、もう一回「こなから」が閉まっていたので行ったくらいで、やはり、高すぎるわという。そういいながら、ミキちゃんにtel。ミキちゃんは40分後なら行くといい、真以ちゃんが帰ろうといい帰る。
真以ちゃんは土曜日に〈八〉へ韓国の友人を連れてくるという。とにかく、今年、ソウルに行くという。真以ちゃんは40才をこえているとは思えないくらい、とてもキレイだった。
増田さんがきて、ボトルというも、金がなくて、仕入れてなかった。
2:30帰宅。
パリ送りの写真を捜すも、少し出てこない。リストも失う。
4時半、布団に入るも寝つけない。

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2010.1/4(月)


ネガを見ることはいい。いろんな記憶が喚起される。引き伸ばし機で覗くという行為そのものに、ぼくにとって、大切なものの発見がある。サッちゃんにはどうでもいいネガでも、ぼくには宝。プリントは私にまかせろといってくれるのはうれしいが、この楽しみも失いたくない。
てなことを考えていると、何度も店をやっている場合ではないという思いが、つき上がってくる。
1982年の開店10周年のネガひとつ見ても、当時、〈ほ〉で「幕末太陽伝」を上映したり、コーヒーを記念に150円にしたのもわかる。誰が出入りしていたかも。
でも、ネガを見て、いろんなものを想起できるのも、この2〜3年だろう。
そういうことを考えるとヨメ的に献身的に動いてくれる存在を揺るがせにできない。
そんなことをツラツラと考えながら、ネガ・チェックで仕分けているのに3ランクある。
1. 10年間で、何かに使えそうなもの(細分化の必要あり)
2. 1年のうちに用意すべき写真集のためのもの
3. 1〜5月の個展のためにすぐにプリントできるもの

バイト〈ほ〉にまずやってもらうのは、伝票整理。
出町で開いているのは、ほんごう、井上久、改進亭、司津屋、郵便局のみ。
だれかきたら、宛名書きをやってもらうために切手100枚買う。
午後、武市さん来店。4月ないしは6月、〈ほ〉のマネージメントの可能性打診。朴ちゃんに頼んだらどうやという。「アイヌ・沖縄の会」は、〈ほ〉をやめて、アクティブな運動を展開している春山さんのカフェに移ったという。
夕べ、酔ったようで、「夢の抜け口」のゲラを〈八〉に忘れる。民輪さんに明日にしてもらう。
武市さんと喋っているうちに、2Fにビデオの編集機械をおいて、2Fでショートフィルムの上映を頻繁にやったらいいと思いつく。京大シネ研もいるし、彼に留守番は無理にして他のグループと強力に混合するというテもありだなと思う。亮太郎が2月パリに行って、戻ってきて、アバンギルドに戻るという計画がないのなら、2〜3ヶ月〈ほ〉でやらないかと打診しないテはないし、カゲロヲも2〜3ヶ月どうか、一度、ゆっきり喋るべきだろう。ヒルゲートの温ちゃん。あるいは、3月で京都を切り上げようと思っているナミちゃんをもう少し引きとめることもやるべきか。
1〜4月の個展で会う人間に、店のこと、イベントのこと、展示のことを持ちかけるつもりだ。
奈良井さんが、今度の三連休にまた、〈八〉にきて、掃除をしてもいいかと、ありがたい提案をしてくれる。
この3〜4日、考えるに、ぼくは、この1年半、ほんとうに弱っていたようだ。
もっともっと想像力を駆使せねば。だれかさんが「想像力が権力をとる」といっていたが、その通りだ。
サッちゃんと久しぶり、下鴨散歩コースへ。出発まぎわに、いきなり不躾なことをいったのか、楽しくない!もう帰るという一幕もあり。
ぼくとしては、年末、年始に今年という重大な年にむかって喋っておかなければいけないことがあるのに、なかなかつかまらず、つい余計なことをいったのだろう。とにかく、気は取り戻してもらう。
まず、糺の森の参道でタイ焼を頬張る。もう焚火はなかった。もう少しはやく行けば、蹴鞠の名残があったかも。暮れかかっていた。首にはカメラ3台。
サッちゃんは、おみくじ、いきなり大吉が出て、表情がほころぶ。きのう島さんは八坂さんで大凶だと話す。
賽銭を入れず、牛歳専用の祠で、ポンポンと柏手をうつと、サッちゃんが笑う。金を入れないとご利益ないよ、と。マジにそういっている。信心があるのだ。横を見ると、バイト(?)の神子が、クスッと笑う。
サッちゃんは方針は三つのうちのどれにすべきか、揺れているという。揺らせているのは、ぼくだ。申し訳ない。安心して、写真アシスタント中心+少しデザインの仕事をしてもらわねば。
言うは易いが、相当の努力の要あり。猛省。ぼくが、勝手に、ぼくのもとに楽しいからという理由でいつもだれか女性がいたといっているだけで、内心を読めてなかった。この一年で皆無になったとボヤいたが、やはり、いなくなるには、いなくなるだけの理由がある。その自覚が全くなかった。すべての思考がマイナスになっていた。反転させねば。いまに見てろとはいうまい。
同じような状況が70年代末にもあった。その時はいつも逃げられっぱなしで、よしとした。和見みたいなものか。
早速、言いっぱなしになっている、サッちゃん著で出版する甲斐論(インタビュー+写真の構成)の話をする。
散歩しながら、ブレーンストーミング。出町に戻り、司津屋でそば。さらに〈ほ〉に戻り、その続きで彼女、少し録音する。
〈ほ〉は寒いので蛸薬師の「上島」に場を移す。彼女、少しメモる。ぼくは、自分の道楽ぶりの根はどこにあるか少し考える。彼女、ここに残って、少しフランス語の勉強をするというので、〈八〉に急行。8時半だった。
すぐに樽家さん一行来店。堀川高校の同級の元神戸市役所の男と大阪大学の都市計画の美人先生、小浦さん(7.13)である。小浦さんはとても着物がよく似合う。
喋っているところにサッちゃんからtel。いま、だれかいる?いるけど、大丈夫、話せるというと、30分おくれてくる。ノートにメモをとっていた。几帳面な性格だ。この女性の期待を裏切ったらアカンと、少し涙するも、だれにも気取られなかった。やはり、どんな苦労してでも、10年待たせたのだから、彼女のクリエイティビリティが伸びる方向へもっていかなければ、と思う。少し喋る。どういうパンフをモデルにすべきかも考える。
鹿さんが、神宮道三条上ルのたばこ屋の息子、ハッシーこと橋本君(33才)を連れてくる。呑み屋で出会い、同じ会社に入れたのだという。笑顔がステキと皆からいわれるとか、「丹波屋」でおはぎを売ったらいいといわれるらしい。この地区で生まれたのに、大阪の啓光学園にいったとはいえ、たぬき橋付近のことをほとんど知らないことに、ぼくはショックをうける。写真の見せ方にも気をつけようと。エロ本屋のおっちゃんと商品がくずれかかった古物商のことは知っていた。また、大西漆屋のベッピンのことはもちろん、気にしていた。
増田さん、来店。石原君と川本ちゃんのことを喋る。
一日の収支は18,000円の赤。これが1ヶ月つづけば、54万の赤。1年で650万円。
髪が白くなるのは当たり前だなんて感慨にふけるひまがあったら、手を、先手、先手と打つべし。
正月なので、兄そして姉にtel。
兄、正月に、亀の井別荘に健太郎さんを訪ねたら、ちょうどお前に手紙を書いている所だった。大分で写真展をやっても売れないだろう、損するだけだと心配していたと。兄は、カナダの兄だけが景気がいいというので、あれはフェイクで、カッコウつけているだけだと教える。カナダの兄も孫ができるらしい。
姉は、家の近くの店を残し、〈八〉をつぶしたらどうか、楽にしろという。〈ほ〉を夜、呑み屋にしたらいいではないかと。
2時帰宅。ネガ・チェックするも、やや疲れ気味。4時就寝。

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2010.1/3(日)


箱根駅伝、サッカー、アメフトをみながら、午後も横になったまま。
夕方、〈ほ〉にバンソン&サッちゃんがきて、ナッちゃんがくる。
だし巻をつくる。
青草書房にわたす写真、行方不明。
大晦日に仕入れたそば、結局、ひとりで食べる。
何事も思うように動かない。
待ち人来ず。
今年は重大な一年だ。何事も慎重、果断に動くべくつとめる。
まず、毎日、2h歩く。
ひとつずつ事項別に組むべき相手を選び、粘り強く見極める。
禁欲的にやれば、単独でできることはかなりある。1週間で見極めよう。場合によっては、即新戦力導入も勘案。プリント現像は岡西氏にも依頼できるのもおぼえておき、早目に手を打つべし。彼の場合、ボランティアなのがうれしい。旅行費用をセーブできる。恒常(向上)的に〈八〉〈ほ〉へ客をひっぱる努力を怠らぬこと。
〈ほ〉10周年時のネガを見ていて、往時は、客が来るには来るなりの努力があったのを思い出す。ぼくが写真に求めたのは、本来、これだった。
最悪の事態---パリ展、カザフスタン展がドタキャン---になっても慌てることはない。その時は、また、思い切って手を打つ。いろいろ失敗して、ひとり部屋にこもる生活になっても、いつでも反撃の烽火はあげられる。
写真の評価は死後? 結構じゃないか。
1年間で、ネガの山を博捜して、誰をも唸らせる写真200点をプリントに全力を傾注しよう。その後は、吉田の家も〈八〉〈ほ〉もひき払って旅---たぶん苦労するが---に出る。
〈八〉三重の仕事にかかりっきりの島さん、きのうは、父母と天神さん付近の墓参りに行った牧野(エンゼルハウス付近に妖怪ストリートがあるという)、いつものtelしてきて、ウーロン一杯だけを飲んで、女の子がいなければ、トイレに2〜3回入って、10分で帰る趙君、祖先が大分の小藩の家老だったのが自慢の伊藤(菊池一族で、金光教であることをヨメに嫌われている)さんがヨメさんと。金光教に河辺という姓が多いともいう。石原君に付き合ってくれといわれ(これ、マサやんに言われんなァと)困り顔でも少しうれしい川本ちゃん、あとで石原君が、万亀のコンブ佃煮、みかん、みかさなどを実家で持たされてくる。
川本ちゃん、ビデオ編集機械をあげるので、〈ほ〉にマックのOSXを置けという。石原君は映画人2人を応援しているらしいが、彼にも撮れと川本ちゃんいう。
ぼくは、秋以降、パチカメプラス、ムービーに手を出すつもり。
4時閉店。
家でネガ・チェック30分後、就寝。

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2010.1/2(土)


11時起床。ぐったりなったまま、箱根駅伝、高校サッカーをみる。
カレー、鮎のうるか。
〈八〉は12/30、31、昼、奈良井さんがひとりで掃除してくれ、随分とキレイになった。奈良井さん、本当に、ありがとう。
年末年始の飲み屋には、どうしても、何がしか、家からはみ出した人たちが集う。
姉のところにカナダの兄よめが骨折で、兄貴が洗い物なんかせんとあかんのに、あれこれ命令されて、かなわんという愚痴telあり。
客は、ジャーマンがいないので淋しいというティル、オーストラリア人&ニュージーランド人、バンソン、川本ちゃん&K-Kei、博報堂の男、朴ちゃん&ミキちゃん、山根さん。
4時半閉店。
5時から1.5h暗室入。

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2010.1/1(金)


朝からニューイヤー駅伝を見ながら、ネガ仕分け、1:30まで。
〈ほ〉にいくと、姉から手製干し柿届く。
ちょっと通りがかったといって、コニカミノルタ・ホールディングの大田社長が顔を出す。
コーヒーを飲んでから、糺の森。カメラは、28mm、35mm、50mmと3台もつ。28mmばかり使う。
どうして、こんなに多くの人がここにくるのかというほど人であふれている。
牧野が妹さんとお母さんをつれてきて「Streets of Kyoto」買う。
夕方、暗室で少しプリントして、〈八〉へ。
2年前の客、弟さんとくる。12才下の同志社中、高卒の栗山さん。喋っていて、Eなんかと同級と判明。
その兄、4時すぎまでいる。
その他は、ミルトン、バンソン、ミキちゃん&朴ちゃんのみ。
数年ぶりの朝日のカメラマン、高橋正徳さん。高橋氏はどこの飲み屋も苦しい状況を伝える。みなちゃんが、〈八〉に行ったら書かれるよといつもいうが、オレは書かれてもいいんだと答えるらしい。
戻って、7時まで暗室。

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